21 / 21
春、三の月
5
しおりを挟む
「わわわ、わ」
玄関ドアを開けたところで、立ち止まったダイアさんがきょろきょろとあちこちを見回して声を上げる。
今日は休日。ダイアさんを家に招いて、ラスティと三人で音楽祭に向けて計画を立てることになっていた。エリィも同席したがっていたけれど、今日は姫の稽古の日なので不在。私としても、妹に同い年の友人が増えてほしいと常々思っているので機会が作れなかったことは残念だ。
「わたし、学院の人のおうちにお邪魔するのって初めてなんです」
そう言ったダイアさんは、ほう、とひとつ息を吐いて。
「こんな素敵なお屋敷に入ったなんて、家族に手紙で報告しないと」
そんな大げさな、とは思うけれど、感想は人それぞれ。私が地方の小さな宿に物珍しさを感じるように、私の暮らしに何かを思う人もいて当然だろう。
「では、こちらへどうぞ。まずは曲を決めるところから始めましょうか――」
休日を使えばいくらでも時間はあると思っていたけれど、思いのほかあっという間に時間は過ぎて行った。
もちろんただ無為に過ごしたわけではない。私の知る楽曲の中から候補を幾つか演奏してみて、ダイアさんにひとつを選んでもらう。それからダイアさんの故郷の踊りを見せてもらって、どの部分をどう使うかを話し合っていった。
振付を思いついたそばから試しに踊ってみてもらった結果分かったこととして、二人とも本当に体の使い方が上手だ。
筋力や体力ならばラスティの方が数段上だけれど、ダンスへの理解はダイアさんに遠く及ばない。それでも、私やダイアさんが提案した振付を瞬く間に習得していくのだから見事なものだ。
すっかりのめり込んでしまい、気が付けば終了予定の時刻になっていた。
「本当にお送りしなくてよろしいのですか?」
馬車で学院寮まで送る心づもりだったのに、ダイアさんにあっさりと断られた。
「はい、ここからならそんなに遠くもないので大丈夫です!」
確かに歩けない距離ではないし、彼女の健脚なら日が暮れる前に帰り着くだろう。けれど、学院の生徒の中でこの距離を歩きたがるものは数えるほどもいないに違いない。
それも、半日ほとんど踊り尽くしだったというのに。
「それでは、お邪魔しました! また次の稽古で!」
大きくお辞儀をして、ダイアさんは足取りも軽やかに帰っていった。
門扉の向こうへ去って行く背中を見送って。
「元気ね」
「ですね」
隣に立つラスティの声には疲れの色が見える。彼がこんなにも疲弊している姿は久しぶりに見た。
ダンスの動きは彼には不慣れ、というだけではない。ラスティは、負けず嫌いなのだ。ダンスという領域において自分と対等以上の能力を発揮する同い年の少女がいるとなれば、少しも気を抜けないのだろう。
本番までの間に二人の演舞はどれだけのものになってしまうのだろうか。期待が半分。同じ舞台に立つ自分は観客気分ではいられないのだ、という緊張が半分。
音楽祭まで、もうひと月を切っている。
玄関ドアを開けたところで、立ち止まったダイアさんがきょろきょろとあちこちを見回して声を上げる。
今日は休日。ダイアさんを家に招いて、ラスティと三人で音楽祭に向けて計画を立てることになっていた。エリィも同席したがっていたけれど、今日は姫の稽古の日なので不在。私としても、妹に同い年の友人が増えてほしいと常々思っているので機会が作れなかったことは残念だ。
「わたし、学院の人のおうちにお邪魔するのって初めてなんです」
そう言ったダイアさんは、ほう、とひとつ息を吐いて。
「こんな素敵なお屋敷に入ったなんて、家族に手紙で報告しないと」
そんな大げさな、とは思うけれど、感想は人それぞれ。私が地方の小さな宿に物珍しさを感じるように、私の暮らしに何かを思う人もいて当然だろう。
「では、こちらへどうぞ。まずは曲を決めるところから始めましょうか――」
休日を使えばいくらでも時間はあると思っていたけれど、思いのほかあっという間に時間は過ぎて行った。
もちろんただ無為に過ごしたわけではない。私の知る楽曲の中から候補を幾つか演奏してみて、ダイアさんにひとつを選んでもらう。それからダイアさんの故郷の踊りを見せてもらって、どの部分をどう使うかを話し合っていった。
振付を思いついたそばから試しに踊ってみてもらった結果分かったこととして、二人とも本当に体の使い方が上手だ。
筋力や体力ならばラスティの方が数段上だけれど、ダンスへの理解はダイアさんに遠く及ばない。それでも、私やダイアさんが提案した振付を瞬く間に習得していくのだから見事なものだ。
すっかりのめり込んでしまい、気が付けば終了予定の時刻になっていた。
「本当にお送りしなくてよろしいのですか?」
馬車で学院寮まで送る心づもりだったのに、ダイアさんにあっさりと断られた。
「はい、ここからならそんなに遠くもないので大丈夫です!」
確かに歩けない距離ではないし、彼女の健脚なら日が暮れる前に帰り着くだろう。けれど、学院の生徒の中でこの距離を歩きたがるものは数えるほどもいないに違いない。
それも、半日ほとんど踊り尽くしだったというのに。
「それでは、お邪魔しました! また次の稽古で!」
大きくお辞儀をして、ダイアさんは足取りも軽やかに帰っていった。
門扉の向こうへ去って行く背中を見送って。
「元気ね」
「ですね」
隣に立つラスティの声には疲れの色が見える。彼がこんなにも疲弊している姿は久しぶりに見た。
ダンスの動きは彼には不慣れ、というだけではない。ラスティは、負けず嫌いなのだ。ダンスという領域において自分と対等以上の能力を発揮する同い年の少女がいるとなれば、少しも気を抜けないのだろう。
本番までの間に二人の演舞はどれだけのものになってしまうのだろうか。期待が半分。同じ舞台に立つ自分は観客気分ではいられないのだ、という緊張が半分。
音楽祭まで、もうひと月を切っている。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしたちの庭
犬飼ハルノ
恋愛
『夜明けになるまで絶対に寝室の扉を開けないで』
未来の義母が告げたのは奇妙な夜の掟だった。
父に売られる形でブルーノ伯爵子息の婚約者になったフィリスの物語。
ヒロインのフィリスが自らの力と周囲の人々に支えられて幸せをつかむ話ですが、しばらくは暗く重い展開です。
タグを途中から追加します。
他サイトでも公開中。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
姉の引き立て役の私は
ぴぴみ
恋愛
アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。
「どうしたら、お姉様のようになれるの?」
「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」
姉は優しい。でもあるとき気づいて─
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる