枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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向こう見ずな天の川(アンナスル・アルワーキ) ③ 綺龍の少年ソメイヨシノとゾンビ(前編)

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 ■ 星ヶ丘市 枢軸特急星ヶ丘引込線 山田池公園臨時駅
 言うまでもなく、ドイッチェラントの鉄道連隊は今回も素晴らしい仕事ぶりを発揮した。極大射程織姫砲グランドベガキャノンの建設資材搬入用に敷設された貨物専用線を山田池公園まで延伸して、ここに仮説駅を設置した。星ヶ丘市の丘陵地帯に大きな池があり、周囲を梅林に囲まれている。春になるとソメイヨシノが咲き乱れ、山田池をアヤメやツツジがみごとに彩っている。枢軸特急の仮説駅はその植生に陽炎のようにして揺らめいていた。
 池の中央を県道が縦断しており、山田池中学校の女生徒が集団下校している。既に西日は春日山の向こうに沈んでおり、公園の街灯が弱弱しい光を投げかけている。少女たちは三人グループになって、自転車を飛ばしている。細くて曲がりくねった道は大人一人がようやく通れる幅で両側に柵もない。池に落ちずに夜道を走り抜けるのは困難だ。年に何度か水死体があがる。
「ねぇ、さっきから背中がムズムズするんだけど」
 しんがりの女生徒がセーラー服のスカーフを外し、背中の襟をめくった。
「そういえば、なんだか痒い」
 もう一人の少女が上着を脱いだ。丸首の半袖体操服にはパステルブルーのレオタードとスクール水着の肩紐が透けている。
「やめなよ。ジロジロみられてる気がする」
 先頭を歩いていたツインテールの娘が注意喚起した。
「変なことを言わないで」
「オトコなんか星ヶ丘からとっくに全滅したわ。いるわけないでしょ?」
 二人が泣きそうな顔で抗議すると、ツインテールが人差し指を口元にあてた。
「しっ! 中宮なかみやから脱走してきたかもね」
 中宮とは丘陵の中腹にある広大な医療センターだ。国の出生計画に基づいた男性管理収容施設と隔離病棟がある。大分裂グロースシスマの後、異世界残留を希望する男性と障碍者を飢えた女性たちから護るために建てられた。
「いい加減にしてよ! そんな変な奴、いたとしても帝国陸軍の兵隊さんがとっくに射殺してるわよ」
 上半身体操服の少女は暗がりを見やり、そこに銃弾が撃ち込まれる光景を思い描いた。公園事務所には自走高射砲が配備されており、万一、夜陰に紛れて枢軸の落下傘兵が侵入したとしても、即座に対応できるはずだ。
「でも……あっちの方からジロジロ、来るんだけど……」
 セーラー服娘が震えていると、向こう岸に乳白色の灯りがともった。直径はサッカーボールほどで水面から1メートルのところをふわふわ漂っている。
「ひあああああ!」
 三人は自転車を放り出して一目散に駆けだした。
「ひゃん☆」
 ポニーテールが転び、セーラー服娘の裾を半袖女が踏んづけた。
「もぉっ!」
 女生徒たちは邪魔なスカートを脱ぎ捨てて、ブルマ姿で駆けだした。と、行く手に黒い影が立ちはだかった。
「兵隊さヌ゜ポぉ?#」
 棍棒がポニーテール娘を不意打ちした。前歯と臼歯が舞い、零れ落ちた眼球に角の生えた男が映った。返り血が二人の体操服を真っ赤に染める。鬼が獲物を肉塊に変えようと棍棒を振り上げる。そこに真っ白な鳥がバサバサと降りてきた。いや、翼の生えた人間の事を何と呼んだか。少女たちの意識は白濁していった。
「やっぱり、来るとおもったわ!」
 ハゲ天使は棍棒にしがみつき、バリバリと放電した。動物の筋肉は感電すると収縮する。鬼は棍棒を構えたまま硬直した。さらなる電流が鬼の体細胞を焼く。
「ハーベルト。逃げていくよ!」
 上空警戒にあたっていた祥子が山田池周辺の赤外映像サーモグラフィを送ってきた。ハーベルトはダイマー共有視野に地形図を重ねた。硬貨をばらまいたように幾つもの円盤が軌跡を残している。
「追わなくてもいいわ。どっから沸いたか一目瞭然だもの」
 大きな山田池の北側に常緑樹林を主体とする小高い春日山がある。そこは水鳥の巣でもある。
「春日山には古い宗教施設の痕跡があるわ。山田池自体が平安時代に造営された溜池なの。水利権をめぐって殺し合いが絶えなかったというね」
 言い終えぬうちに、ポニーテールの遺体がぴょこんと起き上がった。砕けた頭から脳漿を垂らし、よろめく。
「ハーベルト! あの娘……ゾンビだ!!」
「わかってるわ。偵察を続けていて!」
 言い終えぬうちに山田池が沸き立った。水蒸気がユングの叫びそっくりな表情をかたちづくる。
 残留思念だ。千二百年の間に蓄積した人々の慚愧。それは大分裂によって、コード2047の世界にもそっくりそのまま継承されていた。ヨーゼフが戦力を補充するとしたら、まず星ヶ丘でもっとも大きな山田池の残留思念を狙う。
 ハーベルトは山田池の戦略的価値を見抜いていた。だからこそ、敢えて前線基地を築いた。ゾンビ娘は気絶している少女を食い殺そうと歩み寄る。
「ハーベルト! 女の子たちが危ないよ」
 祥子は警戒行動を放棄して、ゾンビに向かった。
「やめなさい! 祥子、前進アルミ……」
 語尾が声にならない。身を裂かれるような女の悲鳴がソメイヨシノを揺さぶった。

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