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第3章 グレタ攻防戦
第10話 迎撃準備
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「そうか。アーサーたちがな……」
ロウドの話を聞き終わった眼鏡をかけた痩せた体の中年男は、天井を見上げながら呟いた。
ここは冒険者組合グレタ支部の支部長室。
職員に案内されて、中にいた眼鏡男・支部長に『話とは何か』と問われ、当事者であるロウドが、アーサーたちの最期、魔族の軍団がやってくることを話したのだ。
「見所のある奴らだったが、残念だ」
アーサーたちの死を悼む支部長に、ヴァルがズバリ本題を突きつける。
「で、どうするんだ?」
アーサーたちのことは確かに残念だ。だが、非情なようであるが悲しんでいる時間は正直言って無いのである。
魔族の目標は、聖堂騎士団グレイズ支部隊が本拠とする城であるが、その進路上にあるこのグレタの町と、マルコス伯爵の城を見逃してくれるとは思えない。
よって、日がまだある内に準備を整えて、深夜には到達するであろう魔族の軍勢を迎撃しなければならないのだ。
「あ、ああ、そうだな。伯爵の城に早急に伝令を出して報せなければ」
眼鏡のツルを押し上げながら言った支部長に、イスカリオスが進言する。
「あと、聖堂騎士団にも早馬をお願いします」
「何故だね?」
イスカリオスの言葉に渋い顔になる支部長。
正直言って、彼ら聖堂騎士団とは関わりたくない、というのが支部長の思いだった。
聖堂騎士団。太陽神の教えの元に、この世の秩序を守るというお題目を掲げるこの団体は、あまりにも狂信的・高圧的であり、冒険者を『金で何でもする輩』と蔑んでいたからだ。
嫌悪感を隠さない支部長に、イスカリオスの冷徹な言葉が向けられる。
「分かりませんか? この町の守備隊と伯爵の城の戦力だけではおそらく勝てないからです」
「ここの組合の冒険者だっているぞ」
「失礼ですが、先ほど一階にたむろってたのを見た限り、戦力になりそうなのは一握り。その彼らも、魔族が大挙を成して軍団レベルで襲ってくる、と言われて残って戦ってくれるかどうか」
そう、冒険者など所詮は食い詰め者の集まりなのだ。自分の命を賭けてまで町を守るかどうか、というと正直言って怪しいモノ。
下のホールにいた冒険者のうち、半分戦ってくれればいい方ではないか。
つまり、このグレタを守る戦いにおいて、彼らを戦力として計算に入れない方がいいだろう。
「あの狂信者の集まりの聖堂騎士団のことです。魔族が来ると言えば、喜び勇んでやって来ますよ。それに元々の魔族の目標は彼らなんですから、きっちりと働いて貰いましょう」
イスカリオスが淡々とした口調で、聖堂騎士団を巻き込むことを提案するのを見ながら、ロウドは彼への評価を改めていた。
苦労性を思わせる言葉使いや態度などから『いい人だ』と思っていたのだが、目の前の支部長との会話で結構クレバーな人だというのが分かったのだ。
「う、うむ。分かった。聖堂騎士団に早馬を出して、助力を願おう」
イスカリオスに丸め込まれ、聖堂騎士団に助けを求めることを決定する支部長。
「で、君たち〈自由なる翼〉は戦ってくれるのかね?」
支部長の目がパーティの頭目であるヴァルに向けられる。
その目には懇願の色があった。
冒険者組合グレタ支部には、今さっきイスカリオスの言ったとおり、格下の石等級や銅等級の者しかいない。
それこそ、アーサーたちのパーティが新進気鋭と呼ばれており、後はそれとどっこいどっこいの実力のパーティが三組ほどいるぐらいなのだ。
そんな状況なので、銀等級昇格寸前のパーティ。しかも、あの金等級の大鬼殺しヴォーラスと月の戦乙女リリアナの息子が率いるパーティ。
このネームバリューだけで守備側の士気は上がるはずだ。
「あ~、当然参加するぜ」
迷いも躊躇いも無く、軽い調子でヴァルはグレタ守備戦への参加を表明した。
「アンタは知らねえだろうが、アーサーたちとは付き合いがあったからな。仇討ちには参加させて貰う」
そう言ってヴァルは獰猛な笑みを浮かべた。
* * *
都市の外の丘の上にあるマルコス伯爵の城と、少し離れた場所にある聖堂騎士団の城へと伝令が走る。
報告を聞いたマルコス伯爵は驚愕し、城下町を守るために城の騎士団と兵を向かわせることにした。
太陽が落ち東の空はから月が昇り始めたそんな時刻。
城の守りに最低限の兵力を残し、伯爵麾下の騎士団と兵が西門を通じて城塞都市内に入ってくる。
それを中央広場から見ながら、ヴァルは言った。
「さて、やるべきことはやった。迎撃準備は、この町の奴らがやるだろうから、俺らは腹拵えしようぜ」
「そうだな。魔族が来るまで、まだ少し時間あるだろうし」
コーンズもそれに乗っかった。
「そうだね。戦いが始まったら、食べてる暇ないだろうし」
「確かに、お昼に干し肉食べたきりだから、お腹空いたわね。なんか食べましょう」
イスカリオスとミスティファーも同意したので、一行は大通りの方へ足を向けた。
「で、何処で食べるか、なんだけど……私は食堂」
そうミスティファーが言うと、残りのメンツも主張を始める。
「食堂はこの前行ったじゃねえか! 今度は酒場だ、酒場!」
「そうだ、そうだ!」
「私は食堂がいいなぁ」
ヴァル、コーンズ、イスカリオスが次々に主張するが、四人なので丁度半分に分かれて決まらない。
なので五人目のメンバー・兜を脱ぎ月明かりに金髪を輝かせた青い瞳の少年に、四人の目は向けられた。
「ロウド、お前は夕飯、何処で食べたい? 当然、酒場だよなぁ?」
ヴァルが、ロウドの両肩を掴みながら言った。
鎧の肩当てが軋むぐらいの力が篭もっている。
「ロウドくん。酒場の雑な料理と違って、食堂の料理はね、手の込んだ美味しい料理なのよ! ね、そっち、食べたいでしょ?」
ミスティファーが、垂れ目気味の緑の目を見開き、顔を近づけて力説する。
女性の顔を至近距離で見たのだから、本当なら恥ずかしくて赤面するところだが、あまりに鬼気迫る雰囲気のため、全くそんな気にはならなかった。
「ロウド。お前、貴族なんだから、凝った料理なんざ食べ飽きてるだろ? 酒場にしやがれ」
「いやいや、貴族のロウドくんには、酒場の料理は合わないだろう。お腹を壊したら大変だから、食堂にした方がいい」
コーンズとイスカリオスが、横から言ってくる。
四者四様に迫ってくる〈自由なる翼〉の面々に、どう対処すればいいか悩むロウド。
朝方の魔動車の様に誤魔化すことはできない。どちらかを選ばなければならないのだ。
と悩んでいると、来たときに大通りで見た、今まで見たことの無い食材が脳裏に浮かんだ。
食堂でなら、あれらを使った料理が食べられるかも知れない。
そう思ったら、言葉がほぼ無意識のうちに口から出ていた。
「食堂に行きたいです」
ヴァルとコーンズは愕然とした表情で、
「裏切り者!」
「クソがー!」
と、その口からは罵声が飛んでいた。
対して、ミスティファーとイスカリオスは、してやったりといった感じでニンマリと笑い、
「うんうん。そうよね、手の込んだ美味しい料理食べたいわよね」
「さあ、いざ行かん。美食の殿堂へ」
などと言っていた。
食堂に行き、メニューを見たロウドは、その種類に圧倒されて何を頼んでいいのか、分からなかった。
ミスティファーに素直にそれを言ったら、
「じゃあ、どんな物が食べたいの?」
と聞かれ、
「今まで食べたことの無い物を食べたいです」
と言う、思いっ切りあやふやな答えをしてしまった。
その答えに少し考えたミスティファーが選んだのは、〈海魚の香草蒸し焼き〉だった。
南の海でしか採れない魚の腹に香草などを詰め、熱に強い葉で包んで蒸し焼きにした料理である。
他のメンツはと言うと、ヴァルは普通に牛のステーキ、コーンズは挽肉をまとめた物を焼いたハンバーグなる料理、ミスティファーはチーズの入ったオムレツ、イスカリオスは野菜と腸詰めを煮込んだポトフを頼んでいた。
始めて食べる海の魚に舌鼓を打つロウド。
ブツブツ言っていたヴァルやコーンズも腹が膨れればそれでいいのか、食後のお茶の時にはもはや文句は言わなかった。
まったりと消化を促進する薬草茶を飲んでいたロウドは、ヴァル一人だけ違う物を飲んでいることに気付いた。
他の皆が茶色い薬草茶なのに、ヴァルだけが真っ黒い飲物を飲んでいるのだ。
「あの~、その飲物は?」
聞いたロウドに、
「ああ、これか? コフィだ。親父、大鬼殺しヴォーラスの故郷リュカンナで飲まれている物だよ」
と、答えるヴァル。
リュカンナ地方。グレイズから遥か南東にある暑く砂だらけの地方だ。
ここアレルヤ地方とは違い、国に該当するまとまった統治制度が無く、部族ごとに暮らしているという。
アレルヤ地方の民は、浅黒い肌のリュカンナの民を文化の遅れた蛮族と呼んで差別している。
ヴァルの浅黒い肌は日焼けではなく、父親譲りの物だったのだ。
書物で読んだことしかないリュカンナのことを好奇心に駆られて聞くロウド。
「あの、リュカンナ地方って砂だらけって本当ですか?」
だが、返ってきた答えは素っ気ないモノであった。
「親父の話ではそうらしいな。俺はアレルヤ地方で生まれ育ったから良くは知らん」
そう、あくまでも父親の出身地と言うだけで、ヴァル自身は一回もリュカンナに行ったことはないのだ。
「そうですか……」
意気消沈するロウド。
「悪いな」
「いえ、僕が勝手に思い込んで聞いただけなので……そう言えば、皆さんは、アーサーさんたちとは、どういう関係なのですか?」
ふと思い出したことを聞く。
「あ~、それな。修行仲間みたいなもんだ」
答えるヴァル。
「修行仲間?」
「そう、俺の親父とお袋が、故郷のバルトおん出て迷宮都市マッセウに冒険者になりにやって来たアイツらを鍛え上げたんだよ。俺たちと一緒にな」
迷宮都市マッセウ。港町バルトと王都ローデンの間にある城塞都市である。
町のすぐ近くに未踏破の巨大な迷宮〈底無しの迷宮〉があるために、数多くの冒険者が集まる町だ。
現役引退後、ここに住んでいたヴォーラスとリリアナは、バルトからやって来たアーサーたちと出会い、息子ヴァルや拾い子のコーンズを交えて、冒険者のイロハを叩き込み鍛え上げた。
だが、その修行は一年で終わった。
森人と平人の混血である豊穣の女神の神官ミスティファーや、異端とされる魔術師のイスカリオスが加わったことにより、太陽神の神官であるジャンが拒否反応を起こしたのだ。
その結果、幼馴染みを大事にしたいアーサーは、袂を分かちグレタへとやって来たのだ。
ヴァルたちは四人は、その後も厳しい修行を続けて御墨付きを貰い、父から大鬼殺しを譲り受けることになる。
「なるほど、そうだったんですね」
説明を受けて納得するロウド。
「たく! ジャンの野郎がグダグダ言わなけりゃ、ずっと一緒にやって行けたのによ」
コーンズが愚痴る。
「彼は至って模範的な太陽神の神官だったからね。魔術師である私とは、どうしても相容れなかったんだろうな」
そう言って、イスカリオスが苦笑を浮かべる。
ロウドは、何も言うことができなかった。
自分から見れば、ジャンは太陽神の敬虔なる神官であり真面目な好感の持てる先輩だった。
だが魔術師であるイスカリオスは、かなりキツく当たられたのだろうことは、今の言葉から推察できる。
沈黙した一同の耳に、店の外から声が聞こえてきた。
「聖堂騎士団がやって来てくれたぞ!」
それを聞いて顔を見合わす一同。
「来たか。イスカリオス、絶対に見つからねえ様にしろよ。奴らに見つかったら、その場で異端審問始まって殺されるからな」
ヴァルの言葉に頷くイスカリオス。
「分かってるよ、ヴァル。あんな狂信者どもに見つからないように隠れてるさ」
列を成した軍隊が歩く音が聞こえてきた。一糸乱れぬ揃った足音だ。
店の窓の外を、彼らが通る。
白銀に輝く板金鎧の上に、太陽神の紋章である〈燃える赤い円〉を描いた胴衣を身につけ、頭にはバケツ兜を被っている。
人数は百人を越えており、かなり本腰を入れてやって来たらしい。
「あれが聖堂騎士団か……ん?」
その騎士団の中に、良く見知った人物を見つけたロウド。
「リチャード兄さん?!」
そう、二年ほど前に、宗教都市キタンの神学校に入ったはずの次兄リチャードが騎士団の中に見えたのだ。
立ち上がり、店を出るロウド。
「リチャード兄さん!」
叫ぶ。
それが聞こえたのか、行進する騎士団の中から一人の人物が抜け出してきた。
金糸銀糸で装飾された司祭用の外套を着込んだ青年である。
「まさか、ロウドか?!」
やはり、次兄リチャードであった。
リチャードは、父譲りの金髪の兄エドワードや弟ロウドとは違い、母譲りの茶色の髪をしており、体格も戦士向きな兄や弟とは違い、筋肉が付かず痩せぎすで、剣の腕も一向に上達しなかった。
それが故に聖職者の道を選び、神学校へと入ったのだ。
「リチャード兄さん、なんでここに?」
ロウドは、次兄に聞いた。
「神学校を卒業した後、聖堂騎士団付きの司祭になったんだよた。お前こそどうしたんだと言いたいが、今年で十五になったから遍歴の旅に出た、と言うとこか」
次兄の言葉に頷くロウド。
「しかし、お前も災難だな。遍歴の旅に出た途端に、こんな大騒動に巻き込まれるとは。無理は言わん、町から逃げろ」
「それはできないよ」
「何故だ?」
「当事者が逃げるわけにはいかないだろ」
「まさか、襲撃を伝えに来た冒険者ってのは……」
「僕だよ」
天を仰ぎ嘆息するリチャード。
と、そこに横から声が掛かった。
「リチャードよ。弟が心配なのは分かるが、今は一刻を争う。早く、この町の守備隊や伯爵の配下の騎士と話し合って、守備計画を練らねばならないのだ」
他の聖堂騎士とは少し違う胴衣を付けた巨漢である。
「はい、申し訳ありません。クリント団長」
頭を下げるリチャード。
どうやら、この巨漢が、グレイズの聖堂騎士団をまとめる男らしい。
「すまないな、リチャードの弟。私は、聖堂騎士団グレイズ支部の責任者のクリントだ。実際に奴らと戦った君にも話し合いに参加して欲しい」
と、その男・クリントはロウドに言った。
ロウドは食堂の方に目を向けたが、ヴァルたち〈自由なる翼〉の姿は見えなかった。
どうやら、聖堂騎士団と関わり合いを持ちたく無いので、ロウドを置いて逃げたらしい。
異端とされるイスカリオスがいる以上、仕方の無いことだが、胸の奥に微かな痛みを覚えるロウドだった。
「分かりました」
そう答えてロウドは、聖堂騎士団と共に、中央広場の方へ向かった。
そこには、グレタの守備隊と城の騎士たちや兵、そして身なりの良い初老の男がいた。
初老の男は、聖堂騎士団を見ると、挨拶をしてきた。
「おお、聖堂騎士団の方々、ご足労申し訳ない。私はここの領主、アダム・マルコスだ」
伯爵様自ら、聖堂騎士団を出迎えに城から出てきたらしい。
マルコス伯爵、その麾下の騎士の責任者、グレタ守備隊の隊長、クリントやリチャード、そしてロウドを加えたメンバーで、このグレタを守るための会議が始まった。
実際に奴らの指揮官と相まみえ一部とは言え戦ったロウドが発言を求められたが、イスカリオスのことはぼかすなど多少の脚色を交えて話をした。
その情報を元に守備のための計画が練られていく。
* * *
グレタの城壁の上。
篝火が焚かれ、据え置き式の超大型弩弓が設置されて、守備隊の兵士が警戒をしている。
その内の一人、夜目が利く男が叫んだ。
「なんだ、あれは? 鳥? いや、鷲翼獅子だ!」
騒然となる守備隊。
「魔族が来たぞ! 誰か、知らせに行け!」
中央広場で会議しているはずのお偉方へと伝令が走る。
「くそ! のんびり会議なんてしてんじゃねえよ。もう来ちまったぞ」
夜の闇に目を凝らせば、異形の軍勢が見て取れた。その正確な数は分からないが、下手をすれば四桁に届くかも知れない。
戦々恐々とする守備隊の見守る中、魔軍の中で一番の巨体を誇る巨人が振りかぶった。
振られる腕。風切り音を鳴らして、何かが飛んでくる。
それは城壁手前の地面に落ちた。
岩だ。大きな岩を投げてきたのだ。
今回は外れたが、アレが当たれば城壁も只では済まないだろう。
闇夜に耳障りな音が響き渡る。
魔族の雄叫び、そして魔獣の鳴き声だ。
こうして、グレタ攻防戦は始まった。
迎撃準備 終了
ロウドの話を聞き終わった眼鏡をかけた痩せた体の中年男は、天井を見上げながら呟いた。
ここは冒険者組合グレタ支部の支部長室。
職員に案内されて、中にいた眼鏡男・支部長に『話とは何か』と問われ、当事者であるロウドが、アーサーたちの最期、魔族の軍団がやってくることを話したのだ。
「見所のある奴らだったが、残念だ」
アーサーたちの死を悼む支部長に、ヴァルがズバリ本題を突きつける。
「で、どうするんだ?」
アーサーたちのことは確かに残念だ。だが、非情なようであるが悲しんでいる時間は正直言って無いのである。
魔族の目標は、聖堂騎士団グレイズ支部隊が本拠とする城であるが、その進路上にあるこのグレタの町と、マルコス伯爵の城を見逃してくれるとは思えない。
よって、日がまだある内に準備を整えて、深夜には到達するであろう魔族の軍勢を迎撃しなければならないのだ。
「あ、ああ、そうだな。伯爵の城に早急に伝令を出して報せなければ」
眼鏡のツルを押し上げながら言った支部長に、イスカリオスが進言する。
「あと、聖堂騎士団にも早馬をお願いします」
「何故だね?」
イスカリオスの言葉に渋い顔になる支部長。
正直言って、彼ら聖堂騎士団とは関わりたくない、というのが支部長の思いだった。
聖堂騎士団。太陽神の教えの元に、この世の秩序を守るというお題目を掲げるこの団体は、あまりにも狂信的・高圧的であり、冒険者を『金で何でもする輩』と蔑んでいたからだ。
嫌悪感を隠さない支部長に、イスカリオスの冷徹な言葉が向けられる。
「分かりませんか? この町の守備隊と伯爵の城の戦力だけではおそらく勝てないからです」
「ここの組合の冒険者だっているぞ」
「失礼ですが、先ほど一階にたむろってたのを見た限り、戦力になりそうなのは一握り。その彼らも、魔族が大挙を成して軍団レベルで襲ってくる、と言われて残って戦ってくれるかどうか」
そう、冒険者など所詮は食い詰め者の集まりなのだ。自分の命を賭けてまで町を守るかどうか、というと正直言って怪しいモノ。
下のホールにいた冒険者のうち、半分戦ってくれればいい方ではないか。
つまり、このグレタを守る戦いにおいて、彼らを戦力として計算に入れない方がいいだろう。
「あの狂信者の集まりの聖堂騎士団のことです。魔族が来ると言えば、喜び勇んでやって来ますよ。それに元々の魔族の目標は彼らなんですから、きっちりと働いて貰いましょう」
イスカリオスが淡々とした口調で、聖堂騎士団を巻き込むことを提案するのを見ながら、ロウドは彼への評価を改めていた。
苦労性を思わせる言葉使いや態度などから『いい人だ』と思っていたのだが、目の前の支部長との会話で結構クレバーな人だというのが分かったのだ。
「う、うむ。分かった。聖堂騎士団に早馬を出して、助力を願おう」
イスカリオスに丸め込まれ、聖堂騎士団に助けを求めることを決定する支部長。
「で、君たち〈自由なる翼〉は戦ってくれるのかね?」
支部長の目がパーティの頭目であるヴァルに向けられる。
その目には懇願の色があった。
冒険者組合グレタ支部には、今さっきイスカリオスの言ったとおり、格下の石等級や銅等級の者しかいない。
それこそ、アーサーたちのパーティが新進気鋭と呼ばれており、後はそれとどっこいどっこいの実力のパーティが三組ほどいるぐらいなのだ。
そんな状況なので、銀等級昇格寸前のパーティ。しかも、あの金等級の大鬼殺しヴォーラスと月の戦乙女リリアナの息子が率いるパーティ。
このネームバリューだけで守備側の士気は上がるはずだ。
「あ~、当然参加するぜ」
迷いも躊躇いも無く、軽い調子でヴァルはグレタ守備戦への参加を表明した。
「アンタは知らねえだろうが、アーサーたちとは付き合いがあったからな。仇討ちには参加させて貰う」
そう言ってヴァルは獰猛な笑みを浮かべた。
* * *
都市の外の丘の上にあるマルコス伯爵の城と、少し離れた場所にある聖堂騎士団の城へと伝令が走る。
報告を聞いたマルコス伯爵は驚愕し、城下町を守るために城の騎士団と兵を向かわせることにした。
太陽が落ち東の空はから月が昇り始めたそんな時刻。
城の守りに最低限の兵力を残し、伯爵麾下の騎士団と兵が西門を通じて城塞都市内に入ってくる。
それを中央広場から見ながら、ヴァルは言った。
「さて、やるべきことはやった。迎撃準備は、この町の奴らがやるだろうから、俺らは腹拵えしようぜ」
「そうだな。魔族が来るまで、まだ少し時間あるだろうし」
コーンズもそれに乗っかった。
「そうだね。戦いが始まったら、食べてる暇ないだろうし」
「確かに、お昼に干し肉食べたきりだから、お腹空いたわね。なんか食べましょう」
イスカリオスとミスティファーも同意したので、一行は大通りの方へ足を向けた。
「で、何処で食べるか、なんだけど……私は食堂」
そうミスティファーが言うと、残りのメンツも主張を始める。
「食堂はこの前行ったじゃねえか! 今度は酒場だ、酒場!」
「そうだ、そうだ!」
「私は食堂がいいなぁ」
ヴァル、コーンズ、イスカリオスが次々に主張するが、四人なので丁度半分に分かれて決まらない。
なので五人目のメンバー・兜を脱ぎ月明かりに金髪を輝かせた青い瞳の少年に、四人の目は向けられた。
「ロウド、お前は夕飯、何処で食べたい? 当然、酒場だよなぁ?」
ヴァルが、ロウドの両肩を掴みながら言った。
鎧の肩当てが軋むぐらいの力が篭もっている。
「ロウドくん。酒場の雑な料理と違って、食堂の料理はね、手の込んだ美味しい料理なのよ! ね、そっち、食べたいでしょ?」
ミスティファーが、垂れ目気味の緑の目を見開き、顔を近づけて力説する。
女性の顔を至近距離で見たのだから、本当なら恥ずかしくて赤面するところだが、あまりに鬼気迫る雰囲気のため、全くそんな気にはならなかった。
「ロウド。お前、貴族なんだから、凝った料理なんざ食べ飽きてるだろ? 酒場にしやがれ」
「いやいや、貴族のロウドくんには、酒場の料理は合わないだろう。お腹を壊したら大変だから、食堂にした方がいい」
コーンズとイスカリオスが、横から言ってくる。
四者四様に迫ってくる〈自由なる翼〉の面々に、どう対処すればいいか悩むロウド。
朝方の魔動車の様に誤魔化すことはできない。どちらかを選ばなければならないのだ。
と悩んでいると、来たときに大通りで見た、今まで見たことの無い食材が脳裏に浮かんだ。
食堂でなら、あれらを使った料理が食べられるかも知れない。
そう思ったら、言葉がほぼ無意識のうちに口から出ていた。
「食堂に行きたいです」
ヴァルとコーンズは愕然とした表情で、
「裏切り者!」
「クソがー!」
と、その口からは罵声が飛んでいた。
対して、ミスティファーとイスカリオスは、してやったりといった感じでニンマリと笑い、
「うんうん。そうよね、手の込んだ美味しい料理食べたいわよね」
「さあ、いざ行かん。美食の殿堂へ」
などと言っていた。
食堂に行き、メニューを見たロウドは、その種類に圧倒されて何を頼んでいいのか、分からなかった。
ミスティファーに素直にそれを言ったら、
「じゃあ、どんな物が食べたいの?」
と聞かれ、
「今まで食べたことの無い物を食べたいです」
と言う、思いっ切りあやふやな答えをしてしまった。
その答えに少し考えたミスティファーが選んだのは、〈海魚の香草蒸し焼き〉だった。
南の海でしか採れない魚の腹に香草などを詰め、熱に強い葉で包んで蒸し焼きにした料理である。
他のメンツはと言うと、ヴァルは普通に牛のステーキ、コーンズは挽肉をまとめた物を焼いたハンバーグなる料理、ミスティファーはチーズの入ったオムレツ、イスカリオスは野菜と腸詰めを煮込んだポトフを頼んでいた。
始めて食べる海の魚に舌鼓を打つロウド。
ブツブツ言っていたヴァルやコーンズも腹が膨れればそれでいいのか、食後のお茶の時にはもはや文句は言わなかった。
まったりと消化を促進する薬草茶を飲んでいたロウドは、ヴァル一人だけ違う物を飲んでいることに気付いた。
他の皆が茶色い薬草茶なのに、ヴァルだけが真っ黒い飲物を飲んでいるのだ。
「あの~、その飲物は?」
聞いたロウドに、
「ああ、これか? コフィだ。親父、大鬼殺しヴォーラスの故郷リュカンナで飲まれている物だよ」
と、答えるヴァル。
リュカンナ地方。グレイズから遥か南東にある暑く砂だらけの地方だ。
ここアレルヤ地方とは違い、国に該当するまとまった統治制度が無く、部族ごとに暮らしているという。
アレルヤ地方の民は、浅黒い肌のリュカンナの民を文化の遅れた蛮族と呼んで差別している。
ヴァルの浅黒い肌は日焼けではなく、父親譲りの物だったのだ。
書物で読んだことしかないリュカンナのことを好奇心に駆られて聞くロウド。
「あの、リュカンナ地方って砂だらけって本当ですか?」
だが、返ってきた答えは素っ気ないモノであった。
「親父の話ではそうらしいな。俺はアレルヤ地方で生まれ育ったから良くは知らん」
そう、あくまでも父親の出身地と言うだけで、ヴァル自身は一回もリュカンナに行ったことはないのだ。
「そうですか……」
意気消沈するロウド。
「悪いな」
「いえ、僕が勝手に思い込んで聞いただけなので……そう言えば、皆さんは、アーサーさんたちとは、どういう関係なのですか?」
ふと思い出したことを聞く。
「あ~、それな。修行仲間みたいなもんだ」
答えるヴァル。
「修行仲間?」
「そう、俺の親父とお袋が、故郷のバルトおん出て迷宮都市マッセウに冒険者になりにやって来たアイツらを鍛え上げたんだよ。俺たちと一緒にな」
迷宮都市マッセウ。港町バルトと王都ローデンの間にある城塞都市である。
町のすぐ近くに未踏破の巨大な迷宮〈底無しの迷宮〉があるために、数多くの冒険者が集まる町だ。
現役引退後、ここに住んでいたヴォーラスとリリアナは、バルトからやって来たアーサーたちと出会い、息子ヴァルや拾い子のコーンズを交えて、冒険者のイロハを叩き込み鍛え上げた。
だが、その修行は一年で終わった。
森人と平人の混血である豊穣の女神の神官ミスティファーや、異端とされる魔術師のイスカリオスが加わったことにより、太陽神の神官であるジャンが拒否反応を起こしたのだ。
その結果、幼馴染みを大事にしたいアーサーは、袂を分かちグレタへとやって来たのだ。
ヴァルたちは四人は、その後も厳しい修行を続けて御墨付きを貰い、父から大鬼殺しを譲り受けることになる。
「なるほど、そうだったんですね」
説明を受けて納得するロウド。
「たく! ジャンの野郎がグダグダ言わなけりゃ、ずっと一緒にやって行けたのによ」
コーンズが愚痴る。
「彼は至って模範的な太陽神の神官だったからね。魔術師である私とは、どうしても相容れなかったんだろうな」
そう言って、イスカリオスが苦笑を浮かべる。
ロウドは、何も言うことができなかった。
自分から見れば、ジャンは太陽神の敬虔なる神官であり真面目な好感の持てる先輩だった。
だが魔術師であるイスカリオスは、かなりキツく当たられたのだろうことは、今の言葉から推察できる。
沈黙した一同の耳に、店の外から声が聞こえてきた。
「聖堂騎士団がやって来てくれたぞ!」
それを聞いて顔を見合わす一同。
「来たか。イスカリオス、絶対に見つからねえ様にしろよ。奴らに見つかったら、その場で異端審問始まって殺されるからな」
ヴァルの言葉に頷くイスカリオス。
「分かってるよ、ヴァル。あんな狂信者どもに見つからないように隠れてるさ」
列を成した軍隊が歩く音が聞こえてきた。一糸乱れぬ揃った足音だ。
店の窓の外を、彼らが通る。
白銀に輝く板金鎧の上に、太陽神の紋章である〈燃える赤い円〉を描いた胴衣を身につけ、頭にはバケツ兜を被っている。
人数は百人を越えており、かなり本腰を入れてやって来たらしい。
「あれが聖堂騎士団か……ん?」
その騎士団の中に、良く見知った人物を見つけたロウド。
「リチャード兄さん?!」
そう、二年ほど前に、宗教都市キタンの神学校に入ったはずの次兄リチャードが騎士団の中に見えたのだ。
立ち上がり、店を出るロウド。
「リチャード兄さん!」
叫ぶ。
それが聞こえたのか、行進する騎士団の中から一人の人物が抜け出してきた。
金糸銀糸で装飾された司祭用の外套を着込んだ青年である。
「まさか、ロウドか?!」
やはり、次兄リチャードであった。
リチャードは、父譲りの金髪の兄エドワードや弟ロウドとは違い、母譲りの茶色の髪をしており、体格も戦士向きな兄や弟とは違い、筋肉が付かず痩せぎすで、剣の腕も一向に上達しなかった。
それが故に聖職者の道を選び、神学校へと入ったのだ。
「リチャード兄さん、なんでここに?」
ロウドは、次兄に聞いた。
「神学校を卒業した後、聖堂騎士団付きの司祭になったんだよた。お前こそどうしたんだと言いたいが、今年で十五になったから遍歴の旅に出た、と言うとこか」
次兄の言葉に頷くロウド。
「しかし、お前も災難だな。遍歴の旅に出た途端に、こんな大騒動に巻き込まれるとは。無理は言わん、町から逃げろ」
「それはできないよ」
「何故だ?」
「当事者が逃げるわけにはいかないだろ」
「まさか、襲撃を伝えに来た冒険者ってのは……」
「僕だよ」
天を仰ぎ嘆息するリチャード。
と、そこに横から声が掛かった。
「リチャードよ。弟が心配なのは分かるが、今は一刻を争う。早く、この町の守備隊や伯爵の配下の騎士と話し合って、守備計画を練らねばならないのだ」
他の聖堂騎士とは少し違う胴衣を付けた巨漢である。
「はい、申し訳ありません。クリント団長」
頭を下げるリチャード。
どうやら、この巨漢が、グレイズの聖堂騎士団をまとめる男らしい。
「すまないな、リチャードの弟。私は、聖堂騎士団グレイズ支部の責任者のクリントだ。実際に奴らと戦った君にも話し合いに参加して欲しい」
と、その男・クリントはロウドに言った。
ロウドは食堂の方に目を向けたが、ヴァルたち〈自由なる翼〉の姿は見えなかった。
どうやら、聖堂騎士団と関わり合いを持ちたく無いので、ロウドを置いて逃げたらしい。
異端とされるイスカリオスがいる以上、仕方の無いことだが、胸の奥に微かな痛みを覚えるロウドだった。
「分かりました」
そう答えてロウドは、聖堂騎士団と共に、中央広場の方へ向かった。
そこには、グレタの守備隊と城の騎士たちや兵、そして身なりの良い初老の男がいた。
初老の男は、聖堂騎士団を見ると、挨拶をしてきた。
「おお、聖堂騎士団の方々、ご足労申し訳ない。私はここの領主、アダム・マルコスだ」
伯爵様自ら、聖堂騎士団を出迎えに城から出てきたらしい。
マルコス伯爵、その麾下の騎士の責任者、グレタ守備隊の隊長、クリントやリチャード、そしてロウドを加えたメンバーで、このグレタを守るための会議が始まった。
実際に奴らの指揮官と相まみえ一部とは言え戦ったロウドが発言を求められたが、イスカリオスのことはぼかすなど多少の脚色を交えて話をした。
その情報を元に守備のための計画が練られていく。
* * *
グレタの城壁の上。
篝火が焚かれ、据え置き式の超大型弩弓が設置されて、守備隊の兵士が警戒をしている。
その内の一人、夜目が利く男が叫んだ。
「なんだ、あれは? 鳥? いや、鷲翼獅子だ!」
騒然となる守備隊。
「魔族が来たぞ! 誰か、知らせに行け!」
中央広場で会議しているはずのお偉方へと伝令が走る。
「くそ! のんびり会議なんてしてんじゃねえよ。もう来ちまったぞ」
夜の闇に目を凝らせば、異形の軍勢が見て取れた。その正確な数は分からないが、下手をすれば四桁に届くかも知れない。
戦々恐々とする守備隊の見守る中、魔軍の中で一番の巨体を誇る巨人が振りかぶった。
振られる腕。風切り音を鳴らして、何かが飛んでくる。
それは城壁手前の地面に落ちた。
岩だ。大きな岩を投げてきたのだ。
今回は外れたが、アレが当たれば城壁も只では済まないだろう。
闇夜に耳障りな音が響き渡る。
魔族の雄叫び、そして魔獣の鳴き声だ。
こうして、グレタ攻防戦は始まった。
迎撃準備 終了
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