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ノア
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ノアは感情のコントロールが得意だと自負している。
目の前でテレビカメラが回されていても、百人単位の聴衆の前で登壇しても、一切の感情を表に出さず優雅に微笑むことができる。そういう彼だからこそ、霊能者として神秘性を保ってきた。
そんな彼ですら、見知らぬリビングで目を覚ました時には、さすがに少し驚いた。
さらには屋外へ続くドアが開かず、窓の外には奇妙な光景。
誰が何の目的で作った環境なのかは知らないが、人生最大の危機的状況と言えるだろう。
それでも。動揺は早々に消え去り、いつも通りの調子で、話し合いを先導した。
「見て回るにしても、全員でぞろぞろ移動するのは動きづらいだけですね」
「じゃあ個別で動くか?」
なるほど、硯は一人で行動したがっている。ノアはすぐに察した。
普通に考えて、見知らぬ場所、しかも何が待ち受けているかも分からないこの状況で、一人になりたがるのは不自然だ。
希望を察し、その上であえて否定することにする。
「いえ、どんな危険があるかも分かりません。二人と三人で別れるのが妥当かと」
場に適した正論を返せば、強い反対はなかった。
誰にも気取られないよう自然な速度で視線を巡らせ、ノアは全員の様子を観察する。
表情。瞬き。視線の動き。手指。声のトーン。語尾。あらゆる情報をかき集め、それぞれの心情を推察する。
これもまたノアの得意分野だ。
彼は既に、全員が隠し事をしていることに気付いていた。
何か、他の人間に知られては不都合な事情を隠している。嘘をついている。それが一体何なのか、そこに辿り着くにはさすがにまだ情報が足りない。
己の思考を巧みに隠して話を進める。
「二階には何がありますか?」
美也子へ問うと、彼女は不安げに眉を寄せた。
「確か、寝室がいくつかあったと思いますけど……それ以上は……」
「じゃあ、順に見ていくしかないか」
「ご家族の個人的なものもあるかもしれないから、赤羽さんは二階を見てみた方がいいかな」
「は、はい、分かりました」
「僕も二階に行こうかな。あとは……」
「じゃあ私も」
「いや、何か起きるかもしれないからもう一人男手が欲しい。硯さんか岸見くん、どうかな」
照永の反応を見る。どうやら彼女は二階に行きたかったようだ。まだ見ていない場所に自分の荷物がある可能性が高いからか? だとしたら、積極的に探しておきたいようなものを所持していた可能性がある。かつ、それらしい理由を添えて否定してしまえば、それ以上食らいついては来ない。強く主張できない何かがあるのだ。
「じゃあ、俺が行くか」
二人の男の間で少し様子を探る雰囲気があった後、硯が名乗りを上げた。彼らには照永と比べて焦りがないらしい。
美也子、ノア、硯の三人が二階を。
照永、頼の二人が一階を見て回ることに決まった。
決まってしまえば動いた方がいい。めいめいに立ち上がり、早速探索を開始する。
美也子の後に続き、階段へと歩き始めたところで。ノアは、頼が一点を凝視しているのを見た。彼はリビングの壁に備え付けられた飾り棚を見ていた。そこに置かれているのは写真立てか。どんな写真が飾られているのかまではノアの位置からは見えない。
確認のために引き戻すのは不自然だ。写真立ての記憶を脳内にピンで留め、彼は他の二人と共に二階へと向かった。
二階に上がるとそこには別世界が広がっていた――ということはなく。
一階と同じ雰囲気の廊下がそこにあるだけだった。壁にはいくつもの掛け飾り。どこにも埃は積もっておらず、よく管理されているのを感じる。
廊下から見るだけでもドアが多い。裏口を探した時にも思ったが広い別荘だ。
「とりあえず手前から見ていきましょうか」
反対意見はなかったので、一番近くにあった左手のドアを開ける。
中は洋室だった。ダブルベッドが鎮座するほか、丸テーブルに椅子、鏡台など、一通りの家具が揃っている。
ベッドには使われた痕跡がなく綺麗に整えられているが、その足元はひどく散らかっていた。本や手帳や財布にスマホ。どれもノアには見覚えがあった。どれも、彼が鞄に入れていた荷物だ。
「これは?」
「僕の荷物です」
人に拾われる前に宣言し、手帳を手に取る。中を見ても間違いない。
そこに落ちていたのはどれもノアの持ち物だったが、それらを入れていた鞄の方は見当たらなかった。財布を確認してみたが、中身を抜かれた様子はない。手帳や本の方も同じで、既存されてはいないようだった。これをばらまいた何者かは、金品に関心はないらしい。
「何だ、案外その辺に俺の荷物も転がってんのかな」
「そうかもしれません。盗まれたわけではなくて助かりました」
その部屋にはそれ以上気になるものはなかった。収納にもどこかの国の土産のような置物が入っていたくらい。美也子の記憶によれば、両親がこの部屋を使っていた気がする、とのことだ。長く使っていない別荘に置きっぱなしにしているようなものはそう多くないだろう。
両親の寝室を出ると横手にはリビングの一角が見下ろせる吹抜けがあり、そこを過ぎると次のドアだ。
目の前でテレビカメラが回されていても、百人単位の聴衆の前で登壇しても、一切の感情を表に出さず優雅に微笑むことができる。そういう彼だからこそ、霊能者として神秘性を保ってきた。
そんな彼ですら、見知らぬリビングで目を覚ました時には、さすがに少し驚いた。
さらには屋外へ続くドアが開かず、窓の外には奇妙な光景。
誰が何の目的で作った環境なのかは知らないが、人生最大の危機的状況と言えるだろう。
それでも。動揺は早々に消え去り、いつも通りの調子で、話し合いを先導した。
「見て回るにしても、全員でぞろぞろ移動するのは動きづらいだけですね」
「じゃあ個別で動くか?」
なるほど、硯は一人で行動したがっている。ノアはすぐに察した。
普通に考えて、見知らぬ場所、しかも何が待ち受けているかも分からないこの状況で、一人になりたがるのは不自然だ。
希望を察し、その上であえて否定することにする。
「いえ、どんな危険があるかも分かりません。二人と三人で別れるのが妥当かと」
場に適した正論を返せば、強い反対はなかった。
誰にも気取られないよう自然な速度で視線を巡らせ、ノアは全員の様子を観察する。
表情。瞬き。視線の動き。手指。声のトーン。語尾。あらゆる情報をかき集め、それぞれの心情を推察する。
これもまたノアの得意分野だ。
彼は既に、全員が隠し事をしていることに気付いていた。
何か、他の人間に知られては不都合な事情を隠している。嘘をついている。それが一体何なのか、そこに辿り着くにはさすがにまだ情報が足りない。
己の思考を巧みに隠して話を進める。
「二階には何がありますか?」
美也子へ問うと、彼女は不安げに眉を寄せた。
「確か、寝室がいくつかあったと思いますけど……それ以上は……」
「じゃあ、順に見ていくしかないか」
「ご家族の個人的なものもあるかもしれないから、赤羽さんは二階を見てみた方がいいかな」
「は、はい、分かりました」
「僕も二階に行こうかな。あとは……」
「じゃあ私も」
「いや、何か起きるかもしれないからもう一人男手が欲しい。硯さんか岸見くん、どうかな」
照永の反応を見る。どうやら彼女は二階に行きたかったようだ。まだ見ていない場所に自分の荷物がある可能性が高いからか? だとしたら、積極的に探しておきたいようなものを所持していた可能性がある。かつ、それらしい理由を添えて否定してしまえば、それ以上食らいついては来ない。強く主張できない何かがあるのだ。
「じゃあ、俺が行くか」
二人の男の間で少し様子を探る雰囲気があった後、硯が名乗りを上げた。彼らには照永と比べて焦りがないらしい。
美也子、ノア、硯の三人が二階を。
照永、頼の二人が一階を見て回ることに決まった。
決まってしまえば動いた方がいい。めいめいに立ち上がり、早速探索を開始する。
美也子の後に続き、階段へと歩き始めたところで。ノアは、頼が一点を凝視しているのを見た。彼はリビングの壁に備え付けられた飾り棚を見ていた。そこに置かれているのは写真立てか。どんな写真が飾られているのかまではノアの位置からは見えない。
確認のために引き戻すのは不自然だ。写真立ての記憶を脳内にピンで留め、彼は他の二人と共に二階へと向かった。
二階に上がるとそこには別世界が広がっていた――ということはなく。
一階と同じ雰囲気の廊下がそこにあるだけだった。壁にはいくつもの掛け飾り。どこにも埃は積もっておらず、よく管理されているのを感じる。
廊下から見るだけでもドアが多い。裏口を探した時にも思ったが広い別荘だ。
「とりあえず手前から見ていきましょうか」
反対意見はなかったので、一番近くにあった左手のドアを開ける。
中は洋室だった。ダブルベッドが鎮座するほか、丸テーブルに椅子、鏡台など、一通りの家具が揃っている。
ベッドには使われた痕跡がなく綺麗に整えられているが、その足元はひどく散らかっていた。本や手帳や財布にスマホ。どれもノアには見覚えがあった。どれも、彼が鞄に入れていた荷物だ。
「これは?」
「僕の荷物です」
人に拾われる前に宣言し、手帳を手に取る。中を見ても間違いない。
そこに落ちていたのはどれもノアの持ち物だったが、それらを入れていた鞄の方は見当たらなかった。財布を確認してみたが、中身を抜かれた様子はない。手帳や本の方も同じで、既存されてはいないようだった。これをばらまいた何者かは、金品に関心はないらしい。
「何だ、案外その辺に俺の荷物も転がってんのかな」
「そうかもしれません。盗まれたわけではなくて助かりました」
その部屋にはそれ以上気になるものはなかった。収納にもどこかの国の土産のような置物が入っていたくらい。美也子の記憶によれば、両親がこの部屋を使っていた気がする、とのことだ。長く使っていない別荘に置きっぱなしにしているようなものはそう多くないだろう。
両親の寝室を出ると横手にはリビングの一角が見下ろせる吹抜けがあり、そこを過ぎると次のドアだ。
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