殖罪

本谷紺

文字の大きさ
7 / 10
ノア

しおりを挟む
 次の部屋もまた洋室だった。先の部屋と似ているが、ベッドがツインになっており、それ以外の家具が少ない。美也子の部屋というわけではなさそうなので客室だろうか。
 先ほどのように床に散らばっているものはなかった。代わりに、それはすぐに見つかった。

「これ、」
「スマホだな」

 窓辺に駆け寄った美也子が、薄い板を手にこちらを振り返る。赤と黒。赤い方は二つ折りのケースで、もう一方は簡素な黒いケースだ。どちらも中身はよく見る形状のスマートフォンである。反応を見るに、美也子や硯の持ち物ではないようだ。

「ってことは、あとの二人のスマホか?」

 それには返事をせず美也子へ手を差し出せば、特に躊躇もなくスマホはノアの手へと渡る。ごく自然な動作でホームボタンを押した。赤い方はパスワードロックがかかっている。黒い方はロックなし。不用心なことだ。
 表示された待ち受け画面は犬の写真だった。特別良い写真とは思えないので、自分で撮ったものなのだろう。幾らかのアプリ。ざっとアイコンを見る限り、若い学生の使い方だ。恐らく頼のものだろう、と見当をつけ、画面を消した。必要以上に情報を漁っては他の二人に見咎められるかもしれない。

「とりあえず、後で二人に聞いてみましょう」

 その部屋にはそれ以上特筆すべきものはなかった。
 思っていたよりは順調だ。この調子で各部屋に何かしらが落ちているなら、建物中を探し回れば一通りの遺失物が揃うだろう。
 危惧していたような異常も今のところは見当たらない。

 油断し始めていたのはノアだけではなかった。
 だから、すぐ隣に並ぶ次の部屋へ入る時、これといった緊張感もなく硯がガチャリとドアを開き。
 彼の体が落下した時、誰もすぐには反応できなかった。

「わっ!」

 ぼちゃん、と大きなものが水に落ちる音。
 水。
 そう、そこには水面が広がっていた。

 別荘の一室のドアを開けたはずだ。そのはずなのに、ドアの先にあったのは部屋ではなかった。深い色をした水の溜まり。周囲は傾斜した土と岩の壁と青々と葉を茂らせる木々に囲まれ、遠くの景色までは見えない。
 どこかの池だ。そうとしか思えない。しかしノアの足は確かに別荘の廊下に立っており、手はドア枠を掴んでいる。
 何がどうなっている?
 呆然としていられたのは一瞬のことだった。

「た、たすけてくれ!」

 すぐ足元でばしゃばしゃと水音が立ち、硯が必死にもがきながら助けを求めている。
 考えている暇もない。ノアは彼へと手を伸ばし、重い体を引っ張る。美也子も彼の腕を掴み、二人がかりで彼を引きずり上げることに成功した。
 三人で、さして広くもない廊下に座り込み、ハァハァと荒い息を吐く。
 硯は全身ずぶ濡れだ。彼を助ける際に腕を突っ込んだ水はひどく冷たかった。ノアも美也子も、ついでに言えば廊下も少なからず濡れてしまった。

 一旦引くべきだ。ノアはそう判断した。

 開きっぱなしになっていたドアをそっと閉める。試しに再度、少しだけ開いてみたが、相変わらずその向こうには池が広がっていた。一度だけのトラップ、というわけではないらしい。

「……考えるのは後にしよう。ひとまず、体を乾かした方がいい」

 夏の暑さは遠くなったが、まだ冷えるほどの季節ではない。別荘の中は適温と言っていい温度だった。しかし、濡れた体をそのままにしておけるほど暖かくもない。

「たしか、一階にストーブがあったはずだ。あれを使えるか試してみよう。……硯さん、大丈夫ですか?」

 硯はガチガチと歯を鳴らして震えている。
 ……何か、妙だ。
 確かに水温は冷たかった。突然のことで動揺しただろう。多少は水を飲んでしまったかもしれない。
 それにしても、この震えようは、何だ?
 まるで何かに怯えているような――。

「わたし、先にストーブ見てきます」

 美也子が先に動いて、思考に耽りかけていたノアも意識を引き戻される。
 今は情報が少なすぎる。考えるのは後にしよう。

「硯さん、立てますか?」

 ろくに力が入らない様子の男をどうにか立たせて、体を支えながら歩く。このまま階段を下りるのは大変そうだ。

 ふらつきながら、硯は半ばうわ言のように呟いた。ひどく揺れた小さな声を拾うことができたのは、彼の体を支えているノアだけだ。

「いる。あそこには、あそこにはやばいものが、ユーレイがいる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

異世界子供ヤクザ【ダラムルバクト】

忍絵 奉公
ファンタジー
孤児院からスラムで育ったバクト。異空間収納と鑑定眼のダブルギフト持ちだった。王都西地区20番街では8割を縄張りとする先代のじいさんに拾われる。しかしその爺さんが死んだときに幹部同士のいざこざが起こり、組は解散。どさくさにまぎれてバクトが5・6番街の守役となった。物語はそこから始まる。7・8番街を収めるダモンとの争い。また後ろ盾になろうと搾取しようとする侯爵ポンポチーコ。バクトは彼らを越えて、どんどん規格外に大きくなっていく。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...