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終章・未来と日常

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「もう半年ですか。早いものですね」

 穴の開いた分厚いガラスの向こう側で、地味な服を着せられた憂花が微笑んだ。余裕のある態度に新垣は息を呑んだ。
 少なくとも布施憂花は市川稔及び市川和紗を誘拐した罪には問われるだろう。そして和紗に施した手術も罪になる。他にも余罪があることは確実だが、まずは確実に有罪に出来る罪からだという話を聞いていた。それは憂花自身もわかっているだろう。数年は出て来られないはずだ。それなのに憂花はそれを気にしているようには見えなかった。

「昨日は網島さんが来たんです。和紗ちゃんたちも、雛ちゃんたちも元気にやっているみたいですね」
「治療も一定の効果が出ている。半年前のように異常な性欲に支配されるようなことはなくなってきた」
「そうですか」
「君の計画はここで終わりだ。今のところ一部の人間の間だけで押さえ込めている」

 感染を広げないために感染者たちには監視をつけているが、今のところは自分たちの中だけで関係が成立している。このままの状態を維持できれば問題はないはずだ。

「私が逮捕されたあと、ずいぶん騒がれたのでは?」
「ああ。今でも和紗ちゃんたちを危険視する声は上がっている」

 治療をしていると言うことで、一応の納得は得られたと思っている。けれどそれでも和紗たちが普通に生活していることに恐れを抱いている人たちはいた。憂花は平和だと思われていた世界に大きな石を投げ込むことに成功したのだ。

「だが、俺はあの子たちなら大丈夫だと思っている」

 愛情で結びついた関係性の大切さに気付いた彼女たちなら、いたずらに他者で欲望を発散させようとは思わないだろう。網島は和紗たちの築く未来に自分たちが求めるものがあるのではないかと感じ、邪魔にならない程度の支援をすると言っていた。かつての人間には出来なかったことも、今の人間なら出来るかもしれない。新垣もそれを信じたいと思っていた。

「――それはどうでしょうね?」

 しかし憂花は不敵な笑みを浮かべた。
 不穏な空気を感じ、新垣は憂花を見る。未来などわからないと言いたいのだろうか。それとも、まだ何かを隠しているのだろうか。新垣は憂花の次の言葉を待った。

「稔くんや雛ちゃんたちはこのままでも何とかなるでしょう。けれど和紗ちゃんのナノマシンはまだ取り出せていないんでしょう?」
「それは……」
「あれを取り出すのは不可能ですよ。そうなるように作りましたから」

 布施憂花は非常に優秀だった。そしてそれが災いしていた。
 和紗の症状自体は他の者とほぼ変わらず、薬で抑えることが出来ていた。けれど全てを引き起こしたその小さな機械を取り出すことはできなかった。今でもその方法を模索してはいるが、現在の技術では不可能だという結論が出ている。

「先輩は症状が抑えられているから大丈夫だと思っているようですが、あれが残っている限り……いずれは薬などではどうにもならなくなる。それが明日なのか、はたまた一年後か十年後かは私にもわかりませんが」
「いずれ、今の状態は崩壊すると?」
「ええ。欲に支配されて、それ以外のことは何も考えられなくなるかもしれません。私たちがこうして話している間にも、彼女の思考は少しずつ蝕まれている。けれどあれの取り出し方は私もわからない。もう最初の段階から詰んでいるんですよ」
「早い内に必ず取り出す。そうすれば問題はないはずだ」

 けれど憂花の話が本当なら、和紗は時限爆弾を抱えて生きるも同然だ。それが十年後のことならまだ対処法もあるかもしれないが、明日だとしたら何も出来ない。新垣が何を考えているかは憂花にも予想できているだろう。

「間に合えばいいですね、先輩。――私は間に合わない方に賭けますが」

 無情にも面会時間の終了が告げられる。新垣は思わず憂花を引き留めようとするが、途中で引き留めても何の意味もないことに気が付いた。これ以上は話を聞いてもどうにもならない。とにかく事態を解決するために必要な手段を探すことをやめないことだ。今はそれしか出来ない。
 そして、その日が来ないことを――来たとしても、遠い未来であることを願うことしか出来なかった。

***

 ベッドの上で、璃子の服をゆっくりと脱がせていく。璃子の体にはピンク色の模様が浮かび上がっていた。薬を飲んでいても、時折体が疼いてしまう。そしてそれとは関係なく、お互いの存在を確かめるように抱き合いたくなってしまう。
 かつては愛の行為でもあった、ということは知っている。けれど欲を満たすだけの一方的な行為になってしまうこともある。そうならないように細心の注意を払いながら、稔は璃子の体を指でなぞっていった。

「――綺麗だな」

 思わずそう漏らすと、璃子が微笑む。璃子は稔の唇に軽く口づけてから言った。

「そういうところはやっぱり兄妹だよね」
「え?」
「和紗ちゃんも、綺麗なものが好きって言ってたから」
「クリスティーヌも美しいから好きって言ってたもんな、確かに」

 綺麗なものに触れたいという気持ちは、誰だって持っているだろう。
 けれど美術館の絵には触れることが出来ない。人の手が触れることによって絵が台無しになってしまうこともある。人間の体はさすがに絵ほどは繊細ではないが、それでも壊れてしまいそうで不安になることはある。それほどに美しいものは儚いのだと稔は理解していた。

「愛してる、璃子」

 だからこそ、その存在を強く感じたくなる。首筋から鎖骨、そして胸へと手が降りていくと、璃子が甘い吐息を漏らした。柔らかな胸を包み込み、力を入れすぎないようにしながらその感触を味わう。璃子は白い脚を擦り合わせながら声を上げた。徐々にその肌が赤く色づいていくのがわかる。

「そういえば、稔……今年も展覧会に出したんだっけ?」
「うん、なんとか間に合ったからね。ギリギリだったから完成品を誰にも見せられないまま出しちゃったけど。でも何で今その話?」
「絵を描いてるときと、同じ目をしてたから」

 確かにそうかもしれない。キャンバスに向き合うとき、そこにあるのは美しいものを愛する感情だ。その体を愛して指でなぞることと、絵筆を動かすことは少し似ている。

「今年のは、どう評価されるかわからないけど……でも、あとでちゃんと璃子にも和紗にも見て欲しいな」

 抽象画はあまり描いてこなかったから、それが他人にどう見られるかはわからない。けれど自分の出来ることは全てやった。目の前のものに対する愛を乗せた。それがとりあえず完成しただけでも稔は満足だった。
 胸に触れている間に、ツンと尖りだした璃子の乳首に舌を這わせる。璃子がびくりと体を震わせ、甘い声を上げた。

「ん、っ……んん、ぁ……!」

 稔はそのまま手を下ろしていき、璃子の太腿を撫でる。すると璃子が少し顔を赤らめながら言った。

「ね、もう……こっちも触って……」

 手を足の付け根に導かれる。その場所はすっかり潤んでいた。中指を優しく擦り付けている内に、指が呑み込まれそうになっていく。

「いい?」
「うん、大丈夫……っ」

 璃子の大事な場所につぷりと指を入れる。うねっている肉の襞が稔の指を時折締め付けてきた。

「すごいね、ここ」
「だって……」
「嬉しいよ、璃子が気持ちよくなってくれて」

 指をもう一本増やし、璃子の中を味わう。璃子の興奮に合わせるようにピンク色の模様は強い光を放ち始め、首筋まで広がっていく。先日の検査で、璃子の体も子供が産めるようになったということが発覚した。もう元の状態には戻れない。けれど稔も璃子も、自分の決断は間違っていなかったと思っていた。元の状態に戻ることを選択していたら、こんな風に愛し合うことも出来なかったのだから。

「俺の指、いっぱい締め付けてきてる……そんなにいい?」

 璃子はこくこくと頷く。稔はそのまま優しく指を動かし、ある一点を探し始めた。それはつい先日和紗に教えられたことだ。少し膨らんだその場所を見つけ、指で軽く押すと、璃子の腰が跳ねる。

