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17・自然に還れ
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「学校に来てない?」
「そうみたい。和紗ちゃんの担任の先生に聞いたんだけど、今日は休むって連絡があったって」
璃子は幾分か落ち着きを取り戻しているようだった。まだぎこちないが稔と話はしてくれる。和紗が学園に来ていないというのは、その璃子からもたらされた情報だった。
「本当は、ちゃんと和紗ちゃんと話がしたかったんだけど……」
「璃子。あんなことされた後なんだから、一人で行くのはやめてくれ。和紗と話がしたいなら俺も一緒に行くから」
「うん。でも、和紗ちゃん……大丈夫かしら」
憂花は自宅から和紗を登校させると言っていた。けれど和紗は学園に来ていないという。試しに携帯に電話を掛けてみても繋がらなかった。
「馬術部の子もかけてみたけど繋がらないって言ってたから……もしかして何かあったんじゃないかって。その子たちが送ったメッセージに既読もつかないみたいで」
「でも先生のところにいるなら大丈夫だとは思うんだけど」
医者である憂花なら、仮に和紗の体に何かあったとしても対処できると思って任せたのだ。璃子は他に和紗に連絡が取れそうな人をアドレス帳の中から探しているようだった。
「稔! よかった、探してたんだ」
「拓海か。どうしたんだ?」
「ちょっと急いでお前に話したいことがあって――」
拓海は稔の横にいる璃子を見て、一瞬迷ったようだった。璃子には聞かれたくない話なのだろう。稔は璃子に向かって言った。
「璃子。無理はしなくていいけど、和紗と連絡取れそうな人を探しておいて欲しい。俺は拓海との話が終わったら先生に連絡取ってみるから」
「うん、わかった」
璃子は携帯端末を片手に足早にその場から離れていった。拓海は璃子の背中を見送ってから、稔に小声で尋ねる。
「何かあったのか? 微妙にぎこちない気がしたけど」
「……ちょっとな。で、話って?」
「それよりもさっき璃子ちゃんと話してたのってどういうことだ? 和紗ちゃん、連絡取れないのか?」
「昨日色々あって、出て行ったんだよ。で、主治医の先生とたまたま出くわしたらしくて、そのまま先生の家に泊まらせもらって、今日は登校する予定だったんだけど、来てないみたいで」
稔の話を聞いた拓海が青ざめる。拓海は稔の手を引いて、階段下の人がほとんど通りがかからないスペースに入った。そして周囲を確認してから鞄の中から取り出した紙の束を稔に渡す。
「何だ、これ?」
「前に言っただろ、外国で発生した奇病の話。オヤジの部屋にそれについての詳しいレポートがあったんだ。それの、線引いてるとこを読んでみてくれ」
レポートは全てが英語だったが、その奇病の治療について書かれているようだった。しかし今のところは有効な治療法はないという報告がされていた。けれど内容は関係ない。問題はそこに書かれていた報告者である医師の名前だ。それが目に入った瞬間、稔は目を見開いた。
「どうして、ここであの人の名前が出てくるんだ……」
「この一致はどう考えたって偶然じゃない。それからな……俺のオヤジが一昨日から行方不明なんだ」
「それって……」
「オヤジがわざわざそれに線まで引いてたってことは、確実に何かを掴んで、そのせいで誘拐されたとか……その線が大きいだろうな」
稔は足元が崩れるような感覚を味わっていた。
思えば、電話のときの和紗の様子は少し変だった。けれど医者である憂花のところにいるなら大丈夫だろうと流してしまったのだ。
――でも、その人物こそが全ての元凶だったとしたら。
憂花がいるから大丈夫だと思わず、迎えに行くべきだった。和紗がどれだけ拒んだとしても、一番預けてはならない人に預けるよりはましだったのだ。
「オヤジがいなくなって、部屋の中に何かないかと色々漁ってたんだ。そうしたらこんなものも出て来て」
