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38犬小屋
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ねえさん、起きて……
小さな弟が耳元で叫んでいた。せっかく、ゆっくり寝ていたのに、
こんなに朝早く起こすなんて……
私は固い床の上で寝返りを打つ。
固い床?
私は目を開けた。目の前にうつるのは冷たい床と棒だ。それも何本も並んで見える。それに、靴。
ねえさん、お……
「うるさいわよ、ザーレ」
私は飛び起きて、
「何? これ……」
目の前の棒は鉄格子だった。立ち上がろうとして、頭を打つ。
「痛い……これ、なに?」
「うるさい、騒ぐな」
心配する弟と私に叱責が飛ぶ。
「なによ、ここはどこ?」
「犬小屋の中だよ。犬小屋」
「……いくら小さいといっても、私は犬じゃないわよ」
そこは薄暗い部屋だった。私の隣に同じような鉄格子が見え、その中からザーレが心配そうにこちらをうかがっている。
「よかった、姉さんの頭脳が無事で……」
「失礼な」
私はいつでも正常だ。
私は部屋の様子を見回した。
ぼんやりとした明かりの中に浮かび上がる木の椅子と机。後ろに樽が積んであるところを見ると酒蔵か何かだろうか。そしてその周りに座る男たち。
ほとんどが知らない顔だったけれど、一人だけ知った顔がいた。ミーシャだ。
「ザーレ、これはどういうことなの? なぜ、私たちが犬小屋……檻の中にいるの?」
ミーシャに直接質問するのはためらわれたので、私はザーレに聞く。
「僕だって、よくわからないんだ。彼らは姉さんを光術で攻撃して、僕が抗議したら、ここに閉じ込められてしまったんだ」
私の最後の記憶とずいぶん乖離がある。たしか、ラーズさんが……彼はどうしたのだろう。
「そうよ、爆弾はどうなったのよ。あの爆弾……花火は……」
私はザーレに聞いた。
「あれは……」
弟の声が沈む。
「爆弾、あれは失敗だった」
ミーシャが低い声で割り込んできた。彼はまだ夜会服を着たままだった。薄汚れてよれよれになっている。そして、彼の印象もまた変わっていた。舞踏会のときは紳士の中の紳士に見えたのに、今は外でたむろっている怖い用心棒みたいだ。
「誰かがあれをすり替えたんだ。爆弾から、花火へ。派手にはじける予定だった。あいつらを始末できたのに」
「爆弾から、花火って……あれ、貴方たちがやったの?」
私の頭は話が付いていけなかった。
「貴方たちが、ザーレのいってた分離派?」
おかしい。分離派はフラウちゃんファンクラブの別名だったはずだ。私の理解がどこかで間違っていたのだろうか?
「違う。あのゴミとわたしたちを一緒にするとは」
あら? 私、なにか変なことをいったかしら?
部屋にいた男たちが怖い。視線を感じて背が寒くなった。これは殺気というものかしら? なんで、何を間違ったのかしら。
「じゃ、なんで?」
ザーレ、と問いかけようとして下を向いてこちらを見ないザーレに気が付いた。なにか、やましいことをした時にいつも弟が見せていた仕草だ。
「ザーレ、どういうこと? 説明しなさい」
私は小さいときにしていたように弟に命令した。昔からの習慣、それにしがみつかないとおかしくなってしまいそうだ。
「姉さん、ごめんなさい」
それは弟も同じだった。いつものように謝ってくる。
「違ったんだ。間違ってた」
「どんなふうに?」
「僕は間違ってた。分離派が爆弾を仕掛けたんじゃないんだ。その、彼らが……」
私は弟の視線をたどる。
ギラギラとこちらをにらんでいる男たちの視線に私は慌てて目をそらす。頭のおかしい人に触るべからず。爆弾騒ぎを起こしたのはこの人たち、なのね。
「でも、なんで、そんなことを」
「お前の恋人のせいだ」
答えを期待していなかったのに、返事が返ってきた。
「恋人?」
私は目をぱちくりさせる。なぜ、そんなところに話が飛ぶの?
「私は誰ともお付き合いしていませんわよ」
「そうだろうな、そういう建前になっているのだろうな」
ミーシャは手元の光板を開いて映像を見せた。私がザーレに送った一枚だ。
「この忌々しい呪われた男、おまえの恋人だろう?」
どうして私の想いがばれたの?
わたしは慌てた。誰にも話していないはずなのに。心を読む魔法なんてあったかしらん。
そして思いなおす。
いえ、違うわ。ラーズさんは、まだ、私の恋人じゃないわ。あの人、私には声もかけてくれないのだもの。
「だから、私には恋人はいません」
「そうだろうな。認めるわけにはいかない。相手は仮にも神職、たとえそれが僭称者であっても、だ」
センショウシャ……私の頭で単語を理解できなかった。戦争、者、屋?かしら? そんな言葉はあった?
「それは、彼は確かに兵士だったけれど、戦争屋なんてひどい言い方。仮にも、辺境の地を守るために偉大なるお方たちとともに戦った人を……」
「ともに、戦う? あれが? “杖”を僭称し辺境神殿を牛耳ろうとしている異端者が?」
え? “杖”? 神殿を牛耳る? ラーズさんは神殿に近寄りもしていない。
「あの人は神殿とは関係ないわ。ただの魔道具を売る商人でしょう?」
「ああ、くず共に魔道具を売らせて、私腹を肥やして……」
「商人がモノを売って何が悪いの?」
「神官を名乗りながら商売をするとは……」
「だから、神官なんかじゃないわ。商会の会長でしょ」
「え?」
「え?」
ミーシャはまじまじとわたしの顔を見て、それから光板に浮かんだ映像を見直す。
「ひょっとして」
沈黙が訪れた。
「ええ? こっち? こっちのおじさんのほう? これが恋人?」
声を裏返らせたのはザーレだ。
「だから、恋人じゃないと何度言ったら……」
「……趣味が悪い」
誰ともなくぼそりとつぶやかれた感想に私はかっとした。
「は? どこが悪いのよ。ラーズさんはとても親切で、私のことを大切にしてくれるの。お仕事もできて、一財産も作っているわ。ただのピカピカしているだけのボンボンとは格が違うわ」
一呼吸おいて賛同を求めようと周りを見回したけれど、誰一人としてうなずいてくれる人はいない。
「た、確かに、年上だけど、魔力は多くないけれど、どこぞの人をだまして利益を得ようとする腹黒よりましよ」
私がミーシャをさすと、彼はとても驚いたように目を見開いた。なに? この人、自分が善人だとでも思っていたのかしら。爆弾魔のくせに。それとも、女性にもてると思っていた? ただ、金色の髪をして、体をピカピカ光らせたくらいで女の子が寄ってくるとでも。
「姉さん……」
「とにかく、あの人は……」
なにかが肩にとまった。
その柔らかい感触に私ははっとした。羽ウサギだ。かわいい私のペット。爆弾花火のせいで行方不明になってしまったと思っていたのに。
「いい子。私についてきたの?」
小さな味方だけれど勇気が湧いてきた。
「なんだ? その生き物は?」
目を見張ったのはミーシャたちだ。
「私のペットよ。家で飼っているの」
「そ、それは」
「魔獣!」
「どうして、そんな不浄のものがここに……」
「ちょっと、こんなにかわいい生き物を……」
そう言いかけて私は気が付く。彼らの反応は先ほどのザーレにそっくり。
「あんたたちなのね。ザーレにあることないこと吹き込んだのは」
おかしいと思うべきだった。いままで、辺境に興味のかけらもなかった弟が一目でこの子のことを魔獣だとわかるはずがない。
「貴方たち、弟に何を吹き込んだのよ。辺境でお姉さんが変な男に誘惑されている、とか何とかいったの?」
「だって、姉さん、楽しそうに話すから。その、そわそわと……まるで『辺境の騎士』の話をした時みたいに……」弟がもごもごと言い訳をする。
「私はそんなに浮かれていないわよ」
隠しておきたかった過去を暴かれて私は即座に全否定した。
「そんなことより、貴方たち、弟を利用したわね。この人でなし」
「我々は姉を助けてほしいというザーレ君の願いを聞いただけだよ。この呪われた地を浄化するためには多少の犠牲は必要なんだ」
「爆弾で舞踏会会場を壊すのが、多少の犠牲、なの?」
当たり前のようにうなずかれた。
これは駄目だ。
私は建設的な会話をあきらめた。別の生き物を相手にしているみたい。クリフ先生よりもガチガチの頭をしている。まさか、ザーレも?
ぞっとした。
「ザーレ、まさかあなたもそんなことを考えていたんじゃないでしょうね。私を吹き飛ばすことが、多少の犠牲、とか」
私は弟に低くささやいた。
「ち、違うよ。姉さん。僕は爆弾のことなんか知らなかったんだ。彼らがいうには、分離派が騒ぎを起こそうとしている。そこから早く姉さんを救い出さないと、それこそとりかえしのつかないことになるから、って。婚約の話だって本当だったんだよ。ちゃんと、父上や母上の許可もとったんだ。いまごろ、二人とも結婚式の準備をしているはずだよ。招待状だって……」
「け、結婚の準備って! 私、あれほど結婚はしないといっていたのに……なんで止めないの?」
「……僕に止められると思う?」
うきうきと招待状を書いている両親の姿が浮かんだ。
騙されやすいのは一族の欠点かもしれない。
再び婚約破棄、ではなく結婚詐欺かしら、されたと知った時の親のことを考えると頭が痛い。
私は怒りの矛先を頭のおかしい男たちに向けることにした。
「騒ぎを起こすのなら、貴方たちだけでやればよかったじゃない。なんで、ザーレを引き込んだの?」
ミーシャは肩をすくめた。
「辺境への渡航は、意外に難しくてね。よそ者はすぐに目を付けられる。だが、縁者がいるというとお目こぼしを受けられる」
「……親族が、辺境にいると砦にとどまる許可が下りやすいんだよ」
ザーレがもごもごと解説した。
「だから、姉さんが辺境にいたから……」
「あきれた。なんだかんだといって利用されてるんじゃない」
本当に馬鹿な弟。私は弟に腹を立てた。私の怒りに同調したのか両肩にとまった羽ウサギたちがシャーっと男たちを威嚇した。
?
両肩?
いつの間に増えたのかしら。
「でも、心配だったんだよ。こんな場所で、たった一人で、それに……変な男に引っかかったのかと……」
「違う男だったみたいだがね」
ミーシャがため息をつく。
「それも、なんでこんな年上のならず者に……噂では変態だという……」
「変態? 変態で結構よ。彼は貴方たちの何倍もいい人よ。カッコよくて、頼れる男性なの」
「いい男……本当に、本当にそう思っているのか」
震える声がどこからか聞こえた。
「ええ? とにかく、か弱い乙女をこんなところに閉じ込めた貴方たちより、何百倍もいい漢だと……」
男たちの後ろに積まれた樽が爆発した。少なくとも私にはそう見えた。
「エレッタさん!!!!」
小さな弟が耳元で叫んでいた。せっかく、ゆっくり寝ていたのに、
こんなに朝早く起こすなんて……
私は固い床の上で寝返りを打つ。
固い床?
私は目を開けた。目の前にうつるのは冷たい床と棒だ。それも何本も並んで見える。それに、靴。
ねえさん、お……
「うるさいわよ、ザーレ」
私は飛び起きて、
「何? これ……」
目の前の棒は鉄格子だった。立ち上がろうとして、頭を打つ。
「痛い……これ、なに?」
「うるさい、騒ぐな」
心配する弟と私に叱責が飛ぶ。
「なによ、ここはどこ?」
「犬小屋の中だよ。犬小屋」
「……いくら小さいといっても、私は犬じゃないわよ」
そこは薄暗い部屋だった。私の隣に同じような鉄格子が見え、その中からザーレが心配そうにこちらをうかがっている。
「よかった、姉さんの頭脳が無事で……」
「失礼な」
私はいつでも正常だ。
私は部屋の様子を見回した。
ぼんやりとした明かりの中に浮かび上がる木の椅子と机。後ろに樽が積んであるところを見ると酒蔵か何かだろうか。そしてその周りに座る男たち。
ほとんどが知らない顔だったけれど、一人だけ知った顔がいた。ミーシャだ。
「ザーレ、これはどういうことなの? なぜ、私たちが犬小屋……檻の中にいるの?」
ミーシャに直接質問するのはためらわれたので、私はザーレに聞く。
「僕だって、よくわからないんだ。彼らは姉さんを光術で攻撃して、僕が抗議したら、ここに閉じ込められてしまったんだ」
私の最後の記憶とずいぶん乖離がある。たしか、ラーズさんが……彼はどうしたのだろう。
「そうよ、爆弾はどうなったのよ。あの爆弾……花火は……」
私はザーレに聞いた。
「あれは……」
弟の声が沈む。
「爆弾、あれは失敗だった」
ミーシャが低い声で割り込んできた。彼はまだ夜会服を着たままだった。薄汚れてよれよれになっている。そして、彼の印象もまた変わっていた。舞踏会のときは紳士の中の紳士に見えたのに、今は外でたむろっている怖い用心棒みたいだ。
「誰かがあれをすり替えたんだ。爆弾から、花火へ。派手にはじける予定だった。あいつらを始末できたのに」
「爆弾から、花火って……あれ、貴方たちがやったの?」
私の頭は話が付いていけなかった。
「貴方たちが、ザーレのいってた分離派?」
おかしい。分離派はフラウちゃんファンクラブの別名だったはずだ。私の理解がどこかで間違っていたのだろうか?
「違う。あのゴミとわたしたちを一緒にするとは」
あら? 私、なにか変なことをいったかしら?
部屋にいた男たちが怖い。視線を感じて背が寒くなった。これは殺気というものかしら? なんで、何を間違ったのかしら。
「じゃ、なんで?」
ザーレ、と問いかけようとして下を向いてこちらを見ないザーレに気が付いた。なにか、やましいことをした時にいつも弟が見せていた仕草だ。
「ザーレ、どういうこと? 説明しなさい」
私は小さいときにしていたように弟に命令した。昔からの習慣、それにしがみつかないとおかしくなってしまいそうだ。
「姉さん、ごめんなさい」
それは弟も同じだった。いつものように謝ってくる。
「違ったんだ。間違ってた」
「どんなふうに?」
「僕は間違ってた。分離派が爆弾を仕掛けたんじゃないんだ。その、彼らが……」
私は弟の視線をたどる。
ギラギラとこちらをにらんでいる男たちの視線に私は慌てて目をそらす。頭のおかしい人に触るべからず。爆弾騒ぎを起こしたのはこの人たち、なのね。
「でも、なんで、そんなことを」
「お前の恋人のせいだ」
答えを期待していなかったのに、返事が返ってきた。
「恋人?」
私は目をぱちくりさせる。なぜ、そんなところに話が飛ぶの?
「私は誰ともお付き合いしていませんわよ」
「そうだろうな、そういう建前になっているのだろうな」
ミーシャは手元の光板を開いて映像を見せた。私がザーレに送った一枚だ。
「この忌々しい呪われた男、おまえの恋人だろう?」
どうして私の想いがばれたの?
わたしは慌てた。誰にも話していないはずなのに。心を読む魔法なんてあったかしらん。
そして思いなおす。
いえ、違うわ。ラーズさんは、まだ、私の恋人じゃないわ。あの人、私には声もかけてくれないのだもの。
「だから、私には恋人はいません」
「そうだろうな。認めるわけにはいかない。相手は仮にも神職、たとえそれが僭称者であっても、だ」
センショウシャ……私の頭で単語を理解できなかった。戦争、者、屋?かしら? そんな言葉はあった?
「それは、彼は確かに兵士だったけれど、戦争屋なんてひどい言い方。仮にも、辺境の地を守るために偉大なるお方たちとともに戦った人を……」
「ともに、戦う? あれが? “杖”を僭称し辺境神殿を牛耳ろうとしている異端者が?」
え? “杖”? 神殿を牛耳る? ラーズさんは神殿に近寄りもしていない。
「あの人は神殿とは関係ないわ。ただの魔道具を売る商人でしょう?」
「ああ、くず共に魔道具を売らせて、私腹を肥やして……」
「商人がモノを売って何が悪いの?」
「神官を名乗りながら商売をするとは……」
「だから、神官なんかじゃないわ。商会の会長でしょ」
「え?」
「え?」
ミーシャはまじまじとわたしの顔を見て、それから光板に浮かんだ映像を見直す。
「ひょっとして」
沈黙が訪れた。
「ええ? こっち? こっちのおじさんのほう? これが恋人?」
声を裏返らせたのはザーレだ。
「だから、恋人じゃないと何度言ったら……」
「……趣味が悪い」
誰ともなくぼそりとつぶやかれた感想に私はかっとした。
「は? どこが悪いのよ。ラーズさんはとても親切で、私のことを大切にしてくれるの。お仕事もできて、一財産も作っているわ。ただのピカピカしているだけのボンボンとは格が違うわ」
一呼吸おいて賛同を求めようと周りを見回したけれど、誰一人としてうなずいてくれる人はいない。
「た、確かに、年上だけど、魔力は多くないけれど、どこぞの人をだまして利益を得ようとする腹黒よりましよ」
私がミーシャをさすと、彼はとても驚いたように目を見開いた。なに? この人、自分が善人だとでも思っていたのかしら。爆弾魔のくせに。それとも、女性にもてると思っていた? ただ、金色の髪をして、体をピカピカ光らせたくらいで女の子が寄ってくるとでも。
「姉さん……」
「とにかく、あの人は……」
なにかが肩にとまった。
その柔らかい感触に私ははっとした。羽ウサギだ。かわいい私のペット。爆弾花火のせいで行方不明になってしまったと思っていたのに。
「いい子。私についてきたの?」
小さな味方だけれど勇気が湧いてきた。
「なんだ? その生き物は?」
目を見張ったのはミーシャたちだ。
「私のペットよ。家で飼っているの」
「そ、それは」
「魔獣!」
「どうして、そんな不浄のものがここに……」
「ちょっと、こんなにかわいい生き物を……」
そう言いかけて私は気が付く。彼らの反応は先ほどのザーレにそっくり。
「あんたたちなのね。ザーレにあることないこと吹き込んだのは」
おかしいと思うべきだった。いままで、辺境に興味のかけらもなかった弟が一目でこの子のことを魔獣だとわかるはずがない。
「貴方たち、弟に何を吹き込んだのよ。辺境でお姉さんが変な男に誘惑されている、とか何とかいったの?」
「だって、姉さん、楽しそうに話すから。その、そわそわと……まるで『辺境の騎士』の話をした時みたいに……」弟がもごもごと言い訳をする。
「私はそんなに浮かれていないわよ」
隠しておきたかった過去を暴かれて私は即座に全否定した。
「そんなことより、貴方たち、弟を利用したわね。この人でなし」
「我々は姉を助けてほしいというザーレ君の願いを聞いただけだよ。この呪われた地を浄化するためには多少の犠牲は必要なんだ」
「爆弾で舞踏会会場を壊すのが、多少の犠牲、なの?」
当たり前のようにうなずかれた。
これは駄目だ。
私は建設的な会話をあきらめた。別の生き物を相手にしているみたい。クリフ先生よりもガチガチの頭をしている。まさか、ザーレも?
ぞっとした。
「ザーレ、まさかあなたもそんなことを考えていたんじゃないでしょうね。私を吹き飛ばすことが、多少の犠牲、とか」
私は弟に低くささやいた。
「ち、違うよ。姉さん。僕は爆弾のことなんか知らなかったんだ。彼らがいうには、分離派が騒ぎを起こそうとしている。そこから早く姉さんを救い出さないと、それこそとりかえしのつかないことになるから、って。婚約の話だって本当だったんだよ。ちゃんと、父上や母上の許可もとったんだ。いまごろ、二人とも結婚式の準備をしているはずだよ。招待状だって……」
「け、結婚の準備って! 私、あれほど結婚はしないといっていたのに……なんで止めないの?」
「……僕に止められると思う?」
うきうきと招待状を書いている両親の姿が浮かんだ。
騙されやすいのは一族の欠点かもしれない。
再び婚約破棄、ではなく結婚詐欺かしら、されたと知った時の親のことを考えると頭が痛い。
私は怒りの矛先を頭のおかしい男たちに向けることにした。
「騒ぎを起こすのなら、貴方たちだけでやればよかったじゃない。なんで、ザーレを引き込んだの?」
ミーシャは肩をすくめた。
「辺境への渡航は、意外に難しくてね。よそ者はすぐに目を付けられる。だが、縁者がいるというとお目こぼしを受けられる」
「……親族が、辺境にいると砦にとどまる許可が下りやすいんだよ」
ザーレがもごもごと解説した。
「だから、姉さんが辺境にいたから……」
「あきれた。なんだかんだといって利用されてるんじゃない」
本当に馬鹿な弟。私は弟に腹を立てた。私の怒りに同調したのか両肩にとまった羽ウサギたちがシャーっと男たちを威嚇した。
?
両肩?
いつの間に増えたのかしら。
「でも、心配だったんだよ。こんな場所で、たった一人で、それに……変な男に引っかかったのかと……」
「違う男だったみたいだがね」
ミーシャがため息をつく。
「それも、なんでこんな年上のならず者に……噂では変態だという……」
「変態? 変態で結構よ。彼は貴方たちの何倍もいい人よ。カッコよくて、頼れる男性なの」
「いい男……本当に、本当にそう思っているのか」
震える声がどこからか聞こえた。
「ええ? とにかく、か弱い乙女をこんなところに閉じ込めた貴方たちより、何百倍もいい漢だと……」
男たちの後ろに積まれた樽が爆発した。少なくとも私にはそう見えた。
「エレッタさん!!!!」
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