「んんッ、あ、っああ……っ、そこ……ッ!」
「ここがいい?」
「いい……っけど、あんまりやられると……っ」

 激しくしすぎると璃子も苦しいだろう。稔はゆっくりと中をかき混ぜるようにしながら、璃子の体が一番反応する場所を刺激する。

「っ……稔、もう……ぃ、ああ……んんッ!」

 璃子が体を反らし、脚の間から透明な液体を噴き出す。シーツの色が変わっていく。稔が一旦璃子の中から指を抜いたそのとき、部屋のドアが開いた。

「ただいまぁ……」

 おおよそこの状況に似合わない声を発しているのは和紗だった。ドアの隙間から見える和紗の顔は明らかに疲れている。璃子はベッドに横になったままで和紗に「おかえり」と言った。

「あの二人のところ行ってきたのか?」
「そうだよ。何かもう色々搾り取られそうだったよ」

 和紗は鞄を床に置き、ベッドの上に腰掛ける。雛と優香の二人と和紗との関係は、半年経っても変わらずに続いていた。薬の効果で回数は減っているとはいえ、快楽に溺れたあの二人は相変わらずのようだ。二人に会った後の和紗はいつも疲労困憊になっている。

「まあ、気持ちよくはあったけど……でも、ちょっと癒やされたい気分」

 和紗は璃子のもので濡れた稔の手を取り、その指を躊躇いなく口に含んだ。指を舌が這う感触に背中がびくりと震えた。

「甘くて美味しい」
「和紗……疲れてるのかと思いきや、元気だな……」
「疲れてはいるけど?」

 和紗は稔に後ろから抱きつき、首元に顔を埋めるようにして匂いを嗅いだ。まるで犬のようなその行為に文句を言おうとした瞬間、和紗の指がズボンの膨らんだ部分をなぞる。

「ん、んん……和紗……っ」
「璃子ちゃんとイチャイチャして、興奮してるんだ?」

 璃子がゆっくり体を起こし、稔に近付く。璃子は静かに稔のベルトを外し、屹立したものを取り出した。璃子はそれに自分の唾液を垂らして塗らしていく。後ろから伸ばされた和紗の白い指が硬いものに絡みついた。

「っ、二人とも……ぁ、ちょっ……!」

 和紗の手によって限界まで張り詰めたものを、今度は璃子が豊かな二つの果実で挟み込む。目の前の光景が目に毒だ。体の中心にどんどん熱が集まっていってしまう。けれど与えられる快楽はそれだけではなかった。服の下から和紗の手が入り込み、薄い胸板をなぞる。その指が胸の一点を掠める度に体が跳ねるが、和紗は焦らすようにそこを中心に触れようとはしない。

「あ、ぅ、ぁあ……」

 背中には和紗の胸が押しつけられていた。柔らかなものと柔らかなもので体が包み込まれているようになる。温かい水の中にいるようで、頭の中がぼんやりとしていく。

「っ、ぁあ……もう、射精そ……っ!」
「いいよ、いっぱい気持ちよくなって?」

 璃子に言われ、和紗には胸の飾りを軽く摘ままれ、その瞬間に稔は欲望を吐き出してしまった。それは勢いよく飛び出して、目の前にいた璃子の胸を汚していく。

「あ、ごめ……璃子……」
「ううん、稔のだから大丈夫」

 璃子が白いものを指ですくって舐める。それは既に女性を妊娠させることが出来るものに変わっていた。濃く、生臭いそれを璃子は美味しそうに味わっていて、稔は腰のあたりに新しい熱が生まれるのを感じていた。

「私にもちょうだい」

 そう言った和紗が璃子の胸に飛んだ白濁を直接舐め始める。その舌の感触に璃子は体を震わせた。快楽を噛み締めるその表情を綺麗だと思うと同時に、熱が更に体の中心に集まり始める。

「また大きくなって来ちゃったね、お兄」
「ん……っ、いいよ、もう、準備はできてるから……っ」

 欲望で呼吸が荒くなっていく。もっと二人の感じている顔が見たい。何よりも綺麗なその体を味わいたい。そして、この胸を満たす温かいものにずっと包まれていたい。

「今日はどっちからにするの?」

 和紗はそう尋ねながら服を脱ぎ、璃子と体を密着させる。二人の秘裂が擦り合わされると、二つの甘い声が美しい和音を奏でた。稔はごくりと唾を呑み込んでから、璃子の上に覆い被さる和紗の腰に手を伸ばした。
 稔は新垣にもらった避妊具を素早く取り付ける。熱を持った屹立を和紗の割れ目に擦り付けると、和紗が肩を震わせながら甘い吐息を漏らした。和紗が身じろぎする度にそれが密着している璃子の体にも伝わり、璃子も気持ちよさそうに眉を寄せる。

