小さくって何が悪い 婚約破棄された貧乏貴族令嬢は呪われた辺境で変態だけど奥手の紳士に目を付けられます。

オカメ颯記

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35会場

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 私たちは長い列に並んだ。

 なぜ、会場になかなか入れないのかその理由はすぐに分かった。会場の入り口で、列が二つに分かれていた。そのうちの一つがとても混んでいて、それでみんな待たされているのだ。

「何の列ですか?」
  何をしているのか背の低い私にはよく見えない。私は背伸びをした。

「光の種を受け取っているのですよ、ほら、こうして光るために」 
 ミーシャは私の手を放して、集中するように下を向いた。そうすると、ミーシャの体が淡く光り始める。

「あら……失礼ですが、ミーシャさんの等級は」 
 思っていたよりも高い等級だった。私のなんちゃって貴族の等級とは比べ物にならない。

「今日は戦勝記念日ですからね。皆、正装します」 

「それじゃぁ、こちらの列に並びましょう」 
 私は人の少ない列を指し示した。そちらは光の種を取らずに、会場に入る稀有な人々の列だった。

「姉さん」
 慌てて弟が私を止める。 

「いいじゃない。どうせ、私は光の種をとっても光ることはできないわよ」
  
「でも、そんなことをいって……姉さん」
 慌てる弟を見て、ミーシャは苦笑いをしている。

「ミーシャさんもそう思いますよね。」 

「いや、でも。いいのですか? 淑女のたしなみとして光っておいたほうがいいかと」

「結構ですわ。ここにはここの風習があります。」
 そう、辺境では貴族のたしなみは必要ない。

「姉さん、そんな分離派のようなことを……」 

「あのね、ザーレ。分離派って何? そんな人たち、私、みたことないんだけど」
 うんざりした私は弟にケチをつけた。そう、ここにいるのはフラウちゃんファンクラブの人たちだけだから。

「分離派って……その、異端者というか、黒い民に媚びを売る連中……ですよね?」
  ザーレはミーシャに同意を求める。

「異端者って、ここにはいないわ。誰も全能なるお方のことを否定などしていないわよ。ここは辺境の民が多いけれど、それは仕方ないでしょう? もともと彼らの住処だったのだから。」 

「そういうのが、異端者の台詞なんだよ。呪われた連中の肩を持って、共和国と手を組もうとする連中の……」

  私はムカッとして言い返した。

「馬鹿なことを言わないで。辺境の民がここに住んでいたというのは事実でしょ。私の信仰のあり方は関係ないわ。それに光の種を摂っても無駄というのも、事実なの。あのね。ここでは、魔法を使いにくいの。ミーシャさんくらいの実力者ならともかく私みたいな低等級者だとろくに機械を動かすこともできないの。光るなんて、無理」
  私だって短い間だけれどここで暮らしてきた。自分の等級で何ができるかくらいわかる。やってきたばかりの弟たちとは違うのだ。

「姉さん、ひょっとしてあの偽物の提督、追放された公女に影響されてる? 呪われた連中と親しくしているから、影響を受けてしまったとか」 

「だから、騙りとか追放されたとかそんな不適切なことを言わないで」

 フラウちゃんファンクラブの会員がここにいたらどうするというのだ。彼女が姿を現したときの熱狂ぶりを思い出して私は身震いをした。場をわきまえていないのはどちらなのだろう。ここは辺境で、星の都の酒場ではないのだ。

「いいですよ。私は構いませんよ」 
 静かに始まった兄弟げんかにミーシャが割って入る。
「エレッタさんさえ気にしないのであれば、こちらから入りましょう」 
  
 私たちは不機嫌な弟を従えて、空いている入り口から会場に入った。舞踏会の会場は薄暗かった。人々の発する淡い光が柔らかく室内を照らしている。
 光の種を取っていない私たちの周りは暗く、暗闇を縫って給仕している者たちにも無視されている。

「だから、いったんだ。無理してでも光の種がいるって」 

「そんなこと、言ってたかしら」
 ぶつぶつと言う弟に私は冷たく言う。
「どうせ、光の種を飲んでいても持って半刻でしょ。そこまでして見栄を張りたいの?」

「飲み物をとってきますね」
  ミーシャが仕方なさそうにため息をついて私たちのそばを離れた。
 私もなんだかんだと理由をつけて弟のそばを離れる。
 一人になると、薄暗い部屋の中では私の居場所なんてわからない。意外にこれはいいかもしれない。この状態なら、小さな私の姿を探すのは困難だ。このまま、どこかに隠れてしまおうか。

 私はまだ誰もとっていない料理を皿に盛りつけて、この部屋からの脱出経路を探した。

「エレッタ先生?」 
 机の上の飲み物をつま先立ちでとろうとしているところに、聞き覚えのある声が聞こえた。クリフ先生だ。

「あら、先生」 
 いやなところで出会った。私は彼が食べ物を山盛りにした皿を見ていないことを祈りながら、振り返って愛想笑いをする。

「エレッタ先生。参加されていたのですね。この前の話ではてっきり……」

「親族を通してお誘いを受けましたの。あら、そちらは?」

  クリフ先生の後ろにはきちんと正装した上品な女性が控えていた。まるでファッション広告から抜け出してきたような夜会服を身に着け、淡く光る髪飾りをつけていた。ああいうのが今年の流行だったはずだ。
 彼女は小さい私を見るとかすかに目を見開き、それから何事もなかったかのように目をそらした。

「ああ。家内です」
 私たちは軽く挨拶をかわす。

「ここで会えるとは思ってもいませんでした。なにしろ、先生はあの連中と親しくしていると……」

「あなた……」
 クリフ婦人が咎めるように夫の肘に手をやった。

「ああ、これは失礼。とにかく、よかった。先生がこの夜会に参加されて」

 あの連中って、どの連中のことかしら。私の頭の中に浮かぶのはラーズ会長や黒い民と呼ばれている人たちのことだ。彼らと仲良くしていてはいけないのかしら。

「おや、クリフ先生。エレッタ先生」

 今度はアジル先生だ。一体どれだけ、知り合いと会うのだろう。アジル先生もきちんとした正装をして、奥さんを連れていた。こちらは地味で目立たない人だった。

「おや、アジル先生。お内儀。今日もお美しい」

 クリフ先生が慇懃な礼をする。
 初老のアジル夫人はかすかな笑みを浮かべて頭を下げた。

「この祝いの席を共にできることをうれしく思っておりますわ」

 会話に奇妙な間が空いた。待って? この奇妙な空気はなに?

「貴方。駐在された大佐にご挨拶しなければ……」
 やがて、何事もなかったようにクリフ夫人はクリフ先生の腕を取る。

「そ、そうだな。それでは、アジル先生、エレッタ先生」

 ひょっとして、私、無視されたの?
 目を上げると、アジル夫人の茶色い瞳と目が合った。

「お気になさらないで。エレッタ先生。あの方はいつもああだから」
 老婦人は夫と目を合わせて苦笑いをする。
「あの方は内地に帰りたくて仕方がないのですよ。だから……」

 でも、あの態度はないのでは? それも年上の夫人に対して。そう言おうとしたときに、薄暗い部屋の一角が明るくなった。

「みなさん、こんばんわぁ」
 野太い、でも、色めいた声が部屋いっぱいに響いた。
「今日は、この素晴らしい会に来てくださって、ありがとうございますぅ」
 光の中に巨体が浮かび上がる。目をさすようなギラギラの服は、皆がまとっている光を打ち消すほどに強力だ。

「戦勝記念のパーティ、楽しんでおられるかしら。今日は皆さんに残念なお知らせがあります。我らが、辺境の守り手であり導き手でもあるフランカ総督は所用でこの会を欠席されるそうよ。代わりに、あたしが参加することにしました」
 巨体はウィンクしてポーズを決めた。
「あたしだけじゃないわよ。あたしのかわいい妹たちも参加するわぁ。よ・ろ・し・く」

 ざわつきすら消えていた。
 ピリピリとした雰囲気に私はこの場から去りたくなる。先ほどのアジル夫人の残した冷たい空気のほうがましだ。

「あの、方は?」
 私は笑顔が消えたクリフ先生に尋ねた。あの人はどう見ても男だけれど、衣装は女だ。いったいなんとよべばいいのだろう。

「あれは辺境軍の総司令ヴェルソルミアですよ。……こんなところに顔を出すとは……」

「女の方?」ではないわよね。

「おか……トランスジェンダーの方ですの。ああ見えても歴戦の勇者ですのよ」
 クリフ婦人はいいなおした。表情から察するに、夫ほど嫌悪を抱いていないらしい。

「そ、そうなんですか」

「エレッタ先生はご存じではない? 『子猫の館』の話を?」
 クリフ先生があきれたようにいう。

「こねこ、ですか?」

 あの目の前のおか……人が、子猫? どうみても猛獣、あるいは妖怪だ。

「ええ。ご存じないのですか? 有名人ですのに」

「まぁ。そうなのですか。お見かけした覚えはなくて」

「そうでしょうね。あの方は、この辺境全体の総司令でいつも前線を回っておられますからね」
 夫人はそっと私を陰によせてささやいた。
「この会場にいる方たちは認めたくないとは思いますが、辺境の顔の一人ですよ。それも、武闘派の」

「武闘派?」
 あのドレスを着た巨体が戦っているところは……想像したら怖かった。私の表情を見てアジル夫人は悪戯っぽく笑う。

「ああ見えても、素はなかなかの方なのですよ。部下の君たちもそれはもう……おきれいな方ばかりで」

「あれが、ですか?」

 ぞろぞろと入場してきた恰幅のいい紳士……もとい、服装は淑女、たちを見て私は言葉を失う。

「あら、化粧の下は精悍な戦士なんですよ」
 ふふふ、と奥様は笑った。
「その落差がたまらなくて……女性にはとても紳士的ですからね。あの方たちの男装した姿を見たら、きっとエレッタ先生もお分かりになると思いますわ。ほら、あの方」

 夫人は明るくなった部屋に入ってきた一人の男性をさした。淡い金髪に薄い色の目。明らかに高位の貴族とわかる整った顔立ちの男だ。吉利と着こなした軍服姿に周りの女性たちから熱い視線が送られている。

「あの方、この町の守備隊長様も子猫の出身なんですのよ」

 その男性と一緒に何人かの神官も会場に姿を現している。神官の登場が何かの合図になったのだろうか。今まで薄暗かった部屋は、昼間のように明るくなっていた。

 そんな明かりのもとで、私の姿もあらわになる。この薄桃色の子供が着るような服はとてもよく目立つ。
 せっかく、目立たないように隅にいたのに。

 私は逃げ道を探した。きょろきょろと周りを見回していると、神官の一人と目が合った。

 彼はおっという風に目を見開いて、にこりとした。
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