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幕間
第31話 勇者、誕生
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グレイズ王国から見て南東に位置するポルカ半島。
雄大なグアノザ山系を北に臨む、この半島にはまとまった国は無く、数多の都市がそれぞれ自治を掲げていた。
その内の一つが宗教都市キタンである。
光の神々の主神たる太陽と支配の神を奉ずる法王庁の入っている中央大聖堂を中心に、他の光の神々の本神殿が軒を並べている、正にアレルヤ地方の信仰の中心地と言えた。
そのキタンの大通りを聖堂騎士キャサリンは仲間と共に歩いていた。目指すは中央大聖堂である。
グレタ攻防戦の後、数少ない生き残りの仲間と共に聖堂騎士団グレイズ支部に戻り、実行部隊のほとんどを失った状況の立て直しを図っていたのだが、法王庁から呼び戻されたのである。
「一体、何なんだろ。グダグダになったグレイズ支部を立て直さなきゃいけないのに」
そんなキャサリンのボヤキを、同期で同じグレイズ支部の聖堂騎士ジークハルトが諫める。
「要件は分からないが、召喚状は法王様の印が押してあった。つまり、法王様直々に我らを呼び戻しになられたということだ。疑義を挟むことなど許されないぞ、キャシー」
キャサリン同様、呼び戻された口である彼は、立派な体躯と角刈りにした金髪、そして強い正義感と信仰心を持つ聖騎士の鑑のような好青年だ。
同じ時期に聖騎士として叙勲を受け、一緒にグレイズ支部に配属になったこともあり、キャサリンとは仲が良く愛称で呼び合う間柄である。
「それが分からないのよね。何で私たちみたいな新米が、法王様直々に呼び出されるのかな?」
「キャシーだけなら、四英雄の一人アベル様の娘だから分からなくはないがな」
「ジーク~」
「おっと、すまん」
父親の名を出されて不機嫌になったキャサリンに謝るジークハルト。
そう父親、四英雄の太陽の申し子アベルの名は、キャサリンにとって重荷以外の何物でも無く、その名が出ると不機嫌になるのだ。
『偉大な父親を持つ苦労は分からなくはないけど、面倒臭いなぁ』
竹を割ったような性格をしているジークハルトにとって、キャサリンの複雑なファーザーコンプレックスはいまいち理解しかねるものであった。
と、てくてくと歩いて行くと、目の前に豪華絢爛なまるで宮殿のような大聖堂が見えてきた。
アレルヤ地方の太陽神信仰の中心、中央大聖堂である。
小さな町なら入ってしまいそうな広大な敷地に建てられた建物は、他の神の本神殿とは比べ物にならない壮麗さであり、その影響力の差を見せつけていた。
「うむ。いつ見ても壮麗だな、中央大聖堂は。他の神の神殿とは比べ物にならん」
そびえ立つ中央大聖堂を見て、ジークハルトが我がことのように胸を張る。
しかし、キャサリンの思いは正反対に近かった。
「いつ見てもゴテゴテしてて、なんか嫌。あんな華美にする必要あるのかしら」
到着した二人は、入口まで迎えに来た司祭によって、ある一室に案内される。
そこには、同じように若い聖堂騎士が数十人いた。
法王庁勤めの侍祭から冷えたお茶を貰って一服しながら、辺りを見回すジークハルト。
「ん? なあ、キャシー」
「何、ジーク?」
周りを見て何かに気付いたジークハルト。
「この部屋に集められた奴ら、見覚えないか?」
言われて自分も見回すキャサリン。
「そういえば……私たちと同じ聖堂騎士団の入団式に参加した人達?」
「やっぱり、そうだよな」
「私たちの同期だけが集められてるってこと?」
そう、この部屋に集められたのは、キャサリンやジークハルトと同期入団の者たちなのだ。
「同期の奴らだけ集めて何やらせようってんだ?」
「ん~」
二人が首を傾げていると、部屋の扉が開いた。
司教の法衣を着た老人がそこにはいた。
「これで全部、揃っているのだな?」
入口からキャサリンたちを案内してきた司祭が老人の脇にいて、それに答える。
「はい。存命している今年度入団者、全員揃っています」
そう、今年度の入団者の中には、既に魔族や魔獣との戦いで命を落とした者もいるのだ。
「うむ……さて、良く集まってくれた。諸君らには、これから重要な儀式に参加して貰う。ま、重要とはいえ毎年恒例の、その年に入団した新人が必ず受ける儀式だ。そんなに堅くなる必要はない」
儀式に参加と聞いて硬直していた新人たちが、司教の後半の言葉を聞いて力を抜く。
「何だよ、脅かしやがって」
「新人が必ず受ける儀式か。何だろうね」
ジークハルトとキャサリンも力を抜いた。
「私についてきなさい」
司教はそう言うと、中央大聖堂の奥の方へと歩き始めた。
親鳥の後をひょこひょこ歩く雛鳥のように、その後ろについて歩く新人たち。
しばらく歩くと、優美な彫刻の彫られた大きな観音扉の前に到着した。
司教に付き従っていた二人の司祭が、それぞれ片方の取っ手を掴み厳かに開ける。
そこは、がらんとした大広間だった。
他の広間のようにステンドグラスや宗教画などは飾られておらず、あるのは正面の壁にある歴代の聖剣の勇者の肖像画ぐらいである。
その肖像画の下に台があり、そこには華麗な護拳を持ち、黄金の鞘に収められた剣が置いてあった。
そして台の両脇には、禿頭の老人・法王猊下と、鼻の下に髭を蓄えた壮年・キャサリンの父である太陽の申し子アベルが立っている。
「お父様、何故こんなところに?」
思わず口に出る。
そんな娘の疑問を無視して、
「良く来てくれた! 今年入団の若人よ!」
と張りのあるバリトンで声を掛けるアベル。
「ホントに良く来てくれたの。遠くからはせ参じた者もいよう。このアドモス、礼を言う」
そう言って、頭を下げる法王アドモス。
太陽神の神官としては珍しく穏健派で、魔族との戦争にも消極的であった。
二年前に、『聖戦、起こすべし』と日頃から吠えていた超タカ派の前法王が不慮の事故により亡くなられた際に、次の法王選定までのツナギとして最長老枢機卿であったアドモスが法王になったのだ。
それからはタカ派を抑えて、魔族に対しては対症療法に努めて、こちらから打って出ることはなく、ひたすら各国の国力を蓄えることに尽力し、それなりの評価は得ている。
しかし、今回のグレタ攻防戦による聖堂騎士団グレイズ支部の事実上の壊滅は、タカ派を勢いづかせることになった。
「ここまでやられて黙っているのか! ここでやり返さなかったら魔族どもがつけ上がるぞ!」
そう言い始めたのだ。
確かに、ここで黙っていたら法王庁の権威は失墜することは間違いなく、アドモスも重い腰を上げざるをえなかった。
今回のこの儀式も、その一環と言えた。
確かに毎年、その年の新人相手に行っている恒例行事と言える儀式なのだが、今回は例年と違うところがある。
「さて、これから行うのは、〈聖剣の使い手の儀〉じゃ。一人ずつ、ここに来て貰い、聖剣・天の栄光を抜くことができるか試して貰う」
アドモスの言葉に騒然となる新人聖堂騎士。
そう台上の黄金の鞘に収められた剣《ソード》こそ、500年前に太陽神が遣わしたとされる聖剣・天の栄光であった。
毎年ダメ元というか一応の慣例として、新人たちに抜けるかどうか試させていたのだが、今年はちょっと違う。
「我こそは! と思うものは、ここに来て試すが良い!」
アベルがバリトンの美声を響かせるやいなや、新人たちが聖剣に殺到する。
が、その何人かが聖剣の回りに近寄った途端、バタバタと倒れていく。
「! 聖剣が拒んでいるの?」
「聖剣から強烈な波動が放射されているのを感じる。力量の足りない者は、アレに当てられて脱落する、と言うわけか」
他の者のように殺到せず、様子見をしていたジークハルトとキャサリンは、状況を理解した。
天の栄光は目覚めているのだ。そして使い手を欲している。
『我を握りたければ、最低でもこの波動を耐え抜け』
そういうことなのだろう。
何とか波動を耐え抜き、台まで辿りついた偉丈夫が聖剣を手に取った。
「天の栄光よ! 我を使い手として選びたまえ!」
声だかに吠え、柄を握って思いっ切り引っ張る。
しかし聖剣は微動だにしなかった。
「おおおっ! 我では力不足だと言うのか! 天の栄光よ!」
泣き崩れる偉丈夫。
それを押し退けて、次から次へと殺到する挑戦者。
しかし、誰も抜けはしなかった。
そして、残ったのはジークハルトとキャサリンを含む数人だけとなった。
「キャサリン、それにジークハルトと言ったか。そんなところで何をしている。早く、挑戦したまえ」
アベルがキャサリンとその隣のジークハルトに目を向けて言った。
圧倒的な圧の篭められた視線に身を竦ませる二人。
『さっさとやれ。父に恥をかかせるな』
視線に篭められた言外の意思を感じ取り、のろのろと聖剣に歩み寄るキャサリン。
そして、その脇に立って歩くジークハルト。
「悪い。お前の親父さん、怖い人だったんだな。今のでよく分かった」
ボソッとキャサリンにだけ聞こえるように呟くジークハルト。
聖剣の周りには濃密な波動が満ちていた。
それは体を萎縮させ、脚を竦ませる。
二人は波動に耐えながら足を前に進める。
「お父様や法王様は、こんな波動の中でも平気なの?」
「さすが法王様に四英雄の一人の枢機卿。この波動を受けて涼しい顔とは」
この波動の中でも平然な顔をしている年長者に感心する二人。
台まで何とか辿りついた。
目線を合わせ、アイコンタクトでどちらが先にやるかを決める。
先に聖剣を手に取ったのは、ジークハルト。
「良し! 聖剣よ、俺を選びたまえ!」
鞘から抜こうと力む。しかし微動だにせず、抜くことはできなかった。
「ジークが駄目なら、私なんか無理だよ」
「とりあえず、やるだけやってみろ。不戦敗なんかしたら、親父さんにどやされるぞ」
聖剣を手渡しながら、小声で会話する二人。
涙目になりながらも、ジークハルトの言うとおりなのでやるだけやろうと柄を握る。
『力が欲しいか』
声が聞こえた。
「え? 誰?」
驚くキャサリン。
周りを見回すが、法王もアベルもジークハルトも、キャサリンの方を見ているだけで何も言った様子は無い。
『力が欲しいか、と聞いている。己の正義を貫く力が欲しくはないか?』
またも声が聞こえる。
いや、心に直接言葉が届いているのだ。
「ま、まさか……」
呆然と手の内の聖剣を見るキャサリン。
『そう、私だ。天の栄光だ』
聖剣が心に直接語りかけてきているのだ。
『ふむ。名はキャサリンと言うのか』
「な、何で私の名を?」
『お前の心を読んだ』
「ええ~!」
端から見れば独り言を言ってるようにしか見えないこのやり取りを、法王とアベルは喜色満面の顔で見詰めていた。
明らかに聖剣と対話している。
他の者は拒絶されたのに、キャサリンは聖剣と意思を通じ合わせているのだ。これはいけるかも知れない。
そう思い、上位聖職者の二人は固唾を飲んでことの推移を見守っていた。
『再度、問おう。力が欲しくはないか?』
「力……」
『己の正義を貫く力か欲しくはないか。それがあれば、出来損ない扱いする父親を、そして英雄の娘とは思えないと嘲った者を見返せるぞ』
「お父様を、皆を見返せる……」
『そうだ。そして、同じ英雄の子である、あの男に追いつけるぞ。我を抜け! そして勇者として立て!』
天の栄光の言葉が心に浸透し、劣等感を煽る。
「大鬼殺しの息子のあの人に追いつける……」
キャサリンの心に、父親譲りの巨大武器を振るって戦うヴァルの姿が浮かんだ。
あのようになりたい! 英雄の子として相応しい戦いをしたい!
『そうだろう。誉れ高き英雄の子として戦い、皆に称賛されたいだろう』
キャサリンの心はコンプレックスを刺激されて、完全に天の栄光に支配されてしまった。
『さあ、強くなりたければ我を抜け! 幾らでも力を貸してやる!』
「私は強くなりたい!」
キャサリンは聖剣を抜いた。
露わになった刀身から、太陽の光と同様の眩い光が放射されて、薄暗い聖剣の間を照らす。
「おお! 聖剣が抜かれた! 百五十年ぶりの聖剣の勇者じゃ!」
「あはははは! 良くやった、キャサリン(これで、私の地位も安泰だ)!」
法王とアベルの声が広間に響く。
勇者、誕生 終了
雄大なグアノザ山系を北に臨む、この半島にはまとまった国は無く、数多の都市がそれぞれ自治を掲げていた。
その内の一つが宗教都市キタンである。
光の神々の主神たる太陽と支配の神を奉ずる法王庁の入っている中央大聖堂を中心に、他の光の神々の本神殿が軒を並べている、正にアレルヤ地方の信仰の中心地と言えた。
そのキタンの大通りを聖堂騎士キャサリンは仲間と共に歩いていた。目指すは中央大聖堂である。
グレタ攻防戦の後、数少ない生き残りの仲間と共に聖堂騎士団グレイズ支部に戻り、実行部隊のほとんどを失った状況の立て直しを図っていたのだが、法王庁から呼び戻されたのである。
「一体、何なんだろ。グダグダになったグレイズ支部を立て直さなきゃいけないのに」
そんなキャサリンのボヤキを、同期で同じグレイズ支部の聖堂騎士ジークハルトが諫める。
「要件は分からないが、召喚状は法王様の印が押してあった。つまり、法王様直々に我らを呼び戻しになられたということだ。疑義を挟むことなど許されないぞ、キャシー」
キャサリン同様、呼び戻された口である彼は、立派な体躯と角刈りにした金髪、そして強い正義感と信仰心を持つ聖騎士の鑑のような好青年だ。
同じ時期に聖騎士として叙勲を受け、一緒にグレイズ支部に配属になったこともあり、キャサリンとは仲が良く愛称で呼び合う間柄である。
「それが分からないのよね。何で私たちみたいな新米が、法王様直々に呼び出されるのかな?」
「キャシーだけなら、四英雄の一人アベル様の娘だから分からなくはないがな」
「ジーク~」
「おっと、すまん」
父親の名を出されて不機嫌になったキャサリンに謝るジークハルト。
そう父親、四英雄の太陽の申し子アベルの名は、キャサリンにとって重荷以外の何物でも無く、その名が出ると不機嫌になるのだ。
『偉大な父親を持つ苦労は分からなくはないけど、面倒臭いなぁ』
竹を割ったような性格をしているジークハルトにとって、キャサリンの複雑なファーザーコンプレックスはいまいち理解しかねるものであった。
と、てくてくと歩いて行くと、目の前に豪華絢爛なまるで宮殿のような大聖堂が見えてきた。
アレルヤ地方の太陽神信仰の中心、中央大聖堂である。
小さな町なら入ってしまいそうな広大な敷地に建てられた建物は、他の神の本神殿とは比べ物にならない壮麗さであり、その影響力の差を見せつけていた。
「うむ。いつ見ても壮麗だな、中央大聖堂は。他の神の神殿とは比べ物にならん」
そびえ立つ中央大聖堂を見て、ジークハルトが我がことのように胸を張る。
しかし、キャサリンの思いは正反対に近かった。
「いつ見てもゴテゴテしてて、なんか嫌。あんな華美にする必要あるのかしら」
到着した二人は、入口まで迎えに来た司祭によって、ある一室に案内される。
そこには、同じように若い聖堂騎士が数十人いた。
法王庁勤めの侍祭から冷えたお茶を貰って一服しながら、辺りを見回すジークハルト。
「ん? なあ、キャシー」
「何、ジーク?」
周りを見て何かに気付いたジークハルト。
「この部屋に集められた奴ら、見覚えないか?」
言われて自分も見回すキャサリン。
「そういえば……私たちと同じ聖堂騎士団の入団式に参加した人達?」
「やっぱり、そうだよな」
「私たちの同期だけが集められてるってこと?」
そう、この部屋に集められたのは、キャサリンやジークハルトと同期入団の者たちなのだ。
「同期の奴らだけ集めて何やらせようってんだ?」
「ん~」
二人が首を傾げていると、部屋の扉が開いた。
司教の法衣を着た老人がそこにはいた。
「これで全部、揃っているのだな?」
入口からキャサリンたちを案内してきた司祭が老人の脇にいて、それに答える。
「はい。存命している今年度入団者、全員揃っています」
そう、今年度の入団者の中には、既に魔族や魔獣との戦いで命を落とした者もいるのだ。
「うむ……さて、良く集まってくれた。諸君らには、これから重要な儀式に参加して貰う。ま、重要とはいえ毎年恒例の、その年に入団した新人が必ず受ける儀式だ。そんなに堅くなる必要はない」
儀式に参加と聞いて硬直していた新人たちが、司教の後半の言葉を聞いて力を抜く。
「何だよ、脅かしやがって」
「新人が必ず受ける儀式か。何だろうね」
ジークハルトとキャサリンも力を抜いた。
「私についてきなさい」
司教はそう言うと、中央大聖堂の奥の方へと歩き始めた。
親鳥の後をひょこひょこ歩く雛鳥のように、その後ろについて歩く新人たち。
しばらく歩くと、優美な彫刻の彫られた大きな観音扉の前に到着した。
司教に付き従っていた二人の司祭が、それぞれ片方の取っ手を掴み厳かに開ける。
そこは、がらんとした大広間だった。
他の広間のようにステンドグラスや宗教画などは飾られておらず、あるのは正面の壁にある歴代の聖剣の勇者の肖像画ぐらいである。
その肖像画の下に台があり、そこには華麗な護拳を持ち、黄金の鞘に収められた剣が置いてあった。
そして台の両脇には、禿頭の老人・法王猊下と、鼻の下に髭を蓄えた壮年・キャサリンの父である太陽の申し子アベルが立っている。
「お父様、何故こんなところに?」
思わず口に出る。
そんな娘の疑問を無視して、
「良く来てくれた! 今年入団の若人よ!」
と張りのあるバリトンで声を掛けるアベル。
「ホントに良く来てくれたの。遠くからはせ参じた者もいよう。このアドモス、礼を言う」
そう言って、頭を下げる法王アドモス。
太陽神の神官としては珍しく穏健派で、魔族との戦争にも消極的であった。
二年前に、『聖戦、起こすべし』と日頃から吠えていた超タカ派の前法王が不慮の事故により亡くなられた際に、次の法王選定までのツナギとして最長老枢機卿であったアドモスが法王になったのだ。
それからはタカ派を抑えて、魔族に対しては対症療法に努めて、こちらから打って出ることはなく、ひたすら各国の国力を蓄えることに尽力し、それなりの評価は得ている。
しかし、今回のグレタ攻防戦による聖堂騎士団グレイズ支部の事実上の壊滅は、タカ派を勢いづかせることになった。
「ここまでやられて黙っているのか! ここでやり返さなかったら魔族どもがつけ上がるぞ!」
そう言い始めたのだ。
確かに、ここで黙っていたら法王庁の権威は失墜することは間違いなく、アドモスも重い腰を上げざるをえなかった。
今回のこの儀式も、その一環と言えた。
確かに毎年、その年の新人相手に行っている恒例行事と言える儀式なのだが、今回は例年と違うところがある。
「さて、これから行うのは、〈聖剣の使い手の儀〉じゃ。一人ずつ、ここに来て貰い、聖剣・天の栄光を抜くことができるか試して貰う」
アドモスの言葉に騒然となる新人聖堂騎士。
そう台上の黄金の鞘に収められた剣《ソード》こそ、500年前に太陽神が遣わしたとされる聖剣・天の栄光であった。
毎年ダメ元というか一応の慣例として、新人たちに抜けるかどうか試させていたのだが、今年はちょっと違う。
「我こそは! と思うものは、ここに来て試すが良い!」
アベルがバリトンの美声を響かせるやいなや、新人たちが聖剣に殺到する。
が、その何人かが聖剣の回りに近寄った途端、バタバタと倒れていく。
「! 聖剣が拒んでいるの?」
「聖剣から強烈な波動が放射されているのを感じる。力量の足りない者は、アレに当てられて脱落する、と言うわけか」
他の者のように殺到せず、様子見をしていたジークハルトとキャサリンは、状況を理解した。
天の栄光は目覚めているのだ。そして使い手を欲している。
『我を握りたければ、最低でもこの波動を耐え抜け』
そういうことなのだろう。
何とか波動を耐え抜き、台まで辿りついた偉丈夫が聖剣を手に取った。
「天の栄光よ! 我を使い手として選びたまえ!」
声だかに吠え、柄を握って思いっ切り引っ張る。
しかし聖剣は微動だにしなかった。
「おおおっ! 我では力不足だと言うのか! 天の栄光よ!」
泣き崩れる偉丈夫。
それを押し退けて、次から次へと殺到する挑戦者。
しかし、誰も抜けはしなかった。
そして、残ったのはジークハルトとキャサリンを含む数人だけとなった。
「キャサリン、それにジークハルトと言ったか。そんなところで何をしている。早く、挑戦したまえ」
アベルがキャサリンとその隣のジークハルトに目を向けて言った。
圧倒的な圧の篭められた視線に身を竦ませる二人。
『さっさとやれ。父に恥をかかせるな』
視線に篭められた言外の意思を感じ取り、のろのろと聖剣に歩み寄るキャサリン。
そして、その脇に立って歩くジークハルト。
「悪い。お前の親父さん、怖い人だったんだな。今のでよく分かった」
ボソッとキャサリンにだけ聞こえるように呟くジークハルト。
聖剣の周りには濃密な波動が満ちていた。
それは体を萎縮させ、脚を竦ませる。
二人は波動に耐えながら足を前に進める。
「お父様や法王様は、こんな波動の中でも平気なの?」
「さすが法王様に四英雄の一人の枢機卿。この波動を受けて涼しい顔とは」
この波動の中でも平然な顔をしている年長者に感心する二人。
台まで何とか辿りついた。
目線を合わせ、アイコンタクトでどちらが先にやるかを決める。
先に聖剣を手に取ったのは、ジークハルト。
「良し! 聖剣よ、俺を選びたまえ!」
鞘から抜こうと力む。しかし微動だにせず、抜くことはできなかった。
「ジークが駄目なら、私なんか無理だよ」
「とりあえず、やるだけやってみろ。不戦敗なんかしたら、親父さんにどやされるぞ」
聖剣を手渡しながら、小声で会話する二人。
涙目になりながらも、ジークハルトの言うとおりなのでやるだけやろうと柄を握る。
『力が欲しいか』
声が聞こえた。
「え? 誰?」
驚くキャサリン。
周りを見回すが、法王もアベルもジークハルトも、キャサリンの方を見ているだけで何も言った様子は無い。
『力が欲しいか、と聞いている。己の正義を貫く力が欲しくはないか?』
またも声が聞こえる。
いや、心に直接言葉が届いているのだ。
「ま、まさか……」
呆然と手の内の聖剣を見るキャサリン。
『そう、私だ。天の栄光だ』
聖剣が心に直接語りかけてきているのだ。
『ふむ。名はキャサリンと言うのか』
「な、何で私の名を?」
『お前の心を読んだ』
「ええ~!」
端から見れば独り言を言ってるようにしか見えないこのやり取りを、法王とアベルは喜色満面の顔で見詰めていた。
明らかに聖剣と対話している。
他の者は拒絶されたのに、キャサリンは聖剣と意思を通じ合わせているのだ。これはいけるかも知れない。
そう思い、上位聖職者の二人は固唾を飲んでことの推移を見守っていた。
『再度、問おう。力が欲しくはないか?』
「力……」
『己の正義を貫く力か欲しくはないか。それがあれば、出来損ない扱いする父親を、そして英雄の娘とは思えないと嘲った者を見返せるぞ』
「お父様を、皆を見返せる……」
『そうだ。そして、同じ英雄の子である、あの男に追いつけるぞ。我を抜け! そして勇者として立て!』
天の栄光の言葉が心に浸透し、劣等感を煽る。
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キャサリンの心に、父親譲りの巨大武器を振るって戦うヴァルの姿が浮かんだ。
あのようになりたい! 英雄の子として相応しい戦いをしたい!
『そうだろう。誉れ高き英雄の子として戦い、皆に称賛されたいだろう』
キャサリンの心はコンプレックスを刺激されて、完全に天の栄光に支配されてしまった。
『さあ、強くなりたければ我を抜け! 幾らでも力を貸してやる!』
「私は強くなりたい!」
キャサリンは聖剣を抜いた。
露わになった刀身から、太陽の光と同様の眩い光が放射されて、薄暗い聖剣の間を照らす。
「おお! 聖剣が抜かれた! 百五十年ぶりの聖剣の勇者じゃ!」
「あはははは! 良くやった、キャサリン(これで、私の地位も安泰だ)!」
法王とアベルの声が広間に響く。
勇者、誕生 終了
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