【R18】裏庭には緋が実る

深山瀬怜

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11・冷えた躰_2

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 宛もなく歩いて、たまに知らない人の車に乗せてもらい、気が付けば天花は今まで名前もほとんど聞いたことがなかった離島に辿り着いていた。島の小さな民宿に、仕事を手伝う代わりに宿代を免除してもらって泊まってはいるが、これからどうするかは全く見えていなかった。そもそも恭一が毒の入った方のコップを選んだ後のこともまともに考えてはいなかったのだ。ただ、全てを終わらせるための賭けをしただけ。どちらを選んでも終わりは訪れる。そのはずだったのだ。
 一人になってから、悪夢をよく見る。それは夢ではなく過去の断片だ。投げつけられた言葉や自分の罪を、したくもないのに何度も反芻させられる。
 もっと早く、こんなことになってしまう前に終わりを選ぶべきだったのだ。本当は自分は生まれてくるべきではない存在だったのだから。
 母にとって、天花は望んでいない子供だった。両親にどんな事情があったのかは推測することしか出来ないが、おそらくは父が避妊を嫌がったのだろう。そして難産の末に生まれた天花は、どちらかといえば育てにくい子供だった。失敗を父になじられるたびに、母は誰も見ていないところで天花に言った。
 あなたが生まれてこなければ、こんな目に遭うこともなかったのに――と。
 けれど父から離れて、母の実家近くの病院に入院していたときの母は優しかった。苦しむ天花の傍にずっと付き添ってくれていて、そのときは呪詛の言葉を吐かれることもなかった。母を楽にするために、早く体が良くなればいいと思っていた。けれどそれは偽りの姿で、本当に天花を苦しめる原因を作っていたのは他ならぬ母親だったのだ。それを深色に教えられたあと、天花は一つの選択をした。
 この苦痛を終わらせるために、母親を殺すのか、自分を殺すのか。その結果として、天花は今ここで生きている。本当はその選択をすべきではなかったのだと思いながら。
 眠れないことに苛立って上半身を起こしたとき、部屋の襖がノックされた。入っていいよ、と声をかけると、襖が少しだけ開いて、切れ長の目の少年が顔を覗かせる。彼はこの民宿を経営する老夫婦の子供で、年齢は天花の二つ下の十六歳だ。さとしという名のこの少年は、近くに年の近い子供があまりいなかったからなのか、天花がこの島に来てからというもの、何かと天花に構ってくる。
「……また眠れないのか?」
「そっちこそ」
「僕は寝ようと思えば寝れるんだけど」
 慧はふっと笑みを零して、天花の頬に手を伸ばす。またか――と天花は溜息を漏らした。慧は同年代の異性というものに飢えているのか、天花の体に興味を持つのは早かった。緊張した面持ちで正直に欲望を伝えてくる慧に対して、天花はそれを受け入れた。恋愛感情があったわけではない。ただ、断るような理由がなかっただけだった。
「こんなことして、何が面白いの?」
「面白いからやってるわけじゃないんだけど」
 ゆっくりと、起こしていた上半身を再び布団に戻される。家の仕事の手伝いで荒れた慧の指が体をなぞっていく。けれど天花の体は冷たいままだった。遠慮がちに、丁寧に、慈しむように触れられても、天花の体に情欲の炎が灯ることはなかった。
 何の反応もない天花の体に触れ、自身を硬くする慧を眺めながら天花は思う。慧は何が楽しくてこんなことをしているのだろう、と。死体に触れているようなものではないか。慧は何も反応しないし何もしようとしない天花を否定はしなかった。性欲処理にはそのくらいの方が都合がいいのだろうか。それとも他に相手がいないから、これで満足しているのか。
 そして、天花自身も何故自分が何も感じないのかわからなかった。最後に恭一と体を重ねたときは――そこまで考えて、すぐにそれを打ち消した。もう全て終わってしまったことだ。助かったのか助かっていないのかはわからない。でも、おそらくもう二度と会うことはないだろう。今更その手に触れられた記憶を思い出したところで、何の意味もないのだ。
「……っ」
 それなのに、思い出したその一瞬だけ体が反応してしまう。天花のいつもと違う様子に慧も少し驚いたようだった。
「今、何考えてた?」
「別に何でもいいでしょ」
「好きな人でもいるのか?」
「……好きとか、そういうのはよくわからない」
 恭一のことをどう思っていたのかと聞かれても答えに窮してしまうだろう。嫌いではなかった。けれど好きかと聞かれると答えられない。
「僕は天花のことが好きだよ」
「……まだ会ったばかりなのに」
「好きになるのに期間なんて関係ない。けど、天花が僕以外の人を想っているなら、僕をその代わりだと思ってもいい」
 慧はどうしてそんなことを言うのだろうか。天花には理解できなかった。けれど目を閉じてほしいという慧の言葉には思わず従ってしまった。視界が封じられると、代わりに触覚が鋭敏になる。
 肌をなぞっていた指が器用に下着の金具を外し、顕になった胸を包み込む。今まで無感動に受け入れていたはずのものに呼吸を僅かに乱された。温かくぬめるものに胸の先端が包まれ、軽く吸われた音が響く。自分に触れているのは慧だとわかっているのに、決して代わりにしているわけではないのに、一瞬思い出してしまった記憶が呼び水となって、息を吹き返したかのように天花の体が熱を持つ。
「だめ……」
 内股をすり抜けた手が下着越しに性器をなぞる。慧が息を呑む気配が伝わってきた。ここに来てから乾ききっていたはずの場所が、今は熱い雫を湛えている。
「本当に嫌ならやめるけど」
「これ以上は、だめ……」
 このまま続けていたら、捨てたはずのものを思い出してしまうから。与えられるはずないと思っていた幸福と、それが許されないものであるという現実を。今までの自分を支えてきた全てを壊してしまいそうなほどの熱が蘇ってしまう。
「天花がそう言うなら」
 慧はあっさりと天花から離れ、乱れた服を整えた。天花は慧から目を逸らして言う。
「ごめん」
「いいんだよ。天花を傷つけたくてやってるわけじゃない。天花が嫌なら辞めるって、最初から言ってるし」
 慧の方が年下であるはずなのに、天花の頭を撫でる手は大人びていた。
「どうして嫌なのかは、教えてくれない?」
 それは天花の感覚的なものだ。言葉で説明するのは難しいし、説明できたとして理解してもらえるかはわからない。しかし天花は慧の荒れた手に促されるようにして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……あのまま続けていたら、自分が自分でなくなりそうで」
「自分が自分でなくなるのは、確かに怖いかもね。でも天花の言う自分ってどんなものなの?」
「え?」
「天花はそれを守るために必死になっている気がする。そのために分厚い鎧を着ているから、僕にはそれが見えない」
 自分自身がどんなものなのか。それは天花自身もあまり考えたことはなかった。自分が守ろうとしているものは何なのか。どうしてそれを壊されることが怖いのか。慧はゆっくりと天花を抱きしめた。天花はその背に腕を回しながら、頭の片隅でぼんやりと考える。
(このまま傍にいたら、きっと――)
 母の言葉が響く。お前がいたから私は不幸になったんだと天花を責め立てる声。思い出す度に息ができなくなる。そしてそこから芋蔓式に父に投げつけられた言葉も蘇ってきた。
「天花?」
「……優しくしないで」
 慧の体にしがみつくようにして天花は言う。慧は天花の肩に触れている手に少しだけ力を込めた。

「これ以上傍にいたら、きっと私はあなたを殺してしまうから」
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