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3・上書き

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「上手にイけたね。じゃあ今度は僕を気持ち良くしてもらおうか」
「え……」

 まだ続くのか。そう思ったのが顔に出てしまったらしい。七海は前髪を掻き上げながら椅子に腰掛ける。

「当然だろ。君だけが気持ち良くなっても僕に何の利益もないんだから。昨日までは君を試していただけだ。正直、僕の好みの顔ではないし」
「試す、って」
「君でもいいかなと思えなければ、約束は反故にしようかなと思っていたんだけど。でも君は見た目と違って案外可愛らしかったし。案外大胆な陽葵とは真逆だね」
「……何をすればいいの?」

 ひとまず七海は紗希を気に入りはしたようだ。それなら、約束を反故にされないためには続けなければならない。

「そうだな。――陽葵にするみたいに、僕を愛してごらん」

 七海は履いていたパンツを脱ぎ、ショーツも同じように脱ぎ捨てた。露わになった七海の性器は愛液で濡れ光っている。紗希は七海の求めていることを察して、四つん這いで七海のところまで進み、七海の内股に顔を埋めた。
 少し舌を伸ばして、溢れてくる蜜をちろちろと舐める。陽葵とは違う味。陽葵相手なら、こんな惨めな気分にはならないのに。紗希は涙が頬を濡らしていくのを感じながらも、七海の陰唇を舐め、その奥の肉の洞に舌を挿し入れた。

「っ……いいよ、すごく上手だ」

 褒められても何も嬉しくない。惨めな気持ちが更に強くなるだけだ。紗希はそれでも機械的に舌を動かし続けた。これで、陽葵が無事でいられるのなら。そう思って舐め続けているうちに、紗希は再び自分の身体が疼き始めているのに気が付いた。

(さっきイったばかりなのに……どうして……)

 太腿を擦り合わせる紗希を見下ろして、七海は笑う。

「さっきのやつは結構効果が長く続くんだ。でも少し血行が良くなるくらいで害になるようなものではないよ」

 七海が靴と靴下を脱ぎ、足を紗希の股の間に擦り付ける。紗希は鼻から色を含んだ吐息を漏らし、その瞬間に七海の性器から顔が離れた。

「こっちをお留守にしないで。僕をイかせられたら、もっと気持ち良くしてあげるから」

 そう言いながら、七海は紗希の顔をぐっと押しつける。否応なく口に性器が当たり、紗希は涙を流しながらも懸命に舌を動かし続けた。

「そう……すごくいいよ。クリも――ふふ、ちゃんとわかってるじゃないか」

 陽葵と身体を重ね続けて、行為そのものには慣れている。けれど七海が甘い吐息を漏らす度に、紗希の心は反対に冷えていった。相手が陽葵ではない。ただそれだけのことがひどく屈辱で、悲しかった。

(ごめんなさい……陽葵……)

 紗希が目を閉じて涙を流した瞬間、準備室のドアが勢いよく開いた。


「――何をしてるの?」


 その声に紗希は反射的に顔を上げる。普段は整えられた長い髪は乱れ、セーラーワンピースのプリーツも少し乱れている。走ってきたのか、息も荒い。ここに彼女が―陽葵がいるという状況は最悪の事態であるはずなのに、紗希はその姿を見た瞬間に心から安堵したのだった。

***

「――何をしてるの?」

 状況だけ見れば浮気現場だ。裸になった自分の恋人が自分の先輩の内股に顔を埋めていた。普通に考えれば裏切りの瞬間。けれどそうでないことは、紗希の目に浮かぶ涙を見ればわかる。

「何って……見ればわかるだろう? この子、君の恋人だったんだっけ? でも残念ながら彼女はもう僕のものだ」
「私が手に入らなかったからって恋人に手を出すの? 頭沸いてるんじゃないですか?」
「何を言ってるんだい? 僕のところに来たのは彼女自身の意思だよ。そもそも彼女は僕の好みでもないし」

 話しながらも、陽葵は紗希を引き寄せた。肩が震えている。それを見て、七海の言葉が真実だとはとても思えなかった。

「本当なの、紗希?」

 紗希は頷く。その様子からは嘘は感じられなかった。けれど紗希が浮気をするとも思えない。どういうことなのかと陽葵が思っていると、七海が自分の衣服を整えながら勝手に説明を始めた。

「『何でもするから、陽葵に手を出さないでくれ』って言われたんだよ。二年前、君には手ひどくやられてしまったから、今回は君と何かをするつもりはなかったんだけどね。でもあまり一生懸命なものだから」
「紗希……あんた」

 それで全ての話が繋がった。紗希が七海のところに行ったのは確かに自分の意志だ。そして陽葵のために七海の出した条件を呑んでしまった。そして七海の出した条件が先程の行為なのなら、それは確かに紗希は同意していることになる。――本心は別として。

「私に手を出すつもりがなかったなら、そう言えばよかったでしょ。どうしてこんな」
「あまりにも必死でお願いしてくるものだからね。この子は君のためにどこまでやってくれるのか見たくなったんだよ。正直驚いたよ。もっと早く音を上げると思っていたのに。君はよっぽど愛されているらしい」

 陽葵はカッと顔が熱くなるのを感じた。思わず七海に殴りかかろうとした陽葵を紗希が止める。

「陽葵……私は、大丈夫だから」
「紗希の大丈夫はだいたい大丈夫じゃないのよ」

 かつて野犬に襲われたときもそうだ。紗希は陽葵を庇って怪我をして、でもそれを隠して「大丈夫」だと言っていたのだ。陽葵のためならそんなことまでしてしまう人間だということは、今更七海が確かめなくても、陽葵が一番理解しているのだ。

「七海さん。今回のことは……まあ一応、同意したと言えなくはないし、不問にしますけど……私はいつでもあなたのことを社会的に殺せるってことは忘れないでくださいね」
「二年前のことかい? でもそれを誰が証明できるんだ?」
「二年前、あなたは私に一回だけキスしてくれと言って……私がキスをした瞬間に私を押し倒して私を犯した」
「そうだったね。それから三日くらい僕は君を抱いたけど、三日目に君に殴られた」

 確かに殴ったし、蹴りもした。けれどそれは正当な抵抗だったのだ。陽葵は微笑を浮かべながら、ポケットからスマホを取り出す。その画面を見た七海の表情が凍りついた。陽葵は親指で録音ボタンをタップして録音を止める。

「ありがとうございます、おしゃべりな七海先輩」

 証拠がないなら自白させればいい。訴えたときの証拠には使えないが、脅しには使える。

「……それは」
「わかりますね? 今後私たちや私たちの周りの人間に何かしようとしたら、私はこれを公開します。今はネットの時代だし、これをばら撒いたら他にも何かホコリが出てくるかもしれませんね?」
「わかったよ。今年を最後にもうここにも来ない。それでいい?」
「いいですよ。――なんて言うわけないじゃないですか」

 陽葵は七海に近付いて、その胸倉を掴んだ。そして歌姫としての澄んだ歌声とは程遠い、ドスの効いた声で言う。

「紗希に手を出した事、一生後悔させてやるわ」

 陽葵は言い捨てたあとで、紗希に服を着させた。そのまま七海を残して準備室を出る。向かうのは寮の自分達の部屋だ。そこは二人だけの聖域。他に誰も入り込めない場所なのだ。

***

「……ごめんなさい」

 部屋に戻ってすぐにバスルームに連れて行かれた後、紗希はそれだけ言うのが精一杯だった。陽葵のためだったとはいえ、陽葵を裏切るようなことをしたのは事実だ。その上、その陽葵に助けられた。屈辱と罪悪感で涙があとからあとから溢れてきてしまう。

「紗希が謝ることは何もないわ。私に相談の一つもなかったことは少し怒っているけど……でも私もあの人のことを紗希には言わなかった。だからおあいこよ」
「陽葵……でも」
「紗希が私のことを思ってしてくれたのは本当だし」

 陽葵は椅子に座って項垂れている紗希を後ろから抱きしめた。背中に陽葵の胸が当たると、紗希は胸が高鳴ると同時に安堵を覚える。

「ねぇ、陽葵……」
「どうしたの?」

 それを口にするのはひどく恥ずかしかった。けれどまだ熱を持つ身体が、どうしようもなく陽葵を求めている。紗希は躊躇いながらも、その言葉を発した。

「上書き、して」
「え?」
「あの人にされてる間、ずっと陽葵じゃなきゃ嫌だって思ってた。陽葵にしてほしいの」

 陽葵が更にきつく紗希を抱きしめる。陽葵は紗希の肩に顎を乗せて言った。

「可愛いこと言ってくれちゃって。いいよ。全部忘れちゃうくらい、気持ち良くしてあげる」

 でもその前に、と陽葵は言い、ボディーソープをたっぷりつけた手で紗希の身体に触れる。まずは洗い流さなければならない。紗希の身体がずっと汗ばんでいることに陽葵は気が付いていた。七海の手口は陽葵を襲ったときと変わっていない。身体が熱くなって、僅かに痒みを引き起こすような物質が入った温感ジェル。おそらく七海はそれを使ったのだろう。洗い流せばある程度は楽になるし、あと二時間もすれば効果は切れる。本当は身体を洗って効果が切れるのを待つつもりだった。けれど紗希の方からあんなことを言われてしまっては、もう止める理由がない。
 紗希の胸に泡をつけながら、両手で優しく包み込む。普段は目立たないが案外大きな胸。紗希が痛みを感じないように優しく揉みながら、ピンと張った乳首を親指で弾くようにすると、紗希が微かに声を漏らした。

「ひまり……っ」

 身体の他の部分も石鹸をつけて丁寧に洗っていく。その身体に丹念に触れているうちに、陽葵は自分の鼓動が速くなっていることに気が付いた。何て綺麗な身体をしているのだろう。肌はきめ細やかで、まるで陶器のよう。そして紗希の身体が描く全ての曲線が、まるで世界の真実を示しているかのように美しく思えるのだ。内股に手を入れ、そこも優しく洗っていく。肝心の所には触れないでいたはずなのに、紗希の呼吸は既に乱れていた。
 シャワーで泡を流してから、再び紗希の内股に手を潜り込ませる。陰唇に軽く触れるだけで濡れた音が響いた。

「っ……ぁ、あ……」

 そのあえかな声に誘われるように、陽葵は紗希の熟れた果実の中に指を埋める。紗希の足が動いて、浴室の床を搔いた。一本だけ指を入れて、中のものを掻き出すようにしながら優しく刺激すると、紗希が言う。

「……ひまり……もっと……っ」
「あら、私は洗ってるだけよ?」
「こんな洗い方ありえないでしょ……ッ!」

 陽葵は赤くなった紗希の耳を軽く食む。びくんと肩が揺れたのを確認してから、陽葵はわざと音を立てて紗希の耳を舐めた。その間も膣内に挿れた指の動きは止めない。

「んっ、あ……ひまり、あつ……い」
「あつくて、つらい?」

 紗希は息を吐き出しながら頷いた。その様子を見て、陽葵はふと昔のことを思い出す。

「昔、野犬に噛まれたことあったでしょ?」
「なに、急に……?」
「紗希はあのときも、熱いって言ってたなって」

 熱のせいで魘されている紗希の姿に陽葵は密かに興奮していた。自分をかばって、そのせいで苦しんでいるのはわかっていたから、そのことは自分の中にしまっていたけれど。

「紗希のどんな姿も、私の胸を高鳴らせるのよ」

 的を見つめる凛とした眼差しも、陽葵の前だけで見せる可愛らしい姿も、陽葵を守ろうと無理してしまうところも、紗希の全てが愛おしい。陽葵はそっと指を増やす。既に七海にほぐされているとはいえ、一度も男を受け入れたことのない秘部は、指二本でも狭く感じるくらいだ。

「大丈夫? 痛くない?」

 七海との行為で傷をつけられていないかも確認しつつ、紗希に声をかける。紗希は陽葵の胸に寄りかかるようにしながら頷いた。

「ん……痛くない……もっと……」
「いいわよ。気持ちよくしてあげる」

 陽葵は指を曲げて撫でるようにしながら、ゆっくりと抜き挿しをする。紗希が陽葵の腕を掴むが、それは止めてほしいという意味ではない。その指にはほとんど力が入っていない。代わりに甘い声が浴室に響き渡り、足の指が閉じたり開いたりする。

「ひまり……だめ、もう……ッ」

 もう絶頂が近いのだろう。陽葵は指の動きを少し速くしながら、紗希の顔を自分に向けさせ、その唇を自分の唇で塞いだ。

「んっ……んん……っ!」

 陽葵にキスをされながら、紗希は絶頂を迎える。くたりと力が抜けた紗希の体を支えながら、陽葵はそのまま紗希の口内を丹念に味わった。紗希が苦しそうに息を吐いた瞬間に唇を離すと、銀糸が二人を繋いだ。

「ひまり……」

 熱に浮かされたような目は、続きを望んでいるように見えた。陽葵は紗希の頭を抱えながらゆったりと微笑む。

「続きは部屋でしよっか、紗希」

 紗希は緩慢に頷く。陽葵は紗希に軽くキスをしてから、温いシャワーで二人の体を洗い流した。



 ベッドの上に寝転び、どちらからともなく抱き合って体を密着させる。何度もついばむようなキスをしていくうちに、徐々にそれが深いものに変わっていく。紗希は陽葵の頭を抱えこむようにして、舌を絡ませていく。

「紗希……」

 唇が離れた瞬間に紗希の整った顔が視界いっぱいに広がり、陽葵は自分の頬が熱くなるのを感じた。学園の王子と評されるその美しさを改めて実感してしまう。陽葵は紗希の手を取り、自分の胸にそっと当てた。紗希の指が触れているのを感じるだけで息が上がっていく。紗希は繊細な手付きで陽葵の胸を揉み、豊かな乳房に口付けてから、そっと乳首を口に含んだ。

「ひゃっ……ぁん、紗希……っ」

 体の芯が痺れていく。紗希の手がするすると陽葵の体を滑り降りていき、指先が秘部に触れた。それだけでくちゅり、と濡れた音が響く。紗希はそのまま指を挿れることなく陽葵の太腿を開き、その間に顔をうずめた。

「っ……紗希……あ……ッ!」

 紗希はあとからあとから溢れてくる陽葵の愛液を丁寧に舐めとっていく。そして熱くぬめる舌を陽葵の膣内に挿入した。快感で体が震え、紗希の短い髪をぐしゃりと乱しながら、更にその顔を押し付けるようにしてしまう。時折色を滲ませた呼吸をしながら、紗希は陽葵を追い込んでいく。シーツの上に投げ出した陽葵の手がそれに皺を作った。限界が近い。それを察した紗希は陽葵の秘部から口を離し、剥き出しになっていく陰核を軽く吸った。その瞬間に陽葵の体が跳ねる。

「ひっ、あ……ああ……っ!」

 絶頂に達し、力の抜けた陽葵の体を紗希が抱きしめる。陽葵は甘えるように自身の秘部を紗希のそれに擦り付けるように動かした。

「ひまり……っ、だめ、それ……すぐイッちゃうから……っ」
「いいわよ。一緒にいこ……?」

 二人の愛液が混ざり合って、淫靡な音を立てていく。それに煽られるように二人は動きを早めていった。抱き合いながら、どちらからともなくキスをして、皮膚の境目すら無視して互いに溶け合っていく。幸福で、満たされているのに、もっともっと欲しくなる。好きという感情が溢れ出して、快楽よりも体を熱くしていった。
 二人は互いの名を呼び合いながら果てた。余韻の残る体をベッドに投げ出した紗希に、陽葵は縋るように抱きついた。

「好きよ、紗希――これからもずっと」

 紗希は陽葵の頭を優しく撫でながらそれに応える。

「私もだよ、陽葵――」
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