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第2章 グレタへ走れ
第8話 グレタの町へ
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「は、はい! ロウド・ファグナーと言います。よろしく、お願いします」
上擦りながらも名乗るロウド。
「俺の名はヴァル。一応、パーティの頭目やってる戦士だ」
ヴァルが名乗ると、他のメンバーも名乗り始めた。
「私の名はミスティファリエル。長い名前だから、みんなはミスティファーって呼んでるわ。貴方もそう呼んでね。見ての通り、豊穣の女神の神官よ」
「先程も名乗ったけど改めて、イスカリオス。もう気付いてると思うけど、魔術師だ。君は太陽神の信者じゃないよね?」
「コーンズ。野伏ってとこだな。俺たちと一緒に行動する以上、少しは役に立てよな」
最後の一人に悪態をつかれたが、概ね好意的に自己紹介をして貰えた。
「グレタの町までは馬で半日ってとこだ。日中に走り続ければ、日が暮れるまでに着ける。魔族が動かない内に急ぐぞ」
ヴァルがそう言うと〈自由なる翼〉の面々は、西の村外れの方に歩き出す。
どうすればいいかオロオロするロウドにイスカリオスが、
「あ、ロウドくん。村外れに私たちの乗り物があるから、馬を連れてきてくれる?」
と言ってくれた。
「はい、分かりました!」
元気に返事をして、愛馬を取りにいくロウド。
西のグレタへと向かう街道に面した村外れ。
そこに愛馬サイクロンに乗って向かったロウドの目に映ったのは、奇妙な乗り物だった。
見た目は馬車。幌馬車ではなく、上流階級の乗るような屋根付きの箱型の馬車だ。
しかし何処を見ても引くはずの馬はおらず、剥き出しの御者台には船の操舵輪のような物が付いている。
車体の下に、奇妙な金属の物体が引っ付いていていて、そこから伸びた鎖が後ろの車輪の車軸に付いた歯車に絡んでグルッと回って、また物体へと戻っていた。
「な、なんですか? これ?」
思わず聞いてしまうロウド。
目を逸らす面々とは別に、ヴァルが『よくぞ聞いてくれた』と言わんばかりに、自慢気に言った。
「これはな魔動車だ」
「モービル?」
聞き返したロウドに、嬉々として説明するヴァル。
「そう、魔動車。御者台に乗って操作する者の魔力を吸収して動く車だよ。グアノザ山の山人、タルスロイ氏族の天才職人オイブが作った逸品でな。一目見て気に入ったから大枚はたいて買ったんだ」
力説するヴァルの後ろでは、他のメンバーがボソボソと愚痴をこぼしていた。
「あんなもんのために白金貨十枚だもんなぁ」
「それなりに役に立ってはいるけどね。ちょっと高かったかな」
「何の相談も無しにパーティのほぼ全財産使っちゃうんだもん……ホント、無駄遣いする癖は昔からなんだから」
コーンズ、イスカリオス、ミスティファーの順だ。
どうやら、この奇妙な乗り物を気に入ってるのはヴァルだけで、他のメンバーはそれほど有用だとは思ってないらしい。
仲間のチクチクとした口撃を受けて、自慢気な顔がどんどんと渋くなっていくヴァル。
「うるさい、うるさい! これはいいもんなんだ! ロウド、お前もそう思うだろ!」
いきなり同意を求められ、返答に困るロウド。
「え、え~と……」
すがるような顔をしているヴァルの後ろでは、他のメンバー三人が首を横に振っている。
『ちゃんと言ってやれ、トドメを刺せ』
そんな三人の心の声が聞こえるようだ。
悩むロウド。どちらの側に付くべきか。
結果、出てきた言葉は、
「そうですね。珍しいもんだ、とは思います」
という、無難な玉虫色の解答だった。
後ろではコーンズが舌打ちしているのが見える。
期待していた解答ではないが、サゲられた訳ではないので、ヴァルはそれなりに満足したようだ。
「そうだよな! 珍しいよな!」
ロウドの両肩をバンバンと叩きながら、笑みを浮かべるヴァル。
そんなどうしようもない頭目に、冷静な言葉を投げるミスティファー。
「ヴァル。若い子に無理矢理同意を求めてないで、さっさと行くわよ」
「あ、ああ。そうだな」
ミスティファーの言葉にビクッと体を震わせ、御者台に上がるヴァル。
購入責任者として、御者をやらされているのか。
残りのメンバーは、車体側面のドアを開けて中に入る。
普通の箱型馬車と同じように、対面の座席が有り、それぞれ二人ずつ四人乗れるようになっているらしい。
「じゃあ、ロウドは馬でついてきてくれ」
そう言って、ヴァルは操舵輪のような物を握り、足元の二枚の踏み板のうち右のを踏んだ。
車体下の物体・魔動機が音を立てて動き始め、鎖が引かれて車軸を回す。
街道へと走り出す魔動車。ロウドは慌てて愛馬に跨がり、後を追った。
グレタへと続く街道を走り続ける魔動車の中では、コーンズが怒りを露わにしていた。
「ヤンソンの野郎、やはり裏切りやがった。前から『アイツはいざという時にはケツまくるぞ』って言ってたのに、アーサーの奴、幼馴染みだからってよ」
アーサーたちを裏切って自分だけ逃げたヤンソンのことを怒っているらしい。
「仕方ないね。ヤンソンのことを性根は悪くないと信じていたんだろう」
イスカリオスが、ガラスの嵌まった窓から外の風景を見ながら悲しげに言った。
「ヤンソンのことは今は放っておきましょう。やるべきことは、アーサーの遺志の通りに、あの子をグレタの町まで連れて行って、襲撃を報告させることよ」
そう言うミスティファーの目は、魔動車と併走する馬上の少年騎士に向けられている。
その言葉に釣られて、残りの二人もロウドを見やる。
「あのお坊ちゃん、完っ全に装備に振り回されてるようにしか見えないんだけどな」
コーンズの指摘に苦笑いしながら、
「そうだね。まだ成長期で体が出来上がってないのに、重装備をしてるから動きが、まあ……」
とイスカリオスが見解を述べる。
「でも、あの子は脱ごうとしないでしょうね。おそらくは心配した親御さんが贈ってくれた物でしょうから」
と、ミスティファーが垂れ目気味の緑の目を細めながら言った。
遍歴の旅に出た子供を心配した親があつらえさせたものであることは明らかであり、それを分不相応だから脱げ、などとは言えない。
「まあな。ところでよ。ぶっちゃけ、あの鷲翼獅子乗った魔族に勝てると思う? あのお坊ちゃんが」
車内を沈黙が支配する。
まあ、どう見ても無理だ、というのが一同の共通意見だろう。
重装備に振り回されている新米騎士と、見るからに歴戦と思われる魔族の騎士。
実力差は明白であり、それを気合いなどの精神論で覆せるほど実戦は甘くない。
「私たちが手助けすれば勝てるとは思うけどね」
沈黙を破ったイスカリオスの言葉に眉をひそめるミスティファー。
「絶対、嫌がるわよ。あの子」
冷笑を浮かべて、それに続けるコーンズ。
「違えねぇ! これは決闘だから、手出し無用! とか何とか言うぜ、ぜってぇに」
と、そんな風に言っていると、御者台から繋がっている伝声管から、ヴァルの声が響く。
「なら、好きにやらせるしかないだろ。負けてやられそうになったら、俺が割って入る」
「ヴァル……それしかないか」
ミスティファーのこの言葉で、とりあえず黒騎士とはロウド一人で戦わせる、ということになった。
そんな会話がなされているとも知らず、本人のロウドは、意気揚々と愛馬を走らせていた。
「早く、グレタの町と聖堂騎士団に魔族の襲撃を報せて、迎え撃つ態勢を整えるんだ。そしてアイツを、リーズを倒す!」
そんな血気にはやる少年の顔を横目でちらりと見ながら、溜息をつくヴァル。
「戦の実情、知らねえんだろうな」
ボソリと呟いたその声はロウドに聞こえることはなかった。
* * *
太陽が頂点にある昼頃に一回休憩を入れて、それ以外はひたすら走り続けた。
そして太陽が西に傾き、空が夕焼けに染まり始めた時、それは見えた。
城壁である。石材を積み上げて作られた高い城壁が見える。
「うわ~、高い壁だなぁ。マルコス伯爵の城かな?」
思わず呟いたロウドに、ヴァルが説明する。
「ん? お城じゃない、あれがグレタの町だ」
「え? 人の住んでる所が城壁に囲まれてるんですか?」
田舎者のお上りさん丸出しであった。
基本的に町は外敵から守るために、高い城壁で囲まれているのが常識である。村などは壁を作るだけの余裕がないため、柵だけですましているが。
ファグナー男爵領は村が二つしかない貧乏領地のため、そこで生まれ育ったロウドは、城壁で囲まれた大きな町を見るのが初めてなのだ。
「じゃあ、マルコス伯爵の城は?」
聞いたロウドに、
「町の向こうに丘があるだろ? その上に建つのがマルコス伯爵の城だ」
と右手で指し示すヴァル。
確かにグレタの町の向こうに丘があり、その上に高い壁を持つ立派な城が建っていた。
「へ~、あれがマルコス伯爵の城か。ウチの館とは大違いだな」
マルコス伯爵の城と、自分が生まれ育った館を比べてしまうロウド。
ファグナー男爵家の館は、広いことは広いが城壁も何もない只の館であった。どれだけ、自分とこの領地が貧乏であったのかを思い知らされる。
町に近付くにつれて色々と見えてきた。
高い城壁の上では兵士が見張りをしており、大きな門に続く街道の脇に色々な店が並んでいる。
「あの~、何で城壁の外で店をやってるんですか? 危ないから、中で店を開けばいいのに」
魔族などの外敵から守るために城壁で囲っているのに、何故わざわざ外で店を開いているのか。
それを疑問に思って聞いてみた。
「あ~、それな。城壁の中では税金を取られるんだ。稼ぎの一部を収めなきゃいけない。それが嫌な奴は危険を冒して外で商売すんだよ」
ヴァルの説明を聞き、街道脇の店を観察するロウド。
宿や酒場などの看板が出ている。確かに、どれもこれもうらぶれた雰囲気で、大人しく税金を払うようには思えない胡散臭さが匂ってくる。
と、その中の一つに看板を出しておらず、入り口の前に、化粧の濃い女性が一人立っているだけの建物があった。
「ヴァルさん、あの女の人が立っているお店はなんですか? 看板が出ていませんけど」
ロウドが示した店は、読者ご推察の通り娼館である。
どう説明すればいいか悩むヴァル。
「あ、あれはな」
「あれは?」
「大人しか行っちゃいけないお店だ」
真顔で言い切るヴァル。これ以上の説明は無理。
「大人しか? 僕も行ってみたいです」
興味を持ってしまったロウドに、
「子供は駄目だ」
と、問答無用で拒否るヴァル。
「今年で十五になりました。僕は大人です」
と食い下がるロウド。
この世界では齢十五になれば、一人前とみなされ、大人の仲間入りをする。
その為、自分は大人だと主張しているのだ。
食い下がるロウドに、
「自分は大人だ、なんて言ってるうちは子供だよ。お前がホントに一人前になったら、もっと大都市のお店に連れてってやる。俺の奢りでな」
と言い放つヴァル。
自分が一人前ではないというのは自覚しているので、大人しく引き下がるロウド。
「約束ですよ。僕が一人前になったら、ホントに連れてって下さいよ」
「ああ、男と男の約束だ」
車内では、頭を抱えるミスティファー、腹を抱えて笑うコーンズ、苦笑いするイスカリオスの三者三様の姿があった。
「馬鹿。何が男と男の約束よ」
「アハハハハハ! 腹痛え」
「なんだかなあ」
そんな馬鹿なことをやっているうちに門の前まで来た。
城壁で囲まれているために、中に入るには各所にある門を通るしかない。
門の両脇にいる衛兵に人数分の通行料を払うヴァル。
町に住む住民以外の余所者が入るときには通行料を払わなければならないのだ。
魔動車を物珍しげに見る衛兵たち。
「もう日も暮れるから門を閉めようかと思ってたところだ。間に合って良かったな」
衛兵の一人が、気さくに話しかけてきた。
そう、夜になれば保安上の観点から門は閉められるのだ。
「ああ、そうだな。間に合って良かった」
答えるヴァル。
そう、夜は魔族の時間。止まっていた軍勢が動き始めるだろう。
早く迎撃態勢を取らなければ。
「グレタの町へようこそ」
衛兵の言葉を背に、グレタの町に一行は入った。
グレタの町へ 終了
上擦りながらも名乗るロウド。
「俺の名はヴァル。一応、パーティの頭目やってる戦士だ」
ヴァルが名乗ると、他のメンバーも名乗り始めた。
「私の名はミスティファリエル。長い名前だから、みんなはミスティファーって呼んでるわ。貴方もそう呼んでね。見ての通り、豊穣の女神の神官よ」
「先程も名乗ったけど改めて、イスカリオス。もう気付いてると思うけど、魔術師だ。君は太陽神の信者じゃないよね?」
「コーンズ。野伏ってとこだな。俺たちと一緒に行動する以上、少しは役に立てよな」
最後の一人に悪態をつかれたが、概ね好意的に自己紹介をして貰えた。
「グレタの町までは馬で半日ってとこだ。日中に走り続ければ、日が暮れるまでに着ける。魔族が動かない内に急ぐぞ」
ヴァルがそう言うと〈自由なる翼〉の面々は、西の村外れの方に歩き出す。
どうすればいいかオロオロするロウドにイスカリオスが、
「あ、ロウドくん。村外れに私たちの乗り物があるから、馬を連れてきてくれる?」
と言ってくれた。
「はい、分かりました!」
元気に返事をして、愛馬を取りにいくロウド。
西のグレタへと向かう街道に面した村外れ。
そこに愛馬サイクロンに乗って向かったロウドの目に映ったのは、奇妙な乗り物だった。
見た目は馬車。幌馬車ではなく、上流階級の乗るような屋根付きの箱型の馬車だ。
しかし何処を見ても引くはずの馬はおらず、剥き出しの御者台には船の操舵輪のような物が付いている。
車体の下に、奇妙な金属の物体が引っ付いていていて、そこから伸びた鎖が後ろの車輪の車軸に付いた歯車に絡んでグルッと回って、また物体へと戻っていた。
「な、なんですか? これ?」
思わず聞いてしまうロウド。
目を逸らす面々とは別に、ヴァルが『よくぞ聞いてくれた』と言わんばかりに、自慢気に言った。
「これはな魔動車だ」
「モービル?」
聞き返したロウドに、嬉々として説明するヴァル。
「そう、魔動車。御者台に乗って操作する者の魔力を吸収して動く車だよ。グアノザ山の山人、タルスロイ氏族の天才職人オイブが作った逸品でな。一目見て気に入ったから大枚はたいて買ったんだ」
力説するヴァルの後ろでは、他のメンバーがボソボソと愚痴をこぼしていた。
「あんなもんのために白金貨十枚だもんなぁ」
「それなりに役に立ってはいるけどね。ちょっと高かったかな」
「何の相談も無しにパーティのほぼ全財産使っちゃうんだもん……ホント、無駄遣いする癖は昔からなんだから」
コーンズ、イスカリオス、ミスティファーの順だ。
どうやら、この奇妙な乗り物を気に入ってるのはヴァルだけで、他のメンバーはそれほど有用だとは思ってないらしい。
仲間のチクチクとした口撃を受けて、自慢気な顔がどんどんと渋くなっていくヴァル。
「うるさい、うるさい! これはいいもんなんだ! ロウド、お前もそう思うだろ!」
いきなり同意を求められ、返答に困るロウド。
「え、え~と……」
すがるような顔をしているヴァルの後ろでは、他のメンバー三人が首を横に振っている。
『ちゃんと言ってやれ、トドメを刺せ』
そんな三人の心の声が聞こえるようだ。
悩むロウド。どちらの側に付くべきか。
結果、出てきた言葉は、
「そうですね。珍しいもんだ、とは思います」
という、無難な玉虫色の解答だった。
後ろではコーンズが舌打ちしているのが見える。
期待していた解答ではないが、サゲられた訳ではないので、ヴァルはそれなりに満足したようだ。
「そうだよな! 珍しいよな!」
ロウドの両肩をバンバンと叩きながら、笑みを浮かべるヴァル。
そんなどうしようもない頭目に、冷静な言葉を投げるミスティファー。
「ヴァル。若い子に無理矢理同意を求めてないで、さっさと行くわよ」
「あ、ああ。そうだな」
ミスティファーの言葉にビクッと体を震わせ、御者台に上がるヴァル。
購入責任者として、御者をやらされているのか。
残りのメンバーは、車体側面のドアを開けて中に入る。
普通の箱型馬車と同じように、対面の座席が有り、それぞれ二人ずつ四人乗れるようになっているらしい。
「じゃあ、ロウドは馬でついてきてくれ」
そう言って、ヴァルは操舵輪のような物を握り、足元の二枚の踏み板のうち右のを踏んだ。
車体下の物体・魔動機が音を立てて動き始め、鎖が引かれて車軸を回す。
街道へと走り出す魔動車。ロウドは慌てて愛馬に跨がり、後を追った。
グレタへと続く街道を走り続ける魔動車の中では、コーンズが怒りを露わにしていた。
「ヤンソンの野郎、やはり裏切りやがった。前から『アイツはいざという時にはケツまくるぞ』って言ってたのに、アーサーの奴、幼馴染みだからってよ」
アーサーたちを裏切って自分だけ逃げたヤンソンのことを怒っているらしい。
「仕方ないね。ヤンソンのことを性根は悪くないと信じていたんだろう」
イスカリオスが、ガラスの嵌まった窓から外の風景を見ながら悲しげに言った。
「ヤンソンのことは今は放っておきましょう。やるべきことは、アーサーの遺志の通りに、あの子をグレタの町まで連れて行って、襲撃を報告させることよ」
そう言うミスティファーの目は、魔動車と併走する馬上の少年騎士に向けられている。
その言葉に釣られて、残りの二人もロウドを見やる。
「あのお坊ちゃん、完っ全に装備に振り回されてるようにしか見えないんだけどな」
コーンズの指摘に苦笑いしながら、
「そうだね。まだ成長期で体が出来上がってないのに、重装備をしてるから動きが、まあ……」
とイスカリオスが見解を述べる。
「でも、あの子は脱ごうとしないでしょうね。おそらくは心配した親御さんが贈ってくれた物でしょうから」
と、ミスティファーが垂れ目気味の緑の目を細めながら言った。
遍歴の旅に出た子供を心配した親があつらえさせたものであることは明らかであり、それを分不相応だから脱げ、などとは言えない。
「まあな。ところでよ。ぶっちゃけ、あの鷲翼獅子乗った魔族に勝てると思う? あのお坊ちゃんが」
車内を沈黙が支配する。
まあ、どう見ても無理だ、というのが一同の共通意見だろう。
重装備に振り回されている新米騎士と、見るからに歴戦と思われる魔族の騎士。
実力差は明白であり、それを気合いなどの精神論で覆せるほど実戦は甘くない。
「私たちが手助けすれば勝てるとは思うけどね」
沈黙を破ったイスカリオスの言葉に眉をひそめるミスティファー。
「絶対、嫌がるわよ。あの子」
冷笑を浮かべて、それに続けるコーンズ。
「違えねぇ! これは決闘だから、手出し無用! とか何とか言うぜ、ぜってぇに」
と、そんな風に言っていると、御者台から繋がっている伝声管から、ヴァルの声が響く。
「なら、好きにやらせるしかないだろ。負けてやられそうになったら、俺が割って入る」
「ヴァル……それしかないか」
ミスティファーのこの言葉で、とりあえず黒騎士とはロウド一人で戦わせる、ということになった。
そんな会話がなされているとも知らず、本人のロウドは、意気揚々と愛馬を走らせていた。
「早く、グレタの町と聖堂騎士団に魔族の襲撃を報せて、迎え撃つ態勢を整えるんだ。そしてアイツを、リーズを倒す!」
そんな血気にはやる少年の顔を横目でちらりと見ながら、溜息をつくヴァル。
「戦の実情、知らねえんだろうな」
ボソリと呟いたその声はロウドに聞こえることはなかった。
* * *
太陽が頂点にある昼頃に一回休憩を入れて、それ以外はひたすら走り続けた。
そして太陽が西に傾き、空が夕焼けに染まり始めた時、それは見えた。
城壁である。石材を積み上げて作られた高い城壁が見える。
「うわ~、高い壁だなぁ。マルコス伯爵の城かな?」
思わず呟いたロウドに、ヴァルが説明する。
「ん? お城じゃない、あれがグレタの町だ」
「え? 人の住んでる所が城壁に囲まれてるんですか?」
田舎者のお上りさん丸出しであった。
基本的に町は外敵から守るために、高い城壁で囲まれているのが常識である。村などは壁を作るだけの余裕がないため、柵だけですましているが。