拓海が取り出したのは、見覚えのある模様が彫られた指輪だった。その模様は見たことがある。和紗の腹部にあるもの――そして今は、稔や璃子も持っているものだ。
「それは……何なんだ?」
「わからないけど……前に都市伝説の話もしたろ? 人間の生殖機能を元に戻そうとしている勢力があるって。もしかしたら関係あるんじゃないかと思って」
もう拓海の話を陰謀論だとか都市伝説だとか言うことは出来なかった。稔たちが置かれている状況そのものが、それが限りなく真実に近いということを示している。稔は唇を噛み締めた。
「証拠はない。でも、布施憂花がこの件に関わっているのは確実だろうな。何と言っても彼女が和紗ちゃんの主治医だ」
「気になることがあるとすれば、何でそんな普通に足がつきそうな相手を標的にしたかってことだけど……」
「最初の一手が成功すれば問題ないと思ってたのか、別に黒幕がいるのか――いずれにしても、最初にやらなきゃいけないことは一緒だ」
稔は頷いた。何にせよ、和紗を憂花のところから連れ戻すのが先決だ。和紗には言いたいことが山のようにあるし、自分たちの手に負えない事態になってきているのも事実だが、目標はいたってシンプルだった。
「オヤジもおそらく布施憂花のところにいるだろうしな。……思えば、ヒントをくれてたのかもな」
「そういえば最初に外国の村の話教えてくれたのは、拓海の親父だったか」
「それならそうと、最初から全部言っといてくれれば良かったんだけどな」
脅されていて、真実を他言できない状態にあったのかもしれない。その中で出来る最大限がそれだったという可能性もある。
「警察とかは、確実に事件性があるって判断しないと動いてくれないらしいからな。一応俺のオヤジがいなくなった件で相談してはいるけど、どこまで協力してくれるかはわからない。あと頼りになりそうな人は――」
「こういうときに頼れそうな人はあまり知り合いにいないな……。でも、璃子なら」
「いいのか、璃子ちゃんにこのこと話しても?」
秘密を明かせば、それだけ危険に巻き込むことになる。けれど璃子はもう無関係とは言えないのだ。狂ってしまった全てを元に戻すためにも、璃子には話しておいた方がいいと稔は思った。
「璃子には俺から話すから。拓海は、親父さんの線からどうにかできないか探ってみてくれ」
「言われなくてもそうするつもりだよ。ま、とりあえず手がかりを探しに来ましたっていってしれっと病院行ってみるかな」
「俺も行くよ」
「璃子ちゃんも?」
重くなった空気を軽くするためか、拓海がからかうように言った。稔は拓海の質問に小さく頷くことで答えた。
***
「随分勝手なことをしてくれたじゃないですか、先輩?」
「限界だったんだ。あんなこと、耐えられるはずがない」
目を覚ました和紗は、男女の話し声が聞こえてくることに気が付いた。片方は憂花の声。もう片方は、先程和紗を犯した男のものだ。目隠しは既に取られている。けれど体が重く、目を開くことすら億劫だった。
「一週間ですか。大口を叩いたわりには堪え性がないですね?」
「ッ……それは君が、こんなものを……!」
「こんなものって? そのデカいしか取り柄がなさそうなモノについてるリングのことですか? それとも先輩に毎日投与してる薬のこと?」
「両方だ!」
「性欲を更に高める薬を投与して、一週間コックリングをつけて生活をしてもらって、和紗ちゃんがいるってわかってるところでそれを外してあげたらどうなるか……先輩はその高潔な心で我慢してくれると思ったんですけどね」
「ッ……やめ……!」
和紗が二人に気付かれないように薄目を開けると、男の方は床に座らされ、金色のリングを嵌められた肉棒を憂花に踏みつけられていた。男の顔は病院で何度か見たことがある。けれどほとんど話したことがないので名前はわからなかった。
「ねぇ、先輩みたいな男がいっぱいいたから今みたいな世の中になってしまったんですよ? しかも和紗ちゃんが悪いとか、気持ち悪ぅいこと言っちゃって」
「そ、それは……」
「あれが先輩の本性なんですよ。所詮は愚かな獣。でも私たちはそれを肯定します」
二人は和紗が目を覚ましたことにまだ気付いていない。けれど手足の拘束は元に戻っていて、自由に動くことは出来なかった。首だけを動かして周囲を観察する。先程までいたはずの憂花の自宅でないことはわかった。歴史の資料集で見た地下墳墓に少し似ている。二人がいる場所の奥の方には小さな祭壇らしきものが見えた。しかし祭壇のところにあるシンボルは和紗が知っている宗教のものではない。
「私たち……君は組織を追放されたんだろう? もう調べはついているんだ。君のやることは過激すぎる上に性急すぎると判断されたと」
「すごい情報網ですね、先輩。医者をやめてスパイになったらどうですか?」
「ッ……君は組織を追放された人間だ。それなのに――」
憂花が強く男の肉棒を踏みつける。男は呻き声を上げているが、その砲身は相変わらず硬さを保っていた。
「別に組織に所属していなくても、信じているものは同じなんですよ。今の人間の在り方は自然に反しすぎている。それを元に戻すべきだと、自然に還るべきだと考えているのは同じです。でも彼らのやり方ではあまりにも生ぬるい。あんなやり方では、全人類にそれが波及するまでには百年以上かかってしまう」
「今の状況だって、人類の努力の上に成り立っているんだ。それを勝手に元に戻そうとするなんて」
「でも先輩、もうその体は快楽を知ってしまったじゃないですか。気持ちよかったんでしょう?」
男は何も反論できなくなっているようだった。和紗も言い返せるかどうかわからない。和紗も同じだ。自分の体を勝手に変えられたことに対する怒りはある。けれど知ってしまった悦楽に囚われている。何も知らない頃はよかった。一度その味を覚えてしまうと、どうしても体がそれを求めてしまう。
「性の快楽っていうものは絶対的に存在するんです。そして生殖というのは生物にとって一番大切な機能と言えます。しかし人間社会が複雑になりすぎて、それに伴う不都合が出てきすぎてしまった。でも、こうは考えられませんか? そもそもそんな社会の方が間違っているのだと。人間は自然に還るべきなのです」
「今更この文明を捨てることはできないだろう……君が目論んでいるのは、人間社会の崩壊なのか……?」
「さあ……そこまでできるかどうかはわかりません。でも、人間の体を自然な状態に戻すためには、多少の荒療治も必要かと」
憂花の言いたいことはわかる。けれど、和紗には何が正解かは判断できなかった。唯一はっきりしているのは、和紗が自分の体についての選択を奪われたということだ。
「なぜ、彼女を選んだんだ」
「こんなに勃たせながら聞くことじゃありませんよ。自分で証明してしまっているじゃないですか。そもそも最初の一人に関しては、卵巣か子宮を手術する予定がある人でなければなかったんです。その中で彼女を選んだのは、彼女が非常に周囲の人間にとって魅力的に映る人物だったこと。そして自然に反していたことが理由です」
「自然に反していた?」
「彼女が愛していたのは自分の兄だった。でもそんなものは、自然に反していて気持ち悪いでしょう?」
自分の気持ちを知られていた上に、そんな風に思われていたとは。和紗は涙が零れそうになるのを必死に堪えた。憂花は和紗にどれだけの嘘を吐けば気が済むのだろうか。血が繋がっていようがいまいが、人間と人間が結ばれる行為は最も悍しくて美しいなどと言いながら、本当は和紗の思いを、自然ではない、許されないものだと思っていたのだ。
「さて、先輩には罰を受けてもらわなければなりませんね。勝手に和紗ちゃんに手を出したことを反省してもらいます」
憂花が腰に挿していた黒いものを抜いた。それは乗馬に使う一本鞭とよく似ている。和紗もそれを使うことはあるが、クリスティーヌは鞭を嫌がる。そもそも人に指示されるのを嫌がる馬なので、持っているだけでほとんど使ってはいなかった。憂花はそれを男に向かって勢いよく振り下ろす。薄暗い空間に、鞭がしなる音と男の呻き声が響いた。
「そうみたい。和紗ちゃんの担任の先生に聞いたんだけど、今日は休むって連絡があったって」
璃子は幾分か落ち着きを取り戻しているようだった。まだぎこちないが稔と話はしてくれる。和紗が学園に来ていないというのは、その璃子からもたらされた情報だった。
「本当は、ちゃんと和紗ちゃんと話がしたかったんだけど……」
「璃子。あんなことされた後なんだから、一人で行くのはやめてくれ。和紗と話がしたいなら俺も一緒に行くから」
「うん。でも、和紗ちゃん……大丈夫かしら」
憂花は自宅から和紗を登校させると言っていた。けれど和紗は学園に来ていないという。試しに携帯に電話を掛けてみても繋がらなかった。
「馬術部の子もかけてみたけど繋がらないって言ってたから……もしかして何かあったんじゃないかって。その子たちが送ったメッセージに既読もつかないみたいで」
「でも先生のところにいるなら大丈夫だとは思うんだけど」
医者である憂花なら、仮に和紗の体に何かあったとしても対処できると思って任せたのだ。璃子は他に和紗に連絡が取れそうな人をアドレス帳の中から探しているようだった。
「稔! よかった、探してたんだ」
「拓海か。どうしたんだ?」
「ちょっと急いでお前に話したいことがあって――」
拓海は稔の横にいる璃子を見て、一瞬迷ったようだった。璃子には聞かれたくない話なのだろう。稔は璃子に向かって言った。
「璃子。無理はしなくていいけど、和紗と連絡取れそうな人を探しておいて欲しい。俺は拓海との話が終わったら先生に連絡取ってみるから」
「うん、わかった」
璃子は携帯端末を片手に足早にその場から離れていった。拓海は璃子の背中を見送ってから、稔に小声で尋ねる。
「何かあったのか? 微妙にぎこちない気がしたけど」
「……ちょっとな。で、話って?」
「それよりもさっき璃子ちゃんと話してたのってどういうことだ? 和紗ちゃん、連絡取れないのか?」
「昨日色々あって、出て行ったんだよ。で、主治医の先生とたまたま出くわしたらしくて、そのまま先生の家に泊まらせもらって、今日は登校する予定だったんだけど、来てないみたいで」
稔の話を聞いた拓海が青ざめる。拓海は稔の手を引いて、階段下の人がほとんど通りがかからないスペースに入った。そして周囲を確認してから鞄の中から取り出した紙の束を稔に渡す。
「何だ、これ?」
「前に言っただろ、外国で発生した奇病の話。オヤジの部屋にそれについての詳しいレポートがあったんだ。それの、線引いてるとこを読んでみてくれ」
レポートは全てが英語だったが、その奇病の治療について書かれているようだった。しかし今のところは有効な治療法はないという報告がされていた。けれど内容は関係ない。問題はそこに書かれていた報告者である医師の名前だ。それが目に入った瞬間、稔は目を見開いた。
「どうして、ここであの人の名前が出てくるんだ……」
「この一致はどう考えたって偶然じゃない。それからな……俺のオヤジが一昨日から行方不明なんだ」
「それって……」
「オヤジがわざわざそれに線まで引いてたってことは、確実に何かを掴んで、そのせいで誘拐されたとか……その線が大きいだろうな」
稔は足元が崩れるような感覚を味わっていた。
思えば、電話のときの和紗の様子は少し変だった。けれど医者である憂花のところにいるなら大丈夫だろうと流してしまったのだ。
――でも、その人物こそが全ての元凶だったとしたら。
憂花がいるから大丈夫だと思わず、迎えに行くべきだった。和紗がどれだけ拒んだとしても、一番預けてはならない人に預けるよりはましだったのだ。
「オヤジがいなくなって、部屋の中に何かないかと色々漁ってたんだ。そうしたらこんなものも出て来て」
拓海が取り出したのは、見覚えのある模様が彫られた指輪だった。その模様は見たことがある。和紗の腹部にあるもの――そして今は、稔や璃子も持っているものだ。
「それは……何なんだ?」
「わからないけど……前に都市伝説の話もしたろ? 人間の生殖機能を元に戻そうとしている勢力があるって。もしかしたら関係あるんじゃないかと思って」
もう拓海の話を陰謀論だとか都市伝説だとか言うことは出来なかった。稔たちが置かれている状況そのものが、それが限りなく真実に近いということを示している。稔は唇を噛み締めた。
「証拠はない。でも、布施憂花がこの件に関わっているのは確実だろうな。何と言っても彼女が和紗ちゃんの主治医だ」
「気になることがあるとすれば、何でそんな普通に足がつきそうな相手を標的にしたかってことだけど……」
「最初の一手が成功すれば問題ないと思ってたのか、別に黒幕がいるのか――いずれにしても、最初にやらなきゃいけないことは一緒だ」
稔は頷いた。何にせよ、和紗を憂花のところから連れ戻すのが先決だ。和紗には言いたいことが山のようにあるし、自分たちの手に負えない事態になってきているのも事実だが、目標はいたってシンプルだった。
「オヤジもおそらく布施憂花のところにいるだろうしな。……思えば、ヒントをくれてたのかもな」
「そういえば最初に外国の村の話教えてくれたのは、拓海の親父だったか」
「それならそうと、最初から全部言っといてくれれば良かったんだけどな」
脅されていて、真実を他言できない状態にあったのかもしれない。その中で出来る最大限がそれだったという可能性もある。
「警察とかは、確実に事件性があるって判断しないと動いてくれないらしいからな。一応俺のオヤジがいなくなった件で相談してはいるけど、どこまで協力してくれるかはわからない。あと頼りになりそうな人は――」
「こういうときに頼れそうな人はあまり知り合いにいないな……。でも、璃子なら」
「いいのか、璃子ちゃんにこのこと話しても?」
秘密を明かせば、それだけ危険に巻き込むことになる。けれど璃子はもう無関係とは言えないのだ。狂ってしまった全てを元に戻すためにも、璃子には話しておいた方がいいと稔は思った。
「璃子には俺から話すから。拓海は、親父さんの線からどうにかできないか探ってみてくれ」
「言われなくてもそうするつもりだよ。ま、とりあえず手がかりを探しに来ましたっていってしれっと病院行ってみるかな」
「俺も行くよ」
「璃子ちゃんも?」
重くなった空気を軽くするためか、拓海がからかうように言った。稔は拓海の質問に小さく頷くことで答えた。
***
「随分勝手なことをしてくれたじゃないですか、先輩?」
「限界だったんだ。あんなこと、耐えられるはずがない」
目を覚ました和紗は、男女の話し声が聞こえてくることに気が付いた。片方は憂花の声。もう片方は、先程和紗を犯した男のものだ。目隠しは既に取られている。けれど体が重く、目を開くことすら億劫だった。
「一週間ですか。大口を叩いたわりには堪え性がないですね?」
「ッ……それは君が、こんなものを……!」
「こんなものって? そのデカいしか取り柄がなさそうなモノについてるリングのことですか? それとも先輩に毎日投与してる薬のこと?」
「両方だ!」
「性欲を更に高める薬を投与して、一週間コックリングをつけて生活をしてもらって、和紗ちゃんがいるってわかってるところでそれを外してあげたらどうなるか……先輩はその高潔な心で我慢してくれると思ったんですけどね」
「ッ……やめ……!」
和紗が二人に気付かれないように薄目を開けると、男の方は床に座らされ、金色のリングを嵌められた肉棒を憂花に踏みつけられていた。男の顔は病院で何度か見たことがある。けれどほとんど話したことがないので名前はわからなかった。
「ねぇ、先輩みたいな男がいっぱいいたから今みたいな世の中になってしまったんですよ? しかも和紗ちゃんが悪いとか、気持ち悪ぅいこと言っちゃって」
「そ、それは……」
「あれが先輩の本性なんですよ。所詮は愚かな獣。でも私たちはそれを肯定します」
二人は和紗が目を覚ましたことにまだ気付いていない。けれど手足の拘束は元に戻っていて、自由に動くことは出来なかった。首だけを動かして周囲を観察する。先程までいたはずの憂花の自宅でないことはわかった。歴史の資料集で見た地下墳墓に少し似ている。二人がいる場所の奥の方には小さな祭壇らしきものが見えた。しかし祭壇のところにあるシンボルは和紗が知っている宗教のものではない。
「私たち……君は組織を追放されたんだろう? もう調べはついているんだ。君のやることは過激すぎる上に性急すぎると判断されたと」
「すごい情報網ですね、先輩。医者をやめてスパイになったらどうですか?」
「ッ……君は組織を追放された人間だ。それなのに――」
憂花が強く男の肉棒を踏みつける。男は呻き声を上げているが、その砲身は相変わらず硬さを保っていた。
「別に組織に所属していなくても、信じているものは同じなんですよ。今の人間の在り方は自然に反しすぎている。それを元に戻すべきだと、自然に還るべきだと考えているのは同じです。でも彼らのやり方ではあまりにも生ぬるい。あんなやり方では、全人類にそれが波及するまでには百年以上かかってしまう」
「今の状況だって、人類の努力の上に成り立っているんだ。それを勝手に元に戻そうとするなんて」
「でも先輩、もうその体は快楽を知ってしまったじゃないですか。気持ちよかったんでしょう?」
男は何も反論できなくなっているようだった。和紗も言い返せるかどうかわからない。和紗も同じだ。自分の体を勝手に変えられたことに対する怒りはある。けれど知ってしまった悦楽に囚われている。何も知らない頃はよかった。一度その味を覚えてしまうと、どうしても体がそれを求めてしまう。
「性の快楽っていうものは絶対的に存在するんです。そして生殖というのは生物にとって一番大切な機能と言えます。しかし人間社会が複雑になりすぎて、それに伴う不都合が出てきすぎてしまった。でも、こうは考えられませんか? そもそもそんな社会の方が間違っているのだと。人間は自然に還るべきなのです」
「今更この文明を捨てることはできないだろう……君が目論んでいるのは、人間社会の崩壊なのか……?」
「さあ……そこまでできるかどうかはわかりません。でも、人間の体を自然な状態に戻すためには、多少の荒療治も必要かと」
憂花の言いたいことはわかる。けれど、和紗には何が正解かは判断できなかった。唯一はっきりしているのは、和紗が自分の体についての選択を奪われたということだ。
「なぜ、彼女を選んだんだ」
「こんなに勃たせながら聞くことじゃありませんよ。自分で証明してしまっているじゃないですか。そもそも最初の一人に関しては、卵巣か子宮を手術する予定がある人でなければなかったんです。その中で彼女を選んだのは、彼女が非常に周囲の人間にとって魅力的に映る人物だったこと。そして自然に反していたことが理由です」
「自然に反していた?」
「彼女が愛していたのは自分の兄だった。でもそんなものは、自然に反していて気持ち悪いでしょう?」
自分の気持ちを知られていた上に、そんな風に思われていたとは。和紗は涙が零れそうになるのを必死に堪えた。憂花は和紗にどれだけの嘘を吐けば気が済むのだろうか。血が繋がっていようがいまいが、人間と人間が結ばれる行為は最も悍しくて美しいなどと言いながら、本当は和紗の思いを、自然ではない、許されないものだと思っていたのだ。
「さて、先輩には罰を受けてもらわなければなりませんね。勝手に和紗ちゃんに手を出したことを反省してもらいます」
憂花が腰に挿していた黒いものを抜いた。それは乗馬に使う一本鞭とよく似ている。和紗もそれを使うことはあるが、クリスティーヌは鞭を嫌がる。そもそも人に指示されるのを嫌がる馬なので、持っているだけでほとんど使ってはいなかった。憂花はそれを男に向かって勢いよく振り下ろす。薄暗い空間に、鞭がしなる音と男の呻き声が響いた。
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