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第7章 新たなる旅路
第63話 キタンへ
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揺れることのない寝床で一晩ぐっすりと休み、英気を養った一同。
スッキリとした顔で冒険者の宿の入り口前に立ち、
「ほんじゃ、行くとするか」
とキタンへの街道に繋がっている街の出口へと歩き出すヴァル。
「あれ? 乗合馬車には乗らないの?」
エルロイが首を傾げる。
大きな街と街を繋ぐ主要街道は乗合馬車が走っており、それに乗らないのかと言っているのだ。
「あ? ここからキタンまでなら、歩いても一日ぐらいだ。馬車に乗るまでもねえだろ」
エルロイに顔を向けさえせず言い放ち、出口の方へと歩くヴァル。
「ま、そういうこと」
「歩くのが嫌なら、キミだけ馬車に乗るといい」
ミスティファー、イスカリオスもヴァルの後に続く。
「ちょ、ちょっと! 別に歩くのが嫌なわけじゃないよ! 待ってよ!」
ついてこないなら本気でここで別れる気だと確信したエルロイは、慌てて三人の後を追った。
* * *
「おりゃあ!」
ヴァルの鉄拳が小鬼の顔に叩き込まれた。
顔をグシャグシャに潰され、吹っ飛んでいく小鬼。
キタンへの途中で夜になり野営の仕度をしている最中に、雑魚魔族の代名詞である小鬼の群れが現れ襲いかかってきたのだ。
このメンツの中では唯一の前衛と言えるヴァルは、すぐさま距離を詰めて敵集団の前に立ち塞がった。
しかし代名詞であった武器〈大鬼殺し〉が船上での戦いで破損し、そのまま船と共に海の藻屑と消えたため、今は素手の状態であり、その豪腕を振るっているのだ。
「ちい! イワネで何か手頃な武器、買っときゃ良かったぜ!」
小鬼を次々と殴り倒しながら、愚痴を零すヴァル。
面倒臭がって大鬼殺しの代わりの武器を買わなかったのを今更ぼやいているのだ。
「~~~ 炸裂!」
イスカリオスが魔術言語で呪文を詠唱、衝撃波を生み出す魔術を小鬼の群れの後方を起点にして発生させる。
破裂音と共に衝撃波が小鬼どもの背中を襲い、弾き飛ばした。
もとより上位種のいない小鬼の群れなど統制の取れていないモノなのだが、ヴァルの大暴れとイスカリオスの魔術により混乱が生じ、もはや群れですらなくなっていた。
「じゃあ、僕も少しは役に立つとこ見せるかな」
混乱の極致にある小鬼の群れを見ながら、エルロイは呟き動き出した。
足音を極限にまで抑えた歩法で小鬼の一匹に走り寄って、その死角に入るように位置取り、己の腰から武器を抜く。
その錐のような刀身の刺突用短剣を握り締め、小鬼の脇腹へと突き刺すエルロイ。
「ゲヤッ!」
突如脇腹を襲った激痛に悲鳴を上げ、視線を下に向ける小鬼。
いつの間にか来ていた小癪な丘人が、己の脇腹に武器を突き立てていた。
内臓を傷付けたのか喉をこみ上げる血を吐き出しながら、小鬼は粗末な棍棒を振り下ろす。
「んなもん当たるかい」
素早く刺突用短剣を抜き、軽やかなステップで棍棒を躱すエルロイ。
末期の攻撃を躱された小鬼は、振り下ろした武器の勢いのままに倒れ込んだ。
「へえ。中々やるわね、あの丘人。少なくとも接近戦の腕はコーンズより上ね」
ヴァルの脇をすり抜けて、こちらへやって来た小鬼の頭に連接棍を叩き込んでミスティファーが感心する。
まだ知り合ったばかりで心根は知りようもないが、腕は信用していいと認めたのだ。
「~~~~ 爆炎球! そのようだね」
ヴァルやエルロイが効果範囲に入らない絶妙な地点に爆炎球を叩き込んで小鬼を吹き飛ばしながら、イスカリオスがその意見に同意、その後に疑問を呈する。
「しかし妙だね。上位種もいないのに、これだけの小鬼が集まるなんて」
この小鬼の群れの総数は三十匹といったところか。
この世の全てを呪い同種ですらいがみ合う小鬼が、上位種による統率がないのにこれだけ集まるわけがないのだ。
「確かにそうね……しかも法王庁のお膝元でこれだけの群れなんて」