ファグナー男爵領は村が二つしかない貧乏領地のため、そこで生まれ育ったロウドは、城壁で囲まれた大きな町を見るのが初めてなのだ。
「じゃあ、マルコス伯爵の城は?」
聞いたロウドに、
「町の向こうに丘があるだろ? その上に建つのがマルコス伯爵の城だ」
と右手で指し示すヴァル。
確かにグレタの町の向こうに丘があり、その上に高い壁を持つ立派な城が建っていた。
「へ~、あれがマルコス伯爵の城か。ウチの館とは大違いだな」
マルコス伯爵の城と、自分が生まれ育った館を比べてしまうロウド。
ファグナー男爵家の館は、広いことは広いが城壁も何もない只の館であった。どれだけ、自分とこの領地が貧乏であったのかを思い知らされる。
町に近付くにつれて色々と見えてきた。
高い城壁の上では兵士が見張りをしており、大きな門に続く街道の脇に色々な店が並んでいる。
「あの~、何で城壁の外で店をやってるんですか? 危ないから、中で店を開けばいいのに」
魔族などの外敵から守るために城壁で囲っているのに、何故わざわざ外で店を開いているのか。
それを疑問に思って聞いてみた。
「あ~、それな。城壁の中では税金を取られるんだ。稼ぎの一部を収めなきゃいけない。それが嫌な奴は危険を冒して外で商売すんだよ」
ヴァルの説明を聞き、街道脇の店を観察するロウド。
宿や酒場などの看板が出ている。確かに、どれもこれもうらぶれた雰囲気で、大人しく税金を払うようには思えない胡散臭さが匂ってくる。
と、その中の一つに看板を出しておらず、入り口の前に、化粧の濃い女性が一人立っているだけの建物があった。
「ヴァルさん、あの女の人が立っているお店はなんですか? 看板が出ていませんけど」
ロウドが示した店は、読者ご推察の通り娼館である。
どう説明すればいいか悩むヴァル。
「あ、あれはな」
「あれは?」
「大人しか行っちゃいけないお店だ」
真顔で言い切るヴァル。これ以上の説明は無理。
「大人しか? 僕も行ってみたいです」
興味を持ってしまったロウドに、
「子供は駄目だ」
と、問答無用で拒否るヴァル。
「今年で十五になりました。僕は大人です」
と食い下がるロウド。
この世界では齢十五になれば、一人前とみなされ、大人の仲間入りをする。
その為、自分は大人だと主張しているのだ。
食い下がるロウドに、
「自分は大人だ、なんて言ってるうちは子供だよ。お前がホントに一人前になったら、もっと大都市のお店に連れてってやる。俺の奢りでな」
と言い放つヴァル。
自分が一人前ではないというのは自覚しているので、大人しく引き下がるロウド。
「約束ですよ。僕が一人前になったら、ホントに連れてって下さいよ」
「ああ、男と男の約束だ」
車内では、頭を抱えるミスティファー、腹を抱えて笑うコーンズ、苦笑いするイスカリオスの三者三様の姿があった。
「馬鹿。何が男と男の約束よ」
「アハハハハハ! 腹痛え」
「なんだかなあ」
そんな馬鹿なことをやっているうちに門の前まで来た。
城壁で囲まれているために、中に入るには各所にある門を通るしかない。
門の両脇にいる衛兵に人数分の通行料を払うヴァル。
町に住む住民以外の余所者が入るときには通行料を払わなければならないのだ。
魔動車を物珍しげに見る衛兵たち。
「もう日も暮れるから門を閉めようかと思ってたところだ。間に合って良かったな」
衛兵の一人が、気さくに話しかけてきた。
そう、夜になれば保安上の観点から門は閉められるのだ。
「ああ、そうだな。間に合って良かった」
答えるヴァル。
そう、夜は魔族の時間。止まっていた軍勢が動き始めるだろう。
早く迎撃態勢を取らなければ。
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yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
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