ある平凡な姉の日常

本谷紺

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春、二の月

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 調査三日目。
 結論から言えば、何事もなく終わった。拍子抜けするほど何事もなく。
 エリィとラスティが前日の私と同じ地点に赴いたけれど、二人の身には何も異変は起こらなかった。反応を引き出すべく場所を変えてみたり、ティニリッジ先生が古代魔法を使ってみたり、思い当たる限りを試したそうだけれど、空振りに終わった。
 成果がなかった……わけではない。今度は同じことがを確認したことが重要なのだ。とは、オズ先生の受け売り。
 実験の間、私はというと、ひとり宿で留守番をしていた。私も同行して再現性を調べるべきではと進言したけれど、それはいずれ別の機会に、と押し留められた。
 恐らく、先生は、エリィやラスティには何も起きないことを予想していたのではないだろうか。
 留守番と言ってもただぼんやりしているだけでなく、二日目までの調査結果をまとめる仕事を任せられた。午前中は部屋で仕事に没頭して過ごす。
 ひとりだけ置いて行かれた私を心配したのか、昼食時にはおかみさんが話し相手になってくれた。
 私は学院のことを話し、おかみさんは村のことを教えてくれる。雑談の中で、薬の話題が出た。おかみさんは悲し気な顔で言う。薬師がいなくなってしまって困っている、と。
 昼食を終えた後、薬屋へと案内してもらった。
 主を失った、村の小さな薬屋。薬師の青年がひとりで管理していた薬瓶には効能の書いていないものが多い。
 おかみさんを通して村長から許可を貰い、分かる限りの仕分けをしていく。これは腹痛の薬。これは解熱剤。この実は潰して傷口に塗ると止血ができる――。
 魔導士のいない村なので魔法薬の扱いがないのは幸いだった。魔法薬の知識はあるけれど、製剤には魔力が必要になる。ここにある薬や薬草たちは、今後も村の人たちの役に立つだろう。
 簡単な説明を書いたラベルを瓶につけて、そのほか注意すべき事柄は紙にまとめておかみさんへ渡した。
「ありがとうねぇ、助かるよ」
 大したことはしていない。用途が分からずよけておくことしかできなかったものもある。私がしたことは付け焼刃で、しっかりした知識のある新しい薬師が来なければ根本的な解決にはならない。
 それでも、そんなことは分かっているだろうに、おかみさんは何度も感謝の言葉をくれた。
 ――ああ、私は、こういう仕事がしたい。
 薬に関することでなくていい。突き詰めれば何だっていい。自分の力で誰かの役に立ちたい。
 そう思った。

 予想外のトラブルを経て、それでも一応は無事に、二泊三日の調査学習は終了した。
 大きな謎とひとつの気付きを残して。


 帰宅するなりすぐに主治医に来てもらい、私とエリィ、ラスティの三人を診てもらった。
 結果、全く異状なし。
 翌日までが週末の休日なので、大事をとってゆっくりと体を休めて過ごした。
 そして週が明け、久々となる登校の日。
 普通通りに授業を受ける。野外での調査は苦ではなかったけれど、講義室で机に向かっていると、自分にはこれが一番向いているのだろうという気持ちになる。勉強は好きだ。学べば学ぶほど自分の中に知識が蓄積されていくのが楽しい。
 そうしていつも通りの、私にとっての楽しい時間はあっという間に過ぎて行き。
 半日の授業を終え、私は救護室へと向かった。
 調査の終わり、岐路へ着く際にオズ先生から言われていたのだ。週明け、授業が終わったら救護室へ来るように、と。
 「来るように」と言ったからにはオズ先生もそこで待っているのだろうとドアをノックして中へ入れば、予想通り、レトナーク先生とオズ先生が私を待っていた。
 レトナーク先生は、先生と呼ばれてはいるけれど学院の教師ではない。救護室に勤務する医者である。学内で怪我をしたり体調を悪くした場合にはレトナーク先生に診てもらうことになる。かく言う私も、剣武の授業でちょっとした傷を負った際などに何度かお世話になった。
「いらっしゃい、待ってたよ」
 そう言って柔和な笑みを浮かべるレトナーク先生はとても美しくて、思わず呼ばれて来たことも忘れて見惚れそうになってしまう。
 先生は美形なのだ。それも、尋常ではないほどの。
 目鼻立ちも、金色の長髪も、くすみのない肌も、体つきから指先の造詣に至るまで、まるで隙のない完璧な「美」。あまりの美しさに未だ年齢はおろか性別すら謎に包まれているほどだ。実の妹で美形は見慣れているはずの私でさえ、ともすれば目と思考を奪われてしまう。
 早速逸れ始めていた私の気は、オズ先生の咳払いで引き戻された。
 お恥ずかしい。
「体調はどうだ?」
「はい、問題ありませんわ」
 事前に言われていた通りに持参した主治医の診断書を手渡す。オズ先生はちらりとだけ目を落とし、すぐにそれをレトナーク先生へ渡した。
「……ふむ、確かに。念のためわたしも診てみていいかな?」
「もちろん」
 私は椅子に腰を下ろし、レトナーク先生の診断を受ける。脈を取られたり、目を覗き込まれたり、いつも主治医にされているのと同じことなので慣れているけれど、その様子をオズ先生に見守られていることには若干の緊張を感じた。
 ほどなく、レトナーク先生は体を引いた。
「うん、まったくの健康体だ。貴族のお嬢さんには珍しいくらいだね」
「ありがとうございます」
「君に起きたことはオズ先生から聞いている。今診た限り、すぐに君の体が害されるような心配はないだろう。
 その上で、わたしとオズ先生の見解を聞いてもらいたい」
 レトナーク先生は背後に立ったままのオズ先生を振り返る。促すようなその動作に、オズ先生は一歩前へ出て、レトナーク先生の隣に並んだ。
「君も承知かと思うが、現状、我々にはあまりにも情報が不足している。なので、これはあくまで、仮設のひとつとして聞いてくれ」
「はい」
 私は背筋を伸ばし、先生を見上げる。先生もまた真っ直ぐに私を見て、続けた。
「我々人間は、体内で魔力を作ることができる。その量は人によって様々だが、ほんのわずかだろうと、誰のうちにも魔力は宿っている――通常は。
 この魔力は使いすぎれば底を尽く。しかし時間を置けば、新たに体内で作られた魔力が補充されていく。
 バーウィッチ。君は精霊に魔力を奪われたという。ここまでは理解できる。バーウィッチ家の血筋を考えれば、君が本来有していた魔力はそれだけの価値のあるものだったのだろう。
 しかし、単に奪われたというならば、なぜ君の魔力は再生産されないのか。
 我々の立てた仮説はこうだ。君は単に魔力を奪われて解放されたのではなく。
 今もなお、君の肉体は、精霊へと繋がっているのではないだろうか。
 君の中で生まれる魔力を、ずっと吸い取り続けているものがいるのではないだろうか」
 背に悪寒が走った。思わず胸を押さえる。
 あの時聞いた「声」を思い出す。

 ――……そうか……。
 ――……つながって……。

 私が何かと繋がっていると、声はそう言っていた。
「もしも、これが真であるなら」
 動揺する私とは対照的に、オズ先生の口調は冷静だ。
「君は、精霊に関する研究を進めるための、重大な手がかりになるかもしれない」
「私が……」
「それだけじゃなくてね」とはレトナーク先生。
「理由がはっきりすれば、君の魔力を取り返すこともできるかもしれない。今回君の身に起きたことは災難ではあったけど、見方を変えれば大きな一歩だよ」
 胸にあてたままのてのひらに、どくどくと鼓動が伝わる。この体が、目には見えない存在に繋がっているかもしれない。

 大きな謎は、まだ謎のまま。
 それでも確かに新しいページが開かれようとしていた。
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