枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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針鼠の恋愛事情(グリーパス・スタン・アマルガムハート)  ⑥

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 ■ 国立研究所アーネンエルベ 承前

 その場に居合わせた人々は驚きを禁じ得なかった。枢軸特急は有資格者しか乗せないという大原則があるからだ。武鳥明菜は異世界逗留者ではないし、成れる適齢をとうに過ぎている。他の資格要件としては異世界難民であることが条件だ。シュワニーシーのような世界が崩壊する際に人道的な見地から臨時乗車させる場合がある。
 もちろん、コード1986は健在で武鳥明菜は難民申請できない。
 浮かぬ顔をするハーベルトにハウゼルが囁いた。
「大総統が直々に連れてきたのだから、それ相応の理由があるんでしょう」
 ハーベルトは静かにうなづき、エルフリーデの言葉に耳を傾けた。彼女は部屋に入るなり疑心暗鬼の空気を読み取って、開口一番に懸念を払拭した。
「皆さん。心配には及びません。私の隣にいる人物は武鳥明菜本人ではありません。投影です。オリジナルはコード1986で就寝中です」
 同時刻。大阪湾の上空では連合のオオガラス69が蜂狩市をスキャンしている。武鳥明菜の深層心理を読み取って国立研究所の大型プロジェクターに中継している。
「なるほど、ワールドクラスを侵害する恐れはないとことですか。納得できました」
「それで、武鳥をここにつれてきた理由より、祥子の安否が気がかりなのではありませんか? ハーベルト」
 大総統は核心を突いてきた。
 川中島重工を在日米海軍横須賀基地所属の駆逐艦で対地攻撃して以来、祥子は依然として行方知らずだ。あの祥子をかたどった物が祥子本人であるかどうか、判断材料に乏しい。オオガラスの射撃統制装置が着弾の瞬間をとらえていた。
 中央スクリーンに高速度モーション映像がコマ送りされる。
 百裂鬼に取り囲まれた祥子。その散り際は空ろな表情でどこか悲しげだった。
 ハーベルトはエメラルドグリーンのエネルギー体と画面に映っている祥子の関係について聞かされていなかった。エルフリーデの言葉は思いがけないものだった。
 異世界「進歩と調和」の時間軸上に理論で説明できない揺らぎが発見された。大統領令で調査チームを差し向けたところ、正体不明の相手に遭遇し、交戦の末に全滅した。西暦6970年の時点に祥子と思しきワールドクラスの痕跡が残されていた。
 交信が途切れる直前の報告ではオーマイゴッド粒子と珪酸ガラスの相互作用が検出されたという。アーネンエルベの科学者たちは激論の末に意外な結論に達した。
 藤野祥子の潜在的な破滅願望がハイパー核と化学反応して実体を持つに至ったのではないか。その検証は非常に困難だが理論モデルとしては十分に存立しうるという。その応用実験モデルが大総統の傍らにいる。
 武鳥明菜の投影イリュージョンだ。
「じゃあ、あれはやっぱり祥子だったの?」
 荒井吹雪はがっくりと肩を落とした。
 すると、明菜の立体像が激昂した。
「あんたら。うちの孫のなんてことをしてくれたのさ」
 ハーベルトがすぐに訂正した。「あんたらでなく『懐疑派』です」
「ふん、どちらにしても同じことさ。夜中にコソコソ不気味な音がすると思ったら、あんたらの仕業だったとはね」
 ◇ ◇ ◇ ◇
 武鳥明菜は山城交通弘学館に足蹴く通い、幽霊特急の正体を探っていた。もちろん、コード1986世界にTWX666Ωと類似する車種は一両たりと無い。だが、弘学館に同じく出入りするリピーターの中にパソコン通信に興じている大学生がいた。
 開局したばかりの大手パソコン通信プロバイダ「アメニティ・サーフ」の鉄道会議室に明菜の証言が紹介され、オカルトや原子物理学や哲学の会議室まで巻き込んで炎上した。
 すったもんだのあげく、かの大学生は明菜に分厚いプリントアウトを示して、こう尋ねた。
「あなたはヒトラーユーゲントという言葉に聞き覚えはありませんか?」
 途端に明菜の脳内で歌がループし始めた。
 ※作詞者死後半世紀以上経過により著作権消滅
 さんたり輝く ハーケン・クロイツ
 ようこそ遙々 西なる盟友
 いざ今見まみえん 朝日に迎へて
 我等ぞ東亞の 青年日本
 萬歳 ヒットラー・ユウゲント
 萬歳ナチス
「ああ、青年団の事かい。日独同盟結成の一環とやらで日本に来たよ。北原白秋の歌まで出来たねえ。万歳ナチス~♪」
 明菜は何度も練習させられ、今でも諳んじることができる。
「ユーゲントはもともとドイツ国内の多種多様な青少年団を強権的に一元化したため、様々な不良グループを生み出しました。例えばルール工業地帯のエーデルヴァイス海賊団。彼らは極めて反抗的で飲酒喫煙、門限破りは当たり前。ビヤホールで乱痴気騒ぎを起こしたり不純異性交遊したり喧嘩したりと暴れ放題で、手を焼いた当局側は裁判抜きの死刑など徹底した弾圧を行いました」
 パソコン通信マニアはオフラインでも冗舌だ。明菜はイライラしながら結論を急かした。
「年寄りは気が短いんだよ。で、結局、どうなんだい?」
 男は恐縮しながら、言った。
「そのエーデルヴァイス海賊団の傍流が音楽活動をしていることはご存知でしょうか? アルバムのジャケットがお孫さんの絵と一致します」
 大学生は古びたLPアルバムを取り出した。色あせた紙ジャケにTWX666Ωが描いてある」
 明菜は可愛い孫娘がわけのわからない不良と関係していると言われて逆上した。そんな話、断じて受け入れられない。
「うるさい! 出ていけ!!」
 けんもほろろに青年を追い返した。あまりの剣幕に学芸員が飛んできて、明菜もつまみ出された。
 もう何日も前のことであるが、今朝の隕石騒動がストレスを悪夢を呼び起こした。そういえば、心配になって聖イライサニスに駆け付けたものの、祥子と会えずじまいだった。
 ◇ ◇ ◇
「そういう経緯でこちらの世界とあなたとワールドクラスが類似すると判断し、事情聴取のためにに召喚いたしました。お目覚めの際は、ここで見聞したことの一切を忘れていただきます」
 望萌が状況説明すると、ハーベルトが質問の手をあげた。
「それで、ジャケット写真じゃけしゃと祥子の関係が彼女の行方にどうつながるんだい? それに彼女は地球外来種の可能性が濃厚なはず」
「音楽活動に薬物はつきものですよね」
 ブレース機関士がしれっと言う。
「ふん、ふん、ふん」と頭の回転が速いハーベルトが訳知り顔を作り始めた。
「薬物と言えばヤクザ。溝口組に毒まむし平和会。どっちも蜂狩に拠点を構えている。蜂狩といえば和製ジャズ発祥の地さね。ジャズと言えばアメリカ、アメリカと言えばL5ソサエティー。ぜーんぶ一本の糸でつながるねぇ」
「何か心当たりがあるんですか?」
 吹雪が身を乗り出した。
「もう一つ、関係深そうな音楽の本場があるよ。ね~ブレース?」
 ハーベルトが意地悪な視線を向ける。
「ぐ、グリーバスですか! 誰があんな掃き溜めと関わりたいものですか! わたしは故郷を捨てたんですよ」
機関士がふくれっ面する。その傍らで、荒井は呆然としていた。
エーデルヴァイス海賊団なんて初耳だ。それが何らかの形で祥子の生い立ちに関わっているらしい。
おまけにアルバムジャケットに枢軸特急が載っているという。
そのこともハーベルトは黙っていた。
荒井吹雪は人間不信を募らせるどころか、自分の育った港町すら愛せなくなった。
挙句にグリーバスという異世界が絡んでいるという。
「ブレースさんの生まれ故郷が何か?」
溢れだす感情をぐっと飲みこんで、ハーベルトにたずねてみた。
「グリーバス・スタン・アマルガムハート。ある意味、キてる世界さね、やたらシャウトしている住民の天下だよね。懐疑派、いや、コヨリが次に何かやらかすとしたら、そこが有力候補」
ハーベルトがひとくさり語ると、ブレースが嫌そうな顔をした。
「これ以上、口を閉ざしていると何を言われるか分かったもんじゃありません。私から申し上げます。確かに血の気が多い街ですけど、治安に関しては巷で言われているほどでもありませんよ」
「誰だって美しい面だけを見たいものよ。特に自分の故郷に関しては。あなた、知ってるの? グリーバスの若者が最近、いろいろ燻っているって」
ハーベルトは試作車両TWX1369の走行試験をグリーバスで行うことを大総統に提案した。
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