19 / 21
春、三の月
3
しおりを挟む
「オレがですか?! 無理ですよ!」
ぶんぶんと顔の前で手を振って否定する。彼にしては珍しいほど動揺があらわだ。
私たちが音楽祭の話をしている間、ラスティはずっと沈黙を保っていた。私たちの会話を邪魔しないように、というわけではなく、単にこの話題に関心がないのだ。
彼は幼い頃からずっとそうだった。音楽というものに興味がない。ついでに言えば、絵画にも、装飾にも、いわゆる芸術と呼ばれるもの全般に興味がない。言葉遣いやテーブルマナーだって、バーウィッチ家の召使という立場がなければ気にも留めていなかっただろう。そういう少年なのだ。
「そこは私に考えがありますの」
自信ありげなエリィに率いられ、私たちは邸内へと場所を移す。
制服のまま三人でソファに腰を下ろし、話を続ける。
「確かにラスティには音楽の素養はありません。けれど体を使うことに関しては一級品でしょう? ですから、お姉様の演奏に合わせての舞踊というのはいかがかしら」
「ぶよう……」
ラスティは何とも情けない顔をしている。幼い頃、お父上に叱られている時に見せていた顔を思い出す。
「いや、無理ですって。ダンスなんてろくに経験ありませんよ」
「ダンスを芸術だと思うからいけませんのよ。音に合わせて、決まったところで決まった振りをこなす。得意分野でしょう?」
「なるほど」
予想外の提案だったけれど、言われてみれば確かに。
表現のためのダンスは彼には難しいだろう。しかし決まった振りを順に披露するという考え方ならば、彼以上の適任はない。
もちろん音楽に合わせるという行為には慣れが必要だろうけれど、私とラスティならいくらでも練習の時間を捻出できる。同じ家に暮らしているというのはこういう時に便利だ。
「いい案だと思うわ」
「リン様まで、本気ですか?」
「ええ」
「ラスティになら、断られる心配もいりませんしね」
「……ひどいお嬢さんたちだ」
ラスティは肩を落とすけれど、エリィが言ったように、ここから彼が断固拒否するということはまず有り得ない。恨みがましい目をしながらも、「分かりました」と言う。不承不承であっても受諾は受諾だ。
「ただ、それだったらオレ以外にももう一人欲しいです」
「もう一人?」
「二人でペアになって、組み手みたいな感じで……そういうダンスありませんか? オレの場合、対戦相手というか、目の前に対象があった方が覚えは早いと思うんですよ」
「そうねぇ……」
私やエリィが教わってきたダンスにも、ペアで踊るものはある。しかしラスティが想像しているのはそういったものとはまた別だろう。恐らく、神事や祭りの際に踊られる剣舞などが近い。
「調べてみれば参考にできるものはあるのではないかしら。けれど『もう一人』の方にあてがないわ」
私と一緒に舞台に上がることを嫌がらない人。それでいて、ラスティと相対しても見劣りしない身体能力のある人。まるで思い当たらない。
「いえ、そっちはオレに心当たりがあります」
「そうなの? どなた?」
「それは……まあ、引き受けてもらえたら紹介しますよ。ご安心ください、リン様やエリィ様が嫌がるような人じゃありませんから」
言われずとも、ラスティの紹介だというなら全く心配はしていない。それはエリィも同じらしく、大人しくお茶のカップを傾けていた。
ぶんぶんと顔の前で手を振って否定する。彼にしては珍しいほど動揺があらわだ。
私たちが音楽祭の話をしている間、ラスティはずっと沈黙を保っていた。私たちの会話を邪魔しないように、というわけではなく、単にこの話題に関心がないのだ。
彼は幼い頃からずっとそうだった。音楽というものに興味がない。ついでに言えば、絵画にも、装飾にも、いわゆる芸術と呼ばれるもの全般に興味がない。言葉遣いやテーブルマナーだって、バーウィッチ家の召使という立場がなければ気にも留めていなかっただろう。そういう少年なのだ。
「そこは私に考えがありますの」
自信ありげなエリィに率いられ、私たちは邸内へと場所を移す。
制服のまま三人でソファに腰を下ろし、話を続ける。
「確かにラスティには音楽の素養はありません。けれど体を使うことに関しては一級品でしょう? ですから、お姉様の演奏に合わせての舞踊というのはいかがかしら」
「ぶよう……」
ラスティは何とも情けない顔をしている。幼い頃、お父上に叱られている時に見せていた顔を思い出す。
「いや、無理ですって。ダンスなんてろくに経験ありませんよ」
「ダンスを芸術だと思うからいけませんのよ。音に合わせて、決まったところで決まった振りをこなす。得意分野でしょう?」
「なるほど」
予想外の提案だったけれど、言われてみれば確かに。
表現のためのダンスは彼には難しいだろう。しかし決まった振りを順に披露するという考え方ならば、彼以上の適任はない。
もちろん音楽に合わせるという行為には慣れが必要だろうけれど、私とラスティならいくらでも練習の時間を捻出できる。同じ家に暮らしているというのはこういう時に便利だ。
「いい案だと思うわ」
「リン様まで、本気ですか?」
「ええ」
「ラスティになら、断られる心配もいりませんしね」
「……ひどいお嬢さんたちだ」
ラスティは肩を落とすけれど、エリィが言ったように、ここから彼が断固拒否するということはまず有り得ない。恨みがましい目をしながらも、「分かりました」と言う。不承不承であっても受諾は受諾だ。
「ただ、それだったらオレ以外にももう一人欲しいです」
「もう一人?」
「二人でペアになって、組み手みたいな感じで……そういうダンスありませんか? オレの場合、対戦相手というか、目の前に対象があった方が覚えは早いと思うんですよ」
「そうねぇ……」
私やエリィが教わってきたダンスにも、ペアで踊るものはある。しかしラスティが想像しているのはそういったものとはまた別だろう。恐らく、神事や祭りの際に踊られる剣舞などが近い。
「調べてみれば参考にできるものはあるのではないかしら。けれど『もう一人』の方にあてがないわ」
私と一緒に舞台に上がることを嫌がらない人。それでいて、ラスティと相対しても見劣りしない身体能力のある人。まるで思い当たらない。
「いえ、そっちはオレに心当たりがあります」
「そうなの? どなた?」
「それは……まあ、引き受けてもらえたら紹介しますよ。ご安心ください、リン様やエリィ様が嫌がるような人じゃありませんから」
言われずとも、ラスティの紹介だというなら全く心配はしていない。それはエリィも同じらしく、大人しくお茶のカップを傾けていた。
0
あなたにおすすめの小説
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
わたしたちの庭
犬飼ハルノ
恋愛
『夜明けになるまで絶対に寝室の扉を開けないで』
未来の義母が告げたのは奇妙な夜の掟だった。
父に売られる形でブルーノ伯爵子息の婚約者になったフィリスの物語。
ヒロインのフィリスが自らの力と周囲の人々に支えられて幸せをつかむ話ですが、しばらくは暗く重い展開です。
タグを途中から追加します。
他サイトでも公開中。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
姉の引き立て役の私は
ぴぴみ
恋愛
アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。
「どうしたら、お姉様のようになれるの?」
「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」
姉は優しい。でもあるとき気づいて─
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる