ブレイブス~田舎貴族の三男坊は英雄になれるか~

ハッシー

文字の大きさ
62 / 72
第7章 新たなる旅路

第62話 吟遊詩人エルロイ

しおりを挟む
「へ~、じゃあアンタたちが〈自由なる翼〉か」

 船の甲板でヴァルの話を聞いていた丘人パックスの男性がしげしげとヴァルたちを眺めながら言った。

 大海竜ティラの一撃により、船が難破。
 海に放り出されたヴァル・ミスティファー・イスカリオスの三人は、ミスティファーが水の妖精ウンディーネに頼んで海中で波が静まるのを待っていた。
 静かになったのを見計らい浮上、ロウドたちを捜したが見つからず、通りかかったポルカ半島の町イワネ行きの船に拾って貰ったのだ。
 そこで、この丘人パックスの男性エルロイと出会い、漂流していた経緯を話したのである。

 ちなみに丘人パックスというのは、丘陵地帯に住む人族ひとぞくである。
 背丈は成長しても平人ノーマンの子供ぐらいにしかならず髭も生えず童顔なため、知らない者は本当に子供だと間違える。
 丘の斜面に穴を掘り住居とするが、それは生まれた子供が成長するまでであり、成長後は一家バラバラとなり放浪の旅に出る享楽的な種族だ。
 体格的なものもあり、冒険者になった際には主に斥候スカウトになることが多い。ただ性格ゆえか、トラブルメーカーになりがちである。
 このエルロイもご多分に漏れず、身のこなしなどを見る限り斥候スカウト系の訓練は積んでいるようだ。
 一応、竪琴リラを持っており吟遊詩人を名乗っているが、本職はどちらの方か怪しいものである。
 
「あれ? でも、メンバーもう一人いなかった? 弓の得意な斥候スカウトの人が」

 ここにいないコーンズのことを話題に出すエルロイ。
 
「船の難破の際にはぐれたんだよ。他の三人の新入りと一緒にな」

 ヴァルの説明に、

「へ~、それは心配だね」

 とエルロイは心配する様子を見せる。
 しかし、ミスティファーはその心配げな顔の裏に潜む悪意を見逃さなかった。
 いや悪意というのは大げさか。多少の打算というべきであろう。
 エルロイの顔に一瞬だけ浮かんだ素の表情。それは『取り入る隙ができた』と如実に語っていた。
 
「で、これからどうすんの? お仲間探すの?」

 エルロイの質問に、ヴァルがかぶりを振って答える。

「当初の目的通り宗教都市キタンに行って、聖剣の勇者様の様子を見に行く。コーンズたちも生きてんなら、キタンに来るはずだからな。そこで待ってみるさ」

 ロウドやコーンズが、ルキアンの皇子と共に反対方向のフィナンシュ王国へと向かうことになったなどとはつゆ知らず、キタンで待つことにするヴァル。

「そうね。無駄にこの南方海を探すより、そっちの方がいいわね」
「確かに」

 ミスティファーとイスカリオスも同意する。

「あ~、勇者様見に行くんだ。奇遇だね、僕もうたのネタにならないか見に行くとこだったんだ。良ければさ、キタンまで一緒に行かない?」 

 エルロイの提案に、仲間二人に顔を向けるヴァル。

「別にいいんじゃないかな」
「まあ、キタンまでなら」

 イスカリオスとミスティファーの同意が得られたところで、ヴァルも頷く。

「そうだな。じゃあ、エルロイ。キタンまでよろしくな」
「こちらこそ、よろしく」

 夕刻近くなってから到着したイワネは、トスカ河河口の都市ケセラとキタンの間にある町である。
 職人の町として有名であり、町ゆく人も商人よりも、各種職人組合ギルドのバッジを着けた職人の方が多い。
 
「流石、職人の町。鍛冶屋、染物屋、仕立屋、石工、etc.……職人だらけだねえ。建物の造りも最先端の技術が使われてる」

 船から下りて港を抜け、大通りに出た一行。
 キョロキョロと辺りを見回し、人々や町並みを観察するエルロイ。
 うたのネタにするためか、それとも純粋な好奇心か。
 そんなエルロイをさておいて、これからどうするかを話し合う三人。

「今日、どうする? このままキタンへ向かうか、今日は泊まって明朝、出発か」
 
 イスカリオスが疲れた顔で意見を表明した。

「今日は泊まろうよ。久し振りに揺れない寝床でゆっくり寝たい」

 ミスティファーも、その意見に賛成する。

「そうね。船の上じゃ熟睡できなかったもの」

 どうやら二人とも船酔いとまでは行かなかったものの、船の揺れにはうんざりしていたようだ。

「じゃ、泊まるか。お~い、エルロイ! 今日は宿に泊まるぞ!」

 ヴァルは観察に夢中になっているエルロイに大声で呼びかける。

「あ、うん!」

 とてとてとやって来た丘人パックスの吟遊詩人を引き連れて、今夜の宿を探す。
 
「あそこなんかいいんじゃないかな?」

 エルロイが指し示した冒険者の宿アドベンチャーズ・インは、一階の酒場の喧騒が通りにまで聞こえてきており、賑わっているようだ。
 
「ふうん、なかなか良さそうだな。あそこにするか」

 そう言ってエルロイを伴い、そそくさと向かうヴァル。
 
「私たちに相談は無しか」

 思わず出たイスカリオスのボヤキに、ミスティファーが少なからぬ諦めを含んだ声で答える。

「いつものことじゃない。そもそも冒険者の宿アドベンチャーズ・インなんて、どこも似たり寄ったりだから別にいいでしょ」
「まあ、そうだけどさ」

 ボヤキを口にしながら、ヴァルの後を追う二人。
 脳筋のサポートを続けてきた苦労人としての哀愁が、その背には漂っていた。
 宿の入り口に着き、両開きの扉を開けるヴァル。
 外に漏れていた喧騒の何倍もの騒音が一同を襲う。
 日が沈んで間もないが、既に酒場は大盛況のようだ。
 酒の入ったグラスやジョッキを傾ける客。テーブルの間を料理を持って行き来する店員たち。
 
「あそこのテーブル、空いてるな」

 隅の方のテーブルが空いてるのを見つけたヴァル。
 一同は混雑している店内をすり抜けてテーブルに着席、寄って来た店員からメニューを受け取る。

「お、ここ砂糖黍の酒ラムあるじゃん」

 メニューの中に好きな酒を見つけ、顔をほころばせるヴァル。
 他の皆も頼むものは決まったようだ。

「お~い!」

 手を上げ、店員を呼ぶヴァル。
 寄ってた店員に好みの物を注文する一同。
 
砂糖黍の酒ラムを瓶で。後、骨付きのフライドチキン」
葡萄酒ワインを一杯。後、サーモンの冷製パスタ」
「レモン水を一杯。そしてサラダとパン」
麦酒エールをジョッキで。後はポークソテーと……パンを三人前、貰おうかな」

 ヴァル、ミスティファー、イスカリオス、エルロイの順に注文。
 料理を待つ間、エルロイからこれまでの冒険の話を聞かれ、問題ない範囲のことだけ話す。
 そして運ばれてくる料理。
 ヴァルはフライドチキンの骨の部分を手掴みで、ジュージューと音を立てている肉に歯を立て食いちぎって咀嚼、砂糖黍の酒ラムを瓶からラッパ飲みして流し込む。
 ミスティファーはグラスに入れられた葡萄酒ワインを優雅に飲みながら、冷製パスタをフォークで巻き取って口に運ぶ。
 イスカリオスはレモン水をちびちび飲みながら、サラダとパンをもそもそと。
 一番豪快な食い方は新顔のエルロイだった。
 麦酒エールを一気にジョッキの半分ぐらい飲み、ポークソテーとパンを凄まじい勢いで食らう。三人前頼んだパンが見る見るうちに、エルロイの腹に消えていく。
 これはヴァルですら目を見張る勢いであった。

丘人パックスって、体の割に食べるって聞いてたけど、本当なのね」

 ミスティファーが呆然とした表情で呟く。
 三人が凝視する中、エルロイは最後のパンの塊をジョッキの残りで流し込み、竪琴リラを持って席を立つ。

「腹も膨れたし、旅費稼ぐために一曲歌ってくるよ」

 そう言って、酒場の真ん中にある丸い演壇へと進む。
 演壇は吟遊詩人が歌ったり芸人が芸を披露するための場所である。
 その真ん中に立ち、周りを見回して一礼するエルロイ。

「さ~、皆様! 旅の吟遊詩人の拙いうたをお聞きくださいませ! お気に召しましたら、おひねりをよろしく!」

 そして歌いだしたのは、

闇の大聖母グレート・マザーの生み出せし魔神デモンが一柱、牢獄のパッサカリアの居城たる牢獄都市に挑みしは……」

 魔神殺しデモン・スレイヤーの四英雄の勲詩いさおしであった。

「ぶほっ! げほげほ……」

 酒を吹き出し、その拍子に変なところに入ったのか咳き込むヴァル。

「わざとかな?」
「わざとでしょ。四英雄のウチ二人、ヴォーラスさんとリリアナさんの子がヴァルだって分かってるんだから」

 イスカリオスとミスティファーの少し醒めた目線の先で、朗々と歌うエルロイ。

「南東の不毛の砂漠リュカンナよりやって来た強力無双の蛮族戦士バーバリアン大鬼殺しオーガ・キラーヴォーラス。
月と知識の神の覚えめでたき麗しの武神官モンク月の戦乙女ムーン・バルキリーリリアナ。
ドラゴンの尾の一撃すら食い止める最強の守護者ガーディアン鉄壁の騎士ナイトオブアイアンウォールカッシュ・グラモン。
太陽と支配の神の敬虔なるしもべ、太陽の申し子チャイルドオブサンアベル。
彼らこそ、魔神殺しデモン・スレイヤーの四英雄なり」

 うたもそれなりに上手い。斥候スカウト系の本職のカバーかも知れないが、金を取れるレベルであることは確かなようだ。
 歌い終わったエルロイの足元に置かれた桶に次々と銅貨、たまに銀貨が投げ込まれる。

「なんで、こんなとこで親父とお袋の勲詩いさおし、聞かにゃならん」

 仏頂面のヴァル。
 父ヴォーラスの背に未だ追いつけないヴァルにとって、このうたはあまり聞きたくないものであった。
 特に、神器ゴッズを持っているとはいえ古大鬼ハイ・オーガ如きに負けた今の自分には、父との差を思い知らされる勲詩いさおしなのだ。

「どうやったら、どこまで鍛えれば親父に追いつけるんだよ……」

 思わず漏れた珍しくネガティブな呟きを、ミスティファーとイスカリオスは聞こえてないふりをすることにした。


吟遊詩人エルロイ  終了
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

処理中です...