31 / 72
幕間
第31話 勇者、誕生
しおりを挟む
グレイズ王国から見て南東に位置するポルカ半島。
雄大なグアノザ山系を北に臨む、この半島にはまとまった国は無く、数多の都市がそれぞれ自治を掲げていた。
その内の一つが宗教都市キタンである。
光の神々の主神たる太陽と支配の神を奉ずる法王庁の入っている中央大聖堂を中心に、他の光の神々の本神殿が軒を並べている、正にアレルヤ地方の信仰の中心地と言えた。
そのキタンの大通りを聖堂騎士キャサリンは仲間と共に歩いていた。目指すは中央大聖堂である。
グレタ攻防戦の後、数少ない生き残りの仲間と共に聖堂騎士団グレイズ支部に戻り、実行部隊のほとんどを失った状況の立て直しを図っていたのだが、法王庁から呼び戻されたのである。
「一体、何なんだろ。グダグダになったグレイズ支部を立て直さなきゃいけないのに」
そんなキャサリンのボヤキを、同期で同じグレイズ支部の聖堂騎士ジークハルトが諫める。
「要件は分からないが、召喚状は法王様の印が押してあった。つまり、法王様直々に我らを呼び戻しになられたということだ。疑義を挟むことなど許されないぞ、キャシー」
キャサリン同様、呼び戻された口である彼は、立派な体躯と角刈りにした金髪、そして強い正義感と信仰心を持つ聖騎士の鑑のような好青年だ。
同じ時期に聖騎士として叙勲を受け、一緒にグレイズ支部に配属になったこともあり、キャサリンとは仲が良く愛称で呼び合う間柄である。
「それが分からないのよね。何で私たちみたいな新米が、法王様直々に呼び出されるのかな?」
「キャシーだけなら、四英雄の一人アベル様の娘だから分からなくはないがな」
「ジーク~」
「おっと、すまん」
父親の名を出されて不機嫌になったキャサリンに謝るジークハルト。
そう父親、四英雄の太陽の申し子アベルの名は、キャサリンにとって重荷以外の何物でも無く、その名が出ると不機嫌になるのだ。
『偉大な父親を持つ苦労は分からなくはないけど、面倒臭いなぁ』
竹を割ったような性格をしているジークハルトにとって、キャサリンの複雑なファーザーコンプレックスはいまいち理解しかねるものであった。
と、てくてくと歩いて行くと、目の前に豪華絢爛なまるで宮殿のような大聖堂が見えてきた。
アレルヤ地方の太陽神信仰の中心、中央大聖堂である。
小さな町なら入ってしまいそうな広大な敷地に建てられた建物は、他の神の本神殿とは比べ物にならない壮麗さであり、その影響力の差を見せつけていた。
「うむ。いつ見ても壮麗だな、中央大聖堂は。他の神の神殿とは比べ物にならん」
そびえ立つ中央大聖堂を見て、ジークハルトが我がことのように胸を張る。
しかし、キャサリンの思いは正反対に近かった。
「いつ見てもゴテゴテしてて、なんか嫌。あんな華美にする必要あるのかしら」
到着した二人は、入口まで迎えに来た司祭によって、ある一室に案内される。
そこには、同じように若い聖堂騎士が数十人いた。
法王庁勤めの侍祭から冷えたお茶を貰って一服しながら、辺りを見回すジークハルト。
「ん? なあ、キャシー」
「何、ジーク?」
周りを見て何かに気付いたジークハルト。
「この部屋に集められた奴ら、見覚えないか?」
言われて自分も見回すキャサリン。
「そういえば……私たちと同じ聖堂騎士団の入団式に参加した人達?」
「やっぱり、そうだよな」
「私たちの同期だけが集められてるってこと?」
そう、この部屋に集められたのは、キャサリンやジークハルトと同期入団の者たちなのだ。
「同期の奴らだけ集めて何やらせようってんだ?」
「ん~」
二人が首を傾げていると、部屋の扉が開いた。
司教の法衣を着た老人がそこにはいた。
「これで全部、揃っているのだな?」
入口からキャサリンたちを案内してきた司祭が老人の脇にいて、それに答える。
「はい。存命している今年度入団者、全員揃っています」
そう、今年度の入団者の中には、既に魔族や魔獣との戦いで命を落とした者もいるのだ。
「うむ……さて、良く集まってくれた。諸君らには、これから重要な儀式に参加して貰う。ま、重要とはいえ毎年恒例の、その年に入団した新人が必ず受ける儀式だ。そんなに堅くなる必要はない」
儀式に参加と聞いて硬直していた新人たちが、司教の後半の言葉を聞いて力を抜く。
「何だよ、脅かしやがって」
「新人が必ず受ける儀式か。何だろうね」
ジークハルトとキャサリンも力を抜いた。
「私についてきなさい」
司教はそう言うと、中央大聖堂の奥の方へと歩き始めた。
親鳥の後をひょこひょこ歩く雛鳥のように、その後ろについて歩く新人たち。
しばらく歩くと、優美な彫刻の彫られた大きな観音扉の前に到着した。
司教に付き従っていた二人の司祭が、それぞれ片方の取っ手を掴み厳かに開ける。
そこは、がらんとした大広間だった。
他の広間のようにステンドグラスや宗教画などは飾られておらず、あるのは正面の壁にある歴代の聖剣の勇者の肖像画ぐらいである。
その肖像画の下に台があり、そこには華麗な護拳を持ち、黄金の鞘に収められた剣が置いてあった。
そして台の両脇には、禿頭の老人・法王猊下と、鼻の下に髭を蓄えた壮年・キャサリンの父である太陽の申し子アベルが立っている。
「お父様、何故こんなところに?」
思わず口に出る。
そんな娘の疑問を無視して、
「良く来てくれた! 今年入団の若人よ!」
と張りのあるバリトンで声を掛けるアベル。
「ホントに良く来てくれたの。遠くからはせ参じた者もいよう。このアドモス、礼を言う」
そう言って、頭を下げる法王アドモス。
太陽神の神官としては珍しく穏健派で、魔族との戦争にも消極的であった。
二年前に、『聖戦、起こすべし』と日頃から吠えていた超タカ派の前法王が不慮の事故により亡くなられた際に、次の法王選定までのツナギとして最長老枢機卿であったアドモスが法王になったのだ。
それからはタカ派を抑えて、魔族に対しては対症療法に努めて、こちらから打って出ることはなく、ひたすら各国の国力を蓄えることに尽力し、それなりの評価は得ている。
しかし、今回のグレタ攻防戦による聖堂騎士団グレイズ支部の事実上の壊滅は、タカ派を勢いづかせることになった。
「ここまでやられて黙っているのか! ここでやり返さなかったら魔族どもがつけ上がるぞ!」
そう言い始めたのだ。
確かに、ここで黙っていたら法王庁の権威は失墜することは間違いなく、アドモスも重い腰を上げざるをえなかった。
今回のこの儀式も、その一環と言えた。
確かに毎年、その年の新人相手に行っている恒例行事と言える儀式なのだが、今回は例年と違うところがある。
「さて、これから行うのは、〈聖剣の使い手の儀〉じゃ。一人ずつ、ここに来て貰い、聖剣・天の栄光を抜くことができるか試して貰う」
アドモスの言葉に騒然となる新人聖堂騎士。
そう台上の黄金の鞘に収められた剣《ソード》こそ、500年前に太陽神が遣わしたとされる聖剣・天の栄光であった。
毎年ダメ元というか一応の慣例として、新人たちに抜けるかどうか試させていたのだが、今年はちょっと違う。
「我こそは! と思うものは、ここに来て試すが良い!」
アベルがバリトンの美声を響かせるやいなや、新人たちが聖剣に殺到する。
が、その何人かが聖剣の回りに近寄った途端、バタバタと倒れていく。
「! 聖剣が拒んでいるの?」
「聖剣から強烈な波動が放射されているのを感じる。力量の足りない者は、アレに当てられて脱落する、と言うわけか」
他の者のように殺到せず、様子見をしていたジークハルトとキャサリンは、状況を理解した。
天の栄光は目覚めているのだ。そして使い手を欲している。
『我を握りたければ、最低でもこの波動を耐え抜け』
そういうことなのだろう。
何とか波動を耐え抜き、台まで辿りついた偉丈夫が聖剣を手に取った。
「天の栄光よ! 我を使い手として選びたまえ!」
声だかに吠え、柄を握って思いっ切り引っ張る。
しかし聖剣は微動だにしなかった。
「おおおっ! 我では力不足だと言うのか! 天の栄光よ!」
泣き崩れる偉丈夫。
それを押し退けて、次から次へと殺到する挑戦者。
しかし、誰も抜けはしなかった。
そして、残ったのはジークハルトとキャサリンを含む数人だけとなった。
「キャサリン、それにジークハルトと言ったか。そんなところで何をしている。早く、挑戦したまえ」
アベルがキャサリンとその隣のジークハルトに目を向けて言った。
圧倒的な圧の篭められた視線に身を竦ませる二人。
『さっさとやれ。父に恥をかかせるな』
視線に篭められた言外の意思を感じ取り、のろのろと聖剣に歩み寄るキャサリン。
そして、その脇に立って歩くジークハルト。
「悪い。お前の親父さん、怖い人だったんだな。今のでよく分かった」
ボソッとキャサリンにだけ聞こえるように呟くジークハルト。
聖剣の周りには濃密な波動が満ちていた。
それは体を萎縮させ、脚を竦ませる。
二人は波動に耐えながら足を前に進める。
「お父様や法王様は、こんな波動の中でも平気なの?」
「さすが法王様に四英雄の一人の枢機卿。この波動を受けて涼しい顔とは」
この波動の中でも平然な顔をしている年長者に感心する二人。
台まで何とか辿りついた。
目線を合わせ、アイコンタクトでどちらが先にやるかを決める。
先に聖剣を手に取ったのは、ジークハルト。
「良し! 聖剣よ、俺を選びたまえ!」
鞘から抜こうと力む。しかし微動だにせず、抜くことはできなかった。
「ジークが駄目なら、私なんか無理だよ」
「とりあえず、やるだけやってみろ。不戦敗なんかしたら、親父さんにどやされるぞ」
聖剣を手渡しながら、小声で会話する二人。
涙目になりながらも、ジークハルトの言うとおりなのでやるだけやろうと柄を握る。
『力が欲しいか』
声が聞こえた。
「え? 誰?」
驚くキャサリン。
周りを見回すが、法王もアベルもジークハルトも、キャサリンの方を見ているだけで何も言った様子は無い。
『力が欲しいか、と聞いている。己の正義を貫く力が欲しくはないか?』
またも声が聞こえる。
いや、心に直接言葉が届いているのだ。
「ま、まさか……」
呆然と手の内の聖剣を見るキャサリン。
『そう、私だ。天の栄光だ』
聖剣が心に直接語りかけてきているのだ。
『ふむ。名はキャサリンと言うのか』
「な、何で私の名を?」
『お前の心を読んだ』
「ええ~!」
端から見れば独り言を言ってるようにしか見えないこのやり取りを、法王とアベルは喜色満面の顔で見詰めていた。
明らかに聖剣と対話している。
他の者は拒絶されたのに、キャサリンは聖剣と意思を通じ合わせているのだ。これはいけるかも知れない。
そう思い、上位聖職者の二人は固唾を飲んでことの推移を見守っていた。
『再度、問おう。力が欲しくはないか?』
「力……」
『己の正義を貫く力か欲しくはないか。それがあれば、出来損ない扱いする父親を、そして英雄の娘とは思えないと嘲った者を見返せるぞ』
「お父様を、皆を見返せる……」
『そうだ。そして、同じ英雄の子である、あの男に追いつけるぞ。我を抜け! そして勇者として立て!』
天の栄光の言葉が心に浸透し、劣等感を煽る。
「大鬼殺しの息子のあの人に追いつける……」
キャサリンの心に、父親譲りの巨大武器を振るって戦うヴァルの姿が浮かんだ。
あのようになりたい! 英雄の子として相応しい戦いをしたい!
『そうだろう。誉れ高き英雄の子として戦い、皆に称賛されたいだろう』
キャサリンの心はコンプレックスを刺激されて、完全に天の栄光に支配されてしまった。
『さあ、強くなりたければ我を抜け! 幾らでも力を貸してやる!』
「私は強くなりたい!」
キャサリンは聖剣を抜いた。
露わになった刀身から、太陽の光と同様の眩い光が放射されて、薄暗い聖剣の間を照らす。
「おお! 聖剣が抜かれた! 百五十年ぶりの聖剣の勇者じゃ!」
「あはははは! 良くやった、キャサリン(これで、私の地位も安泰だ)!」
法王とアベルの声が広間に響く。
勇者、誕生 終了
雄大なグアノザ山系を北に臨む、この半島にはまとまった国は無く、数多の都市がそれぞれ自治を掲げていた。
その内の一つが宗教都市キタンである。
光の神々の主神たる太陽と支配の神を奉ずる法王庁の入っている中央大聖堂を中心に、他の光の神々の本神殿が軒を並べている、正にアレルヤ地方の信仰の中心地と言えた。
そのキタンの大通りを聖堂騎士キャサリンは仲間と共に歩いていた。目指すは中央大聖堂である。
グレタ攻防戦の後、数少ない生き残りの仲間と共に聖堂騎士団グレイズ支部に戻り、実行部隊のほとんどを失った状況の立て直しを図っていたのだが、法王庁から呼び戻されたのである。
「一体、何なんだろ。グダグダになったグレイズ支部を立て直さなきゃいけないのに」
そんなキャサリンのボヤキを、同期で同じグレイズ支部の聖堂騎士ジークハルトが諫める。
「要件は分からないが、召喚状は法王様の印が押してあった。つまり、法王様直々に我らを呼び戻しになられたということだ。疑義を挟むことなど許されないぞ、キャシー」
キャサリン同様、呼び戻された口である彼は、立派な体躯と角刈りにした金髪、そして強い正義感と信仰心を持つ聖騎士の鑑のような好青年だ。
同じ時期に聖騎士として叙勲を受け、一緒にグレイズ支部に配属になったこともあり、キャサリンとは仲が良く愛称で呼び合う間柄である。
「それが分からないのよね。何で私たちみたいな新米が、法王様直々に呼び出されるのかな?」
「キャシーだけなら、四英雄の一人アベル様の娘だから分からなくはないがな」
「ジーク~」
「おっと、すまん」
父親の名を出されて不機嫌になったキャサリンに謝るジークハルト。
そう父親、四英雄の太陽の申し子アベルの名は、キャサリンにとって重荷以外の何物でも無く、その名が出ると不機嫌になるのだ。
『偉大な父親を持つ苦労は分からなくはないけど、面倒臭いなぁ』
竹を割ったような性格をしているジークハルトにとって、キャサリンの複雑なファーザーコンプレックスはいまいち理解しかねるものであった。
と、てくてくと歩いて行くと、目の前に豪華絢爛なまるで宮殿のような大聖堂が見えてきた。
アレルヤ地方の太陽神信仰の中心、中央大聖堂である。
小さな町なら入ってしまいそうな広大な敷地に建てられた建物は、他の神の本神殿とは比べ物にならない壮麗さであり、その影響力の差を見せつけていた。
「うむ。いつ見ても壮麗だな、中央大聖堂は。他の神の神殿とは比べ物にならん」
そびえ立つ中央大聖堂を見て、ジークハルトが我がことのように胸を張る。
しかし、キャサリンの思いは正反対に近かった。
「いつ見てもゴテゴテしてて、なんか嫌。あんな華美にする必要あるのかしら」
到着した二人は、入口まで迎えに来た司祭によって、ある一室に案内される。
そこには、同じように若い聖堂騎士が数十人いた。
法王庁勤めの侍祭から冷えたお茶を貰って一服しながら、辺りを見回すジークハルト。
「ん? なあ、キャシー」
「何、ジーク?」
周りを見て何かに気付いたジークハルト。
「この部屋に集められた奴ら、見覚えないか?」
言われて自分も見回すキャサリン。
「そういえば……私たちと同じ聖堂騎士団の入団式に参加した人達?」
「やっぱり、そうだよな」
「私たちの同期だけが集められてるってこと?」
そう、この部屋に集められたのは、キャサリンやジークハルトと同期入団の者たちなのだ。
「同期の奴らだけ集めて何やらせようってんだ?」
「ん~」
二人が首を傾げていると、部屋の扉が開いた。
司教の法衣を着た老人がそこにはいた。
「これで全部、揃っているのだな?」
入口からキャサリンたちを案内してきた司祭が老人の脇にいて、それに答える。
「はい。存命している今年度入団者、全員揃っています」
そう、今年度の入団者の中には、既に魔族や魔獣との戦いで命を落とした者もいるのだ。
「うむ……さて、良く集まってくれた。諸君らには、これから重要な儀式に参加して貰う。ま、重要とはいえ毎年恒例の、その年に入団した新人が必ず受ける儀式だ。そんなに堅くなる必要はない」
儀式に参加と聞いて硬直していた新人たちが、司教の後半の言葉を聞いて力を抜く。
「何だよ、脅かしやがって」
「新人が必ず受ける儀式か。何だろうね」
ジークハルトとキャサリンも力を抜いた。
「私についてきなさい」
司教はそう言うと、中央大聖堂の奥の方へと歩き始めた。
親鳥の後をひょこひょこ歩く雛鳥のように、その後ろについて歩く新人たち。
しばらく歩くと、優美な彫刻の彫られた大きな観音扉の前に到着した。
司教に付き従っていた二人の司祭が、それぞれ片方の取っ手を掴み厳かに開ける。
そこは、がらんとした大広間だった。
他の広間のようにステンドグラスや宗教画などは飾られておらず、あるのは正面の壁にある歴代の聖剣の勇者の肖像画ぐらいである。
その肖像画の下に台があり、そこには華麗な護拳を持ち、黄金の鞘に収められた剣が置いてあった。
そして台の両脇には、禿頭の老人・法王猊下と、鼻の下に髭を蓄えた壮年・キャサリンの父である太陽の申し子アベルが立っている。
「お父様、何故こんなところに?」
思わず口に出る。
そんな娘の疑問を無視して、
「良く来てくれた! 今年入団の若人よ!」
と張りのあるバリトンで声を掛けるアベル。
「ホントに良く来てくれたの。遠くからはせ参じた者もいよう。このアドモス、礼を言う」
そう言って、頭を下げる法王アドモス。
太陽神の神官としては珍しく穏健派で、魔族との戦争にも消極的であった。
二年前に、『聖戦、起こすべし』と日頃から吠えていた超タカ派の前法王が不慮の事故により亡くなられた際に、次の法王選定までのツナギとして最長老枢機卿であったアドモスが法王になったのだ。
それからはタカ派を抑えて、魔族に対しては対症療法に努めて、こちらから打って出ることはなく、ひたすら各国の国力を蓄えることに尽力し、それなりの評価は得ている。
しかし、今回のグレタ攻防戦による聖堂騎士団グレイズ支部の事実上の壊滅は、タカ派を勢いづかせることになった。
「ここまでやられて黙っているのか! ここでやり返さなかったら魔族どもがつけ上がるぞ!」
そう言い始めたのだ。
確かに、ここで黙っていたら法王庁の権威は失墜することは間違いなく、アドモスも重い腰を上げざるをえなかった。
今回のこの儀式も、その一環と言えた。
確かに毎年、その年の新人相手に行っている恒例行事と言える儀式なのだが、今回は例年と違うところがある。
「さて、これから行うのは、〈聖剣の使い手の儀〉じゃ。一人ずつ、ここに来て貰い、聖剣・天の栄光を抜くことができるか試して貰う」
アドモスの言葉に騒然となる新人聖堂騎士。
そう台上の黄金の鞘に収められた剣《ソード》こそ、500年前に太陽神が遣わしたとされる聖剣・天の栄光であった。
毎年ダメ元というか一応の慣例として、新人たちに抜けるかどうか試させていたのだが、今年はちょっと違う。
「我こそは! と思うものは、ここに来て試すが良い!」
アベルがバリトンの美声を響かせるやいなや、新人たちが聖剣に殺到する。
が、その何人かが聖剣の回りに近寄った途端、バタバタと倒れていく。
「! 聖剣が拒んでいるの?」
「聖剣から強烈な波動が放射されているのを感じる。力量の足りない者は、アレに当てられて脱落する、と言うわけか」
他の者のように殺到せず、様子見をしていたジークハルトとキャサリンは、状況を理解した。
天の栄光は目覚めているのだ。そして使い手を欲している。
『我を握りたければ、最低でもこの波動を耐え抜け』
そういうことなのだろう。
何とか波動を耐え抜き、台まで辿りついた偉丈夫が聖剣を手に取った。
「天の栄光よ! 我を使い手として選びたまえ!」
声だかに吠え、柄を握って思いっ切り引っ張る。
