月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜

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夢の偶像

憧れ・1

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 その日、星音は本屋でファッション誌を購入してからアルカイドのバイトに来た。その日は平和そのものの一日で、外で能力者絡みの時間も起きず、店の方もちらほら客が来ては帰っていく、要するに暇な日だった。星音はこれ幸いと買ってきた雑誌をカウンターで読み始める。寧々がその雑誌の表紙に映る二人の少女を見て笑う。

「緋彩ちゃん、今月号の表紙なのね」
「そうなんですよ。何かこのポニーテールの子とドラマで共演するらしくて」
谷本やもと廷那ティナさんね。そういえばこの子、確か黄乃と同じ学校よ」
「えっ? じゃあ中学生?」

 そう言われてもにわかに信じられないほどに大人っぽい少女だった。緋彩が小柄なこともありむしろ谷本廷那の方が年上に見えてしまう。

「確かモデルやってるのよね、この子」
「あ、確かにそう書いてますね。演技初挑戦かぁ……すごいなぁ。しかも能力者なんや」

 星音は雑誌をパラパラとめくって中を見る。緋彩と廷那のインタビューとそれぞれのコーナーがあるらしい。緋彩はなぜか山奥の寺で修行してきたという。

「一体どんな役なんや……」
「バディもので、クールビューティーかと思いきや天然の新人と野生みのある先輩が事件を解決していくらしい」
「その組み合わせ、頭脳面は大丈夫なんやろか……」

 とにかく緋彩は野性の勘を研ぎ澄ますために修行したらしい。役作り、なのだろうか。
 対する廷那のものは、自分の能力を活かして夢見の悪い人たちの相談に乗るコーナーだった。星音がそれを見ていると、寧々が興味深そうに覗き込んでくる。

「夢の中に入れる上に、干渉できる能力か……能力の中ではかなり強い方だね」
「面白いですね、これ。人の夢の中に入るとバクのゆるキャラが現れて指令を出してくる。それをクリアするとその人は悪魔から解放されて、廷那も夢から出られる……これクリアできへんかったらどうするんやろ」
「一応リタイアの選択肢はあるみたいね。リタイアしちゃうと悪夢は続くのか……結構リスクのある能力ね。こんな雑誌なんかで披露して大丈夫なのかしら……」

 星音は雑誌の続きを読む。バクに出される指令は多種多様で、逆立ちしながら町内一周のような意味不明なものから、夢の中の怪物を倒すような直接的なものもあった。

「この手の能力、強いけどあまり使いすぎると暴走の可能性があるのよね……何人もの悪夢を善意で解消するようなことをし続けるのはあまり良くないわ」
「……じゃあ、この企画もあんまり良くないですね」
「そうなのよね……でも完全にこの子が善意でやってるっぽいのがなぁ……止めづらいのよね。由真だってこっちが制限つけなきゃすぐに色々やろうとするんだから」

 由真は他人のシードを破壊して能力を奪うことができるが、現在は基本的には暴走するなどして、能力を奪わなければ命の危険があるときにしか使わないという制限をかけている。しかしそれは寧々がそう決めているというだけだ。そしてその制限は由真を守るためにかけられているものなのだ。

「代償とかないんですかね、この能力」
「夢から出られなくなる可能性だけで充分な代償じゃないかしら」

 星音と寧々は写真と文字を追っていく。その中で星音の目にある言葉が止まった。

「『能力者の事件を解決している調停者にかっこいい人がいて、その人に憧れてる』って……何かこう、この人の特徴、すごく知ってる気が……」
「奇遇ね、私もよ」
「もう緋彩の事件のときにって言ってるから確定やんこれ」

 星音と寧々は顔を見合わせる。由真に憧れている人なんて星の数ほどいるだろう。一瞬どきりとしてしまったが、まあ放っておけばいいだろうという結論に達した。

***

「緋彩さん!」

 休憩に入ると谷本廷那――ティナが早速駆け寄ってきた。緋彩はティナを隣の椅子に座らせる。ドラマの撮影が始まってからティナはずっとこの調子だ。目的はひとつだ。

「えーとね、確か地味に海洋生物グッズ集めてるらしいよ」

 さすがにそろそろネタ切れになってきていることにティナは気付いているのだろうか。確かに依頼で少しの間護衛をしてもらったり、殺陣の稽古に付き合ってもらったりしたが、緋彩から見ればあくまで友達の先輩という立場なのでそこまで深くは彼女――柊由真のことを知らないのだ。

「もう直接会った方が早くないかな?」
「そうなんですよ。私の同級生でアルカイドでバイトしてる人がいて、その人に頼んだら行けるんじゃないかなって」

 別に緋彩が由真に「なんか由真さんにめちゃくちゃ憧れてて会いたいって人がいるんですけど」と連絡を取ってもいいが、他の伝手があるならそっちを頼ってもいいのだろう。ティナは押しは強いが心から憧れていることは伝わってくるので、由真もおそらく無碍にはしないだろう。

「というかそもそも店に行けばいいんじゃないの? 由真さんってシフト週6くらい入ってると思うけど」

 働きすぎでは、と思うが、喫茶店自体は暇なことが多いので問題ないと本人は言っているらしい。

「実は前に行ったんですけど、緊張しすぎて話しかけられなくて、普通の客しちゃいました」
「あー、なるほどねぇ。ていうか私が取り次いでもいいんだよ? だってその同級生の子とあまり話したことないんでしょ?」

 それなら気心の知れている緋彩の方がいいと思うのだが。しかしティナは首を横に振った。

「今、写真集のために一緒に仕事してる方にも相談したんですけど、それは同級生の方がいいんじゃないかって言ってて。私なんかまだ駆け出しだけど、一応芸能人のはしくれだし? 芸能人が二人で会いに行ったら目立っちゃって迷惑かけてしまうんじゃないかって」
「ああ……そう考えると確かに同級生くらいの方がいいのかなぁ。そもそも由真さんがめちゃくちゃ目立つし……」

 自覚はないようだが、他人とは違う独特の空気がある。現代の人たちがすれ違う人のことをあまり気にしないようにして歩いているから何とかなっているだけではないかと思うこともある。

「じゃあまずは頑張ってその子に話しかけてみることだね」
「はい、頑張ります!」

 長い手足。艶やかで長い黒髪をポニーテールでまとめた姿。涼やかな目元。そんな見た目からティナはクールに見られることが多いようだが、実際は純粋で人懐こい。今演じている役柄そのままの彼女を見ながら緋彩は微笑んだ。

***

 そしてそれから数日後。
 杏木黄乃は下駄箱に入っていた手紙に首を傾げていた。

「谷本さんから……放課後に校舎裏の大きな木の下で待っています……って?」

 普通は真っ先にラブレターを疑う文面だが、さすがにそれはないと否定する。谷本廷那はモデルとして活動しており、最近ではドラマの出演も決まった、黄乃から見れば雲の上の大スターだ。そんな人が何の用だろう。どれだけ考えても心当たりがない。

 結局そのせいで授業にはあまり集中できなかった。放課後、黄乃はいったい何の用なのだろうかと少々怯えながら指定された場所に向かった。

 大きな木の下にティナを見つけた黄乃は、その姿に釘付けになった。ティナはヘッドホンを付けている。そこから何か音楽が流れているのだろう。それに合わせるようにしてティナは踊っていた。しなやかに伸びる腕、弾むように跳ねるステップ。そしてその動きに合わせて大きく揺れるポニーテールとふわりと広がる制服のスカート。黄乃は思わず見惚れてしまった。しかし気を取り直してティナに話しかける。

「あ、あの! 谷本さん……?」
「杏木くん! 来てくれたんだ、ありがとう!」

 ヘッドホンを首にかけたティナは人懐こい笑顔を浮かべる。

「えっと……手紙、ぼく宛てでよかったんだよね……?」
「ごめんね、びっくりさせちゃったかな」

 ティナは少し照れたように笑い、黄乃を木陰のベンチへと手招きする。彼女の隣に腰掛けると、緊張と期待が入り混じった空気が漂った。

「実はね……杏木くんにお願いがあって」
「お願い?」

 黄乃は首を傾げる。モデルや女優として活動している有名人から自分に用事など、到底思い当たらない。色々と陰で活動はしているものの、それがティナに関係あるとも思えない。
 ティナは真剣な目で黄乃を見つめ、やがて恥ずかしそうに口を開いた。

「杏木くん、喫茶店でバイトしてるでしょ。あの店にいる柊由真さんにどうしても会いたくて」

 予想外の名前に、黄乃は一瞬固まる。

「由真さんに?」
「うん。ずっと憧れてるんだ。この前雑誌のインタビューでも話したんだけど……前に緋彩さんの事件のときにテレビに映ってたでしょ? あのときすごくかっこいいなと思って」

 ティナの頬はほんのり赤く染まり、胸に手を当てる。
 その姿は大スターというよりも、年相応の少女に見えて、黄乃は不思議な気分になる。
 ちなみにテレビには映っていないがその現場には黄乃もいた。そのため、そのときの由真がどんな状態だったかははっきりと覚えている。

(確かにかっこよく見えるかもしれないけど、めちゃくちゃ怒ってたときだよなぁ……)

 緋彩に対する襲撃に怒り、寧々が決めた取り決めを破って暴走していない能力者から能力を奪ったのだ。その瞬間は結果的に全国ネットで生中継されてしまっている。ティナもそれを見ていたのだろう。

「本当はお店に行って自分で話しかけるべきかなと思ったんだけど、緊張しちゃってできなくて……だから」

 お願いを口にするときのティナの声は、意外なほど控えめだった。見た目は華やかで自身に満ち溢れているようだが、素朴な一面もあるようだ。

「由真さんに会えたら、私もっと頑張れる気がするの。夢のことも、仕事のことも……だから、どうしてもお願いしたいんだ」

 黄乃は大きく息を吐いた。ティナの純粋さに押される形で、結局頷いてしまう。

「ちなみに、谷本さんの夢って?」
「私ね、今はモデルとか役者とかだけど、本当は歌って踊れるアイドルになりたいんだ」
「あ、アイドル?」
「これはみんなには内緒だよ?」
「えっと……その前に、何でそれを知ってるのかなっていうのが不思議というか……」

 ティナはいたずらっぽく笑う。偶像を意味するその存在は、今この世界では禁じられ、歴史の中で存在をほぼ抹消されている。いわく、その形態は人権侵害にあたるそうだ。そのようにファンを煽るような商法などは厳しく禁じられ、過去の輝きは歴史の闇に葬られた。黄乃はその能力によって偶然知ることができたことだが、ティナはどうしてそれを知ることができたのだろう。

「私、夢の中に入れるの。人だけじゃなくて、夢を見るものなら機械にだって」
「つまり……?」
「昔いたずらで、人工知能の夢の中に入ったんだけど、その人工知能ってかなり昔に作られたものだったみたいでね。だから夢に出てくるくらいには覚えていたみたい」

 人工知能の夢。それはどんなものなのだろうか。途方もなさ過ぎて黄乃には想像しにくい世界だった。

「でもこれを言うと大人には『そんなこと言っちゃダメ』って言われちゃって」
「そりゃそうだよ……」

 禁止されていて、言葉すらほとんど封じられているのだ。それをはっきり口に出してしまうティナの度胸の方に驚いてしまう。

「でもさ、本当に私の一番の夢なんだよ。だって私は欲張りだから、やりたいこと全部やりたいの。まあ本当は由真さんみたいにかっこよく戦いたいって気持ちもあるんだけど……私の能力、夢以外には役に立たないからさ」
「それでも、すごい能力だと思うよ! 夢の中に入るなんて……」
「そうかな。私ね、この力も活かして沢山の人に喜んでほしいんだ。悪い夢なら私の力でぶっ飛ばせるし、現実でも私に釘付けにしてみせる」

 そう宣言するティナの姿はとても輝いて見える。黄乃はそのまぶしさに目を細めるのだった。
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