ミスティファーの疑問もむべなるかな。
闇の大聖母とは不倶戴天の対魔族の総本山と言える法王庁のあるキタンから一日とかからない場所に、これだけの小鬼の群れがいるとは到底信じられない。
「コイツらの背後に強力な魔族がいる、と考えた方がいいだろうね」
イスカリオスがそう言った時、拍手の音が戦闘の喧騒に紛れて聞こえてきた。
「ご明察。その通りだ、平人の魔術師よ」
森の木立の中から拍手をしながら現れたのは、ぱっと見は人族に見える整った顔付きの青年であった。
しかし決定的な差違は、髪の毛を掻き分けて生えている二本の角、そして顔や手といった服に隠されていない部位の皮膚の所々に見られる緑の鱗。
「ま、まさか! 竜人か?!」
かつて師匠兼養父そしてヴォーラス・リリアナ夫妻から教わった魔族に関する知識を探り、瞬時にソイツが何なのか推察したイスカリオス。
「ほお、中々の博識振りだな。誉めてやろう」
自分が何なのか言い当てたイスカリオスに、尊大な態度で上から目線の賛辞を送る角持ちの青年。
今の今まで騒いでいた小鬼たちも青年が現れた途端、冷水を被ったかのように静まってしまった。
そのことからも青年が相当上位の魔族であることは間違いない。
「イスカリオス! 竜人って、何?!」
突如現れた偉そうな魔族。ソイツに関しての説明をイスカリオスに求めるミスティファー。
「一言で言うと、竜と魔人の合いの子かな。黒竜王アハトと魔老公ムドウが共同で作り上げた種族さ。竜の頑強さと魔人の魔力を併せ持った厄介な相手だってリリアナさんが言ってた」
月の戦乙女リリアナが厄介だ、と評する魔族。
それが今、目の前にいる。
「ああ、そうだ。一応、名乗っておこう。俺の名はクラインだ。よろしく頼むよ、〈自由なる翼〉とやら」
竜人の青年が名乗りを上げる。
こちらが誰なのかはバレバレなようだ。
まあ、褐色の肌の大男の戦士、森人の血を引く豊穣の女神の神官、男の魔術師などというメンツ、他にはいるまい。
「キミたちがここにいるということは、リーズは屠竜剣を奪うのに失敗したってわけだ。ここで俺がキミたちを討ち果たせば、あのすかした野郎に一泡吹かせてやれる。さあ、オルフェリアの持ち主は誰だ?」
どうやら、このクラインとか言う竜人。黒騎士リーズの知り合いで、かつあまり仲がよろしくないようだ。
「あ~。乗り気なとこ申し訳ないが、オルフェリアの持ち主はここにはいないぞ」
ヴァルの言葉に、クラインは眉をしかめた。
「何だと?! どういうことだ!」
「いや、バルトからここまで来る途中、船がティラの攻撃で難破してな。そこでオルフェリアの持ち主のロウドとははぐれたんだよ。ご愁傷様」
端正な顔を歪ませて歯軋りをするクライン。
「く、くそ……折角あのリーズを出し抜けるチャンスだったのに。かくなる上は、お前たちの首だけでも手土産にしてくれる!」
そう抹殺宣言をし脚を踏み出すクライン。すぐにトップスピードに乗り、瞬く間にヴァルの前に走り寄る。
「素手か。ならこちらも、この拳で相手してやろう!」
大振りのお世辞にも早いとは言えないパンチが、ヴァルの顔に向けて繰り出された。
両腕を頭の前に立て難無くガードするヴァル。
しかし、
「お、重い!」
ガードごと吹き飛ばされる。
何とかバランスを取り転倒するのは避けたが、両腕が痺れて力が入らない。
「何だ。あのパッサカリア様を殺した大鬼殺しの後継者と聞いていたから期待したが、この程度か」
力の入らない腕をだらりと下げたヴァルに嘲笑が投げかけられる。
「さて、他の奴らはどうだ?」
左手をミスティファーとイスカリオスの方へと突き出し、
「~~~」
と詠唱に入る。
開いた掌に宿る炎の塊。
イスカリオスとミスティファーの脳裏に蘇るグレタの戦い。
魔老公ムドウの孫娘パメラの、小型の爆炎球を複数放つ呪術。
あれ一発でこちらは半壊状態に持ってかれたのだ。
「~~~(爆炎弾幕)!」
予想通り、パメラの使ったのと同じ術が放たれた。
小型の爆炎球が宙を飛び、神官と魔術師に襲いかかる。
