ある平凡な姉の日常

本谷紺

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春、三の月

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「ところでお姉様、おひとりで演奏されるのですか?」
「そうなのよねぇ」
 殿下に即答できなかった最大の理由がそれだった。
 ホールの舞台は立派なものだ。大人数の楽団も同じを使うのだから当然のこと。
 そこに一人で立って演奏するのは……さすがに辛い。大抵の場合、学生同士何人かで組を作って参加する。平然と一人で舞台に立ち、微塵の緊張も見せずにいられるエリィが特異なのだ。
 かと言って、誰かを誘おうにも誰を誘うのかという話。
 私が声をかけるなら、第一候補は言うまでもなくエリィだ。彼女の隣に並ぶには技量が足りていないけれど、これまで誰よりもその演奏を聴き続けてきたのだから、今更自信を打ち砕かれるようなことはない。
 しかし。
「せっかくなら、私もお姉様とご一緒したかったですわ」
 エリィが心底残念そうに溜め息をつく。
 そう。次の演奏会、エリアデルは参加しない。
 彼女は少し前に大切な役目を仰せつかっている。他ならぬルーフレッド殿下から。
 それは、殿下の妹君であるイサドラーナ姫に、リリカーロをお教えするということ。
 国王陛下には四人のご子息がいる。長男のブラッドニー王子、次男のフレデリック王子、三男のルーフレッド王子、そして長女にして末子のイサドラーナ姫。姫様は歳の離れた兄王子たちから目いっぱいの愛情を受け、あとふた月ほどで御年10歳になる。誕生日を祝うパーティーで楽器を演奏したいとのことで、それに向けての教師としてエリアデルに来てほしいと、姫様直々にご指名があったそうなのだ。
 要望はルーフレッド殿下を通し、すぐさまエリィ本人に伝えられた。もちろん断るはずもない。姫の命令だからというわけではなく、イサドラーナ姫は私たち姉妹にとっても可愛い妹のような存在だ。頼られたとあっては全力でもって応えるほかない。……こう考えると、私が殿下の頼みを聞き入れてしまうのとほとんど同じ構図である。
 期限が決まっているため、その期間中に別のことに気を取られている場合ではない。音楽祭にかまけている場合ではないのだ。
 それを承知しているから、殿下もエリィをあてにはできなかったのだ。せっかく優れた奏者がいるのに舞台に上げられないのは残念だけれど仕方がない。
 エリィが無理なら、あとは私が声をかけられそうなのは……ティニリッジ研究室の人たちくらい。だけれど彼らは音楽を嗜んでいるだろうか?
 悩んでいるうちにも家に着き、私たちは馬車を降りる。先にラスティが降りて、私たちのためにドアを押さえてくれる。私は彼の傍らに降り立ち。
「あっ」
 私の背後で、エリィが小さく声を漏らす。
「ラスティに出てもらえばいいのでは?」
「え?」
「ぅえ?!」
 ラスティは素っ頓狂な声を上げた。
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