【R18】INVADER

深山瀬怜

文字の大きさ
上 下
1 / 18

惑星イグルマ

しおりを挟む
「こちらカノン。予定通り惑星イグルマに着陸しました。周辺状況を確認後、調査にあたります」
 カノンは一人用の船に乗ったままで周囲を見回した。事前調査では、現在の惑星イグルマには生物反応は確認されていないらしい。数百年前にはこの惑星にも文明が栄えていたというが、何らかの事情でその文明は滅び、生物のいない惑星となってしまったという。
 惑星ソレアの調査員・カノンがこの惑星を訪れたのは、滅亡の原因及び入植の可否の調査のためであった。事前に飛ばした超小型調査船の報告によると、現在のこの惑星には生物は存在しない。しかし滅亡の原因は不明とのことだ。まずは地道に大気や土壌の分析などから始めなければならない。
 カノンは調査の準備をしてから船を出た。事前調査で作成した地図によると、少し歩いたところに水があるとのことだ。首輪型の端末に触れ、惑星ソレアに調査開始の連絡を入れてからホログラムで表示される地図を頼りに歩を進める。

 そんな彼女を待ち構えるように、蠢く何物かの気配があった。長らくこの惑星には生物の訪れがなかった。それはじっと身を潜めて、何も知らない生物がこの惑星に降り立つのを待っていたのだった。



 地図の指し示す水場に辿り着いたカノンは、迅速調査用の金属棒をそれに浸した。
「……やや酸性度が高いけれど、ソレアの水とほぼ同じ成分ね」
 逆に言えば惑星イグルマの滅亡理由はこれからではわからない。これだけの水がある場所ならば必ず生物がいるはずなのだ。どこから原因を探ろうかと辺りを見回したカノンは、いきなり見えない何かに水の中に引き摺り込まれた。
(やば……っ、水中装備……!)
 調査員の制服は特殊素材で作られており、両耳に装着した端末を操作すれば宇宙空間でも水中でも自由に活動できる。しかしそれは水に入る前にやらなければ意味がない。不意に水に引き込まれたカノンにはその時間がなかった。このままでは呼吸できずに死んでしまう。頭上に見える水面に向かってもがくように手を伸ばしたカノンの口に不可視の何かがねじ込まれた。
「っ……!」
 それには弾力があり、表面は何か粘ついた液体で覆われていた。それが持つ何らかの特性によるものなのか、水中であるにもかかわらず呼吸ができるようになる。カノンは首の端末に触れて救援信号を出そうとした。
 しかし寸前でその手は止められる。見えない何かが身体中に巻きつき、カノンの動きを拘束していた。カノンは見えない襲撃者に怯えながらも、調査員としての矜持か、その正体を見極めようとしていた。疑問は山のようにある。そもそもこれは生物なのか。生物だとしたらなぜ事前調査で発見されなかったのか。そしてカノンを水中に引き込んで何をしようとしているのか。しかし口の中に押し込まれたものから生温かい液体が溢れ、カノンの思考は別のものに塗り替えられてしまった。
(っ……何これ……、体が、熱い……!)
 水の中にいるというのに全身が火照っている。何よりも反応を示していたのはカノンの秘部だった。調査員の制服に守られた内腿を蜜が滴り落ちていく。
 カノンの口の中を満たしていたものが引き抜かれる。その状態でも呼吸ができることに疑問を抱くこともなく、カノンは微かに声を漏らした。
「うぅ……ぁあ……」
 その声に反応するようにカノンを取り囲んでいた水が震え、痣のような青紫色に変じた。自分の全身に巻きついている青紫色の触手を見て、カノンは生理的嫌悪感から身を捩らせて逃れようとした。しかし先程飲まされた液体の効果か、体に力が入らなかった。
「ひっ……いや、やめて……っ」
 体と制服のわずかな隙間から何本もの触手が入り込み、ナイフでも傷がつかないと言われる特殊繊維製の服を引き裂く。その肢体を覆い隠すものを奪われたカノンは咄嗟に腕で体を隠そうとするが、腕に巻き付いた触手がそれを許さなかった。
 触手の根元にあるものはカノンの眼で捉えることは出来なかった。そこから新たに無数の細い青紫の触手が出現し、カノンの火照った体をまさぐり始める。
「ああっ……あ、ああ……」
 剥き出しの肌を無数の触手が這い回り、相手が生理的に嫌悪感を抱かせる正体不明の生物であっても抗えない程の快感が、カノンの体に走る。
 自分自身ですらほとんど触れたことがない乳首を枝分かれした触手の先が包み込んだ。嫌だと思っているのに体の熱がカノンの思考を狂わせていく。ピンと立った乳首はじんじんと疼き、さらなる刺激を求めてしまう。
「いや……やめて……」
 か弱い声でカノンは拒絶する。しかし触手はカノンの体の変化を見逃すようなことはしなかった。両足の隙間に細い体を潜り込ませ、閉じた割れ目をなぞる。触手が纏う粘液だけではない濡れた音。水中では聞こえるはずのないものをカノンは確かに聞いてしまった。
(どうして……こんな気持ち悪いの、嫌なのに……)
 性的なものに関心が薄かったカノンは、これまで自分自身を慰めることもあまりなかった。調査員として禁欲的に生きてきたこともあり、恋人が出来たこともない。そのことに特に不満も感じないような生活をしていたはずなのだ。それなのに、今は。
(駄目……こんなこと考えちゃ、)
 先程触手に飲まされたのが催淫剤の類であることはわかっていた。カノンの母星である惑星ソレアにもそういったものはある。けれどこれほどまでに強制的に快感を引き出すようなものは存在していなかった。
(気をしっかり持たないと……隙を見て、離脱しなきゃ)
 しかしカノンを嘲笑うように、触手はカノンの秘部に勢いよく入り込んだ。
「――ッ!」
 一気に奥まで挿入され、カノンは声にならない叫びを上げた。内腿を一筋の血が伝っていく。しかし痛みは一瞬だった。触手に飲まされた催淫剤に痛みを麻痺させる成分が入っていたのだろう。カノンの中に入り込んだ触手は、カノンの呼吸が整いきる前にその体をうねらせる。
「はぁ……はぁ……ああ……や、やめ……っ」
 カノンの秘部からははしたなく蜜が溢れ出していた。その間もカノンの胸をいじっていた触手はその動きを止めない。これまで性とはほぼ無縁の生活をしてきたカノンにとっては過ぎた快楽が与えられていた。
「だ、だめ……っ、からだが、変になる……」
 こんな得体の知れないものに犯されているという事実に、カノンの心は折れかけていた。けれど体は心を易々と裏切っていく。何かが体の奥からこみ上げて、緊張感と浮遊感が全身を支配する。カノンは未知の感覚に体を震わせた。気持ち悪いはずなのに、思考までもが快楽に身を任せていこうとする。
「いや……だめ、もうやめて……」
 カノンは気付いていなかった。カノンを責め立てているものとは別の、細い触手がカノンの体を目指して伸びてきていることに。それはまだ触れられていないはずなのに、その身に与えられた過ぎた快楽によってそそり立っていたカノンの陰核に巻き付いた。
「いや! いやぁああああ!!」
 触手は機械のように細かく振動し、人外の悦楽をカノンに与えていく。生まれて初めての強烈な絶頂にカノンの意識は耐えきれず、カノンはそのまま気を失った。



「カノンからの通信が途絶えました。何か不測の事態があったのかもしれません」
 惑星ソレアの司令室で、カノンの同僚であるエルマが言う。カノンは優秀な調査員だ。定期的な報告を怠ったことはないし、他の惑星でトラブルが起きたときも自分で対処しきっていた。そんな彼女ともう二時間も連絡が取れていない。これは何かがあったと見るべきだ。
「救援を回しますか? 確かあの周辺の小惑星を調査中の隊員がいたはずですが」
 エルマの言葉に、上司の男は首を横に振った。
「心配することはないさ。あの惑星には生物反応はないと確認されているんだろう? それなら単に通信機の調子が悪いだけかもしれない」
「ですが……」
「それに、彼女がとても強いことは君が一番わかっているじゃないか」
 エルマは唇を噛んだ。そう、カノンは強いのだ。調査員として優秀なのはもちろんだが、戦闘員にしたいと直々にスカウトが来るくらいだ。けれど彼女はまだ若い。自分と同じ年齢のカノンが一人で危険な場所に赴く度に、エルマは司令室で気を揉んでいた。
(カノン……危険な目に遭ってなければいいけれど……)
 しかしエルマの願いも虚しく、惑星イグルマでは、目を背けたくなるほどの狂宴が繰り広げられていたのだった。



 意識を取り戻したカノンは、耳に響く何人もの喘ぎ声に気付き、辺りを見回した。そこは何かの体内のような場所だった。肉色の壁や天井のように見えるものは粘液を滴らせながら時折蠢いている。おそらくは地面も同じようなもので出来ている。けれども何よりも異様なのは、あの青紫色の触手に囚われた沢山の人間たちの姿だった。
 惑星イグルマにかつて生息していた知的生命体は、雌雄同体であるということは知っていた。見た目は女性や男性に見えても、誰でも生殖できる存在だと文献にあった。高いものから低いものまで、聞こえる声は様々だ。しかしそのどれもが触手に体をまさぐられて喘いでいる。
(イグルマは滅びたわけではなかった……ってことね)
 あの触手生命体に侵略されたのだろう。そしてあの触手たちは自らの生命反応を覆い隠すことが出来る。いや、惑星ソレアと生命の定義が違っているだけの可能性はある。しかしそれを判断できるだけの材料は今はない。
(とりあえず……何とかここから脱出しないと)
 危険な生命体がいるということはわかった。これ以上の調査は自分の手に余る。調査員の制服を破られてしまった今、武器になるようなものも何もないのだ。カノンは周囲に気付かれないようにそっと体を動かす。
 しかしそこは触手の世界であった。触手はカノンのわずかな動きさえも見逃さず、一瞬のうちに彼女の全身を拘束した。
「クソ……ッ!」
 平素は封じている口汚い言葉を漏らしてしまう。カノンは動きを封じられながらも、右手の爪に仕込んだ超小型爆弾を炸裂させた。それほど威力は強くない。相手を怯ませる程度の効果だ。触手は一瞬動きを止める。その隙を突いてカノンは拘束から抜け出した。
 けれど次の瞬間に襲ってきたのは、カノンが予想もしていなかったものだった。
「っ、何を――!」
 触手に犯されていたイグルマ人たちが、カノンの体を羽交い締めにしている。彼らは触手に侵略された被害者のはずだ。それなのにどうして触手の味方をするのか。カノンが唇を噛むと、髪の長い男――といったイグルマ人は雌雄同体だからこの言い方は正確ではないだろう――がカノンに向かって言った。
「可哀想な子だ。ここにいるのはこんなに気持ちのいいことなのに」
「な、何を言って……」
「ああ、君はまだ本当の快楽を知らないんだね。これから教えてもらうといい。ここに触手の卵が宿り、それを産む瞬間は……一度味わったら忘れられない」
 カノンは目を見開いた。その言葉が本当だとすると、触手の目的は生殖だ。他種族の胎を借りて殖える生命体なのか。そしてそれが、惑星一つを滅亡させたように見えるほど数を増やしたのか。
「ほら、あそこを見てみるといい。少し前までは大変優秀な母体だったのだけどね……もう触手を産むには適さない体になってしまった。でも与えられていた快楽が忘れられなくて、ああして同胞たちとまぐわっているんだ」
 それは目を背けたくなるような光景だった。虚ろな目をした女が、地面に横になった男の上にまたがり、烈しく喘ぎながら腰を揺らしている。耳を塞ぎたい。けれどそれは赦されなかった。惑星イグルマが滅びたとされるのはずっと昔のことだ。けれどこうやってイグルマ人同士も生殖をすることで絶滅を免れ、代替わりをしているのだろう。ここにいるイグルマ人たちは、生まれたときからこの光景なのだ。カノンの常識で計れる相手ではない。
「恐れることは何もないんだよ。ほら――あんなに気持ちよさそうじゃないか」
 男が指差した先にいたのは、まだ子供だった。小さな体に、今までの触手とは違う赤紫色の管が突き入れられている。
「うぁああああああッ!!」
 幼い体をのけぞらせて叫ぶ。しかし触手の暴虐を止めようとする人は一人もいなかった。やがて赤紫色の管がボコボコと歪に膨らみ、それが徐々に少女の体に送り込まれていく。
「いっ、いやぁああっ……あひッ! あひぃいいッ……ヒャアああああッ! ぁあああッ!!」
 絶頂する少女の腹はすぐに膨れていく。男がカノンに少女の状態を説明する。今、少女は触手に卵を産み付けられ、それが少女の胎内で成長しているのだ。恐ろしいまでの成長スピードだ。生まれるまでの時間は十分もかからないらしい。
「はぅうッ! あはぁあああ……イくッ! イクぃやぁあああああッッ!!」
 男の言うとおり、すぐに少女の膣から青紫色の触手が這い出てくる。それは人間よりも柔らかく細いために、出産にそれほどの負担はかからないようだ。少女は体をのけぞらせて叫びながら、触手を産み続けた。カノンはあまりの光景に言葉を失う。
 しかしそれよりも衝撃的だったのは、出産を終えた少女の様子だった。少女は自分が産んだ触手の一つを掴み、それを元いた場所に戻すかのように自分の膣に入れる。
「あはぁ……もっとぉ……、もっときもちいいの、ほしいのぉ……」
 少女はいつからこんなことをされているのだろうか。完全に壊れてしまっている。おそらくはここにいる者たちはみんな同じ状況だ。快楽と引き換えに、ただの苗床にされてしまったのだ。
 早くこんなところから逃げなければならない。カノンが身をよじると、その動きを封じるように何本もの触手が伸びてきた。そのうちの一本がカノンの口をこじ開けて中に入ってくる。そして例の催淫剤を無理矢理流し込んだ。
「……っ、ああ、また……ッ」
 体に力が入らない。その場に崩れ落ちたカノンを触手が取り囲む。カノンを押さえていた男は、自分に近付いてきた触手の一つにキスをして、カノンに笑いかけた。
「君も早く気付くといい。本当の幸せは何なのかをね」



「ぁ……ああ……だめ……」
 先端にびっしりと繊毛を生やした触手がカノンの乳首を包み込む。その刺激がカノンの全身を震わせた。真っ白な足が柔らかな地面を掻く。細い触手はカノンの濡れた花弁や肉芽を撫でたり、つついたりして遊んでいる。
「ぁぁ……ああ……はぁッ! ……んん、あッ」
 カノンの抵抗がなくなったのを感じ取ったのか、触手が次々とカノンの秘部に潜り込む。触手はそれぞれの意思を持ってカノンの蜜壺を掻き回した。
「そっ……そんなに掻き回しちゃ……んっ、ああッ……も、イッ……!」
 何本もの触手がヒダをなぞるように撫で上げると、カノンの快感は一気に頂点まで追いやられた。
「ひッ……ひぅ、ああ……あんんッ!」
 華奢だが筋肉質な裸体を震わせながらカノンは絶頂する。もう逃亡を企てるどころか、何も考えられなくなっていた。ただ与えられる快楽だけで頭がいっぱいになる。けれどカノンはなけなしの理性を手放さないように気を張っていた。それは調査員としての矜持、そしてこれからされるであろう行為を拒絶するためだ。
 しかしそんなカノンの努力を嘲笑うように、カノンの膣内に入り込んだ触手が一斉に生温かい液体を発射した。その瞬間、ドクンと大きく心臓が鳴る。これまで以上に体が熱くなった。触手どころか空気が肌を撫でただけで感じてしまう。
「……ぁ……ああ……だめ……おかしくなる……」
 虚ろな目をしながら触手に与えられる快楽に溺れていたカノンは、近付いてくる赤紫色の管状の触手を見て息を呑んだ。これから始まってしまうのだ。あの少女と同じことが自分の身にも起こる。このおぞましい生物の母体にされてしまうのだ。
「いや……やめて、来ないで……っ」
 カノンは体の力が入らないながらも、必死で後退る。しかしカノンはすぐに肉色の蠢く壁まで追い詰められた。赤紫色の管がカノンの膣口をまさぐり、ずるりと中に入り込む。
「だめ……いや、離して……」
 戦闘員にスカウトされるほど強い調査員だったカノンは、その面影の全く見えない弱々しい声を上げる。カノンが何度も首を横に振る中、赤紫の産卵管はカノンの膣内をずるずると進んでいき、その口をカノンの子宮口に密着させた。
「あぁあ……こ、こんなの嫌ぁぁぁ……」
 カノンの拒絶を無視して、触手はカノンの子宮の中に小さな卵を産み付け始める。卵は次々とカノンに注ぎ込まれ、カノンの薄い腹は妊婦のように膨れ上がっていった。
「いやぁ……! 産みたくない! こんなバケモノの赤ちゃんなんて……んんんっ!!」
 カノンの口を塞ぐように触手が突っ込まれる。産卵管が抜け出ていった膣内にも青紫色の触手が挿入された。カノンの中に入り込んだ触手たちは思い思いに動き出し、カノンを快楽で狂わせていく。
「あ……いや、ああぁぁん……ッ! 気持ちいい……あ、ん……っ!!」
 カノンは再び絶頂に押しやられそうになる。しかし触手はその直前で動きを止めてしまった。触手がずるりと抜けていき、カノンは戸惑いの表情を見せる。
「え……どうし……っ、あ、ぁあ! いやぁああ……!」
 カノンの膨らんだ腹が蠢き、カノンの割れ目から青紫色の触手が這い出てくる。その刺激で、絶頂直前で堰き止められていた快楽が爆発した。カノンは体をのけぞらせて、叫ぶように喘ぎながら触手を産み続けた。



 惑星イグルマのカノンからの連絡が途絶えた数日後、惑星ソレアの司令室でエルマは一通のメッセージを受け取った。それを見て、エルマは涙を流して溜息を吐く。そこには惑星イグルマでトラブルに巻き込まれたけれど、現在は離脱し、ソレアに帰還するための軌道に乗っていると書かれていた。カノンからのメッセージだ。
「無事だったのね、カノン……!」
 エルマはすぐにカノンの宇宙船に向けて通信を開始する。
「こちらエルマ。今の状況は?」
『こちらカノン。とりあえず……命からがら逃げてきたってところ』
「何があったの?」
『報告は帰ってからする。あの惑星は……少なくとも入植は不可能ね』
 カノンの声が疲れているのが気に掛かったが、今は安全にカノンを帰還させることが最優先だ。軌道に入ったカノンの宇宙船を確認したエルマは、その先にある転送機までカノンを誘導した。

「カノン……どうしたの、その格好!?」
「制服は駄目になっちゃったから、非常用の毛布とかを使って適当に……」
 カノンは毛布を即席の服に作り替え、それを纏っていた。しかしそのままの格好で歩かせるわけにはいかない。エルマはすぐにカノンを更衣室に入れた。
「替えの制服すぐに用意してくるから、ここで待ってて」
「……うん」
 エルマは急いで更衣室を出て、調査員の制服を取りに行った。そして更衣室のドアノブに手を掛けたそのとき、中から呻き声が聞こえてくるのに気が付いた。
「カノン、どうしたの!?」
「あっ……だめ、来ないで……ぁあああ……!」
 カノンが叫ぶ。しかしその声には甘いものが含まれていた。エルマは慌ててカノンに駆け寄り――そして、見てしまった。カノンが体を縮こまらせながら、青紫色の触手を産む姿を。
「か……カノン……何、これ……」
「うぅ……あっ……エルマ、早く銃を……!」
 調査員の制服には超小型光線銃が予め備え付けられている。エルマはカノンに言われるがままに制服ごと光線銃を投げた。カノンは喘ぎながらも光線銃を取り出し、地面を這う触手たちを撃ち抜いた。
「カノン……一体、何が……」
「――今は何も聞かないで。私はしばらく隔離室に入るから」
 カノンは急いで制服を着て、エルマの顔を見ずにそう言った。エルマが事の真相を知ったのはその数日後。それはカノンが口を噤んだ理由ももっともだと思えるほど凄惨な話だった。

 惑星イグルマを征服した触手生命体は、カノンもイグルマ人と同じように苗床にしようとした。実際、その体は奥深くまで犯されており、完全な回復までには数年がかかるというのが医療チームの見立てだった。しかしその中でもカノンは出産直後の、触手たちの拘束が緩む瞬間を狙い、爪に仕込んだ超小型爆弾を使いながら決死の思いで離脱したという。
「数体が体内に残っていたようですが、それらは全て排出され、彼女本人の手によって殲滅された、と」
「はい……本当は、私がやるべきだったんでしょうけど」
「いや、射撃は彼女が一番得意だからね。それもあって自分で始末をつけることを選んだんだろう」
「あの……カノンは今、どうしてるんですか?」
「しばらくは医療チームのサポートを受けながら病室で過ごすことになるそうだ。――何があるかわからないからね」
 上司の言葉に何か含みを感じながらも、エルマは何も言わなかった。カノンは大変な思いをしたのだ。これからは自分が彼女を支えていかなければならないと決意した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】後宮に咲く薔薇

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,134pt お気に入り:765

ドレスの下の聖典

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:383pt お気に入り:4

聖女を追放した国は悲惨な運命が・・・なんで悲惨な状態にはならないのよ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:5

堕ちた御子姫は帝国に囚われる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,571pt お気に入り:342

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,838pt お気に入り:2,062

勇者を産む機械と言っては何ですが

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:26

転生した悪役令嬢の断罪

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:13,051pt お気に入り:1,652

猿以下の下半身野郎は要りません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:49

処理中です...