10 / 21
春、二の月
5
しおりを挟む
宿へ戻り、全員の本日の調査結果――収穫と呼べるものはなかったけれど予想通りだ――を簡単にまとめ、昼と同じように夕飯のテーブルを囲み。早々に解散となった。
明日は朝食を食べたらすぐに出発することになる。夜更かしせずにさっさと寝るように。とはティニリッジ先生の言葉。
小さな宿だけれどシャワーがあるのはありがたい。
暖かいお湯を浴びて体の汚れを落とし、さっぱりとした気分で浴室を出た。ひとつしかない浴室の利用順を最後にしてもらったので時間は少し遅くなったけれど、後ろのつかえを気にせず体を洗うことができたので満足だ。
浴室は宿とは別の小屋だったので、出入りには一階の食堂を通ることになる。私が外に出た時には五人の学生が何やらお喋りに興じていたけれど、戻った時には一人だけになっていた。ランプの灯りの中でターバラがこちらへ視線を向ける。
「ターバラさん、まだ休まれないのですか?」
「うん、キリのいいところまで読みたくて」
彼の手元には一冊の本。
「馬車の中で読む用に借りたけど、来る時は喋ってばっかりでほとんど読めなかったんだよ。
あ、バーウィッチさんもお茶どう? 宿のご主人がポットにたくさん作ってくれて」
勧められると、途端に喉の渇きを感じた。では、と彼と同じテーブルに着く。空いたグラスに手を伸ばそうとしたけれど、それより早くターバラさんがグラスを手に取りお茶を注いでくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「あと、よかったら名前で呼んでよ、アキって。姓で呼ばれるよりそっちの方が好きなんだ」
さりげない口調、その奥に強固な意志が覗いている気がした。私の記憶が確かなら、ターバラ家は地方貴族だったはずだ。家名が好きではないのだろうか。憶測が頭を掠めるけれど、安易に踏み入るべきではない。
「分かりました。アキさん、ですね。では私のこともリンジットとお呼びください」
「えっ!」
当然の提案だろうに、ターバラさん――アキさんはなぜか面食らったように声を上げた。
「お嫌でしたら無理にとは言いませんけれど」
「いや、そんな、嫌ってわけではないけど。いいの? オレみたいなのが気安く名前を呼ぶなんて」
「淑女ならばはしたないことかもしれません」
血縁や恋人でもない異性と親しくすることは、貴族令嬢にはふさわしくない振る舞いだろう。
「けれど、今の私はただの学生ですので」
「……ははっ」
アキさんが小さく笑う。
「そうだな。うん。違いない。じゃあ改めてよろしく、リンジットさん。
正直、バーウィッチさんって言いにくいとは思ってたんだよ。妹さんと紛らわしくなるし。
あ、妹さんと言えば、明日来るんだよね」
穏やかな気持ちでアキさんの言葉に頷いていた私は、一瞬固まってしまう。
エリィとラスティが合流することは、当然ながら先生以外も全員が知っている。どうせ明日の夜になれば、過保護な年下二人に挟まれて気恥ずかしい思いをすることは分かっているのだけれど――今はまだ忘れていたかった。
「妹さんたちとも話したことないんだけど、仲良くなれるかな? それとも馴れ馴れしくしない方がいい?」
全く悪気も含みもない様子のアキさんに私が言えることといえば、ああ見えて素直ないい子たちなので仲良くしてあげてくださいという、よくある姉のお願いくらいのものだった。
明日は朝食を食べたらすぐに出発することになる。夜更かしせずにさっさと寝るように。とはティニリッジ先生の言葉。
小さな宿だけれどシャワーがあるのはありがたい。
暖かいお湯を浴びて体の汚れを落とし、さっぱりとした気分で浴室を出た。ひとつしかない浴室の利用順を最後にしてもらったので時間は少し遅くなったけれど、後ろのつかえを気にせず体を洗うことができたので満足だ。
浴室は宿とは別の小屋だったので、出入りには一階の食堂を通ることになる。私が外に出た時には五人の学生が何やらお喋りに興じていたけれど、戻った時には一人だけになっていた。ランプの灯りの中でターバラがこちらへ視線を向ける。
「ターバラさん、まだ休まれないのですか?」
「うん、キリのいいところまで読みたくて」
彼の手元には一冊の本。
「馬車の中で読む用に借りたけど、来る時は喋ってばっかりでほとんど読めなかったんだよ。
あ、バーウィッチさんもお茶どう? 宿のご主人がポットにたくさん作ってくれて」
勧められると、途端に喉の渇きを感じた。では、と彼と同じテーブルに着く。空いたグラスに手を伸ばそうとしたけれど、それより早くターバラさんがグラスを手に取りお茶を注いでくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「あと、よかったら名前で呼んでよ、アキって。姓で呼ばれるよりそっちの方が好きなんだ」
さりげない口調、その奥に強固な意志が覗いている気がした。私の記憶が確かなら、ターバラ家は地方貴族だったはずだ。家名が好きではないのだろうか。憶測が頭を掠めるけれど、安易に踏み入るべきではない。
「分かりました。アキさん、ですね。では私のこともリンジットとお呼びください」
「えっ!」
当然の提案だろうに、ターバラさん――アキさんはなぜか面食らったように声を上げた。
「お嫌でしたら無理にとは言いませんけれど」
「いや、そんな、嫌ってわけではないけど。いいの? オレみたいなのが気安く名前を呼ぶなんて」
「淑女ならばはしたないことかもしれません」
血縁や恋人でもない異性と親しくすることは、貴族令嬢にはふさわしくない振る舞いだろう。
「けれど、今の私はただの学生ですので」
「……ははっ」
アキさんが小さく笑う。
「そうだな。うん。違いない。じゃあ改めてよろしく、リンジットさん。
正直、バーウィッチさんって言いにくいとは思ってたんだよ。妹さんと紛らわしくなるし。
あ、妹さんと言えば、明日来るんだよね」
穏やかな気持ちでアキさんの言葉に頷いていた私は、一瞬固まってしまう。
エリィとラスティが合流することは、当然ながら先生以外も全員が知っている。どうせ明日の夜になれば、過保護な年下二人に挟まれて気恥ずかしい思いをすることは分かっているのだけれど――今はまだ忘れていたかった。
「妹さんたちとも話したことないんだけど、仲良くなれるかな? それとも馴れ馴れしくしない方がいい?」
全く悪気も含みもない様子のアキさんに私が言えることといえば、ああ見えて素直ないい子たちなので仲良くしてあげてくださいという、よくある姉のお願いくらいのものだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
2/26 番外編を投稿しました。
読んでいただけると嬉しいです。
思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。
とてもとてもありがとうございます!!
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
最終回まで予約投稿済みです。
毎日8時・20時に更新予定です。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる