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3・同じ穴の狢_3
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天花のいる廃墟へ戻る道を辿るうちに、自分がしたことが重くのしかかってきた。初めて人を殺した。そうしなければ天花を失ってしまうからだ。それに対しての後悔があるわけではない。正しいことをしたとも思っていない。ただひたすらに間違っていて、けれど不正解の選択肢を自分の意思で選んだのだ。
天花はもう寝ているだろう。もう日付が変わろうとしている。恭一がそう思って扉を開けると、天花は椅子に座って水を飲んでいた。どうやら起きていたらしい。
「まだ起きてたのか」
「喉渇いて目が覚めちゃって。遅かったね」
「ああ」
昭島がこの近くまで来た以上、ここにはもういられない。それをどう天花に説明するべきか。そして昭島が言っていたことをどう確かめるべきなのか。恭一の逡巡を悟ったかのように、天花は柔らかく笑った。
「何があったの?」
「……警察の人間に話しかけられた」
「それは……ここにいるのがバレたってこと?」
恭一は頷く。けれど天花は驚くほど落ち着いて見えた。
「それで……どうしたの? 誤魔化して逃げてきた?」
「いや。それができるような状況じゃなかった。だから――殺したんだ」
天花が恭一の目の前に立つ。静かな表情で天花は恭一の手を取って言った。
「手が震えてる」
恭一に自覚はなかったが、天花に手を握られて初めてそれに気がつく。人を殺した直後に平静でいられる人は多くない。落ち着いているつもりでも、人を殺した感覚が手に残って消えることはないのだ。
「――同じになったね、私と」
天花の言葉に恭一は息を呑む。少なくとも、天花が父親を殺したのは事実だ。恭一の手を包む小さくて柔らかな手は、間違いなく人を殺したことがある。そして恭一の手もたった今人を殺して汚れてしまったのだ。
「天花……」
「大丈夫。今は、何も考えなくていい」
手を掴まれたまま壁に押し付けられ、唇を奪われる。舌を絡め取られ、根元を舌先でなぞられると思わず力が抜けた。
天花の手が頬から首筋へ、胸から腹へと徐々に下りていく。天花が何をしようとしているか気が付いた恭一は、慌ててその手を止めた。
「そんなことしなくていい」
「うるさい、黙ってて」
その言葉に気圧されて、言葉は封じられる。下りてきた手が服越しに敏感な場所に触れ、恭一は微かに吐息を漏らした。
「何も考えなくていいから」
天花が耳元で言う。あり得ない状況だと思うのに、人を殺したあとだというのに、天花に触れられることで、体は如実に反応を示していた。
「天花……っ」
白く柔らかい手が、熱を持った場所に直接触れる。上下に動かされ刺激を与えられて、徐々に思考が途切れていく。溢れ始めたもので少しずつ滑りが良くなり、天花の手の動きが速くなった。
「っ……天花、もう」
天花は恭一を床に座らせる。その状態で、天花は下に穿いているものを全て脱ぎ、恭一の上に跨った。
手で刺激され屹立したものに、濡れたものが触れる。天花はそのままゆっくりと腰を下ろした。天花の唇から呻き声と嬌声の中間のような声が漏れる。潤いはあるが、息が詰まるほどに狭い。けれど痛みを感じているのはどちらかといえば天花の方だ。天花は肩で息をしている。痛みを堪えながらも天花は更に腰を落とした。
「……っ、ねぇ」
息継ぎのような呼吸のあと、天花が口を開く。同時に腰を動かされて、恭一の口からは甘さを含んだ吐息が漏れた。
「どうやって殺したの?」
「どうやってって……」
そんなことを聞いてどうするのだろうか。しかもこんな状況で聞くことではない。戸惑う恭一を天花は更に追い詰めていく。激しい動きに伴う水音と、二人分の荒い呼吸が響いていた。
「そんなこと聞いて、どうするつもりだ?」
「どうもしないよ。ただ知りたいだけ」
そう答える間も、天花は動きを止めない。まるで尋問されているようだと恭一は感じた。天花が何を考えているかがわからない。その真意を知りたいと思うのに肉体に与え続けられる快楽が徐々に思考能力を鈍らせていく。
「今更いい人ぶったって無駄だよ。私たちは人殺しなんだから」
突きつけられた言葉が胸に刺さる。快楽と共に人殺しであるという曲げられない事実が心と体に刻まれていく。天花の目は真剣だった。少なくともはぐらかすことはできない。恭一は観念して、事実をありのままに答える。
「その辺にあった岩で殴ってから、首を絞めた」
「そう」
天花はどこか満足そうに微笑む。それから恭一の肩に手を置き、唇を重ねた。やっていることは甘い行為だとしても、真意がわからないまま与えられるものは恭一にとっては恐怖でもあった。それでも欲望と愛しさが混ざり合った衝動で果てへと向かって突き上げてしまう。
「っ……あ」
天花が声を上げて、次の瞬間に力の抜けた体を恭一に預ける。果てる刹那の締め付けに精を放ってしまった恭一は、ゆっくりと天花の背に腕を回した。
「天花……」
今の天花に聞くことはできない。けれど昭島の言っていたことの真相は気になっていた。天花が誰かに毒を盛っていたという話は本当なのか。そして、母を殺したという話も。
ああ、でも、聞いたところで進む道はたったひとつしかない。互いに人を殺してしまった事実は変わらないのだ。
「……私があんなことしなければ、お兄ちゃんが人を殺すこともなかったんだよね」
力なく呟かれる言葉は、暗く沈んでいるように思えた。先程までとは別人のようだ。赤く咲く棘のある薔薇のようだった天花が、今は生い茂る草に隠されてしまった白い小さな花のようで。でも、そのどちらも天花であることは揺るがないのだ。
「天花が気に病むことじゃない。俺がやりたいからやっただけだ。それに――」
「それに?」
「……これで、俺たちは本当の意味での共犯者だ」
天花が顔を上げる。その目は溢れそうなほど大きく見開かれていて、どうやら酷く驚いているようだった。
「最初に共犯者って言ったのはそっちだろ」
「それはそうだけど」
「殺したことは後悔してない。それは事実だ」
天花の後頭部を抱えるようにして、強引に唇を重ねる。酸素を奪い合うようなキスに、天花がしがみつくように恭一の服を握った。
「天花」
光を湛える天花の瞳を見つめて言う。先程は翻弄されるだけだった。けれど今は――後悔はないと言える、今だからこそ。キスをしながら胸の柔らかな膨らみに触れても、天花は抵抗する素振りは見せなかった。
天花のいる廃墟へ戻る道を辿るうちに、自分がしたことが重くのしかかってきた。初めて人を殺した。そうしなければ天花を失ってしまうからだ。それに対しての後悔があるわけではない。正しいことをしたとも思っていない。ただひたすらに間違っていて、けれど不正解の選択肢を自分の意思で選んだのだ。
天花はもう寝ているだろう。もう日付が変わろうとしている。恭一がそう思って扉を開けると、天花は椅子に座って水を飲んでいた。どうやら起きていたらしい。
「まだ起きてたのか」
「喉渇いて目が覚めちゃって。遅かったね」
「ああ」
昭島がこの近くまで来た以上、ここにはもういられない。それをどう天花に説明するべきか。そして昭島が言っていたことをどう確かめるべきなのか。恭一の逡巡を悟ったかのように、天花は柔らかく笑った。
「何があったの?」
「……警察の人間に話しかけられた」
「それは……ここにいるのがバレたってこと?」
恭一は頷く。けれど天花は驚くほど落ち着いて見えた。
「それで……どうしたの? 誤魔化して逃げてきた?」
「いや。それができるような状況じゃなかった。だから――殺したんだ」
天花が恭一の目の前に立つ。静かな表情で天花は恭一の手を取って言った。
「手が震えてる」
恭一に自覚はなかったが、天花に手を握られて初めてそれに気がつく。人を殺した直後に平静でいられる人は多くない。落ち着いているつもりでも、人を殺した感覚が手に残って消えることはないのだ。
「――同じになったね、私と」
天花の言葉に恭一は息を呑む。少なくとも、天花が父親を殺したのは事実だ。恭一の手を包む小さくて柔らかな手は、間違いなく人を殺したことがある。そして恭一の手もたった今人を殺して汚れてしまったのだ。
「天花……」
「大丈夫。今は、何も考えなくていい」
手を掴まれたまま壁に押し付けられ、唇を奪われる。舌を絡め取られ、根元を舌先でなぞられると思わず力が抜けた。
天花の手が頬から首筋へ、胸から腹へと徐々に下りていく。天花が何をしようとしているか気が付いた恭一は、慌ててその手を止めた。
「そんなことしなくていい」
「うるさい、黙ってて」
その言葉に気圧されて、言葉は封じられる。下りてきた手が服越しに敏感な場所に触れ、恭一は微かに吐息を漏らした。
「何も考えなくていいから」
天花が耳元で言う。あり得ない状況だと思うのに、人を殺したあとだというのに、天花に触れられることで、体は如実に反応を示していた。
「天花……っ」
白く柔らかい手が、熱を持った場所に直接触れる。上下に動かされ刺激を与えられて、徐々に思考が途切れていく。溢れ始めたもので少しずつ滑りが良くなり、天花の手の動きが速くなった。
「っ……天花、もう」
天花は恭一を床に座らせる。その状態で、天花は下に穿いているものを全て脱ぎ、恭一の上に跨った。
手で刺激され屹立したものに、濡れたものが触れる。天花はそのままゆっくりと腰を下ろした。天花の唇から呻き声と嬌声の中間のような声が漏れる。潤いはあるが、息が詰まるほどに狭い。けれど痛みを感じているのはどちらかといえば天花の方だ。天花は肩で息をしている。痛みを堪えながらも天花は更に腰を落とした。
「……っ、ねぇ」
息継ぎのような呼吸のあと、天花が口を開く。同時に腰を動かされて、恭一の口からは甘さを含んだ吐息が漏れた。
「どうやって殺したの?」
「どうやってって……」
そんなことを聞いてどうするのだろうか。しかもこんな状況で聞くことではない。戸惑う恭一を天花は更に追い詰めていく。激しい動きに伴う水音と、二人分の荒い呼吸が響いていた。
「そんなこと聞いて、どうするつもりだ?」
「どうもしないよ。ただ知りたいだけ」
そう答える間も、天花は動きを止めない。まるで尋問されているようだと恭一は感じた。天花が何を考えているかがわからない。その真意を知りたいと思うのに肉体に与え続けられる快楽が徐々に思考能力を鈍らせていく。
「今更いい人ぶったって無駄だよ。私たちは人殺しなんだから」
突きつけられた言葉が胸に刺さる。快楽と共に人殺しであるという曲げられない事実が心と体に刻まれていく。天花の目は真剣だった。少なくともはぐらかすことはできない。恭一は観念して、事実をありのままに答える。
「その辺にあった岩で殴ってから、首を絞めた」
「そう」
天花はどこか満足そうに微笑む。それから恭一の肩に手を置き、唇を重ねた。やっていることは甘い行為だとしても、真意がわからないまま与えられるものは恭一にとっては恐怖でもあった。それでも欲望と愛しさが混ざり合った衝動で果てへと向かって突き上げてしまう。
「っ……あ」
天花が声を上げて、次の瞬間に力の抜けた体を恭一に預ける。果てる刹那の締め付けに精を放ってしまった恭一は、ゆっくりと天花の背に腕を回した。
「天花……」
今の天花に聞くことはできない。けれど昭島の言っていたことの真相は気になっていた。天花が誰かに毒を盛っていたという話は本当なのか。そして、母を殺したという話も。
ああ、でも、聞いたところで進む道はたったひとつしかない。互いに人を殺してしまった事実は変わらないのだ。
「……私があんなことしなければ、お兄ちゃんが人を殺すこともなかったんだよね」
力なく呟かれる言葉は、暗く沈んでいるように思えた。先程までとは別人のようだ。赤く咲く棘のある薔薇のようだった天花が、今は生い茂る草に隠されてしまった白い小さな花のようで。でも、そのどちらも天花であることは揺るがないのだ。
「天花が気に病むことじゃない。俺がやりたいからやっただけだ。それに――」
「それに?」
「……これで、俺たちは本当の意味での共犯者だ」
天花が顔を上げる。その目は溢れそうなほど大きく見開かれていて、どうやら酷く驚いているようだった。
「最初に共犯者って言ったのはそっちだろ」
「それはそうだけど」
「殺したことは後悔してない。それは事実だ」
天花の後頭部を抱えるようにして、強引に唇を重ねる。酸素を奪い合うようなキスに、天花がしがみつくように恭一の服を握った。
「天花」
光を湛える天花の瞳を見つめて言う。先程は翻弄されるだけだった。けれど今は――後悔はないと言える、今だからこそ。キスをしながら胸の柔らかな膨らみに触れても、天花は抵抗する素振りは見せなかった。
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