ブレイブス～田舎貴族の三男坊は英雄になれるか～

第８章 竜を討つ者

第67話 キタン、燃ゆ

「な、何だ！　あれは?!」

　気付いた誰かが声を上げ、それに釣られて上を見上げた人々が目にしたモノ。
　それはキタン市街の上空に無数に現れた魔方陣マナ・サークル。

「何かが出て来る……」

　人々の見守る中、その魔方陣マナ・サークルから何かが出てきた。
　鎧を纏った人の脚？　いやスケールが違いすぎる。
　魔方陣マナ・サークルの表面を抜けてきたモノ、それは大鬼オーガとほぼ同じサイズの金属製の呪人形ゴーレムであった。
　
「ア、鉄の呪人形アイアン・ゴーレムじゃねえか！」

　冒険者とおぼしき一団が悲鳴に近い声を上げる。
　鉄の呪人形アイアン・ゴーレム。その名の通り鉄製で、その防御力は並の鎧を上回る。正直、生半可な実力の冒険者では手に負えない魔法生物クリーチャーである。
　それが無数に魔方陣マナ・サークルから出現し、市内へと落下していく。
　道路に墜ちたモノは石畳に大きなクレーターを作り、家屋の上に墜ちたモノは屋根を突き破って屋内へと。
　そして一通り鉄の呪人形アイアン・ゴーレムの第一陣降下が終わった後、魔獣モンスターや魔族ダークワンが降下を開始した。
　鳥翼獅子グリフォンに跨がる黒き鎧の騎士。
　全体的なフォルムは人ながら、羽毛に包まれた全身、頭部と脚は鳥の物、腕の代わりに翼といった異形の鳥人族フェザーズ。ちなみに爪付きの足の指で器用に短槍ショート・スピアを掴んでいる。
　その背に乗せた小鬼ゴブリンや、人族ひとぞくより少し大柄な毛深い人型の魔族・獣鬼族オグルに操られた巨大な猛禽類ジャイアント・ラプター。
　などと言った空を飛べる第二陣が出てきた後、降下制御フォーリング・コントロールを掛けられた第三陣がゆっくりと降下してくる。
　
「な、何なんだよ！　マジで戦争レベルの大軍じゃねえか！」

　繰り出された軍勢に目を剥く人々。
　最前線たるルキアンならともかく、主神たる太陽神信仰のお膝元・アレルヤ地方の中心とも言えるこの光の都キタンに、これほどの大軍が攻めてくるとは。
　魔族ダークワンの急襲に慌てふためいている人々を更に異変が襲う。
　足元が揺れ始めたのだ。
　
「じ、地震？」

　どんどんと揺れは大きくなっていく。
　揺れを何とかバランスを取って凌ぎながら、敵を迎え撃つべく得物を構える冒険者たち。

「魔族ダークワンの襲撃に地震って、何なんだよ！」

　キタンの一角、噴水のある公園。そこが揺れの一番大きいところであった。
　もはや、立っていられないほどに地面は揺れている。
　公園で散策を楽しんでいた者たちは四つん這いになりながら、草木や花畑のある芝生が盛り上がっていくのを目の当たりにした。

「何かが、出て来る？」

　魔獣モンスターの中には、地中を掘り進む地蟲ワームなどもいる。それであろうか。
　だが地面を割って出てきたのは地蟲ワームどころではなかった。
　雄々しい角、鋭い牙の生えた頭部、濃い緑の鱗に包まれた長い首。

「ド、竜ドラゴン！」

　そう地面を割り地上へと出現せしは、世界最強の生物である竜ドラゴンの地上種・地竜グランド・ドラゴンであった。
　
「グルァァ！」

　体を全て地上へと出した地竜ドラゴンは口を大きく開き、吠えた。
　竜の咆哮ドラゴン・ロアー。魔力マナを含んだその咆哮は公園内に響き渡り、それを耳にした者たちに衝撃を与える。
　多くの者は麻痺ですんだが、中には心臓麻痺を起こしてショック死した者も少数だがいた。
　地竜ドラゴンは辺りを睥睨し、多くの建物の屋根越しに見える一番高い尖塔を見つけるや、その方角へと歩を進め始めた。
　キタンで一番高い尖塔。それは当然、法王庁の塔である。
　倒れた人々を無惨に踏み潰し、進路を塞ぐ建物に炎の吐息ファイヤー・ブレスを吹き付けて炎上させる地竜ドラゴン。
　燃える建物をその巨体で崩しながら、竜ドラゴンは一直線に大聖堂を目指す。
　
　　　　＊　　　＊　　　＊

