枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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向こう見ずな天の川(アンナスル・アルワーキ) ② 綺龍の少年

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 ■ 京都府八幡市やわたし 浜上津屋はまこうずや付近

 八幡市民体育センターの体育館には物騒なペイントが施されている。木津川流域が氾濫した場合に〇分でここまで水位が上昇する、と赤い目盛りが刻んである。それは4メートル近い高さで、体育館の三分の二まで水没する。ウォーキング中にこんな鉄砲水に出くわしたら、生きて避難場所にたどり着ける保証はない。実際、そこには公園脇に駐車してあった車がプカプカと浮いている。
 体育館の屋根に縋りついた職員が情報交換している。状況が絶望的ななかで、今いる生存者の安全を維持できるかどうかもあやしい。
「一階のトレーニングジムにまだ人が残っているんです」
 女子事務員が悲痛な声でいう。
「そんなことを言っている場合か。テニスコートなんてとっくに沈んでいる」
 デブった中年女性が身を寄せ合う避難者たちに現実を突き付けた。
 きつい目つきの女子事務員がスポーツ観戦用の量子オペラグラスで遠くを見回している。水浸しになった倉庫地帯の向こうに第二京阪高速の橋げたが見えている。
「上奈良南ノかみならみなみのくちから内里蜻蛉尻うちさととんぼじりまで一気に流されたみたい。大谷川流域は全滅のようね。ほら」
 涙目の女子事務員は双眼鏡を受け取り、被害を目の当たりにした。
「八幡市消防本部まで水没してる~」
 体育館の北側には広大な平野が広がっており、すこし離れていきなり大岩のような緑色の男山がデンと鎮座している。その右手に起伏の激しい丘あり、消防本部にかけてダウンヒルになっている。どうにかそこまでたどり着けば、尾根を越えて星ヶほしがおか市に歩いていける。星ヶ丘には帝国陸軍の禁野きんや火薬庫と大阪砲兵工廠星ヶ丘支所があり、十数機程度の戦闘機から成る独立飛行中隊が防衛している。
「あの分じゃ、消防本部のヘリコプターは期待できないわね。星ヶ丘の独飛どくひは来てくれるかしら?」
 キツネ目がふたたび量子オペラグラスで空を仰ぐ。流麗な巽風戦闘爆撃機ミストラルジェイが飛び交っている。
 涙目は縋るように両手を挙げて叫んだ。聞こえるはずは無いが、懸命に助けを請う姿は偵察ポッドのカメラアイに届くだろう。しかし、いくら呼べどもわめけど、それらが救助の手を差し伸べることはなかった。独飛は初動部隊として被害状況の把握に専念せざるを得ない。
 その間にもどんどん家屋が流されていく。
 ミストラルJ戦闘機の進路を塞ぐように雌のハゲ天使が近づいてくる。もちろん、外套効果によって姿は見えない。
「ハーベルト。あのおばさん達を助けなきゃ!」
 祥子は蛍叛けいはん国道を飛び越え、野尻城究のじりじょうきわの物流倉庫に降り立った。くるっとカーブした幹線道路沿いに水が流れている。その向こうに島のように体育館の屋根が突き出ている。
「待ちなさい、祥子。こんなのって……」
 ハーベルトは起きるはずのないリンドバーグ・ウォール現象の根本原因を推測した。まず、これは連合の奇襲攻撃でないことは明らかだ。国家間の交戦規程はブレゲンツ紛争処理条約によって厳格に定義されている。宣戦布告を破棄すれば自動的に全世界を敵に回す。連合国はそこまで愚かではない。そもそも、日独伊芬枢軸基幹同盟の防空システムは他の追随を許さない。成層圏ではジルバーフォーゲルが目を光らせ、紀伊水道には五百蔵の潜水艦隊がおり、地底深く蒸気魔の異世界掘削機が潜んでいる。
 水を漏らさぬ警戒網を突破できるとは思えない。否、たった一つだけ侵入を許している。
「ヨーゼフよ。ええ、きっとあいつの仕業よ。南極石で作りためた確率変動をまだ隠し持っているんでしょう。あいつの単独犯に違いないわ」
 ハーベルトはそう結論付けると、ダイマー能力でゲルマニア当局を呼び出した。その間にも祥子は波頭が荒れ狂うなか体育館を目指した。ぐずぐずしてはいられない。どんどん増水していく。
「貴女ねぇ。どうやって避難民を運ぶつもりなの?」
「枢軸特急を……あっ!」
 祥子が飛行神社の方を見やるとTWX1369が雲竜の如くひらひらと昇天していた。
「ハーベルト。爆撃誘導員を呼んでよ。ボク一人じゃ、運べない」
 体育館の屋根に着地した祥子はブラとビキニショーツの紐を解いた。アンダースイムショーツごと脱ぎ捨て、下に履いている黒猫褌姿になる。外套効果が完全解除され、姿を見せることができる。
「駄目よ。祥子」
 ハーベルトが悲しそうにかぶりを振る。避難民たちは突然あらわれた祥子に慌てふためく。小太りの中年女性が逃げようとして転落した。
「危ない!」
 祥子が急降下して手を差し伸べる。キツネ目の女は量子オペラグラスでこちらを眺め、残りの一人はしきりに声をかけている。
「早く! おばさんたちが死んじゃうよ」
 手伝おうとしないハーベルトに祥子が声を荒げる。ちょうどそこへ丸太が流れてきた。木津川の流れ橋は基礎工事技術が未熟だった時代の遺物だ。橋げたと橋脚を分離して、わざと流されやすい構造にした。新しい丸太を渡すだけで容易に復旧できる。その一本がちょうどいい具合に浮かんでいる。
「待ちなさい!」
 ハーベルトがダイマー能力を使った。丸太が爆散する。中年女は縋りつこうとして、そのまま水中に没した。
「何をするんだよ」
 祥子が振り向くと肝心なことに気付いた。どうりでハーベルトは助け舟をだしてくれなかったわけだ。
 体育館の屋根に人間でない者がいた。筋肉質の男で緑色の肌をしており、角を生やしている。
「わかった? リンドバーグ・ウォールよ。運行規則に従って」
「前進あるのみ……か」
 祥子は救助活動を諦め、上津屋四季彩館がぐしゃりと濁流に潰される様を見届けた。

 ■ 京田辺市上空

 八幡の空でたゆとう白魚のようにTWXが舞っている。空中列車の周囲で黒猫褌姿のハゲ天使たちが輪形陣を組み、銃を構えているる。
「うっかり見逃してたわ。上津屋の流れ橋は、それ自身が局所的確率変動源なのよ」
 ハーベルトは丸太の流動性が「いわゆるセキュリティーホール」であり、異世界外部からの侵入を招いたと推測した。
「国立研究所アーネンエルベの調べによれば、石清水八幡宮は首都京都の邪悪を一手に担う退魔施設として建設され、あまたの武士に必勝の神として信仰されてそうです」
「つまり、要塞ってこと?」
 ハーベルトの問いに列車長は送られてきた映像資料を投影した。男山の方角は京都にたいして裏鬼門にあたるという。鬼門とは鬼が住む山のゲートだ。鬼門と水は親和性があるという。家相では鬼門に沿って排水管を巡らせ、家にたまった不運を排泄する。男山は商都大阪から見て鬼門にあたり、いわば、よろずまがいごとの最終処分場になっている。
「ベルナール湖に逃れたヨーゼフが橋頭保にするにはうってつけね」
 川端エリスが共有視野に浮かぶ地図に印をつけた。淀川と木津川が赤い丸で囲ってある。
「とにかくここを叩かないと。あいつは男山をてこにしてハイパー核を発掘するつもりよ」
「星ヶ丘市民を巻き込むわけにはいかないわ。というか、隠密裏に処理しなければ」
 いつものハーベルトらしくない弱腰である。その消極的な態度を祥子はいぶかしんだ。
「ねぇ。ハーベルト。どうして帝国陸軍に応援してもらわないのさ。頼りにならないのならボクたちだけでも……」
「駄目よ。大日本帝国の絶対防衛圏は神聖にして侵されざる砦なのよ。鉄壁だと臣民は信じてる。突破されるなんてあってはならないの」
 信頼の一角が崩れれば、後桜鳩上皇の退位にもつながりかねない。女系天皇は万世一系が確実でないという皇統見直し論と女性優位主義に支えられている。エーデルヴァイス海賊団は女が率いているから仕方がないという諦めが前提になっているから、裏切られたと世論が認識した場合の反発は想像を絶する。
「それに天の川は要衝です。建設中のグランド・ベガ・キャノンを死守しなければ」
 ハウゼルが星ヶ丘市を横断する支流を指さした。凡人の目には映らないが、淀川河川敷から天の川にかけて軍用列車が往来している。「ハーベルト、それってなに?」
「宇宙人の巣を焼き尽くす実力手段よ。織姫砲は地元の伝説――原住民の主観を骨格にして築き上げていく、精神エネルギーの極大射程砲。織姫と牽牛のお話は知っているでしょう?」
「ボクは蜂狩市民だからそんなの知らなかったよ。星ヶ丘っていえば、星ヶ丘遊園だ。ホシゆぅ~♪」
 祥子は両手両足を広げて星ゆうネエサンのモノマネをする。
「とりあえず拠点を構えましょう」
 ハーベルトは量子オペラグラスで星ヶ丘市街を一望し、山田池公園に目を付けた。

 ■ 聖イライサニス学園 文芸部専用クラブハウス

 コード2047の聖イライサニス学園は総合メディア専門校を自負しており、アイドルグループの育成からノーベル文学賞を狙う作家までさまざまな進路を用意している。かつてのカルチェラタンは取り壊され、文芸部も鉄筋コンクリート五階建ての専用棟を持っている。
 翡翠かわせみミナの眼前には目をそむけたくなるような映像が再生されている。曳航学園の雌餓鬼めがきどもが何の罪もない部員に殴る蹴るの暴行をくわえ、一部始終をインフォプレナーが捉えていた。
「涼子が何をしたっていうの?!」
 ミナはインフォプレナーを握りしめると、咆哮仲間に呼びかけた。親や学校は信用できない。通り一遍でお為ごかしの対応しかしてくれない。そもそも、大人は信用できない。建前や正論を振り回し、自分目線で語りたがる。
「あれ? 圏外……なんで??」
 インフォプレナーが通じない。ミナは部室の窓を開けて、ベランダに出た。オーマイゴッド粒子の濃度が十分でなければ、HwFeハウフィーネットワークの接続障害が起きる。スカートがふわりと揺れて銀ラメのパンツが丸出しになる。テロテロしたメタリックの生地の裾から白いフリルと濃紺の布地がはみ出ている。そこに不気味な形相が映った。
「ひっ?!」
 ただならぬ気配を感じて振り返ると、やさしそうな目線の男子生徒が佇んでいた。紺のブレザーにパリっと糊のきいたズボンを履いている。背はすらっとしていて、身長は190センチ近い。
「力が欲しいんだね」
 甘い声で図星を指されると、警戒感など微塵に吹き飛んでしまう。女子校に他校の男子生徒が無断で立ち入ってるだけでも大問題なのに、そんなことは二の次に思えてしまう。
「あなたは?」
 ヒナが誰何すると彼はわざとらしく髪をかきあげた。
「僕はヨースケ。和蘭坂遥祐おらんだざかようすけ
 彼はそれだけ言うと、竜の幻影を身体に纏ったまま消えた。

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