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2・歌姫の過去と王子様の決意

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「あ、そうだ。今日からコーラス部強化練習で帰りちょっと遅くなるから。ご飯とか先に食べてていいから」
「うん。コンクール近いんだっけ?」
「再来週だね。でも来週は喉を休めるためにむしろ練習短くなるから」
「試合前に疲れ過ぎるのも良くないからね」

 寮の食堂で朝食を摂りながら、当たり障りのない話をする。体には前日の残滓が残っているけれど、表面上にはそれを出さないように振る舞う。とはいえ普通に食事をしているはずの紗希から隠しきれない色香が漂ってきていて、しかも本人はおそらく気が付いていないであろうことが陽葵にとっては懸念材料だった。

(こんな色気振りまいてたらファンの子たち出血多量で死ぬんじゃないかしら)

 紗希に落とし物を拾ってもらったあとで興奮のあまり鼻血を出した人がいる、というのは噂に尾鰭がついて大げさに言われているだけかもしれないが、あながち間違ってもいないのだ。少なくとも動悸、息切れ等の異変には見舞われている。紗希が自分自身の魅力に無頓着である間に、かっこよさも色気も増していて、そのうち弓を構えるだけで相手を倒せるようになるかもしれない。こればかりは恋人の欲目ではなさそうだ。

「陽葵?」
「……ちょっと眠くてぼーっとしてたわ。それにしても、コンクールと試合を一緒にするとは」
「だいたい同じじゃない? 私も試合直前は練習しすぎないで調整の方に力を注ぐし」
「まあそれはそうかもね。それにしても強化練習かぁ……」

 陽葵にとっては二年ぶりの強化練習だ。昨年の強化練習は言い訳をつけて全て休んだ。しかし今年は三年生だというのもあるし、陽葵がいないと練習にならない部分もあるので出るしかないのだ。昨年休み倒したのだからまさか選ばれるとは思わずに油断していた。

「弓道部の後輩から聞いたんだけど、ソロパートやることになったんでしょ?」
「私じゃなくてもいいと思うんだけどなぁ」
「後輩は『学園の歌姫なんだから当然ですよね』って言ってたけど」
「私が一番歌が上手くても、その曲のソロパートに私が合ってなきゃ選ばれないわよ。まあ……私が適任かなって思わなくはないけど」
「陽葵が言うんだからそうなんでしょ」

 自分が適任だと思うというのは自信の表れなどではなく、客観的に部員たちの声と実力を分析した結果だ。紗希はそれをよくわかっている。

「ソロやるのはいいんだけど、強化練習が嫌なのよね……今年もサボろうと思ったのに」
「昨年は聞かないでって言われたから聞かなかったけど、どうして強化練習が嫌なの?」

 昨年よりは冷静になれた今は、紗希が納得する程度まで話をすることができるようになった。陽葵はできるだけ何気なさを装って答える。

「強化練習のときにいつも来てくれる卒業生の先輩がいるんだけどね」
「知ってる。あの宝塚にいそうな人でしょ?」
「あの人も紗希にそれを言われたくはないと思うけどね……」

 男装の麗人で、美しいアルトボイスの持ち主としてコーラス部の一時代を築き上げ、現在はアルト歌手としても活躍している新川しんかわ七海ななみ。紗希が入学する前までは七海が学園の王子様だった。部員たちは彼女の訪れを心待ちにしているが、陽葵はどうしても彼女と顔を合わせたくなかった。

「で、その人がどうしたの?」
「一年生のとき、私あの人に告白されたのよ」
「え」

 紗希が目を見開く。王子様の印象が強くてあまり気付かれていないが、紗希は目が大きい。顔立ちだけならば紗希も姫になれそうなくらいだ。その大きな目が眼球が落ちてきそうなくらい見開かれている。驚くとは思ったけれど、ここまでとは。案外百面相を繰り広げる人だというのはわかっていたが、ここまでわかりやすい顔をされると陽葵の方が面白くなってしまう。

「えっと……断ったんだよね?」
「断ってなきゃわざわざ恋人にこんな話しないわよ。丁重にお断りしました。私彼女いるんでって」

 実際そのときにはもう紗希と恋人同士になっていたのだから、嘘も何もない、正当な理由で断ったのだ。七海でなくても断っている。けれど問題はその後だった。

「それで気まずいってだけじゃないわよ?」
「わかってるよ。それだけで陽葵が練習を休むとは思わない」
「『じゃあ一回だけキスして』って言われたのよ。で、私もそのときは一回くらいなら―と思って、軽く……」

 浅はかだっと自分でも思う。彼女がいると断っているのに、そんなことを要求する人が一度のキスだけで終わらせてくれるはずがないのだ。

「……でも、その後無理やり二、三回キスされて。まあ頑張って振り解いて逃げて、連絡先全部ブロックして―そっから一度も会ってないんだけど」
「それ、誰かに言ったの?」
「今、紗希に言ったのが初めてよ」
「そんな人に指導されるなんて、他の子だって何があるかわからないじゃない」

 紗希の視点は、弓道部の部長だからこそ出てくるものでもあるだろう。指導者は大切だ。技術だけでなく、少なくとも生徒を傷つけない人物である必要がある。

「探ってみたのだけど、どうも他の子とは何もないのよね。私が特別あの人の好みなのか……」
「でも、陽葵にとってはいい先輩じゃないのは事実でしょ。言いたくない気持ちもわからなくはないけど―」
「あれからあの人も変わっているかもしれないし……今回は何かありそうなら相談するから」
「それならいいけど」

 七海の指導はコーラス部には必要だ。コンクールで勝ち上がるために必要な最後の一手を知っている人なのだ。それに普段は気さくな人で後輩たちにも慕われている。そんな七海が陽葵にしたことを証明するすべはない。だから信じてもらえないと思った。誰にも言わなかったのはそんな理由だ。自分が黙っていればコーラス部は上手く回っていく。それなら誰にも言わずにいようと思ったのだ。

「本当に、何かありそうだったらすぐ言ってね?」
「わかってるわよ。心配性ね、紗希は」
「心配っていうか……陽葵に何かあるのが嫌なだけ」

 それを心配というのだと思うのだが。陽葵は朝食のコーヒーを飲んでから微笑んだ。紗希が飲むのはオレンジジュースだ。見た目と違い、彼女は苦いものが嫌いなのだ。

***

 強化練習が始まってから四日、七海は指導以外で陽葵に話しかけてくることすらなかった。最初は以前のことを反省しているのかと思ったが、それは違うのだと、七海が投げかけてくる視線で陽葵は察していた。意味有りげな、どこか嘲るような目。その目を向けるのは一瞬に過ぎないが、陽葵はやはり七海のことは嫌いだと思っていた。

(見た目はいいのに……何でこの人がかつて王子様とか呼ばれてたのか、理解できないわね)

 身近に今の王子がいるから尚更思う。紗希はいささか真面目すぎるし、善良すぎると思うこともあるが、その呼び名に相応しい誠実さを持っている。的に向かうその瞬間に見せるあの清冽さは、邪な心を持っている人には決して出せはしないだろう。

(とはいえここ数日、紗希も何か変なのよね)

 部活が終わる陽葵と入れ替わるようにどこかに出掛け、門限間近に帰ってくる。本人はテストが近いから図書館で勉強しているのだと言っていたが、紗希が図書館で勉強なんてしていたら、絶対に図書委員の間で騒ぎになる。そうなっていないということは、紗希は何かを隠しているのだ。

 陽葵が練習の休憩中に隠れて弓道場に行ったときも、どこか上の空のようで、当然調子も上がっていなかった。七海の視線は確かに気になるが、実際に手を出されているわけではないから無視すればいい。それよりも紗希の様子の方が気がかりだった。

(前にもこんなことあったわね)

 記憶にもない一歳の頃から紗希とは一緒にいる。だから紗希があまり隠し事が得意ではなく、それでも陽葵に何かを隠すときは、必ず理由があるのだとわかっていた。はっきり覚えているのは小学生のとき。ある日突如野犬に追いかけられた陽葵を紗希が助けてくれたことがある。けれどそのとき紗希は野犬に噛まれて怪我をしていて、でも陽葵がそれを気にするだろうと思って陽葵には見せないようにしていたのだ。ただし、その傷が原因で紗希は数日後にしっかりと熱を出し、結局陽葵の知るところとなったのだが。もう紗希の肌を見てもそれがどこだったのかわからないくらい綺麗に治っている。でも彼女が時折そんな無理をしてしまう人なのだということを陽葵は知っていた。

(どこで何してんのかしら、紗希のやつ……)

 陽葵は紗希のいないベッドをぼんやりと見つめた。例えば浮気をしていて、他の子と会っているのであればまだいい。浮気は許せないけれど、紗希が元気なことは事実だからだ。でもそうでないのなら。陽葵が自分のせいだと気に病まないようにと傷を隠していたあのときのようなことが起きているのだとすれば。
 いてもたってもいられなくなり、陽葵は立ち上がった。何もなければそれでいい。浮気だったら一発殴る。できればそのどちらかであってほしい。そう思いながら、紗希を探しに行くために部屋を出た。

***

「今日もちゃんと時間通り。真面目だな」

 紗希は何も答えなかった。確かに真面目ではあるけれど、実は朝が弱いので陽葵がいなければ授業に遅刻しそうになることもある。でもこの約束だけは守らなければ、何が起こるかわからない。

「じゃあ、脱いで?」
「……っ」

 電気を消した音楽準備室。奥にはたくさんの楽器がしまい込まれていて、手前には音楽教師用の机と椅子がある。授業で使うものや、楽譜などが整理されてはいるがところ狭しと置かれていて、どこか雑然とした印象のある部屋だ。

「自分の立場はわかってるだろ? 早く脱ぎなよ、王子様?」

 紗希は歯噛みをしながら、制服を脱ぎ落とし、それに続けて水色のキャミソールと同じ色のブラジャーとショーツを震える手で脱いでいく。全身が外気に晒されるとたまらなく不安になり、紗希は自分の胸を抱くようにして隠した。

「胸だけなら、あの子より大きいんじゃない? まああの子は全体的にもっと柔らかな体だったけど」
「……陽葵の話はしないで」
「そうだったね。じゃあこっちにおいで」

 紗希は言われるがままに声の主に近付いていく。声の主はにやりと笑ってから、胸を隠す腕をどけながら、顕になった紗希の右胸を掴んだ。

「っ……」

 一瞬痛みを覚えるほどの強さだったが、すぐに優しくマッサージするような動きに変わる。時折乳首に指をかけて動かしたり、軽く摘んだりする。心は拒絶していても、体は如実に反応した。触れられていない場所からとろりと熱いものが流れ出す感覚に紗希は体を震わせた。

「んっ……う……」

 唇を噛んで声を堪える。それを見て紗希の胸を弄ぶ女はにたりと笑った。

「あの子と違って奥ゆかしいね。陽葵は声が響く上に叫ぶから」
「っ……!」

 カッと頰が熱くなる。この女が陽葵に何をしたのか。陽葵はあれでも大分抑えて言っていたのだとわかった。無理矢理キスされたどころの話ではない。本当は、望んでもいないのに体にを弄ばれたのだ。できることなら今すぐ殴り倒してやりたい。けれどそんなことをすれば契約違反になってしまう。その場合、被害を受けるのは陽葵なのだ。

「聞き分けのいい子は好きだよ」

 こんな女の愛撫で感じたくなんてないのに。乳首を口に含まれて、丹念に舌で転がされる。ぴちゃぴちゃとわざと音を立て、時折軽く吸ったりして紗希を苛んだ。

「ん……ぅっ」
「それにしても殊勝な子だね。恋人を守るために自らの体を差し出すなんて」

 本当はこんなことを許したくはない。陽葵以外の人間になんて触れられたくない。それでも紗希は陽葵には手を出さないという条件で、自らの身体を差し出したのだ。

「それとも、あの子はやめて僕にする? 僕はそれでもいいけれど。君は案外可愛いからね」
「っ、誰が……」
「でも僕に触られて感じてるんだろう?」

 女――新川七海は、紗希の脚の間に片膝を擦り付けて笑う。紗希は背後の壁に爪を立て、座り込んでしまいそうになる身体を支えた。

「学園の王子様のくせに、お姫様より敏感だね」
「っ……!」

 紗希は声が漏れないように咄嗟に手で口を塞いだ。脚の間に片膝を押し付けられながら音を立てて耳を舐められる。刺激されることによって否応なく体は反応してしまう。嫌悪感は募るばかりなのに、自分自身の体にも裏切られ、紗希は右目から一筋の涙を流した。

