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8・選択肢_1
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恭一がシャワーを浴びている間、先にシャワーを浴びていた天花は二人分のコーヒーを淹れていた。同じ見た目のコップに注がれた二つのコーヒー。天花はその片方にだけ隠し持っていた瓶の中身を入れた。それから深色の持ち物からこっそり抜き取っておいた薬も一緒に入れる。
(これで、最後)
中に入っていたものが完全に溶けて消えたところで、恭一が戻ってきた。天花は椅子に座ったままで恭一に言う。
「好きな方飲んでもいいよ」
「うん、ありがとう」
恭一は向かって右側のコップを手に取った。天花はそっと目を伏せる。
(そっちを取ったか――)
天花はもう片方のコーヒーに砂糖を入れた。砂糖でいくら甘くしても苦味が完全に消えるわけではない。舌に残る苦味。天花は空になったコップをテーブルの上に戻しながら、同じようにコーヒーを飲む恭一を眺めた。時刻は午前九時三十五分。天花はソファーに移動して本を読み始めた恭一を横目で見る。あと十五分ほどで深色の荷物からくすねた薬の方が効き始めるはずだ。
(左を選べば良かったのに)
そちらには何も入れていなかった。どちらかを選ぶ権利は恭一にあった。完全な二分の一。ただの運。けれどこれが最後であることには変わりない。恭一が左のコップを選んでいれば、右のコップのコーヒーを飲んだのは天花になる。どちらが死んでも全てが終わる。結果は同じことだ。
(二択を外すくらい運が悪かっただけ)
天花は膝の上で拳を握る。午前九時四十分。じわりじわりと時間が進んでいくのを、天花はじっと待っていた。
(でも、そもそも、私なんかの傍にいなければ――)
しばらくすると、ソファーに座っていた恭一が起き上がり、何かを取ろうと歩き出す。しかしその瞬間に体のバランスを崩して床に膝を突いた。
「……天花」
搾り出すような声で恭一が言う。天花は小さく笑ってから立ち上がった。天花が何をしたかはすぐにわかったのだろう。天花が恭一の目の前にしゃがみ込むと、恭一は力の入らない手で天花の腕を掴んだ。
「何の、つもりだ」
「お兄ちゃんにはわからないよ。本物の人殺しじゃないから」
「そうじゃない。俺が聞きたいのは――」
「お兄ちゃんが悪いんだよ。私に優しくしたりするから」
殺す動機があるわけではなかった。少なくとも天花にとって、父や深色ほど憎しみを抱くような相手ではない。それでも――殺してしまいたい、という衝動が抑え難いものになってしまっていたのだ。
「お兄ちゃんは馬鹿だね。もっと早く突き放してれば、こんなことにはならなかったのに」
「天花……」
恭一の手が天花の腕から離れる。意識が朦朧としてきたのだろう。床に倒れた恭一を見下ろしてから、天花は最低限の荷物を持って部屋を出る。最後に恭一が何かを言っていたような気がしたが、その声が天花の耳に届くことはなかった。
(これで、最後)
中に入っていたものが完全に溶けて消えたところで、恭一が戻ってきた。天花は椅子に座ったままで恭一に言う。
「好きな方飲んでもいいよ」
「うん、ありがとう」
恭一は向かって右側のコップを手に取った。天花はそっと目を伏せる。
(そっちを取ったか――)
天花はもう片方のコーヒーに砂糖を入れた。砂糖でいくら甘くしても苦味が完全に消えるわけではない。舌に残る苦味。天花は空になったコップをテーブルの上に戻しながら、同じようにコーヒーを飲む恭一を眺めた。時刻は午前九時三十五分。天花はソファーに移動して本を読み始めた恭一を横目で見る。あと十五分ほどで深色の荷物からくすねた薬の方が効き始めるはずだ。
(左を選べば良かったのに)
そちらには何も入れていなかった。どちらかを選ぶ権利は恭一にあった。完全な二分の一。ただの運。けれどこれが最後であることには変わりない。恭一が左のコップを選んでいれば、右のコップのコーヒーを飲んだのは天花になる。どちらが死んでも全てが終わる。結果は同じことだ。
(二択を外すくらい運が悪かっただけ)
天花は膝の上で拳を握る。午前九時四十分。じわりじわりと時間が進んでいくのを、天花はじっと待っていた。
(でも、そもそも、私なんかの傍にいなければ――)
しばらくすると、ソファーに座っていた恭一が起き上がり、何かを取ろうと歩き出す。しかしその瞬間に体のバランスを崩して床に膝を突いた。
「……天花」
搾り出すような声で恭一が言う。天花は小さく笑ってから立ち上がった。天花が何をしたかはすぐにわかったのだろう。天花が恭一の目の前にしゃがみ込むと、恭一は力の入らない手で天花の腕を掴んだ。
「何の、つもりだ」
「お兄ちゃんにはわからないよ。本物の人殺しじゃないから」
「そうじゃない。俺が聞きたいのは――」
「お兄ちゃんが悪いんだよ。私に優しくしたりするから」
殺す動機があるわけではなかった。少なくとも天花にとって、父や深色ほど憎しみを抱くような相手ではない。それでも――殺してしまいたい、という衝動が抑え難いものになってしまっていたのだ。
「お兄ちゃんは馬鹿だね。もっと早く突き放してれば、こんなことにはならなかったのに」
「天花……」
恭一の手が天花の腕から離れる。意識が朦朧としてきたのだろう。床に倒れた恭一を見下ろしてから、天花は最低限の荷物を持って部屋を出る。最後に恭一が何かを言っていたような気がしたが、その声が天花の耳に届くことはなかった。
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