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第8章 竜を討つ者
第68話 聖都の一番長い日 その1
しおりを挟む応接室から礼拝堂へと移ったキャサリン一行。
「おう、ここにいたか。ほらよ。法王様の近衛兵用のだけど、お前さんにはちょうどいい武器だろ」
そう言ってリカルドがヴァル用の武器として持ってきたのは、長刀であった。
いや、穂先の刃に典雅な彫刻がしてあるところを見ると、いわゆる儀典長刀と呼ばれる物だろうか。
「うん、悪くない」
手に持って一振りし、具合を確かめるヴァル。
「そりゃ、良かった。で、一つ気になるんだが。お前さん、兜は?」
キャサリン、ジークハルトの若手二人が既にバケツ兜と言う通称の大兜を被っているのに、ヴァルが頭を丸出しなのに疑問を呈する中年聖騎士。
「俺、兜被ったこと無いから」
ヴァルの衝撃発言に驚く一同。
「え? ヴァルさん、兜着けないんですか?!」
「頭に一撃食らったら一発昇天じゃねえか」
「そんな人もいるんですねえ」
キャサリン、ジークハルト、サマンサの一連の言葉。
そしてリカルド。
「頭守らんで、良くもまあ生きてこられたもんだ」
言外に『馬鹿じゃねえの』と言われているヴァルは、目を逸らしながら弱々しく反論する。
「いや……親父も被ってなかったし……」
「親父さん、鬼殺しヴォーラスか……確か、熱砂のリュカンナ地方出身だったっけか。あそこの出身なら兜を着けないのも分からんではないが、お前さんはアレルヤで生まれ育ったんだろ? 兜着けろよ」
「親父と同じ条件で戦って、上に上がらなきゃ意味がねえんだよ」
兜を被らず、胴には多頭大蛇の皮を加工した硬革の鎧。そして武器は魔力の篭もっていない通常武器に過ぎない大鬼殺し。
そんな装備で、アベルとリリアナ二人の神聖魔法の支援があったとは言え、魔神殺しにまで上り詰めた父ヴォーラス。
竜鱗の鎧を購入したから胴鎧は対等ではなくなってしまったが、せめて兜は被らずに戦い抜きたい。馬鹿だとは自分でも思うが、どうしても譲れない部分なのだ。
そんな傍から見れば子供の駄々に過ぎない言葉を聞いて、キャサリンは安堵していた。
『ああ、この人もそうなんだ。偉大な親にコンプレックスを持ってるのは、私だけじゃないんだ』
同じ魔神殺しの英雄を親に持ちながら自分より遥か先を行っていると思っていたヴァルも、偉業を為した親に対する劣等感を持っていたのだと知り、身近に感じるキャサリン。
「はあ……命あっての物種だろうが。そんなこだわりで頭晒して死んだら、馬鹿だぞ?」
心底呆れた口調で溜息交じりの言葉を漏らすリカルド。
「それでも、これは譲れねえ」
キッパリと言い放つヴァルに、些か醒めた目線を送り、
「好きにしろ」
説得を諦めるリカルド。
「来たぞ、魔族と魔獣だ!」
外から声が聞こえてきた。
顔を見合わせて頷き合い、礼拝堂の大扉を開け、前庭へと出る一同。
そこでは鎖帷子の上に太陽の紋章を染め抜いた上衣といった装備の武神官が、無数の魔族の軍勢を迎え撃っていた。
小鬼、獣鬼、それに飼い慣らされた魔狼が前衛として武神官と押し合いへし合いしている。
軍勢の後方に目をやると、黒い全身鎧に身を包んだ騎士が声を張り上げて指揮を執っているのが見えた。
おそらくは魔人、この部隊の指揮官だろう。
「アイツがこの先遣隊の指揮官かな?」
ヴァルの言葉に頷くリカルド。
「だな。しかし、この法王庁に小鬼や獣鬼の集まりしか寄越さねえとは、甘く見られたもんだ。せめて大鬼は差し向けろよ」
確かに太陽神信仰の総本山たる法王庁を攻めるのに、小鬼や獣鬼などの低級な奴らだけの部隊では力不足と言う物であろう。
「竜が到着するまでの時間稼ぎだから、失っても惜しくない部隊を差し向けたとか?」
キャサリンの言葉に頷くヴァルとリカルド。
「ああ、なるほど」
「それはあり得るな」
そこにジークハルトの冷ややかな声が掛かる。
「感心してる暇あんのかよ。俺たちも行こうぜ」
その指摘にバツの悪そうな顔になるリカルドとヴァル。
「そ、そうだな」
「悪い」
武器や盾を構えて気を引き締める三人の聖騎士。そして借り物の武器を両手で握り締めるヴァル。
「よし、行くぞ!」
「「「おう!」」」
リカルドの号令一下、魔族の群れへと、サマンサを除く四人は走り出した。
「神よ、我らが仲間を護り給え 防御膜」
サマンサの神聖魔法が飛び、四人の体を薄い光の幕が包む。
ほんのちょびっとではあるが防御力を備えた光の膜だ。
「おおお!」
雄叫びを上げ、武神官の頭越しに儀典長刀を振り払うヴァル。
人より頭一つ背の高い獣鬼の首がそれにより二つ三つ飛んだ。
リカルド、ジークハルト、キャサリンも武神官の間に割り込むようにして前に出て、武器を振るう。
ジークハルトの真銀製の聖なる鎚矛が銀の軌跡を宙に描いて小鬼の頭を割り、リカルド愛用の普通より一回り大きい特注品の星球鎚矛が獣鬼を吹き飛ばす。
そしてキャサリンが天の栄光を水平に振るうと光の刃が飛び、複数の魔族を薙ぎ払っていった。
「聖剣の勇者キャサリン様が来てくれたぞ!」
キャサリンに気付いた武神官の一人が声を上げた。
「おお!」
「勇者様!」
「よし、勇者様に続け!」
押されがちだった武神官が勇者の参戦に勢いづき盛り返す。
「ほら、キャシー。何か一言、勇者として言ってやれ」
ジークハルトがキャサリンの肩を叩く。
「………」
兜の中で渋い顔になるキャサリン。偉そうなことを言うのは苦手なのだ。というより、したくない。
だが勇者である自分が、ここで何かを言えば士気が高まることは間違いない。
不承不承、口を開く。
「皆、怯まないでください! 私たちが敗れ法王庁に奴らを通すこと、それは太陽神信仰の、いや平人全体の敗北と同義です! ここを死守して、魔族を一歩も通さないで!」
精一杯のキャサリンの檄に涙を流さんばかりに打ち震える武神官たち。いや、本当に涙を流している者さえいる。
「勇者様の仰るとおりだ!」
「法王庁に薄汚い魔族を踏み入れさせるな!」
「踏ん張るぞ!」
「「「おう!」」」
なぜ太陽神信仰の敗北と平人の敗北が同義なのか。
それは平人を生み出したのが太陽神であり、それもあって最も太陽神の信者が多いのが平人だからだ。
ここ法王庁の陥落、それが平人の生活の根幹・基盤に揺らぎを生じさせることは間違いない。
「死ねえ!」
後ろで指揮を執っていたはずの黒騎士が、いつの間にか前線に出てきていて、乱戦に夢中のキャサリンに後ろから切りかかった。
「きゃあ!」
不意を突かれ、悲鳴を上げるキャサリン。しかし黒騎士の攻撃は勇者にダメージを与えることはなかった。
キャサリンの着ている白銀の鎧から吹き出る魔力の風が黒騎士の剣の軌道を逸らし、鎧の表面で剣先が滑ったのだ。
「ちぃっ! 何だ、その鎧は!」
後退りひとまず距離を取る黒騎士。
振り向いて、真っ正面から黒騎士に対峙するキャサリン。
兜の中の顔には冷や汗が浮いている。
『ふう、危なかったあ……勇者の装備様々ね』
この白銀に輝く鎧と盾は、先々代勇者の時にあつらえられた魔力の篭められた勇者専用装備だ。
鎧の装甲表面からは微弱な魔力が常時吹き上がっており、それが敵の攻撃を弱め軌道を逸らす。
盾の方は特殊効果があるわけではないが、只ひたすら硬い。
『まったく、気を抜くでないわ! 後ろにも目を付けろ!』
天の栄光から念話でのお叱りを受け、渋い顔になるキャサリン。
『後ろに目って、できるわけないじゃん』
長剣を揺らめかせている黒騎士の挙動を注視しながら、悪態を心の中でつく。
『馬鹿者、あくまでも喩えだ! 後ろにも注意しろという意味だわ、アホが!』
再度、お叱りの声。
『ほら見ろ! あのヴァルとかいう男を! 後ろからの攻撃も察知して躱しておる! お前もあれぐらいできるようになれ!』
見れば、確かにヴァルは乱戦の中、後ろからの攻撃を躱し、そして儀典用長刀の石突きで背後の敵を突いて昏倒させている。
『うわ。なんで、あんなことできるのかな。やっぱり、私とは違うなぁ』
先程、身近に感じたヴァルを又も遠くに感じてしまう。
『そんなこと思ってる暇があるなら、奴よりも多くの敵を屠れば良かろう。さっさとやれ!』
容赦の無い聖剣からの喝が飛ぶ。
しかし神器である自分がいるなら使い手が未熟だろうと問題ない。と言っておいて勝手なモノだ。
「勇者、覚悟ぉ!」
叫びながら繰り出された黒騎士の振り下ろしを勇者の盾で受け止め、天の栄光を喉元に突き刺すキャサリン。
天の栄光の太陽の波動を帯びた刃は、黒騎士の兜の喉当てを難無く貫き、喉へと突き刺さる。
「ガボォ!」
黒騎士は濁った声を上げて絶命した。
喉の傷から黒い血と空気を吹き出しながら、後ろ向きに倒れる。
「おうし、勇者が敵の指揮官を討ち取ったぞ! 押せえ!」
ここぞとばかりに檄を飛ばすリカルド。
「「「おう!」」」
* * *
法王庁のど真ん中、そこには法王専用の礼拝室がある。
千年前、初代法王が太陽神から啓示を受けた地。その地点に、専用礼拝室は存在した。
法王はそこに篭もり、ひたすら祈りを捧げていた。
「我らが太陽と支配の神よ。どうか、この地をお守りください……」
その貧相な老体の背に声が掛けられる。
「天でふんぞり返っている太陽神に、お主の祈りは届くかのう」
神聖なる力により封鎖されているはずの礼拝室で声を掛けられたことに驚愕し、振り向くアドモス。
そこにいたのは白い鬚を鳩尾の辺りまで伸ばした痩身矮躯の老人であった。
老人は、顔に嘲笑を浮かべ正に慇懃無礼といった態度で、わざわざ共通語で名乗りを上げる。
「お初にお目にかかる、法王殿。儂は魔神将が一柱、魔老公ムドウじゃ。短い付き合いになると思うが、一応名乗っておこう」
「ま、魔老公?! なぜ魔族が、この部屋に入れたのじゃ!」
「ああ、この部屋の神聖なる結界か。まあ、そこらの者では入ることなどできはせんじゃろうが、魔族最高の術者たる儂ならば、この程度の結界、同質の魔力を纏って封鎖を抜けることなど容易いわ」
部屋の結界と同質の魔力を放出するムドウに恐れを覚え後退るアドモス。
狭い部屋なのですぐに壁に背が付き、それ以上逃げられなくなる。
恐怖を打ち払わんと虚勢を張り、大声を張り上げる。
「な、何の用じゃ! 何で儂の目の前に現れた?!」
その問いに、目を細め不気味な三日月のような笑みで応えるムドウ。
「何故? 決まっておろうよ。我らの宣戦布告のための花火になってもらう。太陽神信仰の最高指導者を血祭りに上げれば、我が神〈闇の大聖母〉はお喜びになられるだろうし、下っ端どもも勢い付く。お前ら平人は逆に意気消沈するであろうな。か~かっかっか」
勝ちは同然と哄笑を上げるムドウに、さすがに苛つくアドモス。
「舐められたモノじゃな。そう易々と儂がやられると思うか?」
怒りで気力を取り戻したアドモスに生暖かい笑みを向けるムドウ。
「ほう、抵抗する気か。大人しくしとれば、ひと思いにやってやったモノを。向かってくるなら、苦しませて殺してやる」
聖都の一番長い日 その1 終了
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