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37 花火

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  「ザーレ、いったいどこでそんな話を聞きつけてきたの? ここに危険な人なんていないわ……あら?」
  
 なにかが私の肩にとまった。慣れた重さ、そしてふわふわした感触。 

「うさちゃん? どうしたの? なんでここに?」
  私は驚いてすり寄る小さな羽ウサギのほうに顔を向けた。
  
「な、なんだ? この生き物は?」 
 弟の顔が怖い。 

「あ、これ? 私のペット。うちに誰もいないから連れてきていたのだけれど、なに? どうかしたの?」

「それ、魔獣じゃないのか?」

  「魔獣じゃないと思うわ」
 私は慌てて嘘をついた。
「このあたりで飼われている生き物なんですって。あー、ウサギの一種?」 

 弟が儀礼用に持っていた短剣を抜こうとしているのを見て私は慌てて羽ウサギを胸に抱いた。 

「ちょっと待って。この子はいい子なの。害はないわ」

「それ、魔獣だ。そうなんだろ」

「ち、違うの。この子はただのウサギ……やめてよ。ザーレ。やめなさいって」 
 私からウサギを取り上げようとするザーレの手をかわす。

「やめて。やめなさい」
 ザーレが小さいときにそうしていたように私は弟をにらみつけた。
「なにを考えているの? こんな小さな生き物に、物騒なものを振り回して」

「え? ああ」
 ザーレは我に返ったように目をぱちぱちさせた。 
「でも、でもね、姉さん。それは魔物だよ。本当なんだ。図鑑に載っている辺境の新種……」 

「新種か何かは知らないけれど、この子は私のペットなの。危険? どこが危ないの? この子を見て。ほら」
 ふわふわの生き物をちらりと見せる。
「こんなにかわいいのに」 

 ラーズさんなら、わかってくれるのに。どうして、この子の可愛さが分からないのかしら。まだ、納得していない弟にいらだつ。 

「それ、誰にもらったんだよ」
 ふいに弟が聞いてきた。
「それはあの男が持ってきたものだろう?」 

「誰にって、ジーナさんよ。男って……女の人よ。とてもきれいな……」 
 弟の微妙な表情にようやく私は気が付いた。
「だから、私にそんな人はいない……」 

 背後でものすごい音がした。私はびくりとして振り返る。 
 なに? 爆発? 
 部屋の中で何かが燃えていた。窓から火花が見えている。 悲鳴と怒声が上がり、ものすごい爆発音が聞こえた。 
   私が思わず座り込むくらいに。

 でも、それだけだった。 

 しばらくしてもう一度。空が明るくなり、火花が花のように空に広がる。 
「な、なんだ。花火じゃない」
  次の瞬間、窓から炎が噴き出してきた。 
「部屋の中で花火? これは一体?」

  これは辺境流の花火なのだろうか。外だけでなく、部屋の中でも使える花火なんて、斬新だ。そうか。ここは魔法が使いにくいから、複雑な魔法を使った演出ができないのだ。
 私は自分なりに納得する。
 だから、ちょっと危険でも部屋の中で花火を使うのね。なるほど。 
 花火の背後から聞こえる悲鳴と怒声と、なぜか野太い高笑い……何かの出し物かしら。
  
「姉さん!」 
 弟が狼狽している。この子はいつもそうだった。私のスカートの陰に隠れていた小さい弟を思い出して、私は微笑む。
  
「大丈夫よ。あれはただの花火じゃない?」
 もう、びっくりする演出をするんだから。 
「花火よ。花火。演出の一種だわ」 

 ほら、みて、きれいね。とわたしは弟に空を指し示す。
  
「違うよ。これは、爆弾だよ」 

「……どう見ても花火でしょ」 

「姉さん。これは、分離派が仕掛けた爆弾なんだよ。彼らはこの舞踏会を狙っていたんだよ」
  大きな音がして空にまた大きな大輪の花が咲く。町からかすかに歓声が聞こえてくる。

「花火。どう見ても、花火」

 私は断固として主張する。 

 その時、目の前に何かが落ちてきた。窓から投げ捨てられたものらしい。
  
「あら、誰かがこんなところにも花火を……」 

「危ない!」

 弟が叫んで、私を物陰に引っ張り込む。
 花火が破裂した。その音と光に、私は耳をふさいで座り込む。 

 なに? これ、花火じゃないの? 

「爆弾?」

「ほら、みてみろよ……」 

 また、窓から何かが投げ捨てられる。 私は物陰に隠れた。

「ザーレ、ザーレ?」

「光が、魔法が、使えない」
 弟は座り込んでしまっている。

「何を、当たり前のことを。ここは辺境なのよ」

「でも、保護魔法は使えるはず……」
 ここは危ないわ。さすがの私もそう判断した。わけのわからにことをつぶやく弟の腕を私は引っ張った。

「逃げるわよ、ザーレ」

 後も見ずに、私はバルコニーから下に降りる狭い階段を裾をたくし上げて走る。 それでも、転びかけた。こんなことになるのなら、いつもの格好をしていればよかった。

「見てみろよ、あいつらが……」 

「いいから、黙って」 

 分離派とか何とかという御託は十分だ。今は、一目散に安全なところに逃げるのが先。 

 幸いにもこちらには爆弾は追ってこなかった。
 私たちの行く道は明かりも少なく、人もいない。こんなに人がいなくていいのだろうか、というくらい閑散としていた。

  砦の外壁と思しき場所についたときにやっと人を発見した。 

 ミーシャさん? 

 なんだろう。今まで見てきたどこからどう見ても貴族らしいミーシャとは別人のようだ。まるで冷たい刃物を見つめているような、どこかラーズさんの発する荒々しい雰囲気に似ている。 
「ザーレ君?」 

「ミーシャさん、いったいどうなって……」 

「こっちだ」 
 ミーシャは私たちを待たずに走り出す。 私たちが必死でついていくと、陰から何人かの人が合流してくる。 

「うまくいったか」 
「失敗だ。撤退する」 

「え? 撤退って?」

 まごまごしているのは弟と私くらいだ。 明らかに私たちは部外者だ。

 合流した男に一人がじろりとこちらを見た。この人たち、危ない人だ。私は立ち止まろうとした。その手をさっとミーシャがつかんだ。 

「ちょっと」
 失礼じゃないの? 
 じろりとにらまれて、言葉をのんだ。 

「そいつ、どうするんだ?」 
 ほかの男が聞く。なんでおいていかないのだ、と言わんばかりの口調だった。 

「連れていく」
  
「この、チビを?」
  
「こいつは、あれの女だ」 

 は? 
 なんだか、理解できない会話をしている。
 それは、私は女だけれど。いや、そういうことではなく。 

「どういうこと? ザーレ……」 

 突然ミーシャが私を引き寄せた。そして、壁を見上げる。
  
「ちょ……」 

「エレッタさん!」 
 砦の壁に立っているのは、ラーズさんだった。こちらからは影としか見えないけれど、間違いない。 

「ラーズさん!」 
 私は彼のほうに行こうとした。ミーシャはそんな私を引き寄せて、まるで縦にするかのようにラーズさんの間に立たせた。 

「急げ」

「ちょっと離して」 
「姉さん!!」 

 また、大きな音がした。ラーズさんの背後に花火が上がる。 
 彼が来てくれた。もう安全だ。 私は衣装が破れるのも構わず、もがいた。 

「離しなさいよ。ちょ……」 
 あら、アララ……目の前で光がさく裂した。 

「あ、姉さん。姉さんに……」 

 弟の声と、頭の中を侵食する光……
 私は……
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