「泣くほどいいの?」

 紗希は何度も首を横に振る。けれどそれを聞き入れるような相手ではなかった。

「そう……そんな強がりがどこまで通用するかな。ほら、僕の膝もぐっしょりだ」

 七海は濡れ光る膝を紗希にわざと見せつける。嫌悪感と屈辱に震えそうになりながらも、涙を溜めた目で七海を睨みつける。

「体はいいようにされても、心は屈服しない……とでも言うつもりかな。でもこれはどうかな」

 七海は鞄からオレンジ色のチューブを取り出し、その透明な中身を指先に取る。紗希が逃れようと身をよじるより早く、その指が紗希の膣内にねじ込まれた。

「……ッ、なに……?」

 七海が指に纏っていたものが、紗希の体温で溶けていく。既に蜜を溢していた秘部から、二つのものが混じり合った液体が流れ出て、紗希の太腿を伝う。潤滑剤の類だろうか。それは陽葵にも使われたことがある。そのときは紗希の体に傷がつかないように陽葵が考えた結果、それを使うことになったが―七海の場合は違うのだと、その直後に紗希は悟った。

「なに……っ、これ……ぅ、ぁ、あつい……っ」

 その部分が熱を持っている。その上、ちりちりとした痒みも襲ってくる。思わず秘部を手で押さえた紗希を前にして、七海は舌なめずりをした。七海の指はまだ膣内に入っている。けれど紗希の反応を楽しむかのように動きを止めていた。

「ん……っ、う」
「君のここ、すごく締め付けてくるよ。正直になったら? 動かしてほしいんだろ?」

 紗希は首を横に振る。屈服するわけにはいかなかった。たとえ強制的に刺激を求めるように仕向けられても、そのせいで体がひどく疼いていても、陽葵以外の人間の前で膝を折りたくはない。欲しいのは陽葵だけだ。体の熱に負けて、心を喪うことはしたくなかった。

「強情だね」

 一瞬だけ指を曲げて敏感な場所に触れられ、紗希の身体が跳ねる。けれどすぐに指は動きを止めてしまった。一度味わってしまったが為に身体の方は更なる刺激を求めてしまう。これが陽葵だったら、何も考えずに身を任せてしまうのに。

「本当に動かさなくてもいいのかな?」
「っ……抜い、て」

 紗希が願望と逆のことを口にすれば、七海は呆れたように溜息を吐いた。

「それなら抜いてあげるよ」

 その言葉と共にするすると抜かれていく指に、紗希は一瞬安堵する。しかし七海は途中まで抜いていた指を再び勢いよく奥まで突き入れた。

「あぁぁ……っ!」

 急な刺激に声を抑えることができなかった。腰が砕け、紗希は壁に手をつきながらずるずるとその場に座り込む。そんな紗希を七海は更に壁際に追い詰めた。

「っ……いや、やめて……!」
「そんなこと言っていいのかな? 抵抗はしない約束だったよね?」

 紗希は唇を噛んだ。抵抗すれば陽葵に手を出してしまうかもしれない。そんなことになったらこれまで耐えてきたことの意味がなくなってしまう。紗希は諦めたように身体の力を抜いた。

「あっ……んぁっ、ぁ……っ」

 膣内を掻き回され、紗希は頤(おとがい)を晒して声を上げる。紗希の声と、ぐちゅぐちゅという水音が響く中、紗希はこれまでにない感覚に襲われていた。

(熱い……なに、これ……)

 七海に塗られたものの効果なのだろう。一カ所に触れられれば他の場所に触れて欲しくなる。それが至る所に広がって、めちゃくちゃに掻き回してほしいと思うくらいに熱くなっている。痛いほどに疼いている身体は、七海の責めに屈服して絶頂へと至ろうとしていた。

「ふふ、もうイっちゃいそうだね。いいよ。このままイってしまえばいい」
「やだ……っ、あ、だめ……!」

 それだけは駄目――そう思って耐えようとしても、更に指の動きを激しくされる。太腿が震え、弓を引き絞るような緊張が全身を貫く。七海は紗希の膣内を刺激しながら、親指でぷくりと膨れ上がった陰核を捏ねくり回す。最も敏感な場所に触れられた紗希の身体は、びくびくと震えながら更に熱い蜜を溢した。

「ん……っ、ぁ、ああ……ッ!」

 身体を縮こまらせて、紗希は達した。肩で息をする紗希の秘部から七海はゆっくりと指を引き抜いた。熱が収まらない身体から愛液が流れ落ち、床に小さな水溜まりを作っている。

「上手にイけたね。じゃあ今度は僕を気持ち良くしてもらおうか」
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