「な、何ぃ?!　東公園に竜ドラゴンが現れ、一直線にこちらに向かっているだと?!」

　大聖堂の評議の間に集まった法王パパと枢機卿カーディナルたちは、外からの報告を聞いて目を剥いた。
　無数の呪人形ゴーレム、魔族ダークワン、魔獣モンスターのみならず、竜ドラゴンまで。
　暴虐のザルカンの独断だった先のグレタとは違い、どうやら今回は総動員らしい。

「街中に散らばった魔族ダークワンが暴れ回り、既に各教団の神殿が対処している。来ていた冒険者もな。我らも手をこまねいてはいられん」

　主神たる太陽神の教団として、率先してこの襲撃に対処せねば面目が立たない。
　武神官モンクや神官クレリック、聖騎士パラディンなどを各地区に派遣して、騒動を収めなければならないだろう。
　しかし、法王庁ここに竜ドラゴンが向かっているとなれば、守りを手薄にするわけにもいかない。
　悩む枢機卿カーディナルたち。
　その内の一人、一番若い三十代の伊達男がポンと手を打ち、口を開く。
　
「そうだ。こんな時の勇者様ですよ」

　その男アンドレの放った言葉に、顔を上げる枢機卿カーディナルたち。
　
「最低限の守りと勇者様たちをここに残して、後は全て市内の防衛に回すんです。そうすれば我らの面目も立ちますし」

　その言葉に狐顔の枢機卿カーディナルコリンズが噛み付く。

「ここに竜ドラゴンが向かっているんだぞ！　聞いていたのかね、アンドレ卿！」
「だから勇者様を残すんですよ」

　その言葉の意味に気付いた元聖堂騎士団テンプル・ナイツ団長のブレナンが、視線をアンドレに向けて呟く。

「竜ドラゴンに聖剣の勇者をぶつけるということか」
「ええ、その通りです。竜ドラゴンを倒したとなれば勇者様の名声はうなぎ登り。我らとしても鼻が高い。まあ倒せなかったとしたら、この先の聖戦の旗頭となれる器ではなかった、ということですよ。ねえ、アベル卿？」

　意味ありげな視線をアベルへと向けるアンドレ。

『まさか竜ドラゴンの相手ができないとは言いませんよねえ』

　その視線はそう言っていた。
　その意図に気付いて歯噛みしつつも、平静を装ってアベルは口を開く。

「……もちろん。竜ドラゴン一匹倒せないようでは、この先勇者としてやっていけるわけがない。キャサリンに竜ドラゴンの相手をさせよう」
「父親として娘さんを死地に追いやるのは心苦しいとは思いますが、枢機卿カーディナルとしてのご決断ご立派です。さすがは魔神殺しデモン・スレイヤーの一人、太陽の申し子チャイルドオブサン。あ、勇者様一人でなんて鬼畜な事は言いません。お付きも一緒で構いませんよ」

　アンドレは心の内を見せない表面だけの笑みを浮かべ、そう言った。

　　　　＊　　　＊　　　＊

「ド、竜ドラゴンの相手をしろって?!」

　他の者と共に応接室に待機していたキャサリンは、父からの使いの言葉を聞いて驚愕した。
　その顔からは血の気が引き真っ青になっている。
　
「うわ～……まあ、他のとこに人回さなきゃいかんから、ここの守りは勇者に任すってのは分かるけど。思い切ったな」

　一行の中で一番経験を積んだリカルドが、顎の無精髭を擦りながら言う。

「で、俺たちはキャサリンと一緒に竜ドラゴン退治か」

　ジークハルトの呟きに、

「何だ、怖いのか？」

　とリカルド。

「怖くないって言えば嘘になる。リカルドのオッサンはどうなんだよ」
「俺か？　俺だって怖いさ。さすがに竜ドラゴン相手にすんのは初めてだからな」
「オッサンもそうか」

　そんな弱音を吐く男二人に、聖剣の檄が飛ぶ。

「な～にをゴチャゴチャ言っている！　この天の栄光グローリアスがおれば、竜ドラゴンなど恐るるに足らんわ！」

　怪気炎を吐く聖剣に微妙な視線を送る一同。
　
「でも、やるしかないですよね。枢機卿カーディナルの方々がそう決めたのなら……」

　諦観を含んだサマンサの言葉が全てを物語っていた。
　そう、聖剣の勇者御一行とは言え、結局下っ端に過ぎないキャサリンたちにとって上からの命令は絶対である。
　やれと言われたらやるしかないのだ。
　意気消沈する一行に、室内の部外者が助っ人を申し出る。

「俺も手伝うぜ」

　ヴァルだ。
　
「え、でも……」

　有り難いと思いつつも巻き込むわけにはいかないと逡巡するキャサリンに、

「竜ドラゴン相手だ。人手は多い方がいいだろ？」

　とヴァルはウインクをする。

「キャサリン、ここは力を借りようぜ」

　ジークハルトがキャサリンに目を向け、リカルドも頷く。

「そうだな。人手は多いに越したことはない」

　男からの意見に困ったキャサリンは、唯一の同性のサマンサへ助けを求めるように顔を向ける。

　だが、

「皆様の言うとおり。助けを借りましょう」

　というサマンサの言葉に、顔を下に向け、

「分かりました。ヴァルさん、有り難くお力お借りします」

　と声を絞り出した。

「取りあえず、手頃な武器を貸してくれ。できれば長柄の、な」

　勇者様から参戦の許可が下りたところで、ヴァルはリカルドに武器の貸与を頼む。
　
「ああ、そっか。ここには大鬼殺しオーガ・キラー持ってきてないのか。分かった、適当なの持ってこよう」

　リカルドはそう言い、部屋の外へと出ていった。
　持ってきてないのではなく、もはや存在しないのであるが、それを言ってもどうしようもないので黙っているヴァルであった。
　
　　　　＊　　　＊　　　＊

「魔族ダークワンの総攻撃じゃと?!」
「一大事じゃないか！」

　鍛冶場へと息せき切って入ってきた神官クレリックから話を聞いて、ポルトスとトンパは目を見開いた。

「こうしちゃおれん！」

　部屋を出て行こうとしたポルトスに待ったが掛かる。

「待って！　ポルトスはここに残って、ライゼンの槍これを取りあえず使えるように仕上げてちょうだい」

　ミスティファーだ。
　その言葉に食ってかかるポルトス。

「何い！　儂に戦うな、と言うのか?!」

　青筋を立てて詰め寄った山人ドワーフの鍛冶屋に臆することなく、ミスティファーは言葉を続ける。

「ええ。貴方には貴方にしかできないことをやって欲しいの。この魔族ダークワンの大攻勢。雑魚だけじゃなく、昨夜みたいな高位の奴らもいるはずだわ。ソイツらに対抗するにはこ・れ・が必要だと思うから」

　台の上に置かれたライゼンの槍に視線を向け、ミスティファーはポルトスを諭す。
　しばし黙っていたポルトスだが、頭を掻きむしり、

「あ～、分かったわい！　儂はここでこれを仕上げよう！　だが、仕上げが終わるまで保もつんじゃろうな?!」

　と鋭い目をミスティファーに向ける。
　ミスティファーはイスカリオスとエルロイを交互に見て頷く。

「ええ。イスカリオスとエルロイと一緒に頑張るわ」

　共に戦うことが決定済みのイスカリオスとエルロイは、苦笑を浮かべて口を開く。

「まあ、こうなったら逃げるわけにもいかないからね」
「死なない程度に頑張るよ。詩うたのネタにもなるし」

　そうして三人は鍛冶場を出ていった。
　それを見送り、金槌を手にしたポルトスにトンパが声を掛ける。

「頼んだぞ、ポルトス。私も神殿長として、成すべき事をしてくる」

　神官クレリックや武神官モンクを指揮すべく、トンパは部屋を出ていった。
　そして最後の一人、この槍を持ってきた飛竜騎士ワイバーン・ナイトレベッカは、ポルトスに深く頭を下げる。

「私もトーイと共に撃って出ます。ポルトス殿、我が国の不始末を押し付けて申し訳ない。国宝を何とぞよろしくお願いします」

　そう言って、レベッカも部屋を出ていった。
　トーイというのは、相棒の飛竜ワイバーンの名前だろうか。
　一人鍛冶場に残ったポルトスは、己が信仰する火と鍛冶の神に祈りを捧げる。

「神よ、我にこの槍を最高のモノに仕上げる力をお授けください」

　そう言って、まずは槍を台から降ろそうと天井から下がっている鎖に手を掛けた。


キタン、燃ゆ　　終了