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日本であっても異世界であっても田舎は静かなもので、まして自動車も走っていないこの世界では、自然の音の他には人々の話し声くらいしか聞こえてくるものがない。どこかで人が集まっていれば、その気配が村中に伝わるくらいの有様だった。
その日も、太陽が傾いて夕陽の色に染まりつつある頃、どこからともかくがやがやと聞こえてきた。
何事かと近くの村人に声をかけたリリが俺に向き直る。
「みんな広場に集まってるって。行ってみよう?」
そう言うなり手を引かれ、俺たちは広場へと向かった。
果たして広場には大勢の村人が集まっていた。暇を持て余している子供や老人はもちろん、一日の仕事を終えてきたであろう大人たちの姿も多い。
人だかりの中心には、例の悪ガキたちの姿。
三人の前には一枚の紙が広げられており、村人たちは順々に進み出てその紙を何やら凝視している、ように見える。
「あれは何をしているの?」
人だかりの外側にいる男にリリが尋ねる。
「ユースが魔術が使える道具を持ってきたんだよ。みんな魔術が使ってみたくて試してるんだ。
ああほら、またやるみたいだぞ」
ユースというのは悪ガキの中の一人の名前らしい。赤毛の少年。そういえば何回か聞いたような。
自慢気な表情で前へ歩み出て、紙の近くで朗々と叫ぶ。
「<フラム>!」
すると紙の上に火の玉が浮かび上がった。衆人から歓声が上がる。
暮れ行く空の下で明々と光を放つ火の玉は、ほどなく揺らぎ空気に溶けた。
「あれは魔術の素質を見るための道具らしいぞ」と説明してくれたのはまた別の男。
「みんな順番に試してるが、ぼんやり光が灯るのが何人かいたくらいで、あんなにはっきりと炎が出せるのはユースだけだ」
「あれが素質があるってことなんだねぇ」
人々は感心しきりだ。
実際、これだけいて一人だけ突出しているということはそれなりに稀有な才能なのだろう。
「占いで魔術師になれるって言われたとか言ってたね」
リリがオレに囁く。
「それでその気になってるのよ。あんな道具まで引っ張り出してきて。
……でも、私もその気持ち、ちょっと分かるんだけどね」
みんなが魔術体験に夢中になっている中、彼女は俺をじっと見つめた。俺だけに届く小さな声でそっと続ける。
「私ね。ヤナギさんに一番最初に占ってもらったの。
私……ずっと思ってた。この村に生まれて、この村で成長して……きっとこの村で大人になって、おばあちゃんになって、死ぬまでずっとこのまま。
それでもいいって思ってるし、でも、それでいいのかなって思う気持ちもあるの。
ここはとってもいいところだけど……。それじゃあ満足できない気持ちがあるって、お母さんたちにも言ったことなかった。
でも、あの日ヤナギさんに言われたの。
『あなたの悩みを解決してくれる人は、もうあなたのすぐそばにいます』」
夕陽の色に染まった彼女の頬に、それとは別の赤みが差している。
「……グレイシスが私に、特別な毎日をくれたんだわ」
熱っぽい声。
喧騒を傍らに、俺たちの間にだけ少しの沈黙が落ちる。
照れを誤魔化すように、「ねえ」とリリはひときわ弾んだ声を出した。
「魔術、グレイシスも試してみたら?」
いきなりだ。
俺は首を横に振るが、ぐいぐい体を押し出される。すぐに悪ガキたちが俺に気付いた。
ああ、いかにも悪い顔で笑う。
「よう、よそ者。お前も試してみるか?」
「『グレイシス様』ならそりゃもうすごい魔術が使えるんじゃねーの?」
悪ガキだけじゃなく一同がどっと笑う。自ら好き好んでではなくとも英雄の名を名乗るというのはこういうことだ。
「ここに描かれてるのが炎の魔法陣だ。これに意識を集中して、<フラム>と唱える。お前に魔術の才能があれば光の切れ端ぐらいは出てくるかもな」
紙の前に立たされる。それを挟んで真正面からにやにや見ている三人組。好奇の眼差しに取り囲まれる。リリが「頑張って!」とエールを送ってくる。
……正直、気は進まない。しかしこれだけの視線に囲まれては「遠慮しておきます」で済まないことぐらいは俺にだって分かる。これはそういう「ノリ」だ。
そもそもこいつらは、俺が声を出せないと思っているはずなのだ。呪文を唱えなくても魔術が発動する可能性があると思っているのか、そこも含めて不出来を嘲笑するつもりなのか。それは人によるだろうが。
恥をかかされるのが少しばかり癪に障った。
だから。もういいかな、と思った。
こっちの方が都合が良かっただけで、何が何でも声を隠し通したかったわけじゃない。もういいかなと思った。
だから俺は魔法陣を見つめ、使わないせいで掠れてしまった声で唱えた。
「<フラム>」
その瞬間。燃え盛る業火がユースを包んだ。
その日も、太陽が傾いて夕陽の色に染まりつつある頃、どこからともかくがやがやと聞こえてきた。
何事かと近くの村人に声をかけたリリが俺に向き直る。
「みんな広場に集まってるって。行ってみよう?」
そう言うなり手を引かれ、俺たちは広場へと向かった。
果たして広場には大勢の村人が集まっていた。暇を持て余している子供や老人はもちろん、一日の仕事を終えてきたであろう大人たちの姿も多い。
人だかりの中心には、例の悪ガキたちの姿。
三人の前には一枚の紙が広げられており、村人たちは順々に進み出てその紙を何やら凝視している、ように見える。
「あれは何をしているの?」
人だかりの外側にいる男にリリが尋ねる。
「ユースが魔術が使える道具を持ってきたんだよ。みんな魔術が使ってみたくて試してるんだ。
ああほら、またやるみたいだぞ」
ユースというのは悪ガキの中の一人の名前らしい。赤毛の少年。そういえば何回か聞いたような。
自慢気な表情で前へ歩み出て、紙の近くで朗々と叫ぶ。
「<フラム>!」
すると紙の上に火の玉が浮かび上がった。衆人から歓声が上がる。
暮れ行く空の下で明々と光を放つ火の玉は、ほどなく揺らぎ空気に溶けた。
「あれは魔術の素質を見るための道具らしいぞ」と説明してくれたのはまた別の男。
「みんな順番に試してるが、ぼんやり光が灯るのが何人かいたくらいで、あんなにはっきりと炎が出せるのはユースだけだ」
「あれが素質があるってことなんだねぇ」
人々は感心しきりだ。
実際、これだけいて一人だけ突出しているということはそれなりに稀有な才能なのだろう。
「占いで魔術師になれるって言われたとか言ってたね」
リリがオレに囁く。
「それでその気になってるのよ。あんな道具まで引っ張り出してきて。
……でも、私もその気持ち、ちょっと分かるんだけどね」
みんなが魔術体験に夢中になっている中、彼女は俺をじっと見つめた。俺だけに届く小さな声でそっと続ける。
「私ね。ヤナギさんに一番最初に占ってもらったの。
私……ずっと思ってた。この村に生まれて、この村で成長して……きっとこの村で大人になって、おばあちゃんになって、死ぬまでずっとこのまま。
それでもいいって思ってるし、でも、それでいいのかなって思う気持ちもあるの。
ここはとってもいいところだけど……。それじゃあ満足できない気持ちがあるって、お母さんたちにも言ったことなかった。
でも、あの日ヤナギさんに言われたの。
『あなたの悩みを解決してくれる人は、もうあなたのすぐそばにいます』」
夕陽の色に染まった彼女の頬に、それとは別の赤みが差している。
「……グレイシスが私に、特別な毎日をくれたんだわ」
熱っぽい声。
喧騒を傍らに、俺たちの間にだけ少しの沈黙が落ちる。
照れを誤魔化すように、「ねえ」とリリはひときわ弾んだ声を出した。
「魔術、グレイシスも試してみたら?」
いきなりだ。
俺は首を横に振るが、ぐいぐい体を押し出される。すぐに悪ガキたちが俺に気付いた。
ああ、いかにも悪い顔で笑う。
「よう、よそ者。お前も試してみるか?」
「『グレイシス様』ならそりゃもうすごい魔術が使えるんじゃねーの?」
悪ガキだけじゃなく一同がどっと笑う。自ら好き好んでではなくとも英雄の名を名乗るというのはこういうことだ。
「ここに描かれてるのが炎の魔法陣だ。これに意識を集中して、<フラム>と唱える。お前に魔術の才能があれば光の切れ端ぐらいは出てくるかもな」
紙の前に立たされる。それを挟んで真正面からにやにや見ている三人組。好奇の眼差しに取り囲まれる。リリが「頑張って!」とエールを送ってくる。
……正直、気は進まない。しかしこれだけの視線に囲まれては「遠慮しておきます」で済まないことぐらいは俺にだって分かる。これはそういう「ノリ」だ。
そもそもこいつらは、俺が声を出せないと思っているはずなのだ。呪文を唱えなくても魔術が発動する可能性があると思っているのか、そこも含めて不出来を嘲笑するつもりなのか。それは人によるだろうが。
恥をかかされるのが少しばかり癪に障った。
だから。もういいかな、と思った。
こっちの方が都合が良かっただけで、何が何でも声を隠し通したかったわけじゃない。もういいかなと思った。
だから俺は魔法陣を見つめ、使わないせいで掠れてしまった声で唱えた。
「<フラム>」
その瞬間。燃え盛る業火がユースを包んだ。
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