月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜

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夢の偶像

最後のライブ・1

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「じゃあ行くよ! 光はここに! 夢は未来に! 全力で――」
 
 これが最後のライブになるのなら、この円陣は最初で最後の円陣になる。黄乃はティナの手の上に自分の手を乗せ、二人で息を合わせて声を上げる。

「「ドリーミア!」」

 まだ暗い舞台に行き、配置につくと、夜の博物館のセットが動き出す。まずは一曲目。扉代わりのセットが開いて、夢の博物館を案内するティナと黄乃が現れる。ここは起点で、ティナと黄乃の夢がまじりあっている場所だ。観客席は色とりどりの光で埋められている。
 夢は何度も見られると歌いあげながら、ティナと黄乃はステージの上で舞い踊る。綺麗だけれど少し不気味な夜の博物館。いたずらな妖精に導かれて、ステージは最初の夢に接続される。

「……ここからだね」
「うん」

 手をつないで新しい扉を開く。その先にはカラフルな風船と紙細工の観覧車が宙に漂う遊園地が広がっていた。壁や床はチョークで描かれたように不完全で、ところどころが揺らめいている。
 ずいぶんと足場が悪い夢だ。黄乃とティナが空を見上げるとどこからかバクが現れる。

「特別ミッションだよ! 迷子の女の子を探してね!」

 これは全ての夢を終わらせるための追加の指令だ。それぞれの夢の中でライブを行いながら指令をこなして、夢の主を満足させていく。
 黄乃が指を鳴らすと、明るいリズムが響き渡る。ティナが笑顔で歌い始めると、紙の観覧車が光に包まれ、本物のイルミネーションのように夜空へと浮かび上がった。
 ぐにゃぐにゃの奇妙な遊園地の中で歌いながらも、黄乃とティナは迷子の女の子を探す。これは夢を見ている人の過去の記憶なのだろうか。遊園地で迷子になった不安と、遊園地の楽しい思い出が混ざり合っている。

「いた!」

 ティナが不安そうに風船に捕まって空を飛んでいる少女を見つける。サビの明るいメロディに合わせて二人は宙に舞い上がった。

「もう大丈夫だよ」

 少女も一緒になってふわりと浮いたまま空中で歌う。少女の顔には満面の笑みが浮かび、やがて虹色の光に包まれて消えていった。

「次に行こうか」
「うん!」

 すると目の前に新しい扉が現れる。ティナと黄乃はゆっくりとその扉を押し開けた。
 扉の向こうには、机の上に積み上がった参考書の山。ノートに走り書きされた文字や数式が壁を埋め尽くし、落書きが巨大な壁画となって震えている。

「すごいな……でも空気が重苦しいというか……」

 誰の夢なのか、別のクラスの人だったから、黄乃は正直この夢の主のことは知らない。けれどこんな夢の中ではとても心が休まらないだろうと思った。

「これは努力と挫折の夢、みたい……沢山勉強したのに、受験が上手くいかなくて、自分だけ地元の学校に通うことになった。この夢の中にいるのは伊川さんだね」
「えっと……学年一位の?」
「そう。私から見ると七十番も上の人なんだけど」

 大体の順位がわかってしまったが、それは言わないことにした。バクが再び二人の前に現れる。

「今度の特別ミッションは、あの子の宝物をこの山から見つけることだよ!」
「この山から!?」

 普通にやっていたら日が暮れそうだ。いや、それでは収まらない。ここだけで三日使ってもおかしくないだろう。けれど音楽が流れ始め、ティナが最初のセリフを言い始めると、文字や数列が書かれた無数の紙や落書きがほどけて動き始めた。このまますべてを舞い上げてその中にある宝物を見つける。
 目まぐるしく変わっていく景色の中でパフォーマンスをするので精一杯だ。けれど小道具の傘のビニール越しに何か光るものが見えた。

「あ、あれかな……?」
「もうちょっとやってみよう!」

 再び歌とともに紙が舞い上がる。努力の中で埋もれてしまったけれど、捨てきれなかった大切なものを掘り起こす。するとどこからか走ってきた少女が、その光るものに近付いた。

「これ……ずっと探してたの」

 子供用のおもちゃの指輪。大人になると見向きもしなくなる人もいるけれど、本当は心の中にずっとあるキラキラ輝くものだ。見つかったことにほっとしていると、少女の周りにもっとたくさんの玩具のアクセサリーが現れた。宝物はひとつではなかったらしい。

「コレクターかもしれないなぁ……」

 ティナの呟きが暢気で黄乃は思わず笑ってしまった。虹色の輝きに包まれた部屋を後にして、次の扉を押し開ける。
 そこは暗い部屋だった。壁はくすんだ灰色、窓の外からはしとしとと雨の音だけが降り注いでいる。

 薄暗い部屋の中でティナと黄乃の姿だけが照らされている。この部屋にはバクは現れず、追加のミッションはないらしい。連続で踊っているのでそろそろ体が疲れてくる。けれど目の前のことに向き合うしかない。黄乃はティナに言われたことを思い出していた。

『うまく踊ろうとしなくていいんだよ。逆にそのひとつひとつの動きの意味を考えるの。どうしてここで腕を動かすのか。これで何を表現しているのか。それが一番大事』

 歌詞の内容は誰にも気付かれないような生活を送っていた主人公に気付いてくれた人に恋をするという内容だ。穏やかで柔らかな光を抱くような振付。

 歌は淡々と進み、静かなリズムが部屋の空気を満たす。外の雨音と同化し、観客席もまたしんと静まり返って見守っている。
 黄乃とティナは互いに目を合わせ、ふっと小さく笑った。派手な振り付けはしない。ただ寄り添い、淡い光を抱くように腕を伸ばす。ひとつひとつの仕草が、孤独の闇に小さな明かりを灯していく。