「神よ! 大いなる御業にて我らをお守りください! 防御壁!」
神聖術により半透明の壁がイスカリオスとミスティファーの前に建ち、クラインの術を迎え撃った。
防御壁の表面で、炎と轟音を撒き散らす爆炎弾幕。
「くうっ」
防御壁が破られないよう、必死で気を張るミスティファー。
その美麗な顔に大量の汗が吹き出して、頬を伝い顎から滴り落ちる。
「ほお、これを受けたか……おっと危ない」
自分の術が受け止められたことに感心したクラインだが、ヴァルの回し蹴りを視界の隅に認めて、これをバックステップで躱す。
「ちいっ!」
隙を狙って放った蹴りを躱され、舌打ちをするヴァル。
「魔力破!」
イスカリオスの魔術。魔法の矢数十本分の威力の光球がクラインへと飛んでいく。
竜人の青年は、それを魔力を纏わせた左手の一撃で迎撃した。
「やるね。左手が痺れたよ」
服の袖が破けた左手をブンブンと振るクライン。顔はかなりマジだ。
ジリジリとした緊迫感を持って睨み合う双方。
共に決め手が無く膠着状態といっていいだろう。
ちなみにエルロイと小鬼は、もはや参戦する気も無く傍観している。
「僕なんかが割って入れる戦いじゃないなぁ」
そんなふうにエルロイが呟いたとき、事態は急転する。
「うおりゃあああ!」
野太い雄叫びと共に、人の頭大の鎖付きの鉄球がクラインに向けて飛んできたのだ。
意識の外から飛んできた鉄球を危うく躱すクライン。
「な、誰だ!」
躱された鉄球はすぐさま引き戻された。
その引き戻しの方角に皆が視線を向けると、そこには鉄の塊があった。
いや一見そう見えたが良く見ると、全身鎧でガチガチに身を固め左手に身の丈ほどもある盾を持った山人だ。それが右手で鉄球の鎖を保持している。
その鎖の根元はどういう仕組みかは知らないが盾の裏側へと続いていた。ギュラギュラと音を立てて盾の裏側へと吸い込まれていく鎖。
「盾の裏側に鎖の巻き上げ機でもあるのか?」
魔動車を運転していたこともあり、多少は機巧に詳しいヴァルが当たりをつける。
「火と鍛冶の神の武神官ポルトス、助太刀いたす! 小鬼とそれを率いる魔族、覚悟せい!」
山人は高らかに名乗りを上げた。
キタンへ 終了
スッキリとした顔で冒険者の宿の入り口前に立ち、
「ほんじゃ、行くとするか」
とキタンへの街道に繋がっている街の出口へと歩き出すヴァル。
「あれ? 乗合馬車には乗らないの?」
エルロイが首を傾げる。
大きな街と街を繋ぐ主要街道は乗合馬車が走っており、それに乗らないのかと言っているのだ。
「あ? ここからキタンまでなら、歩いても一日ぐらいだ。馬車に乗るまでもねえだろ」
エルロイに顔を向けさえせず言い放ち、出口の方へと歩くヴァル。
「ま、そういうこと」
「歩くのが嫌なら、キミだけ馬車に乗るといい」
ミスティファー、イスカリオスもヴァルの後に続く。
「ちょ、ちょっと! 別に歩くのが嫌なわけじゃないよ! 待ってよ!」
ついてこないなら本気でここで別れる気だと確信したエルロイは、慌てて三人の後を追った。
* * *
「おりゃあ!」
ヴァルの鉄拳が小鬼の顔に叩き込まれた。
顔をグシャグシャに潰され、吹っ飛んでいく小鬼。
キタンへの途中で夜になり野営の仕度をしている最中に、雑魚魔族の代名詞である小鬼の群れが現れ襲いかかってきたのだ。
このメンツの中では唯一の前衛と言えるヴァルは、すぐさま距離を詰めて敵集団の前に立ち塞がった。
しかし代名詞であった武器〈大鬼殺し〉が船上での戦いで破損し、そのまま船と共に海の藻屑と消えたため、今は素手の状態であり、その豪腕を振るっているのだ。
「ちい! イワネで何か手頃な武器、買っときゃ良かったぜ!」
小鬼を次々と殴り倒しながら、愚痴を零すヴァル。
面倒臭がって大鬼殺しの代わりの武器を買わなかったのを今更ぼやいているのだ。
「~~~ 炸裂!」
イスカリオスが魔術言語で呪文を詠唱、衝撃波を生み出す魔術を小鬼の群れの後方を起点にして発生させる。
破裂音と共に衝撃波が小鬼どもの背中を襲い、弾き飛ばした。
もとより上位種のいない小鬼の群れなど統制の取れていないモノなのだが、ヴァルの大暴れとイスカリオスの魔術により混乱が生じ、もはや群れですらなくなっていた。
「じゃあ、僕も少しは役に立つとこ見せるかな」
混乱の極致にある小鬼の群れを見ながら、エルロイは呟き動き出した。
足音を極限にまで抑えた歩法で小鬼の一匹に走り寄って、その死角に入るように位置取り、己の腰から武器を抜く。
その錐のような刀身の刺突用短剣を握り締め、小鬼の脇腹へと突き刺すエルロイ。
「ゲヤッ!」
突如脇腹を襲った激痛に悲鳴を上げ、視線を下に向ける小鬼。
いつの間にか来ていた小癪な丘人が、己の脇腹に武器を突き立てていた。
内臓を傷付けたのか喉をこみ上げる血を吐き出しながら、小鬼は粗末な棍棒を振り下ろす。
「んなもん当たるかい」
素早く刺突用短剣を抜き、軽やかなステップで棍棒を躱すエルロイ。
末期の攻撃を躱された小鬼は、振り下ろした武器の勢いのままに倒れ込んだ。
「へえ。中々やるわね、あの丘人。少なくとも接近戦の腕はコーンズより上ね」
ヴァルの脇をすり抜けて、こちらへやって来た小鬼の頭に連接棍を叩き込んでミスティファーが感心する。
まだ知り合ったばかりで心根は知りようもないが、腕は信用していいと認めたのだ。
「~~~~ 爆炎球! そのようだね」
ヴァルやエルロイが効果範囲に入らない絶妙な地点に爆炎球を叩き込んで小鬼を吹き飛ばしながら、イスカリオスがその意見に同意、その後に疑問を呈する。
「しかし妙だね。上位種もいないのに、これだけの小鬼が集まるなんて」
この小鬼の群れの総数は三十匹といったところか。
この世の全てを呪い同種ですらいがみ合う小鬼が、上位種による統率がないのにこれだけ集まるわけがないのだ。
「確かにそうね……しかも法王庁のお膝元でこれだけの群れなんて」
ミスティファーの疑問もむべなるかな。
闇の大聖母とは不倶戴天の対魔族の総本山と言える法王庁のあるキタンから一日とかからない場所に、これだけの小鬼の群れがいるとは到底信じられない。
「コイツらの背後に強力な魔族がいる、と考えた方がいいだろうね」
イスカリオスがそう言った時、拍手の音が戦闘の喧騒に紛れて聞こえてきた。
「ご明察。その通りだ、平人の魔術師よ」
森の木立の中から拍手をしながら現れたのは、ぱっと見は人族に見える整った顔付きの青年であった。
しかし決定的な差違は、髪の毛を掻き分けて生えている二本の角、そして顔や手といった服に隠されていない部位の皮膚の所々に見られる緑の鱗。
「ま、まさか! 竜人か?!」
かつて師匠兼養父そしてヴォーラス・リリアナ夫妻から教わった魔族に関する知識を探り、瞬時にソイツが何なのか推察したイスカリオス。
「ほお、中々の博識振りだな。誉めてやろう」
自分が何なのか言い当てたイスカリオスに、尊大な態度で上から目線の賛辞を送る角持ちの青年。
今の今まで騒いでいた小鬼たちも青年が現れた途端、冷水を被ったかのように静まってしまった。
そのことからも青年が相当上位の魔族であることは間違いない。
「イスカリオス! 竜人って、何?!」
突如現れた偉そうな魔族。ソイツに関しての説明をイスカリオスに求めるミスティファー。
「一言で言うと、竜と魔人の合いの子かな。黒竜王アハトと魔老公ムドウが共同で作り上げた種族さ。竜の頑強さと魔人の魔力を併せ持った厄介な相手だってリリアナさんが言ってた」
月の戦乙女リリアナが厄介だ、と評する魔族。
それが今、目の前にいる。
「ああ、そうだ。一応、名乗っておこう。俺の名はクラインだ。よろしく頼むよ、〈自由なる翼〉とやら」
竜人の青年が名乗りを上げる。
こちらが誰なのかはバレバレなようだ。
まあ、褐色の肌の大男の戦士、森人の血を引く豊穣の女神の神官、男の魔術師などというメンツ、他にはいるまい。
「キミたちがここにいるということは、リーズは屠竜剣を奪うのに失敗したってわけだ。ここで俺がキミたちを討ち果たせば、あのすかした野郎に一泡吹かせてやれる。さあ、オルフェリアの持ち主は誰だ?」
