うつし世はゆめ―人間とダンピールと吸血鬼ですが家族やってます―

深山瀬怜

文字の大きさ
1 / 139
三兄妹と悪魔・前編

三兄妹の日常・1

しおりを挟む
「こら、紅羽くれは。また人工血液パック残して」

 緑色のシンプルなエプロンを着け、お玉を片手にした榛斗はるとが妹の紅羽を諌める。妹、といっても血は繋がっていない。というかそもそも種族から違っている。紅羽は吸血鬼で榛斗は人間。しかし、ひとつ屋根の下で兄妹として暮らしていた。

「だって美味しくないんだもん」
「だからって飲まなかったら動けなくなるでしょうが」
「えーだって本当にマズいんだってこれ。ちょっと榛兄飲んでみてよ」

 紅羽は唇を尖らせながら、半分ほど中身が残った人工血液パックを突き出す。パックは人間の食べ物で言うとゼリー飲料のような形だ。その中に入っている赤いものは、血液ではないが、吸血鬼に血液と同様の効果を与えるものだ。ほとんど人から吸血しなくなった現代の吸血鬼には必需品なのだ。

「いや、俺人間だし……」

 しかし人間には必要のないものだ。紅羽は渋々といった顔で人工血液パックの蓋を再び開けた。

「もうちょっと企業努力ってものを見せてほしいよね。世の中には全ての猫を幸せにする為に美味しいご飯を作る会社だってあるのに! だったら全ての吸血鬼を幸せにする為に努力する会社があったっていいじゃん!」
「いいけど、今さりげなく猫と自分を同列に並べてないか?」
「吸血鬼は猫と仲良しだからね。私も友達の猫がいるし」
「初耳だな。どんな猫だ?」
「黒い猫。昔は魔女の使い魔だったんだって」

 そうなんだ、と答えかけて榛斗は気付く。そんなことよりも早く食事を終わらせなければならないのだ。

「いいから早く飲んじゃって」
「そう簡単に言うけどさ、こんなマズイものゴクゴク飲めないって。だったらにんにくたっぷりペペロンチーノの方がマシ」

 文句を言う紅羽の首元で、十字架のチョーカーが揺れる。それは吸血鬼の弱点だと言われていたが、信仰のないものが作ったアクセサリーにその効果はないらしい。逆に言えば信仰がある者なら、道に落ちている枝で作っても効果を発揮するという。ちなみににんにくに関しては、ここ百年で吸血鬼の体質が変化したことにより、ある程度は平気になったらしい。

「にんにくも良くて、十字架もアクセサリーなら大丈夫なのに、人工血液パックだけはマズいって思うのか……」
「榛兄も飲んでみたらわかるよ。何だろう……泥とゲロ混じったみたいな味するから」
「人間と吸血鬼の味覚って違うからなぁ」
「そうやって歩み寄らないからいつまで経ってもマズいやつしか作れないのよ」
「俺が作ってるわけじゃないし」

 二人が騒いでいると、先に食事を終えて着替えていた碧都あおとが階段を降りてきた。碧都は吸血鬼と人間の間に生まれた子供、つまりダンピールである。種族はバラバラだが、榛斗、碧都、紅羽は三兄妹として同じ家で暮らしているのだ。碧都は穏やかな笑みを浮かべながら、揉める二人の間に割って入る。

「はいはい、もうすぐ仕事の時間なんだから揉めないの」
「だって榛兄が……」
「榛兄は紅羽のこと心配して言ってるんだから。人工血液、美味しくないのはわかるけど、あとちょっとだけでいいから飲もう?」
「はぁい……」

 榛斗に言われたときは文句たらたらだった紅羽だが、碧都に言われると不承不承ながらも素直に従う。榛斗はエプロンを外しながら声を上げた。

「何か碧都には素直じゃない?」
「だってなんかムカつくんだもん、榛兄」
「理不尽……!」

 三人で暮らし始めた当初からそうだったが、ここ最近の紅羽は榛斗に対して反抗的な態度を取る。反抗期かなぁ、と榛斗が呟くと、碧都が小さく笑った。

「なんか榛兄、年頃の娘に悩まされるお父さんみたいになってるよ」
「やだよ、こんなおっきな子供がいる年齢じゃないもん。結婚もまだだし」

 先日マッチングアプリで良さそうな人と出会ったが、まだ数回昼間にデートしただけだ。結婚までの道は当然ながら遠い。榛斗は溜息を吐いた。

「それなのに最近会社の子には『ちょっと老けて見えますね』って言われたりさ。俺はまだピチピチの31歳なのよ」
「人間の31歳って吸血鬼で言ったら何歳くらい?」
「犬の年齢の話してるんじゃないんだよ?」

 また不毛なじゃれ合いの気配を感じた碧都は二人の間に割って入る。いつものことなので慣れたものだ。

「ところで、そろそろ準備しないと。今日カタをつけるんでしょ?」
「あ、待って。これ飲んじゃうから」

 紅羽は顔をしかめながらも人工血液を飲み干す。それを見ながら榛斗は笑った。

「ちゃんと飲んだな。えらいえらい」
「そういう子供扱いが嫌だって言ってるじゃん」

 紅羽は唇を尖らせる。吸血鬼はあまり年を取らないので、見た目と実年齢が違っていることは多いが、紅羽は見た目通りの17歳で、かなり若い吸血鬼だ。榛斗から見ると正真正銘子供に見える。

「にしても人工血液パック、本当にマズいんだよね。どうにかならないの?」
「俺そもそも人間だから、血が美味しい感覚もわからないんだよなぁ」
「別に人間の血も美味しいわけでは」
「え、美味しくないの!?」

 紅羽によると、若い吸血鬼は人間と共存していくためなのか、味覚も変わってきているらしい。人間の血は不味いわけではないが美味しくもないという。人間のような食事の方が美味しいと感じるが、それでは必要な栄養が摂れないというのは難儀なものである。

「美味しい人もいるけどね。不摂生してる人の血はマズいね。榛兄とか最悪」
「ええ……一回しか飲んだことないじゃん」
「あのときがマズすぎてもはやトラウマ」

 そのときは残業続きで確かに不摂生の極みだった。とはいえそれを別視点で指摘されると改めて身につまされる。榛斗は溜息を吐きながら、紅羽に早く準備をするように促した。



***



 時は令和。
 科学の時代に、かつて人間を脅かした怪異は消え去ったかのように見えた。
 しかし彼らの多くは人間の領域を侵さずに、ひっそりと穏やかに生きることを選んでいた。
 結果として怪異は人に馴染み、人のすぐそばで、少しだけ人と違う生活を送るようになっている。

 その生活に適応した新時代の吸血鬼は、純血の吸血鬼であっても、かつての弱点のほとんどを克服していた。
 十字架もにんにくももはや弱点ではない。太陽の下を歩くこともできる。

 そんな時代に、人間とダンピール、吸血鬼が三人で暮らす家があった。
 血のつながりがないながらも共に暮らす三人は、夜の世界で生きている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...