 本当に綺麗だ――そう思いながら、和紗の中に自分を潜り込ませていく。肉の壁を割り開いていくような感覚。温かいものに締め付けられて、熱がせり上がってくる。

「、っ、ぁ、ああ……お兄……っ!」

 腰を打ち付けると、肉と肉がぶつかる音と水音が混じり合う。後ろから体が密着するような体勢で繋がっているから、それは和紗に触れている璃子にも伝わっていった。
 愛おしさで胸ははち切れそうだった。二人とも大切で、決して手放したくないと思ってしまう。このままひとつの塊のようになって、繭のように丸くなってしまいたい、なんてことを考えてしまう。

「あ……っ、お兄、そこ……ッ!」

 和紗の一番感じる場所はもう覚えてしまった。そこをどうやって擦ればいいのかも。和紗の体の模様が淡い光を放っている。もうすぐ達してしまいそうなのだ。

「和紗ちゃん……気持ちよさそう……」

 璃子がとろりとした声で呟く。そのまま璃子が和紗の胸に手を伸ばした瞬間、和紗の体が跳ねた。

「ぁ、イく……っ、ぁああ……ッ!」
「俺も、もう……!」

 和紗の中に自身を深く埋めるようにして稔は達した。肩で息をしながらゆっくりと和紗の中から砲身を引き抜くと、和紗の媚肉がひくひくと動いているのが見えた。

「璃子ちゃん……、璃子ちゃんも、気持ちよくなろ……?」

 和紗は気怠そうにしながらも璃子と体勢を入れ替える。璃子は和紗に脚を開かされ、ひくつく秘部を稔に向かって広げられた。そのあまりに扇情的な光景に、欲を吐き出したものが再び頭をもたげる。

「璃子……」

 避妊具を新しいものに替え、璃子との距離を縮めていく。何度繰り返しても、この行為が正しいものかどうかはわからない。欲望に呑み込まれているだけではないかと自分自身に問いかけることもしょっちゅうだ。けれど胸を満たす温かいものは本物だと信じていた。
 稔は璃子の中に入り込んでいく。和紗はその動きに合わせるように璃子の首筋に唇を寄せた。そこが璃子の感じる部分なのだ。

「っ、ぁ、ああ……稔、ああ……んっ!」

 璃子の嬌声を聞きながら腰を打ち付ける。目がくらみそうなほどの快楽。稔の身体にもピンク色の模様が光り、それが快感を更に高めていた。腰のあたりに熱が集まり、耐えきれなくなってしまう。

「……ぁ、また、射精……っ、あ」

 本当はこのまま二人の中に吐き出してしまいたい。けれどそれは許されないことだ。生殖能力を取り戻した後も、基本的にはそれまでと変わらない生活を送るという前提で話が進んでいる。そもそもどうして自分のものを他人に注ぎ込みたいと思ってしまうのだろう。それは欲望なのか愛なのか、切り分けるのは難しいと稔は思った。

「稔……っ、私も、ぁ、ああ……っ!」

 璃子が絶頂すると同時に、稔も熱を吐き出した。三人は力の抜けた体をベッドに預ける。しかし普段は一人で使っているベッドのため、三人もいると当然ながら手狭だ。和紗は少し気の抜けたような声で文句を言った。

「お兄のベッド、キングサイズのやつに買い換えない?」
「寝る分にはこれくらいで充分なんだけどな」
「でも小学校上がったくらいからずっとこれでしょ? そろそろ買い換えてもいいんじゃない?」
「でもベッドがでかくなると、部屋がかなり狭くなるんだよな……」

 他愛のない会話は、普通ではなかった行為を日常に変えていく。このままの日常がこれからも続いていけばいい、と思いながら、稔は自分の両側にいる二人の温もりを感じていた。
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