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彗星発、永劫回帰線(マーサズ・ヴィニャード・ブレイクスルー・スターショット) ④ 彗星爆心 ヤンガードライアス
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■ 連合国連邦議会 奥の院
どの国にも大小の規模の違いこそあれ、影の政府や奥の院と呼ばれる支配構造は存在する。それが発展途上国であれば秘密警察という露骨な組織として発現するが、大抵は巧妙に隠されている。その接点が船の終着駅にあろうと誰が予想しえよう。
乗合自家用車が土手の急こう配を降りていくと、緑茶色した川面に朽ちた艦隊が見えてくる。その筆頭株はアイオワ級戦艦のネームシップだ。今は眠れる獅子とはいえ、堂々たる砲身が陽光を遮っている。その隣にはウィチタ級給油艦の一番艦。攻撃貨物輸送艦AKA-112「トゥーレア」に至っては、上陸用舟艇を搭載した揚陸艦だ。どこぞの閣下が一目惚れ間違いなしのマニアックなラインナップが4、50隻ほど浮き沈みしている。
ユーバーが警備小屋の前で止まった。白魚のような指と毛むくじゃらな拳が一期一会を果たした。決済完了のチャイムが鳴るや、車が透明な巨人に蹴り飛ばされたように走り去った。
ジョアンナ・ノートン七世のワンピースが排ガスに煽られると鮮やかな青のブルマが顔を出す。前ポケットの上にピラミッド型のタグが縫い付けてある。その頂上部分に覗き込むような一つ目が描かれている。まだ十代半ばと思しき少女は風のまかせるままに黒髪をなびかせ、コツコツをハイヒールを鳴らす。
尿素と酸化鉄が入り混じった独特の臭気が波止場を支配している。ジョアンナは鼻筋の通った顔をゆがめ、胃液の逆流に耐えた。錆びだらけのプレハブに人の気配はない。それどころか窓ガラスは割れっぱなしで、内部は荒れ放題。一本だけ立っているコンクリート柱から電線が垂れ下がり、とても軍施設として機能しているとは思えない。
それでも彼女は目的を持って足を運んだらしく、スカートをめくってブルマのポケットから携帯オペラグラスを取り出した。カリフォルニア州のサスーン湾はステイツ海軍予備役艦隊の集積場であり、ここにはおいそれとは建造することが出来ない軍艦が再び必要とされる日まで係留されている。
「もう! 迎えぐらいよこせばいいのに。双眼鏡! フォートフィッシャーはどこ?」
立派な名前を持つ令嬢は、らしからぬ苛立ちをあらわにした。
「カレッジ級ドック型揚陸艦をお探しですか。USS APL-41 エイチリーズの向こう側にあります」
「だから、エイチリースってどれ?」
双眼鏡を投げ捨てようとした彼女の腕を大きな影がわしづかみにした。
「えっ?」
突然襲ってきた浮揚感に驚いて、彼女が足元を見おろすと脱げたハイヒールがハの字を作りながら遠ざかっていく。
「ノートン七世だね? あたいは鷹のフィニスト。登録番号UC7301535。フィニストの35番」
人間の顔をしたモンスターが頭越しに喋っているがジョアンナは茶褐色の干からびた地平線に目を奪われてそれどこれはなかった。
傾いた軍艦をひょいと飛び越えて目指す甲板に降りた。イリーナは令嬢を乱暴に落とすと、陽光に紛れてしまった。
アンカレッジ級揚陸艦は前半分に艦橋構造物、後半がヘリコプター甲板になっている。前世紀末に退役して半世紀が経過しているが、航空機の離発着時にパンクの原因となる塵一つ落ちていない。軍以外の第三者がこまめにメンテナンスしているらしい。
ステイツにはロスチャイルド家も及ばない大富豪の名家があり、複数の家族がいわゆる奥の院を築いている。独立戦争以前から国を作り上げた英国人の末裔だ。彼らは血縁を尊重し、そうでないものは排除する。奥の院に属する家系を統率する当主は隠棲生活を金科玉条とし、世間に露出することを非常に嫌う。ゆえに奥の院に該当する建物は臨機応変に移転する。
「まったく、バイアーン幻想教団というのは、もっと慎み深い人たちだと思ってたけど」
令嬢はブルマについた砂を払いながらよろよろと立ち上がった。背後にひょいとポニーテールの女が降り立った。
「好奇心を糧とする人間はこの地表にありふれていて、命の危険を知の探究より上位に置くものはいない。お前が僭称者か」
女は慇懃無礼にノートンをねめつけた。ジョアンナはエリートバカの小娘に舐められまいと威厳を正した。
「口を慎め。わたしを誰だと思っている?!」
突如として一転にわかに搔き曇り、雷鳴が轟いた。
「ひっ?!」
生意気娘はたちどころに腰を抜かした。大きく開いたスカートの奥にみるみる染みが広がる。
「謝罪は要らぬ。わたしがノートンでいられる時間は日に何時間もないのだ。ペガサス計画の現場を見せてもらうか」
ジョアンナの声に初代皇帝のしわがれ声が重なった。その全身からほとばしる殺気たるや、見る者の背筋を凍らせずにはいられなかった。彼女の一挙動一挙動が砕氷船のように相手の敵愾心を打ち砕いていく。
「タイムイズマネー。なのだよ」
皇帝は下賤な罵詈雑言などおくびにも出さない。ただ、静かに諫めるだけだ。その迫力が少女を突き動かした。
「はいっ、ただちに」
揚陸艦(LSD)のドッグ内は重水で満たされており、計器類を乗せたフロートやビキニ姿の女子研究員がせわしなく泳ぎ回っている。一見してリゾートクルーザーと見まごうが、行われている事は真剣勝負だ。
「エルドリッチ号を用いてニコラ・テスラの追証実験をやっている暇はありません。異世界航空機の基礎研究は常に手探り状態ですよ。作戦開始までもう幾ばくもないというのに。使える資料は惜しみなく提供していただきませんと」
褐色肌にターコイズカラーのタンキニを貼り付けた主任研究員が不平を述べた。
「わかった。勅令を出そう。他に要望はないか?」
皇帝ノートンはプールに漂う臣民どもをキャットウォークから見おろす。その中央に小さなヨットが浮かんでいる。亜麻色の髪をした女が口に両手を添えた。
「男の子! 移送空間置換機に載せる健康な男児を一学級分」
彼女は帆船を指しながら大きな手振りで切々と訴える。これだけの設備を整えた組織だ。それぐらい造作もないだろう、と思われる。
ところがノートンは難しい顔をした。「男子の異世界逗留者というのは、さすがに難題だな。存在自体が不安定だ。代替案なら今日中にでも用意できるが」
彼女が虚空をなぞるとヒラヒラとピクセルが瞬いて、等間隔に並んだ。それぞれが拡大して座布団ほどになる。そこには藤野祥子の顔がシリアルナンバー付きで並んでいる。そのどれもが微妙に異なる顔立ちをしていた。
■ ネオローマ中央ステーション
アーチ形の祠がライトアップされて、そこに鉄道模型が置いてある。いや、実際には弾道ミサイルがすっぽりと入りそうな空洞にトワイライトエクリプスとアライドリミテッドが入線している。途方もないスケールに遠近感が狂ってしまう。
TWX1369が連合側の線路を走るなど本来ならば噴飯ものだ。枢軸特急は枢軸基幹同盟の制圧兵器なのだから。昭和生まれの祥子はテレビでも見たこともない巨大構造物に魂を揺さぶられたようだが、ハーベルトの心は動かない。降車扉が開いたとたんに咳き込んだ。
「退廃と凋落の腐臭がするわ。息が詰まりそう」
ハーベルトが鼻をつまんでうずくまっている。
「そうかなあ。うわ~ハーベルト。見上げてごらん。首が痛くなるよ」
祥子が後ろのめりに転倒する。すぐさまセーラー服が破れて、ふわりとホバリングする。すると、ガスマスクをつけた女性兵士たちがクスクス笑いを漏らした。
「ほらごらんなさい。余計なリアクションは無用よ」
ハーベルトは何事もなかったかのように歩を進める。フランチェスカ・エフゲニー・ローズバードは邨埜純色に二人の案内役を命じた。彼女の運転するリムジンでまっすぐ白亜の大統領府に向かう。途中の道すがら、ハーベルトは嫌と言うほど資本主義の爛熟ぶりをみせつけられた。追跡を巻くために入った路地裏ではくたびれた小売店がけばけばしいネオンが照らされている。もう何年も売れ残っているであろう家電製品が段ボールのまま店の横で雨ざらしにされている。使いもしないのにどうして生産するのか、とハーベルトが尋ねると、純色は補助金が出るからだという。政府は強行突破技術の応用として超生産能力という機能を開発している。熱力学第二法則を克服できれば、資源の枯渇
を気にせず無尽蔵に工業生産できるという。
「枢軸の真逆を行く発想だわ。大総統はヒトラーの失敗に懲りて慎重と抑制を貴ぶ」
ハーベルトがチクリと刺せば、純色がやり返す。
「連合も枢軸も実質的に彼のアイデアを継承しているじゃない。そのサンプルが……」
「しっ!」
ハーベルトがとっさに遮った。純色の視線は祥子の頭上でさまよっている。そもそも祥子には人道面の配慮から武鳥明菜の秘密を明かしていない。
「トルマリンソジャーナーを大統領府に呼ぶ本当の狙い聞かせて。捉えるためにおびきだしたなんて、悠長な三文SFみたいな理由だったら、車ごとぶっ飛ばすわよ。ダイマー能力で今すぐ」
鬼気迫るハーベルトを純色は余裕でかわした。
リムジンを巧妙に隠された裏口に停め、車庫ごと列車に積載される。驚いたことに大統領府から専用地下鉄道が延びている。三人をのせた貨物列車はぐんぐん加速している。大陸横断鉄道なみのスピードだ。どうやら本当に大陸を渡るコースらしい。
「親愛なる大総統閣下にご協力をお願いしなくちゃいけませんもの。説得してくださるわよね?」
「どういうことなの?」
「質問に質問で答えないでちょうだい。まずは、百聞は一見に如かずよ」
列車は猛スピードで走り続けた。二時間ほどで急制動がかかった。地上に出て針葉樹を抜け、植物が自生しないような高地を突っ切る。
「随分と遠くに来たわね。もうカナダ国境は過ぎたのかしら?」
ハーベルトが車庫内に響く騒音から軌道上の変化を耳で察知する。走行音の微妙な違いから現在位置を割り出せるなんて素人の域を脱している。
「ねぇ。ハーベルト。キミはステイツに来たことがあるの?」
祥子が疑問をさしはさんだ。ハーベルトは答えず、黙ってスカートからオペラグラスを取り出した。しきりに針葉樹林を見透かしている。
「純色。あなた、いつ【マランツ】に返るの? 地底人相手に生きて帰れるとおもう?」
「それをあなたに見極めてもらいたいのよ。ステイツ単独で二正面戦争は無理。宇宙人だけで手いっぱい」
二人の話題は祥子を完全に置いてけぼりにしている。彼女は拗ねた。
「ねぇ。ハーベルト!」
「祥子、あなた、鉄のおぼえてる?」
ハーベルトは車の床下からゴツいアサルトライフルを取り出した。
「掟って、前進あるのみ?」
「それだけじゃないわ。たとえ子供でも敵とあらば躊躇なく撃ち殺す」
「さっき地底人とか言ってたけど、そんな連中なのかい?」
祥子は何となく宇宙人リトルグレイを思い浮かべた。幼児体形でアーモンドの形をした黒い瞳の異星人だ。
「それくらい、今のあなたなら平気で射殺できるでしょ。問題はもっと深刻……」
言い終えぬうちに列車が急停止した。コンテナの扉がひらいて西日が差す。三人とも銃を構えて車外に出た。針葉樹林がなぎ倒され、すり鉢状のクレーターが広がっている。
「祥子。これは貴女自身の問題でもあるわ」
意外にも邨埜純色が念を押した。彼女の先導で切り立ったクレーターの縁に登ると、いままで見えてこなかった底部がつまびらかになる。
「――ぇっ?!」
祥子はあまりの衝撃にただならぬ声をあげた。
クレーターの底辺に氷漬けの巨人が大勢横たわっている。身の丈はそれほど高くない。せいぜい3メートルほどだ。
「地底人ネフィリム。人類が最初に産んだ神の子よ」
純色は忸怩たる思いで氷塊を見やる。祥子はショックのあまり押し黙ってしまう。その顔に見覚えがあったからだ。
「撃ち殺す相手が自分でも引き金を引く覚悟はあるかしら。それがトルマリンソジャーナーの掟」
ハーベルトが声を震わせている。いったいなにがおきているというのか。
祥子の疑問を構内アナウンスがかき消した。
「ヤンガードライアス。ヤンガードライアス。終着駅ヤンガードライアス。彗星爆心。人類発祥地。万物開闢点。ヤンガードライアス。お忘れ物の無いようご注意ください。大統領府政府専用列車アーミィ・ワン。停車時間は四時間と四十九分……」
どの国にも大小の規模の違いこそあれ、影の政府や奥の院と呼ばれる支配構造は存在する。それが発展途上国であれば秘密警察という露骨な組織として発現するが、大抵は巧妙に隠されている。その接点が船の終着駅にあろうと誰が予想しえよう。
乗合自家用車が土手の急こう配を降りていくと、緑茶色した川面に朽ちた艦隊が見えてくる。その筆頭株はアイオワ級戦艦のネームシップだ。今は眠れる獅子とはいえ、堂々たる砲身が陽光を遮っている。その隣にはウィチタ級給油艦の一番艦。攻撃貨物輸送艦AKA-112「トゥーレア」に至っては、上陸用舟艇を搭載した揚陸艦だ。どこぞの閣下が一目惚れ間違いなしのマニアックなラインナップが4、50隻ほど浮き沈みしている。
ユーバーが警備小屋の前で止まった。白魚のような指と毛むくじゃらな拳が一期一会を果たした。決済完了のチャイムが鳴るや、車が透明な巨人に蹴り飛ばされたように走り去った。
ジョアンナ・ノートン七世のワンピースが排ガスに煽られると鮮やかな青のブルマが顔を出す。前ポケットの上にピラミッド型のタグが縫い付けてある。その頂上部分に覗き込むような一つ目が描かれている。まだ十代半ばと思しき少女は風のまかせるままに黒髪をなびかせ、コツコツをハイヒールを鳴らす。
尿素と酸化鉄が入り混じった独特の臭気が波止場を支配している。ジョアンナは鼻筋の通った顔をゆがめ、胃液の逆流に耐えた。錆びだらけのプレハブに人の気配はない。それどころか窓ガラスは割れっぱなしで、内部は荒れ放題。一本だけ立っているコンクリート柱から電線が垂れ下がり、とても軍施設として機能しているとは思えない。
それでも彼女は目的を持って足を運んだらしく、スカートをめくってブルマのポケットから携帯オペラグラスを取り出した。カリフォルニア州のサスーン湾はステイツ海軍予備役艦隊の集積場であり、ここにはおいそれとは建造することが出来ない軍艦が再び必要とされる日まで係留されている。
「もう! 迎えぐらいよこせばいいのに。双眼鏡! フォートフィッシャーはどこ?」
立派な名前を持つ令嬢は、らしからぬ苛立ちをあらわにした。
「カレッジ級ドック型揚陸艦をお探しですか。USS APL-41 エイチリーズの向こう側にあります」
「だから、エイチリースってどれ?」
双眼鏡を投げ捨てようとした彼女の腕を大きな影がわしづかみにした。
「えっ?」
突然襲ってきた浮揚感に驚いて、彼女が足元を見おろすと脱げたハイヒールがハの字を作りながら遠ざかっていく。
「ノートン七世だね? あたいは鷹のフィニスト。登録番号UC7301535。フィニストの35番」
人間の顔をしたモンスターが頭越しに喋っているがジョアンナは茶褐色の干からびた地平線に目を奪われてそれどこれはなかった。
傾いた軍艦をひょいと飛び越えて目指す甲板に降りた。イリーナは令嬢を乱暴に落とすと、陽光に紛れてしまった。
アンカレッジ級揚陸艦は前半分に艦橋構造物、後半がヘリコプター甲板になっている。前世紀末に退役して半世紀が経過しているが、航空機の離発着時にパンクの原因となる塵一つ落ちていない。軍以外の第三者がこまめにメンテナンスしているらしい。
ステイツにはロスチャイルド家も及ばない大富豪の名家があり、複数の家族がいわゆる奥の院を築いている。独立戦争以前から国を作り上げた英国人の末裔だ。彼らは血縁を尊重し、そうでないものは排除する。奥の院に属する家系を統率する当主は隠棲生活を金科玉条とし、世間に露出することを非常に嫌う。ゆえに奥の院に該当する建物は臨機応変に移転する。
「まったく、バイアーン幻想教団というのは、もっと慎み深い人たちだと思ってたけど」
令嬢はブルマについた砂を払いながらよろよろと立ち上がった。背後にひょいとポニーテールの女が降り立った。
「好奇心を糧とする人間はこの地表にありふれていて、命の危険を知の探究より上位に置くものはいない。お前が僭称者か」
女は慇懃無礼にノートンをねめつけた。ジョアンナはエリートバカの小娘に舐められまいと威厳を正した。
「口を慎め。わたしを誰だと思っている?!」
突如として一転にわかに搔き曇り、雷鳴が轟いた。
「ひっ?!」
生意気娘はたちどころに腰を抜かした。大きく開いたスカートの奥にみるみる染みが広がる。
「謝罪は要らぬ。わたしがノートンでいられる時間は日に何時間もないのだ。ペガサス計画の現場を見せてもらうか」
ジョアンナの声に初代皇帝のしわがれ声が重なった。その全身からほとばしる殺気たるや、見る者の背筋を凍らせずにはいられなかった。彼女の一挙動一挙動が砕氷船のように相手の敵愾心を打ち砕いていく。
「タイムイズマネー。なのだよ」
皇帝は下賤な罵詈雑言などおくびにも出さない。ただ、静かに諫めるだけだ。その迫力が少女を突き動かした。
「はいっ、ただちに」
揚陸艦(LSD)のドッグ内は重水で満たされており、計器類を乗せたフロートやビキニ姿の女子研究員がせわしなく泳ぎ回っている。一見してリゾートクルーザーと見まごうが、行われている事は真剣勝負だ。
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褐色肌にターコイズカラーのタンキニを貼り付けた主任研究員が不平を述べた。
「わかった。勅令を出そう。他に要望はないか?」
皇帝ノートンはプールに漂う臣民どもをキャットウォークから見おろす。その中央に小さなヨットが浮かんでいる。亜麻色の髪をした女が口に両手を添えた。
「男の子! 移送空間置換機に載せる健康な男児を一学級分」
彼女は帆船を指しながら大きな手振りで切々と訴える。これだけの設備を整えた組織だ。それぐらい造作もないだろう、と思われる。
ところがノートンは難しい顔をした。「男子の異世界逗留者というのは、さすがに難題だな。存在自体が不安定だ。代替案なら今日中にでも用意できるが」
彼女が虚空をなぞるとヒラヒラとピクセルが瞬いて、等間隔に並んだ。それぞれが拡大して座布団ほどになる。そこには藤野祥子の顔がシリアルナンバー付きで並んでいる。そのどれもが微妙に異なる顔立ちをしていた。
■ ネオローマ中央ステーション
アーチ形の祠がライトアップされて、そこに鉄道模型が置いてある。いや、実際には弾道ミサイルがすっぽりと入りそうな空洞にトワイライトエクリプスとアライドリミテッドが入線している。途方もないスケールに遠近感が狂ってしまう。
TWX1369が連合側の線路を走るなど本来ならば噴飯ものだ。枢軸特急は枢軸基幹同盟の制圧兵器なのだから。昭和生まれの祥子はテレビでも見たこともない巨大構造物に魂を揺さぶられたようだが、ハーベルトの心は動かない。降車扉が開いたとたんに咳き込んだ。
「退廃と凋落の腐臭がするわ。息が詰まりそう」
ハーベルトが鼻をつまんでうずくまっている。
「そうかなあ。うわ~ハーベルト。見上げてごらん。首が痛くなるよ」
祥子が後ろのめりに転倒する。すぐさまセーラー服が破れて、ふわりとホバリングする。すると、ガスマスクをつけた女性兵士たちがクスクス笑いを漏らした。
「ほらごらんなさい。余計なリアクションは無用よ」
ハーベルトは何事もなかったかのように歩を進める。フランチェスカ・エフゲニー・ローズバードは邨埜純色に二人の案内役を命じた。彼女の運転するリムジンでまっすぐ白亜の大統領府に向かう。途中の道すがら、ハーベルトは嫌と言うほど資本主義の爛熟ぶりをみせつけられた。追跡を巻くために入った路地裏ではくたびれた小売店がけばけばしいネオンが照らされている。もう何年も売れ残っているであろう家電製品が段ボールのまま店の横で雨ざらしにされている。使いもしないのにどうして生産するのか、とハーベルトが尋ねると、純色は補助金が出るからだという。政府は強行突破技術の応用として超生産能力という機能を開発している。熱力学第二法則を克服できれば、資源の枯渇
を気にせず無尽蔵に工業生産できるという。
「枢軸の真逆を行く発想だわ。大総統はヒトラーの失敗に懲りて慎重と抑制を貴ぶ」
ハーベルトがチクリと刺せば、純色がやり返す。
「連合も枢軸も実質的に彼のアイデアを継承しているじゃない。そのサンプルが……」
「しっ!」
ハーベルトがとっさに遮った。純色の視線は祥子の頭上でさまよっている。そもそも祥子には人道面の配慮から武鳥明菜の秘密を明かしていない。
「トルマリンソジャーナーを大統領府に呼ぶ本当の狙い聞かせて。捉えるためにおびきだしたなんて、悠長な三文SFみたいな理由だったら、車ごとぶっ飛ばすわよ。ダイマー能力で今すぐ」
鬼気迫るハーベルトを純色は余裕でかわした。
リムジンを巧妙に隠された裏口に停め、車庫ごと列車に積載される。驚いたことに大統領府から専用地下鉄道が延びている。三人をのせた貨物列車はぐんぐん加速している。大陸横断鉄道なみのスピードだ。どうやら本当に大陸を渡るコースらしい。
「親愛なる大総統閣下にご協力をお願いしなくちゃいけませんもの。説得してくださるわよね?」
「どういうことなの?」
「質問に質問で答えないでちょうだい。まずは、百聞は一見に如かずよ」
列車は猛スピードで走り続けた。二時間ほどで急制動がかかった。地上に出て針葉樹を抜け、植物が自生しないような高地を突っ切る。
「随分と遠くに来たわね。もうカナダ国境は過ぎたのかしら?」
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「ねぇ。ハーベルト。キミはステイツに来たことがあるの?」
祥子が疑問をさしはさんだ。ハーベルトは答えず、黙ってスカートからオペラグラスを取り出した。しきりに針葉樹林を見透かしている。
「純色。あなた、いつ【マランツ】に返るの? 地底人相手に生きて帰れるとおもう?」
「それをあなたに見極めてもらいたいのよ。ステイツ単独で二正面戦争は無理。宇宙人だけで手いっぱい」
二人の話題は祥子を完全に置いてけぼりにしている。彼女は拗ねた。
「ねぇ。ハーベルト!」
「祥子、あなた、鉄のおぼえてる?」
ハーベルトは車の床下からゴツいアサルトライフルを取り出した。
「掟って、前進あるのみ?」
「それだけじゃないわ。たとえ子供でも敵とあらば躊躇なく撃ち殺す」
「さっき地底人とか言ってたけど、そんな連中なのかい?」
祥子は何となく宇宙人リトルグレイを思い浮かべた。幼児体形でアーモンドの形をした黒い瞳の異星人だ。
「それくらい、今のあなたなら平気で射殺できるでしょ。問題はもっと深刻……」
言い終えぬうちに列車が急停止した。コンテナの扉がひらいて西日が差す。三人とも銃を構えて車外に出た。針葉樹林がなぎ倒され、すり鉢状のクレーターが広がっている。
「祥子。これは貴女自身の問題でもあるわ」
意外にも邨埜純色が念を押した。彼女の先導で切り立ったクレーターの縁に登ると、いままで見えてこなかった底部がつまびらかになる。
「――ぇっ?!」
祥子はあまりの衝撃にただならぬ声をあげた。
クレーターの底辺に氷漬けの巨人が大勢横たわっている。身の丈はそれほど高くない。せいぜい3メートルほどだ。
「地底人ネフィリム。人類が最初に産んだ神の子よ」
純色は忸怩たる思いで氷塊を見やる。祥子はショックのあまり押し黙ってしまう。その顔に見覚えがあったからだ。
「撃ち殺す相手が自分でも引き金を引く覚悟はあるかしら。それがトルマリンソジャーナーの掟」
ハーベルトが声を震わせている。いったいなにがおきているというのか。
祥子の疑問を構内アナウンスがかき消した。
「ヤンガードライアス。ヤンガードライアス。終着駅ヤンガードライアス。彗星爆心。人類発祥地。万物開闢点。ヤンガードライアス。お忘れ物の無いようご注意ください。大統領府政府専用列車アーミィ・ワン。停車時間は四時間と四十九分……」
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
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