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ノア
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「ちょっと、どうしたの?!」
三人で一階に戻ってほどなく、足音を聞きつけてだろう、照永と頼がリビングへと入って来た。
この短時間で硯がずぶ濡れになっているのだから驚くのも当然だ。
説明は一旦後回しにして、震える硯をストーブの前に座らせる。薪を使うような見た目だが電気式のストーブで助かった。
ノアは硯の服を脱がせた。さすがに丸裸にするわけにはいかないので、とりあえずは上裸にする。美也子がソファカバーをはぎ取って裸の体にかけた。これでひとまず体温の低下は防げるだろう。
「それで、何があったの? 二階でシャワーでも浴びたとか?」
「ええと……」
改めて問われたところで何と返そうか。
束の間言葉を探し、どう修飾したところで正確には伝わらないと判断した。
「池がありました」
「池? 二階に?」
「たぶん、見てもらった方が早いと思います」
照永と頼に、先ほどの部屋の位置を説明する。特に複雑なつくりでもない、行ってみればすぐにどのドアか分かるだろう。
「ただ、ドアを開ける時は慎重に。開いたらすぐ水場です。うっかりしてると硯さんの二の舞になります」
その場を見ていない二人にはノアの忠告の意味も伝わっていないだろうが、震えながらストーブにあたる硯の姿からただ事でなさだけは感じ取ったらしい。茶化したりはせず、連れ立って二階へ上がって行った。
その背を目で追ってから、ノアは視線を脇へやった。すぐに気付く。棚の写真立てのうちひとつに、写真が入っていない。
二人が階段を駆け下りてきたのはすぐだ。
「ちょっと、どういうこと?! どうなってるのあの部屋!」
「池だったでしょう」
「池だったけど!」
二階に池がある、などと言われたところで、屋内プールのようなものか、せいぜい中庭のようなものくらいしか想像できないだろう。
あのドアを開けた先にあるのはそういうものではない。自然に囲まれた池、としか言いようのないものがそこにあるのだ。
あれが何なのか、どうなっているのか。そんなことはノアにも分からない。
しかし彼はひとつの手がかりを手にしていた。
「二階でいくつかの物を見つけました。お二人は、このスマホに覚えはありませんか?」
ふたつ目の部屋で見つけたスマートフォンを差し出せば、二人は各々であっと声を上げた。
「オレのです、それ」
「それ私の」
本人確認を取るほどのことでもないだろう。赤い方は照永の、黒い方は頼の手に渡る。早速取り戻したそれらの画面を確認した。照永が落胆を顔に出す。
「何だ、圏外か」
それは先ほどノアも確認していた。
もしも外部と連絡が取れるなら、脱出方法を探してうろつく手間もないのだが。そう簡単にはいかないらしい。
頼の方もいくつかアプリを触ってみたようだが、得られたものはないようだ。
「オレのもダメです」
「電波が来ないなら、スマホは使えそうにないですね。
お二人は何か見つけましたか?」
「まだ途中だけど……」
一階の探索に当たっていた二人は目配せし合い、照永がポケットからそれを取り出した。
「財布、ですか?」
二つ折りの財布だ。渋みのある小豆色で、中身が多いのか少し膨らんでいる。
「中にはまぁお金も入ってたんだけど、カードとか診察券も入ってて」
照永は財布を開き、何枚も重なっているカード類の中から一枚を取り出してみせた。
病院の診察券に名前が書いてある。
――「原菊乃」。
「誰です?」
「さぁ」
知らない名前だ。
最初の自己紹介を信じる限り、その名前の人物はこの場にいない。
頼が補足する。
「その病院は、駅の近くにあるやつです。スーパーのポイントカードとかもあったから、この辺に住んでる人の財布だとは思います」
「赤羽さんは? 心当たりないですか」
赤羽家の所有する別荘なのだから、関係者の忘れ物、という線も一応ある。
しかし彼女は首を横に振る。
となれば、全く関係のない人物の所有物がなぜか落ちていたのか。
それとも、まだ見つけられていないだけで、この別荘のどこかに原菊乃なる人物もいるのか。
「あとは、ガスや水道は普通に使えそうなこととか、食べ物はなさそうなこととか……それくらいかな」
「分かりました。ありがとうございます」
ちらりと硯を見遣れば、まだ凍えたようにストーブに手をかざしてはいるが、少しは落ち着いたように見える。
話を進めていい頃合いだろう。
「では、先ほど少し触れた、僕の心当たりの話を聞いてもらっていいですか」
ノアは自分の荷物の中から一冊の本を取り出す。
タイトルは「K市風土記」。
「何、それ」
「K市の歴史や言い伝えなどをまとめた本です。事前に情報収集した際に購入したものなのですが」
デザイン性を重視しない、いかにも地方の自治体で作られたといった風な書籍。中古で探し当てたものなので表紙も中の紙もやや劣化している。
目次から、覚えのあるページを探り当てる。
――あった。
「岸見くん。『代ヶ池』をご存知ですか?」
「えっ。……はい、まぁ……」
「なに、かわりがいけって」
「別荘地のそばにある池です」
事前に調べておいた情報だ。スマートフォンが使えないので確認がとれないが、岸見が否定しないので間違っていないのだろう。
別荘地のほど近く、山の中に位置する池。
「そこにまつわる伝承が残されています」
三人で一階に戻ってほどなく、足音を聞きつけてだろう、照永と頼がリビングへと入って来た。
この短時間で硯がずぶ濡れになっているのだから驚くのも当然だ。
説明は一旦後回しにして、震える硯をストーブの前に座らせる。薪を使うような見た目だが電気式のストーブで助かった。
ノアは硯の服を脱がせた。さすがに丸裸にするわけにはいかないので、とりあえずは上裸にする。美也子がソファカバーをはぎ取って裸の体にかけた。これでひとまず体温の低下は防げるだろう。
「それで、何があったの? 二階でシャワーでも浴びたとか?」
「ええと……」
改めて問われたところで何と返そうか。
束の間言葉を探し、どう修飾したところで正確には伝わらないと判断した。
「池がありました」
「池? 二階に?」
「たぶん、見てもらった方が早いと思います」
照永と頼に、先ほどの部屋の位置を説明する。特に複雑なつくりでもない、行ってみればすぐにどのドアか分かるだろう。
「ただ、ドアを開ける時は慎重に。開いたらすぐ水場です。うっかりしてると硯さんの二の舞になります」
その場を見ていない二人にはノアの忠告の意味も伝わっていないだろうが、震えながらストーブにあたる硯の姿からただ事でなさだけは感じ取ったらしい。茶化したりはせず、連れ立って二階へ上がって行った。
その背を目で追ってから、ノアは視線を脇へやった。すぐに気付く。棚の写真立てのうちひとつに、写真が入っていない。
二人が階段を駆け下りてきたのはすぐだ。
「ちょっと、どういうこと?! どうなってるのあの部屋!」
「池だったでしょう」
「池だったけど!」
二階に池がある、などと言われたところで、屋内プールのようなものか、せいぜい中庭のようなものくらいしか想像できないだろう。
あのドアを開けた先にあるのはそういうものではない。自然に囲まれた池、としか言いようのないものがそこにあるのだ。
あれが何なのか、どうなっているのか。そんなことはノアにも分からない。
しかし彼はひとつの手がかりを手にしていた。
「二階でいくつかの物を見つけました。お二人は、このスマホに覚えはありませんか?」
ふたつ目の部屋で見つけたスマートフォンを差し出せば、二人は各々であっと声を上げた。
「オレのです、それ」
「それ私の」
本人確認を取るほどのことでもないだろう。赤い方は照永の、黒い方は頼の手に渡る。早速取り戻したそれらの画面を確認した。照永が落胆を顔に出す。
「何だ、圏外か」
それは先ほどノアも確認していた。
もしも外部と連絡が取れるなら、脱出方法を探してうろつく手間もないのだが。そう簡単にはいかないらしい。
頼の方もいくつかアプリを触ってみたようだが、得られたものはないようだ。
「オレのもダメです」
「電波が来ないなら、スマホは使えそうにないですね。
お二人は何か見つけましたか?」
「まだ途中だけど……」
一階の探索に当たっていた二人は目配せし合い、照永がポケットからそれを取り出した。
「財布、ですか?」
二つ折りの財布だ。渋みのある小豆色で、中身が多いのか少し膨らんでいる。
「中にはまぁお金も入ってたんだけど、カードとか診察券も入ってて」
照永は財布を開き、何枚も重なっているカード類の中から一枚を取り出してみせた。
病院の診察券に名前が書いてある。
――「原菊乃」。
「誰です?」
「さぁ」
知らない名前だ。
最初の自己紹介を信じる限り、その名前の人物はこの場にいない。
頼が補足する。
「その病院は、駅の近くにあるやつです。スーパーのポイントカードとかもあったから、この辺に住んでる人の財布だとは思います」
「赤羽さんは? 心当たりないですか」
赤羽家の所有する別荘なのだから、関係者の忘れ物、という線も一応ある。
しかし彼女は首を横に振る。
となれば、全く関係のない人物の所有物がなぜか落ちていたのか。
それとも、まだ見つけられていないだけで、この別荘のどこかに原菊乃なる人物もいるのか。
「あとは、ガスや水道は普通に使えそうなこととか、食べ物はなさそうなこととか……それくらいかな」
「分かりました。ありがとうございます」
ちらりと硯を見遣れば、まだ凍えたようにストーブに手をかざしてはいるが、少しは落ち着いたように見える。
話を進めていい頃合いだろう。
「では、先ほど少し触れた、僕の心当たりの話を聞いてもらっていいですか」
ノアは自分の荷物の中から一冊の本を取り出す。
タイトルは「K市風土記」。
「何、それ」
「K市の歴史や言い伝えなどをまとめた本です。事前に情報収集した際に購入したものなのですが」
デザイン性を重視しない、いかにも地方の自治体で作られたといった風な書籍。中古で探し当てたものなので表紙も中の紙もやや劣化している。
目次から、覚えのあるページを探り当てる。
――あった。
「岸見くん。『代ヶ池』をご存知ですか?」
「えっ。……はい、まぁ……」
「なに、かわりがいけって」
「別荘地のそばにある池です」
事前に調べておいた情報だ。スマートフォンが使えないので確認がとれないが、岸見が否定しないので間違っていないのだろう。
別荘地のほど近く、山の中に位置する池。
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