どうやら、このクラインとか言う竜人。黒騎士リーズの知り合いで、かつあまり仲がよろしくないようだ。
「あ~。乗り気なとこ申し訳ないが、オルフェリアの持ち主はここにはいないぞ」
ヴァルの言葉に、クラインは眉をしかめた。
「何だと?! どういうことだ!」
「いや、バルトからここまで来る途中、船がティラの攻撃で難破してな。そこでオルフェリアの持ち主のロウドとははぐれたんだよ。ご愁傷様」
端正な顔を歪ませて歯軋りをするクライン。
「く、くそ……折角あのリーズを出し抜けるチャンスだったのに。かくなる上は、お前たちの首だけでも手土産にしてくれる!」
そう抹殺宣言をし脚を踏み出すクライン。すぐにトップスピードに乗り、瞬く間にヴァルの前に走り寄る。
「素手か。ならこちらも、この拳で相手してやろう!」
大振りのお世辞にも早いとは言えないパンチが、ヴァルの顔に向けて繰り出された。
両腕を頭の前に立て難無くガードするヴァル。
しかし、
「お、重い!」
ガードごと吹き飛ばされる。
何とかバランスを取り転倒するのは避けたが、両腕が痺れて力が入らない。
「何だ。あのパッサカリア様を殺した大鬼殺しの後継者と聞いていたから期待したが、この程度か」
力の入らない腕をだらりと下げたヴァルに嘲笑が投げかけられる。
「さて、他の奴らはどうだ?」
左手をミスティファーとイスカリオスの方へと突き出し、
「~~~」
と詠唱に入る。
開いた掌に宿る炎の塊。
イスカリオスとミスティファーの脳裏に蘇るグレタの戦い。
魔老公ムドウの孫娘パメラの、小型の爆炎球を複数放つ呪術。
あれ一発でこちらは半壊状態に持ってかれたのだ。
「~~~(爆炎弾幕)!」
予想通り、パメラの使ったのと同じ術が放たれた。
小型の爆炎球が宙を飛び、神官と魔術師に襲いかかる。
「神よ! 大いなる御業にて我らをお守りください! 防御壁!」
神聖術により半透明の壁がイスカリオスとミスティファーの前に建ち、クラインの術を迎え撃った。
防御壁の表面で、炎と轟音を撒き散らす爆炎弾幕。
「くうっ」
防御壁が破られないよう、必死で気を張るミスティファー。
その美麗な顔に大量の汗が吹き出して、頬を伝い顎から滴り落ちる。
「ほお、これを受けたか……おっと危ない」
自分の術が受け止められたことに感心したクラインだが、ヴァルの回し蹴りを視界の隅に認めて、これをバックステップで躱す。
「ちいっ!」
隙を狙って放った蹴りを躱され、舌打ちをするヴァル。
「魔力破!」
イスカリオスの魔術。魔法の矢数十本分の威力の光球がクラインへと飛んでいく。
竜人の青年は、それを魔力を纏わせた左手の一撃で迎撃した。
「やるね。左手が痺れたよ」
服の袖が破けた左手をブンブンと振るクライン。顔はかなりマジだ。
ジリジリとした緊迫感を持って睨み合う双方。
共に決め手が無く膠着状態といっていいだろう。
ちなみにエルロイと小鬼は、もはや参戦する気も無く傍観している。
「僕なんかが割って入れる戦いじゃないなぁ」
そんなふうにエルロイが呟いたとき、事態は急転する。
「うおりゃあああ!」
野太い雄叫びと共に、人の頭大の鎖付きの鉄球がクラインに向けて飛んできたのだ。
意識の外から飛んできた鉄球を危うく躱すクライン。
「な、誰だ!」
躱された鉄球はすぐさま引き戻された。
その引き戻しの方角に皆が視線を向けると、そこには鉄の塊があった。
いや一見そう見えたが良く見ると、全身鎧でガチガチに身を固め左手に身の丈ほどもある盾を持った山人だ。それが右手で鉄球の鎖を保持している。
その鎖の根元はどういう仕組みかは知らないが盾の裏側へと続いていた。ギュラギュラと音を立てて盾の裏側へと吸い込まれていく鎖。
「盾の裏側に鎖の巻き上げ機でもあるのか?」
魔動車を運転していたこともあり、多少は機巧に詳しいヴァルが当たりをつける。
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