しかし聖剣は微動だにしなかった。
「おおおっ! 我では力不足だと言うのか! 天の栄光よ!」
泣き崩れる偉丈夫。
それを押し退けて、次から次へと殺到する挑戦者。
しかし、誰も抜けはしなかった。
そして、残ったのはジークハルトとキャサリンを含む数人だけとなった。
「キャサリン、それにジークハルトと言ったか。そんなところで何をしている。早く、挑戦したまえ」
アベルがキャサリンとその隣のジークハルトに目を向けて言った。
圧倒的な圧の篭められた視線に身を竦ませる二人。
『さっさとやれ。父に恥をかかせるな』
視線に篭められた言外の意思を感じ取り、のろのろと聖剣に歩み寄るキャサリン。
そして、その脇に立って歩くジークハルト。
「悪い。お前の親父さん、怖い人だったんだな。今のでよく分かった」
ボソッとキャサリンにだけ聞こえるように呟くジークハルト。
聖剣の周りには濃密な波動が満ちていた。
それは体を萎縮させ、脚を竦ませる。
二人は波動に耐えながら足を前に進める。
「お父様や法王様は、こんな波動の中でも平気なの?」
「さすが法王様に四英雄の一人の枢機卿。この波動を受けて涼しい顔とは」
この波動の中でも平然な顔をしている年長者に感心する二人。
台まで何とか辿りついた。
目線を合わせ、アイコンタクトでどちらが先にやるかを決める。
先に聖剣を手に取ったのは、ジークハルト。
「良し! 聖剣よ、俺を選びたまえ!」
鞘から抜こうと力む。しかし微動だにせず、抜くことはできなかった。
「ジークが駄目なら、私なんか無理だよ」
「とりあえず、やるだけやってみろ。不戦敗なんかしたら、親父さんにどやされるぞ」
聖剣を手渡しながら、小声で会話する二人。
涙目になりながらも、ジークハルトの言うとおりなのでやるだけやろうと柄を握る。
『力が欲しいか』
声が聞こえた。
「え? 誰?」
驚くキャサリン。
周りを見回すが、法王もアベルもジークハルトも、キャサリンの方を見ているだけで何も言った様子は無い。
『力が欲しいか、と聞いている。己の正義を貫く力が欲しくはないか?』
またも声が聞こえる。
いや、心に直接言葉が届いているのだ。
「ま、まさか……」
呆然と手の内の聖剣を見るキャサリン。
『そう、私だ。天の栄光だ』
聖剣が心に直接語りかけてきているのだ。
『ふむ。名はキャサリンと言うのか』
「な、何で私の名を?」
『お前の心を読んだ』
「ええ~!」
端から見れば独り言を言ってるようにしか見えないこのやり取りを、法王とアベルは喜色満面の顔で見詰めていた。
明らかに聖剣と対話している。
他の者は拒絶されたのに、キャサリンは聖剣と意思を通じ合わせているのだ。これはいけるかも知れない。
そう思い、上位聖職者の二人は固唾を飲んでことの推移を見守っていた。
『再度、問おう。力が欲しくはないか?』
「力……」
『己の正義を貫く力か欲しくはないか。それがあれば、出来損ない扱いする父親を、そして英雄の娘とは思えないと嘲った者を見返せるぞ』
「お父様を、皆を見返せる……」
『そうだ。そして、同じ英雄の子である、あの男に追いつけるぞ。我を抜け! そして勇者として立て!』
天の栄光の言葉が心に浸透し、劣等感を煽る。
「大鬼殺しの息子のあの人に追いつける……」
キャサリンの心に、父親譲りの巨大武器を振るって戦うヴァルの姿が浮かんだ。
あのようになりたい! 英雄の子として相応しい戦いをしたい!
『そうだろう。誉れ高き英雄の子として戦い、皆に称賛されたいだろう』
キャサリンの心はコンプレックスを刺激されて、完全に天の栄光に支配されてしまった。
『さあ、強くなりたければ我を抜け! 幾らでも力を貸してやる!』
「私は強くなりたい!」
キャサリンは聖剣を抜いた。
露わになった刀身から、太陽の光と同様の眩い光が放射されて、薄暗い聖剣の間を照らす。
「おお! 聖剣が抜かれた! 百五十年ぶりの聖剣の勇者じゃ!」
「あはははは! 良くやった、キャサリン(これで、私の地位も安泰だ)!」
法王とアベルの声が広間に響く。
勇者、誕生 終了
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる