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「僕は結婚した人を好きになる自信があるよ」
好きな人が、友達とそう言って笑いあっているのを見た。
私は彼の妹の友達だったけれど、王位継承権がある彼の妻を夢見るような身分じゃないことは分かっていた。
友達の一人は、王位継承権第四位の高位貴族の妹だった。
友達は位に関係なく選べるけれど、結婚はそうはいかない。
私は同じくらいの人の中から結婚相手を選んで幸せにならないといけない。
ちょっと重荷。
「クレイン様。こちらのお茶は隣国の春のお茶なんですよ」
婚約者とのお茶会で、最近話題のお茶を出した。
これは大事。女子は知っていても男子は知らないホットトピック。
けれど婚約者のクレイン様は、興味さなさおうにカップを傾けた。
一応飲んではくれるのね。
クレイン・アーガム伯爵令息。アーガム伯爵の三男で騎士候補生。
騎士が花形とされるこの国で、子爵家の娘が騎士と結婚できたら上出来。
平民はどんなに頑張っても従騎士にしかなれない。それでもかなりの出世コース。
貴族の子息は嫡男なら爵位が継げる。上位貴族の子息なら功績によって議員にもなれる。
でも平民に出世コースはない。せいぜいが従騎士。あるいは土地の名士。
私はプラミネ子爵令嬢。
子爵家の長女。嫡男は三つ下の弟で私は学院生。
学院は同じ年代の少女たちとのコネが作れるからいい。
私のようなありふれた子爵の令嬢でも、王位継承権を持つ彼に恋する自由がある。
でも婚姻は別。親の決めた婚約者がいるので、週末はいつも彼とのお茶会。
問題がなければ二人が学院を卒業する頃に結婚の話がでるんだろうけれど。
私、ほんとうにこの人の妻になれるのかな。
二人で会うお茶会ではいつもつまらなそう。
どんな話題をふっても返事は「そうか」。
同じ騎士候補生でもアーサー様とは会話が弾むのに。
私の叔母が大商会の夫人なので、うちのお茶会ではだいたい隣国の流行りのお茶やお菓子が出される。
外交官を目指す子なら垂涎の品物ばかりなのに。
騎士候補生だから、クレイン様はこんなに興味がなさそうなのかしら。
それとも、私が相手だから?
「マリー。今日も貴女のお茶会は素敵ね」
「ありがとうございます。エミリア様」
「このお茶、この間のお茶会で王妃様がお出しになったものでしょう。隣国のものなのによく手に入ったわね」
「叔母様のつてです」
「まあ。モルダナ商会の」
「はい。モルダナ商会では近隣8ヶ国の品物を取り扱っていますから。皆様も欲しいものがあったらお申し付けください。言うだけならタダですから」
「マリーはお上手ね。モルダナ商会夫人も頼もしい姪がいて心強いんじゃないかしら」
「そうだと嬉しいです」
「マリー。貴女、素敵なんだから、そんな風に謙遜してはダメよ」
「そう。男性方は古い考えで淑女をお好みになるけれど、謙遜していたら男性の目には留まらないんだから」
「ね。男性は本当の淑女はご存じないのよね」
参加者たちの微笑がさざめく。
男が淑女という女は、すべて作り物。自己プロデュースできない女なんて、どれだけ貞淑な女でも結婚相手なんて見つからない。
こういう女性の逞しさは、この開拓国に似合っていると思うけれど、男はどうしても古風な淑女を求めるのよね。
少女たちは、いかに淑女に見せるか競い合って、新しい品を求めてくる。
おかげで隣国とパイプのあるモルダナ商会は大儲け。
開拓国だけあって、我が国には目を見張るような高価な品なんてないものね。
「マリーの婚約者は商人の方なの?」
「いいえ。騎士候補生です」
「まぁ、素敵!」
魔物のはびこる我が国では、魔物討伐に戦力は欠かせない。
冒険者も頑張っているけれど、やはり花形は騎士だ。
魔物の討伐を終えて凱旋する騎士たちの華やかさは筆舌に尽くしがたい。
私も何度か凱旋パレードを見に行ったけれど、素敵な騎士様が騎乗して手を振ってくれるパレードは、女の子の人気だった。
騎士様が身に着けていた色の紐は、凱旋パレードの翌日には飛ぶように売れた。
叔母様の商会を手伝っていた頃、同じ年頃の商人見習いの男の子にそっと手を握られたことがある。
その時は恋の予感にドキドキしたけれど、学院に入るために叔母様の商会の手伝いは終わりになってしまった。
彼ともそれっきり。
恋になる前に終わった思い出は綺麗だけれど、現実の婚約者はちょっと重い。
クレイン様が少しでも笑ってくれれば希望も出るんだけれど、彼はいつも相槌をうつだけ。
私一人がしゃべっているようで、彼とのお茶会は本当に憂鬱。
クレイン様は、寡黙な方だから、仕方ないのよね。
クレイン様が女子と笑っていた。
相手は、最近編入してきた男爵令嬢。
噂では、元平民で、快活で可愛い女の子だとか。
男子との距離感が近いから、婚約者が彼女と話していると、みんなピリピリする。
友達の話では、彼女とは気軽に話せるから、男子は気安いのだという。貴族の女の子が相手だと、ちゃんとしなくちゃと思うから、近づきがたいんだって。
男子は勝手ね、とお茶会では言われている。
女子はどうかしら。
気安い平民の男の子が人気だったりするか、というと、そういうことはなくて。
やはり人気が高いのは騎士候補生の方々。それも魅力がある方が人気がある。
彼女が人気なのは、平民だからとか気安いからという以上に、やはり可愛いからでしょう。
そういう所、男子は残酷。
中身が大事といいながら、まずは外見。可愛い女の子に目が行く。
だからクレイン様が、私より可愛い彼女の前では笑顔を見せるのもしかたないのだろう。
大勢の男子と仲がいいけれど、彼女に恋人はいないみたい。
みんな同じくらい仲がいい。だから余計に、彼女の取り巻きは増えていく。
「マリー、どうかして? なにか見えたのかしら」
授業の移動中、足を止めて2階の窓から見える中庭に目を止めてしまった。
「いいえ。なんでも」
すぐに目をそらして取り繕った笑みを浮かべて友達と移動する。
中庭では、婚約者が彼女と抱き合っていた。
「僕は結婚した人を好きになる自信があるよ」
好きな人が、友達とそう言って笑いあっているのを見た。
私は彼の妹の友達だったけれど、王位継承権がある彼の妻を夢見るような身分じゃないことは分かっていた。
友達の一人は、王位継承権第四位の高位貴族の妹だった。
友達は位に関係なく選べるけれど、結婚はそうはいかない。
私は同じくらいの人の中から結婚相手を選んで幸せにならないといけない。
ちょっと重荷。
「クレイン様。こちらのお茶は隣国の春のお茶なんですよ」
婚約者とのお茶会で、最近話題のお茶を出した。
これは大事。女子は知っていても男子は知らないホットトピック。
けれど婚約者のクレイン様は、興味さなさおうにカップを傾けた。
一応飲んではくれるのね。
クレイン・アーガム伯爵令息。アーガム伯爵の三男で騎士候補生。
騎士が花形とされるこの国で、子爵家の娘が騎士と結婚できたら上出来。
平民はどんなに頑張っても従騎士にしかなれない。それでもかなりの出世コース。
貴族の子息は嫡男なら爵位が継げる。上位貴族の子息なら功績によって議員にもなれる。
でも平民に出世コースはない。せいぜいが従騎士。あるいは土地の名士。
私はプラミネ子爵令嬢。
子爵家の長女。嫡男は三つ下の弟で私は学院生。
学院は同じ年代の少女たちとのコネが作れるからいい。
私のようなありふれた子爵の令嬢でも、王位継承権を持つ彼に恋する自由がある。
でも婚姻は別。親の決めた婚約者がいるので、週末はいつも彼とのお茶会。
問題がなければ二人が学院を卒業する頃に結婚の話がでるんだろうけれど。
私、ほんとうにこの人の妻になれるのかな。
二人で会うお茶会ではいつもつまらなそう。
どんな話題をふっても返事は「そうか」。
同じ騎士候補生でもアーサー様とは会話が弾むのに。
私の叔母が大商会の夫人なので、うちのお茶会ではだいたい隣国の流行りのお茶やお菓子が出される。
外交官を目指す子なら垂涎の品物ばかりなのに。
騎士候補生だから、クレイン様はこんなに興味がなさそうなのかしら。
それとも、私が相手だから?
「マリー。今日も貴女のお茶会は素敵ね」
「ありがとうございます。エミリア様」
「このお茶、この間のお茶会で王妃様がお出しになったものでしょう。隣国のものなのによく手に入ったわね」
「叔母様のつてです」
「まあ。モルダナ商会の」
「はい。モルダナ商会では近隣8ヶ国の品物を取り扱っていますから。皆様も欲しいものがあったらお申し付けください。言うだけならタダですから」
「マリーはお上手ね。モルダナ商会夫人も頼もしい姪がいて心強いんじゃないかしら」
「そうだと嬉しいです」
「マリー。貴女、素敵なんだから、そんな風に謙遜してはダメよ」
「そう。男性方は古い考えで淑女をお好みになるけれど、謙遜していたら男性の目には留まらないんだから」
「ね。男性は本当の淑女はご存じないのよね」
参加者たちの微笑がさざめく。
男が淑女という女は、すべて作り物。自己プロデュースできない女なんて、どれだけ貞淑な女でも結婚相手なんて見つからない。
こういう女性の逞しさは、この開拓国に似合っていると思うけれど、男はどうしても古風な淑女を求めるのよね。
少女たちは、いかに淑女に見せるか競い合って、新しい品を求めてくる。
おかげで隣国とパイプのあるモルダナ商会は大儲け。
開拓国だけあって、我が国には目を見張るような高価な品なんてないものね。
「マリーの婚約者は商人の方なの?」
「いいえ。騎士候補生です」
「まぁ、素敵!」
魔物のはびこる我が国では、魔物討伐に戦力は欠かせない。
冒険者も頑張っているけれど、やはり花形は騎士だ。
魔物の討伐を終えて凱旋する騎士たちの華やかさは筆舌に尽くしがたい。
私も何度か凱旋パレードを見に行ったけれど、素敵な騎士様が騎乗して手を振ってくれるパレードは、女の子の人気だった。
騎士様が身に着けていた色の紐は、凱旋パレードの翌日には飛ぶように売れた。
叔母様の商会を手伝っていた頃、同じ年頃の商人見習いの男の子にそっと手を握られたことがある。
その時は恋の予感にドキドキしたけれど、学院に入るために叔母様の商会の手伝いは終わりになってしまった。
彼ともそれっきり。
恋になる前に終わった思い出は綺麗だけれど、現実の婚約者はちょっと重い。
クレイン様が少しでも笑ってくれれば希望も出るんだけれど、彼はいつも相槌をうつだけ。
私一人がしゃべっているようで、彼とのお茶会は本当に憂鬱。
クレイン様は、寡黙な方だから、仕方ないのよね。
クレイン様が女子と笑っていた。
相手は、最近編入してきた男爵令嬢。
噂では、元平民で、快活で可愛い女の子だとか。
男子との距離感が近いから、婚約者が彼女と話していると、みんなピリピリする。
友達の話では、彼女とは気軽に話せるから、男子は気安いのだという。貴族の女の子が相手だと、ちゃんとしなくちゃと思うから、近づきがたいんだって。
男子は勝手ね、とお茶会では言われている。
女子はどうかしら。
気安い平民の男の子が人気だったりするか、というと、そういうことはなくて。
やはり人気が高いのは騎士候補生の方々。それも魅力がある方が人気がある。
彼女が人気なのは、平民だからとか気安いからという以上に、やはり可愛いからでしょう。
そういう所、男子は残酷。
中身が大事といいながら、まずは外見。可愛い女の子に目が行く。
だからクレイン様が、私より可愛い彼女の前では笑顔を見せるのもしかたないのだろう。
大勢の男子と仲がいいけれど、彼女に恋人はいないみたい。
みんな同じくらい仲がいい。だから余計に、彼女の取り巻きは増えていく。
「マリー、どうかして? なにか見えたのかしら」
授業の移動中、足を止めて2階の窓から見える中庭に目を止めてしまった。
「いいえ。なんでも」
すぐに目をそらして取り繕った笑みを浮かべて友達と移動する。
中庭では、婚約者が彼女と抱き合っていた。
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