 窓の外にぼんやりと虹色の光が差し始めたとき、部屋の片隅に誰かがうずくまっているのが見えた。疲れた半透明の人影が膝を抱え、顔を伏せている。バクは現れない。けれど、それが今回の夢の主であることはすぐに分かった。
 大丈夫、ちゃんと見えているよ――ティナが声を響かせ、黄乃がその後を優しく重ねる。

 小さな変化が起こる。暗い壁に淡い模様が浮かび、やがて光の絵画のように揺れはじめた。振付に合わせるように、その模様が花の形を作る。
 半透明の人影は顔を上げ、目に涙を溜めながら窓の外を見た。虹が、雨上がりの空を彩っている。
 そしてその光の中へとゆっくり溶けるように姿を消していった。

「……届いた、かな」
「うん、きっと」

 黄乃が小さく息をつくと、ティナがその肩を軽く叩いた。

 やがて部屋の奥に次の扉が現れる。重厚で古びた木の扉。その向こうには、静かで懐かしい気配が漂っていた。
 扉を開くと、古いアルバムの世界が広がった。黄ばんだページの上を歩くたびに、モノクロの写真が宙に舞い上がり、壁や天井を覆っていく。

「ここは……」
「思い出の部屋、だね」

 黄乃とティナはそっと手を取り合い、歌い始める。旋律に合わせ、写真たちが少しずつ色を取り戻していく。
 人の夢はその人の記憶に基づいているとも言われる。しかしそれはバラバラになってから再構成されて、見ている人もわからないようなものに変わっていることも多い。
 色付いた写真が教えてくれるのは終わってしまった恋の記憶の断片だ。告白することもできずに道が別れてしまって、今でも好きだという気持ちだけが残っている。
 その思いに寄り添うように踊れば、笑顔のティナと目が合った。写真たちはゆっくりと光に包まれて消えていく。この気持ちは少しは昇華されただろうか。その夢に少しは寄り添えただろうか。黄乃はそんなことを考えながら光を見送った。
 すると上空からバクが舞い降りてくる。そして明るい声で言った。

「おめでとう! これで残りは一人だよ!」

 ティナは頷く。扉の向こうに繋がるのは美雨の夢の世界だ。ここからが正念場だ。このライブを終わらせて、全員で現実の世界に帰るために、最後の扉を開けなければならない。

「――行こう」

 黄乃は強く頷き、ティナとともに扉に手をかけた。

***

 由真がティナの背中に手を回すのを星音はじっと見つめていた。寧々もその隣で見守っている。

「他人の能力の一部、そうやって使うのね」
「今回の場合は暴走して漏れ出している分があるから、それを使っているだけだけど」
「暴走していない場合は中から直接取ることになるのかしら」
「そうなるね。他人の種の中に入れるの、気持ち悪くなるからあまりやりたくないけど」

 寧々は心配もありつつ、興味深くそれを見ているようだった。星音はそれを眺めながらも昔由真にされたことを思い出していた。

(あのとき、内側に入られてるって感じたのはそういうことか……)

 そのときは嫌だとは思わなかったのだろうか、と思ったけれど、今は聞くべきときではないと思い直した。それにあのときは由真も普通の状態ではなかったのでカウントすべきではないのだろう。

(でもそう考えると他人の能力使われるのすごい嫌な気がしてきた……)

 そんなことを言っても由真を困らせるだけだろう。それに本人も積極的には使いたくないということなので、星音は想いを心の中にしまっておくことにした。

「この前はクリアが難しくなさそうな子の夢に入ったらしいけど、今回はどうするの?」
「もう選択肢がないんだよね……この三人以外は全員目を覚ましたし」

 ティナはそもそも本来の能力の持ち主なので使うのは難しい。黄乃はティナに協力している形になっているが、おそらく中でティナと一緒の扱いをされているだろう。そうすると自ずと天ヶ瀬美雨しか残らない。しかし能力を使った状態で彼女に触れると、レベル表示がおかしくなってしまっているのだ。

「この能力ってゲームみたいだけど……これはゲームだとバグってるみたいな状態なんじゃないかなって……」
「さすがに私の能力でもどんな風に見えているのかまではわからないのだけど……一応説明してくれる?」
「普通だと星の数でレベルが見れる状態になってる。星の数は最大が五つ。でも天ヶ瀬さんの場合は、その星の部分が砂嵐みたいになっているというか」
「それは完全にバグってるって言うやつね。本来なら止めるところなんだけど――」

 試しにティナや黄乃を見てみると、そもそも星の表示がされなかった。夢の中に入るためには、本当に美雨の夢に入るしか方法はないようだった。

「行くよ。行くって約束したし」
「……仕方ないわね。ちゃんと、無事に帰ってきてね」

 祈るような寧々の言葉に、由真は静かに頷いた。そして美雨の額に手を置いて目を閉じる。

 数秒後、由真は美雨に寄り添うように意識を失った。

「……無事に入れたかしらね」

 寧々が呟く。しかし二人とも、直前に由真が言っていた美雨の様子のおかしさを前に、それ以上何も言うことができなくなっていた。
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