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春、三の月
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「わわわ、わ」
玄関ドアを開けたところで、立ち止まったダイアさんがきょろきょろとあちこちを見回して声を上げる。
今日は休日。ダイアさんを家に招いて、ラスティと三人で音楽祭に向けて計画を立てることになっていた。エリィも同席したがっていたけれど、今日は姫の稽古の日なので不在。私としても、妹に同い年の友人が増えてほしいと常々思っているので機会が作れなかったことは残念だ。
「わたし、学院の人のおうちにお邪魔するのって初めてなんです」
そう言ったダイアさんは、ほう、とひとつ息を吐いて。
「こんな素敵なお屋敷に入ったなんて、家族に手紙で報告しないと」
そんな大げさな、とは思うけれど、感想は人それぞれ。私が地方の小さな宿に物珍しさを感じるように、私の暮らしに何かを思う人もいて当然だろう。
「では、こちらへどうぞ。まずは曲を決めるところから始めましょうか――」
休日を使えばいくらでも時間はあると思っていたけれど、思いのほかあっという間に時間は過ぎて行った。
もちろんただ無為に過ごしたわけではない。私の知る楽曲の中から候補を幾つか演奏してみて、ダイアさんにひとつを選んでもらう。それからダイアさんの故郷の踊りを見せてもらって、どの部分をどう使うかを話し合っていった。
振付を思いついたそばから試しに踊ってみてもらった結果分かったこととして、二人とも本当に体の使い方が上手だ。
筋力や体力ならばラスティの方が数段上だけれど、ダンスへの理解はダイアさんに遠く及ばない。それでも、私やダイアさんが提案した振付を瞬く間に習得していくのだから見事なものだ。
すっかりのめり込んでしまい、気が付けば終了予定の時刻になっていた。
「本当にお送りしなくてよろしいのですか?」
馬車で学院寮まで送る心づもりだったのに、ダイアさんにあっさりと断られた。
「はい、ここからならそんなに遠くもないので大丈夫です!」
確かに歩けない距離ではないし、彼女の健脚なら日が暮れる前に帰り着くだろう。けれど、学院の生徒の中でこの距離を歩きたがるものは数えるほどもいないに違いない。
それも、半日ほとんど踊り尽くしだったというのに。
「それでは、お邪魔しました! また次の稽古で!」
大きくお辞儀をして、ダイアさんは足取りも軽やかに帰っていった。
門扉の向こうへ去って行く背中を見送って。
「元気ね」
「ですね」
隣に立つラスティの声には疲れの色が見える。彼がこんなにも疲弊している姿は久しぶりに見た。
ダンスの動きは彼には不慣れ、というだけではない。ラスティは、負けず嫌いなのだ。ダンスという領域において自分と対等以上の能力を発揮する同い年の少女がいるとなれば、少しも気を抜けないのだろう。
本番までの間に二人の演舞はどれだけのものになってしまうのだろうか。期待が半分。同じ舞台に立つ自分は観客気分ではいられないのだ、という緊張が半分。
音楽祭まで、もうひと月を切っている。
玄関ドアを開けたところで、立ち止まったダイアさんがきょろきょろとあちこちを見回して声を上げる。
今日は休日。ダイアさんを家に招いて、ラスティと三人で音楽祭に向けて計画を立てることになっていた。エリィも同席したがっていたけれど、今日は姫の稽古の日なので不在。私としても、妹に同い年の友人が増えてほしいと常々思っているので機会が作れなかったことは残念だ。
「わたし、学院の人のおうちにお邪魔するのって初めてなんです」
そう言ったダイアさんは、ほう、とひとつ息を吐いて。
「こんな素敵なお屋敷に入ったなんて、家族に手紙で報告しないと」
そんな大げさな、とは思うけれど、感想は人それぞれ。私が地方の小さな宿に物珍しさを感じるように、私の暮らしに何かを思う人もいて当然だろう。
「では、こちらへどうぞ。まずは曲を決めるところから始めましょうか――」
休日を使えばいくらでも時間はあると思っていたけれど、思いのほかあっという間に時間は過ぎて行った。
もちろんただ無為に過ごしたわけではない。私の知る楽曲の中から候補を幾つか演奏してみて、ダイアさんにひとつを選んでもらう。それからダイアさんの故郷の踊りを見せてもらって、どの部分をどう使うかを話し合っていった。
振付を思いついたそばから試しに踊ってみてもらった結果分かったこととして、二人とも本当に体の使い方が上手だ。
筋力や体力ならばラスティの方が数段上だけれど、ダンスへの理解はダイアさんに遠く及ばない。それでも、私やダイアさんが提案した振付を瞬く間に習得していくのだから見事なものだ。
すっかりのめり込んでしまい、気が付けば終了予定の時刻になっていた。
「本当にお送りしなくてよろしいのですか?」
馬車で学院寮まで送る心づもりだったのに、ダイアさんにあっさりと断られた。
「はい、ここからならそんなに遠くもないので大丈夫です!」
確かに歩けない距離ではないし、彼女の健脚なら日が暮れる前に帰り着くだろう。けれど、学院の生徒の中でこの距離を歩きたがるものは数えるほどもいないに違いない。
それも、半日ほとんど踊り尽くしだったというのに。
「それでは、お邪魔しました! また次の稽古で!」
大きくお辞儀をして、ダイアさんは足取りも軽やかに帰っていった。
門扉の向こうへ去って行く背中を見送って。
「元気ね」
「ですね」
隣に立つラスティの声には疲れの色が見える。彼がこんなにも疲弊している姿は久しぶりに見た。
ダンスの動きは彼には不慣れ、というだけではない。ラスティは、負けず嫌いなのだ。ダンスという領域において自分と対等以上の能力を発揮する同い年の少女がいるとなれば、少しも気を抜けないのだろう。
本番までの間に二人の演舞はどれだけのものになってしまうのだろうか。期待が半分。同じ舞台に立つ自分は観客気分ではいられないのだ、という緊張が半分。
音楽祭まで、もうひと月を切っている。
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