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番外編6
かわいいもかっこいいも
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喫茶アルカイドのパティシエである鵜飼理世子は、浮世離れしている。能力の副作用で長い間外に出られなかったこと、両親がお金持ちであること、そして何より本人の趣味のために、どこぞのお姫様のような格好を普段からしている。理世子が店に出るようになり、テンションが上がった或果が理世子専用制服を仕立てた――という話は置いておいて。
そんな理世子に密かに羨望の視線を向ける店員が二人。一人は実は昔からお姫様に憧れているという瀧口星音。そしてもう一人は、アルカイド唯一の男性店員である杏木黄乃であった。
「今日の理世子さんの服もすごかったな……フリル職人とレース職人が過労死しそうな……」
「すごく可愛かったなぁ」
早番のシフトだった理世子が帰り、客のいない店内に残された二人は、今日の理世子の服装について話していた。二人はお姫様のような可愛い服に憧れている。けれどなかなか踏み出せない理由もあった。
「でも、理世子さんだから似合うんですよね……」
「せやなぁ……いや、でも黄乃は似合うんちゃう?」
アルカイドにはスカートタイプの制服とパンツタイプの制服が両方存在する。黄乃はいつもスカートタイプの制服を着ていた。しかもそれが似合っているともっぱらの評判である。
「で、でも……理世子さん、姫か妖精かって感じじゃないですか……」
「ええやん、妖精が二人いても」
「いや、でも理世子さんと比べるとどうしても……」
気持ちはわかる。星音も同じ理由で気後れすることもあるのだ。でも服は本当はそんなことなんて気にせずに好きなものを着るべきなのだ。それをどう言ったらいいものか――と壁のカレンダーをぼんやりと眺めていた星音は、赤い丸が付けられた日付に目を止めた。
「今年は休みなんや、誕生日」
「え? ああ、そうなんですよ。シフトの関係でたまたまですけど」
「その日、実は私も休みやねん」
由真と一緒に行動することが多い星音は、その関係で黄乃とあまりシフトが被らない。けれど今年の黄乃の誕生日、つまり2月14日だけはいつもと違い、星音と黄乃の休みが被っていたのだ。
「もし何にも用事なかったらやけど……その日、一緒に服とか見に行かん?」
「行きたいです!」
「じゃあ学校終わったらC-5地区のファッションビル集合で」
*
「うわぁ……いろんな服がある……!」
「まあそりゃ、この辺りで一番大きな店やしな。ていうかここ来るの始めて?」
「いや、前一人で頑張って来たときに由真さんと鉢合わせしたことがあるんですけど……」
これは多分パニックになってほぼ覚えていないやつだ。由真は真面目に見せかけてたまに人をからかって楽しむところもある。由真から以前聞いた話を鑑みるに、由真の悪ノリに付き合わされた結果何が何だかわからないうちに終わったのだろう。
「ってことはナンパされないように気を付けんとな」
「た、多分今日はないと思うんですけど……」
今日の黄乃はイチゴオレのような色のコートに、チョコレート色のスカートだ。十分可愛い。ナンパの可能性は捨てきれない。対する星音は、バイクに乗ってきたというのもあり、動きやすいジーンズにチュニックというシンプルな服装だ。これでもチュニックの方はかなり可愛らしいデザインのものにしているのだが、やはり姫成分が足りないと自己評価していた。
「よし、じゃあとりあえずあの店から」
「え!? いきなりですか……!?」
「だって今日はそのために来たわけだし」
バイクに乗るには危険なので、パニエがたっぷり入ったスカートを着ることはあまりないのだが、欲しいものは欲しい。幸いバイト代をもらったばかりでもある。怖じ気づく黄乃をほぼ引きずるようにして、星音は店に入っていった。
「星音さんって、こういうの好きなんですか?」
「……昔からな、お姫様になりたいとも思ってたんよ。ディズニーとか見てても、王子とかどうでもいいからこの服着たいって」
「あ、でもちょっとわかります。可愛いですよね」
「でもなぁ、似合うかと言われると……」
理世子は別格としても、寧々や或果もそういった服がよく似合う。
「いや、買うときは似合うとか考えない方が幸せになれるんや」
「星音さんも似合うと思いますけど……」
「周りのレベルが高すぎて、たまに自信なくすねん……」
黄乃に言っても、というか、誰に言っても解決はしないだろうけれど、アルカイドの店員は美人揃いだ。比べたくなくても比べてしまう。
「由真さんなんて、本人は『スカートとか似合わない』とか言うてるけど、ちょっと鏡見てきて欲しいし、それでも似合ってないと思うなら眼科に行くべきやと思うし」
由真の場合は、男性であるアルが内側にいるという影響もあるらしいが、どちらかというとアルは楽しんでいる節があるので、結局は本人の問題だ。かっこいい格好も可愛い格好も似合うなんて反則だと思う。
「でも、星音さんってかっこいいものが好きだと思ってました。『青の向こう側』の楓って結構かっこいい系ですよね」
「あー……確かに。両方あるんだよなぁ」
かっこいいと可愛いと。フリルやレース、リボンを多用した可愛い服も好きだし、男性的なかっこいい服も好きだ。
「ぼくも、実はどっちも好きです……! そもそも、こういう服を着るようになったのも――」
普通だったら見られないはずの百年以上前の映像。その中にいた少女たちの話を黄乃が熱を持って語り始める。軍服のようなかっこよさと、踊る度にふわりと広がるスカートの共存。自分らしく生きろと伝えるメッセージ。それに背中を押されるようにして一歩を踏み出したのだという。
「そういや、黄乃とじっくり話すのって初めてだったかもしれへんな」
「ですね」
「その映像見られたのって、やっぱり黄乃の能力が関係してるん?」
「寧々さんによると、『多分そうだと思う』って。普通アクセスできないところに繋がっちゃったみたいで」
そもそもアクセスできない情報があるあたりに思うところがないわけではないが、かつて存在していた輝きに憧れる気持ちは何となく理解できた。
「でも、かっこいいも可愛いも、今のところ中途半端で……」
「それは私も似たようなもんやから何も言えないけど……でも、同じ風に思ってる人が居てくれて、私は結構嬉しいで?」
可愛いとかっこいいは正反対かもしれないけれど、どちらにも憧れてしまう。この店の次は、軍服ロリータを多く揃えている店にも行こう、と星音は密かに計画を練った。同じ趣味の人間と買い物するのは楽しい。普段はカナエと遊ぶことが多いが、カナエはカナエで「変な服が好き」と豪語するほどなので、行きたい店が一致することはほぼないのだ。
*
「いくら何でも買いすぎた気がする……」
楽しくて調子に乗りすぎた。紙袋が重い。黄乃の方は星音よりは節制しているが、逆に一着を決めるのに果てしない時間をつかうので、ショッピング疲れに襲われた二人は、ビルの通路に設置されたベンチに座り込んでいた。
「今日はこの辺にして、どっかでケーキでも食べて帰ろうか」
「あ、それならこの近くにいい店があるって寧々さんが」
「あの人、相変わらず喫茶店リサーチに余念がないな……」
寧々が勧める店に間違いはないので、黄乃から聞いた店の名前を地図アプリに入力する。ここから徒歩五分。それなら問題なく行けるだろうけれど、この大荷物をロッカーに預けるかどうか――などと星音が考えていると、どこからか爆発音が聞こえた。それに続いて警備ロボットが警報音を鳴らし始める。
「五階フロアで事件発生。ご来店中のお客様は速やかに避難を開始してください」
警備ロボットがそう言って星音たちを誘導し始める。星音と黄乃は顔を見合わせた。事件が能力者絡みなら、自分たちが行った方がいいのではないか。星音は肩に提げた鞄から、一枚のカードを取り出した。悠子に持たされている、警察の協力者であることを示す証明書だ。警備ロボットにそれを見せると、ランプの色が赤から黄色に変わった。
「現場への誘導を開始いたします」
このカードに反応して動きが変わったということは、能力者絡みの事件であることは間違いないようだ。星音は警備ロボットを追いかけながら、隣で不安そうな顔をしている黄乃に尋ねた。
「休みの日って、あの機械持ってないんだっけ?」
「そうなんです……普段は店に預けてて。『何かあったときのために』って作ってくれた小さいやつならあるんですけど」
「その小さいやつって、何が出来るん?」
「有効範囲が狭くなってるけど、特殊光線を出せるのと……スタンガンの代わりくらいならできるって。でも、使ったことなくて……」
星音で対処できる問題ならいいけれど、そうでなかった場合は、それを使ってもらうしかない。しかし黄乃はまだ現場へも到着していないのに青ざめているレベルだ。
「あ、あの……ぼく、寧々さんがいない状態で使ったことなくて……」
そうこうしているうちに、事件が起きている現場へ到着してしまった。能力者であろう男たちが周囲を破壊している。警備員と警備ロボットが応戦しようとしているが、数の多さに苦戦しているようだ。
「中心にいるモヒカン男が厄介っぽいな。多分……あの小石みたいなやつを飛ばして爆弾にできるんだと思う。他も厄介だけど、殺傷能力がありそうなのはあいつだけやな」
最悪中心のモヒカン男だけ倒してしまえば、他は警備員や、応援としてきてくれるはずの警察に任せられるだろう。少なくとも、由真ならそう判断して動くはずだ。星音は胸に手を当てて呼吸を整えた。
「え、もしかして一人で突っ込むつもりですか!?」
「それが一番手っ取り早いやろ。強い能力者でも、人間である以上、気絶すれば無力だし」
それは寧々が言っていた。暴走している能力者はそれには当てはまらないが、今回はどうにかして気絶さえさせてしまえば何とかなるケースだ。
「で、でも……」
「武器なら一応持ってるから」
問題は、仲間に守られているモヒカン男のところに辿り着けるかどうかだ。でも殺傷能力がないなら、攻撃されても気にせずに突っ込めばいい。混乱している状況を利用して、相手に気付かれる前に一撃必殺で終わらせる。星音は地面を強く踏み込んだ。
由真の戦い方を見ているから、敵地の中心に突っ込む方法は心得ている。由真の能力波射程が短いから、そうするのが一番確実なのだ。しかし、暴れている男たちの輪の中に入った瞬間に、星音の足は一歩も前に進まなくなってしまった。
「……っ! 何やこれ!?」
「君のところだけ、重力を十倍にしてるんだよ」
モヒカン男を庇うように、金髪の男が現れて言う。目に見える能力ではなかったから完全に見落としていた。星音は唇を噛んだ。気付かれてしまったらこの作戦は上手く行かない。仲間たちにあっという間に囲まれてしまった星音は拳を握り締めた。
「君のこと、見たことあるよ。いつものあの子は今日はいないのかな?」
「誰の話や?」
「あの、剣を持ってる子のことだよ。彼女がアルカイドの主戦力だろ?」
残念ながら今日はオフで、ここにいるのもたまたまだ。連絡を受けているなら応援としてここに駆けつけてくれる可能性はあるけれど、瞬間移動できるわけでもないから、到着には当然時間がかかる。
どうやってこの状況を打破しようか――星音が考えを巡らしていると、頭上から光が降り注ぎ、同時に少し離れたところから異常に騒がしい警備ロボットが三台まとめてこちらに向かってくるのが見えた。
*
「ど、どうしよう――」
アルカイドで働き始めてからも、戦闘はほとんど寧々の指示の元でやっていた。でもここには寧々はいない。今ピンチに陥っている星音を助けることができるのは自分しかいないのだ。黄乃は胸の前で拳を握り締めた。
(でも、もし上手く行かなかったら)
逆に星音まで巻き込んでしまう可能性だってある。けれど迷っていたら星音が傷つけられてしまうかもしれない。ぎゅっと目を閉じた黄乃の瞼に浮かんだのは、かつて見た古い映像の中にいた少女たちの姿だった。
あの頃、世界にはまだ能力者はいなかった。日本はそれなりには平和だった。けれどその世界にも戦いはあった。傷つきながらも藻掻いて、何度折られても立ち上がった。その姿に憧れた。そしてその中心にいた少女は由真によく似ていたのだ。
(――そうだ。とにかく前に進まなくちゃ)
鞄の中から、小さな機械を取り出す。一時的に能力を停止させられる光線があれば、少なくとも星音が逃げられる隙は作り出せるはずだ。けれど慌てすぎたせいか、機械は黄乃の手をすり抜けて飛んで行ってしまう。
思わず目を閉じてしまったけれど、能力は発動された。飛んで行った方向がたまたま敵の頭上だったので、光線が降り注いだ瞬間に星音が目の前の男に回し蹴りを決める。
(これなら……!)
目を閉じてしまったときに、必要以上に能力を使ってしまったようで、騒がしい警備ロボットが三台、星音たちの方に向かっていた。水を掛けたり消火剤を撒いたりと、逆に場を混乱させているようにも見えるが、星音はそれに乗じて包囲網を突破した。
星音がモヒカンの男に向かっていく。それと同時に、警備ロボットの一台が、床に落ちた機械を黄乃に投げ渡した。取り落としそうになりながらもそれを受け取った黄乃は、星音が走って行く方に向かってそれを投げる。
もう一度、特殊光線を出す。モヒカン男の能力が停止され、小石はただの石に戻った。男がそれに気付いて体勢を整える前に、星音が男の体にスタンガンを押し当てる。――制圧完了だ。
「よ、よかった……」
偶然に助けられたところが大きいが、とりあえず何とかなったことに黄乃は安堵の溜息を漏らした。星音が黄乃を見て親指を立てる。危ないところだったが、どこも怪我はしていないようだ。安心した瞬間に腰が抜け、黄乃はその場に座り込んでしまった。
*
「あれは私が悪いわ……目に見えない能力は想定してなかったというか……寧々さんがいれば一発であんなん見抜けたんやろうけど」
暴れていた男たちを警察に引き渡した後、星音と黄乃は近くの喫茶店で休憩することにした。ちなみに由真たちは同時に他の地区で起きていた事件に駆り出されていたらしい。つまりどうやっても間に合わなかった可能性が高いということがわかった。
「でも星音さんって普段は、由真さんと二人ですよね……由真さんってそういうときどうしてるんですか?」
「あの人わりと力技なんだよな……人間が使う能力だから、向こうが怯んだりしたら弱まるんだけど……」
そこから先はあまり話したくなさそうだったので、黄乃は聞かないことにした。聞いたところで絶対にまねしてはいけない方法しか出てこない気がする。
「しかし、黄乃の誕生日だってのに酷い目に遭ったな……私ら呪われてんのかな……」
「ま、まあ……解決したし、大丈夫ですよ!」
毎年何かしらあるので、そろそろ呪われていることを検討してもいいかもしれないが、呪われているとは思いたくない。黄乃は頬杖を突いてチョコケーキを食べている星音をなだめた。
「でもさ、今日の黄乃はかっこいいし可愛かったよ」
「え!?」
「あのとき、わりとやばいと思ってたら急に上から光が降ってくるし、その瞬間に動けるようになったから」
あれは全くの偶然で、機械が吹っ飛んで行ってしまったのでその位置からの照射になっただけなのだが、結果的にはよかったらしい。星音は戦闘に使う能力ではないから光線を浴びても問題ないのだ。
「でも、あの隙を突けたのは星音さんだったからで……星音さんもかっこよかったです!」
鮮やかな回し蹴りは、由真や梨杏を彷彿とさせた。普段戦闘には加わらない星音があれほど動けるとは思っていなかった。
「じゃあ私もちょっとは近付けたかな?」
「近付けたって?」
「かっこよくて可愛い、にさ。いや、可愛くてかっこいいかな。どっちでもいいけど」
由真や寧々のように戦えるようになるにはもう少し時間がかかるかもしれないけれど、それでも前に進めているとは思う。黄乃は心の片隅にいつも存在している少女の姿を思い浮かべながら頷いた。
そんな理世子に密かに羨望の視線を向ける店員が二人。一人は実は昔からお姫様に憧れているという瀧口星音。そしてもう一人は、アルカイド唯一の男性店員である杏木黄乃であった。
「今日の理世子さんの服もすごかったな……フリル職人とレース職人が過労死しそうな……」
「すごく可愛かったなぁ」
早番のシフトだった理世子が帰り、客のいない店内に残された二人は、今日の理世子の服装について話していた。二人はお姫様のような可愛い服に憧れている。けれどなかなか踏み出せない理由もあった。
「でも、理世子さんだから似合うんですよね……」
「せやなぁ……いや、でも黄乃は似合うんちゃう?」
アルカイドにはスカートタイプの制服とパンツタイプの制服が両方存在する。黄乃はいつもスカートタイプの制服を着ていた。しかもそれが似合っているともっぱらの評判である。
「で、でも……理世子さん、姫か妖精かって感じじゃないですか……」
「ええやん、妖精が二人いても」
「いや、でも理世子さんと比べるとどうしても……」
気持ちはわかる。星音も同じ理由で気後れすることもあるのだ。でも服は本当はそんなことなんて気にせずに好きなものを着るべきなのだ。それをどう言ったらいいものか――と壁のカレンダーをぼんやりと眺めていた星音は、赤い丸が付けられた日付に目を止めた。
「今年は休みなんや、誕生日」
「え? ああ、そうなんですよ。シフトの関係でたまたまですけど」
「その日、実は私も休みやねん」
由真と一緒に行動することが多い星音は、その関係で黄乃とあまりシフトが被らない。けれど今年の黄乃の誕生日、つまり2月14日だけはいつもと違い、星音と黄乃の休みが被っていたのだ。
「もし何にも用事なかったらやけど……その日、一緒に服とか見に行かん?」
「行きたいです!」
「じゃあ学校終わったらC-5地区のファッションビル集合で」
*
「うわぁ……いろんな服がある……!」
「まあそりゃ、この辺りで一番大きな店やしな。ていうかここ来るの始めて?」
「いや、前一人で頑張って来たときに由真さんと鉢合わせしたことがあるんですけど……」
これは多分パニックになってほぼ覚えていないやつだ。由真は真面目に見せかけてたまに人をからかって楽しむところもある。由真から以前聞いた話を鑑みるに、由真の悪ノリに付き合わされた結果何が何だかわからないうちに終わったのだろう。
「ってことはナンパされないように気を付けんとな」
「た、多分今日はないと思うんですけど……」
今日の黄乃はイチゴオレのような色のコートに、チョコレート色のスカートだ。十分可愛い。ナンパの可能性は捨てきれない。対する星音は、バイクに乗ってきたというのもあり、動きやすいジーンズにチュニックというシンプルな服装だ。これでもチュニックの方はかなり可愛らしいデザインのものにしているのだが、やはり姫成分が足りないと自己評価していた。
「よし、じゃあとりあえずあの店から」
「え!? いきなりですか……!?」
「だって今日はそのために来たわけだし」
バイクに乗るには危険なので、パニエがたっぷり入ったスカートを着ることはあまりないのだが、欲しいものは欲しい。幸いバイト代をもらったばかりでもある。怖じ気づく黄乃をほぼ引きずるようにして、星音は店に入っていった。
「星音さんって、こういうの好きなんですか?」
「……昔からな、お姫様になりたいとも思ってたんよ。ディズニーとか見てても、王子とかどうでもいいからこの服着たいって」
「あ、でもちょっとわかります。可愛いですよね」
「でもなぁ、似合うかと言われると……」
理世子は別格としても、寧々や或果もそういった服がよく似合う。
「いや、買うときは似合うとか考えない方が幸せになれるんや」
「星音さんも似合うと思いますけど……」
「周りのレベルが高すぎて、たまに自信なくすねん……」
黄乃に言っても、というか、誰に言っても解決はしないだろうけれど、アルカイドの店員は美人揃いだ。比べたくなくても比べてしまう。
「由真さんなんて、本人は『スカートとか似合わない』とか言うてるけど、ちょっと鏡見てきて欲しいし、それでも似合ってないと思うなら眼科に行くべきやと思うし」
由真の場合は、男性であるアルが内側にいるという影響もあるらしいが、どちらかというとアルは楽しんでいる節があるので、結局は本人の問題だ。かっこいい格好も可愛い格好も似合うなんて反則だと思う。
「でも、星音さんってかっこいいものが好きだと思ってました。『青の向こう側』の楓って結構かっこいい系ですよね」
「あー……確かに。両方あるんだよなぁ」
かっこいいと可愛いと。フリルやレース、リボンを多用した可愛い服も好きだし、男性的なかっこいい服も好きだ。
「ぼくも、実はどっちも好きです……! そもそも、こういう服を着るようになったのも――」
普通だったら見られないはずの百年以上前の映像。その中にいた少女たちの話を黄乃が熱を持って語り始める。軍服のようなかっこよさと、踊る度にふわりと広がるスカートの共存。自分らしく生きろと伝えるメッセージ。それに背中を押されるようにして一歩を踏み出したのだという。
「そういや、黄乃とじっくり話すのって初めてだったかもしれへんな」
「ですね」
「その映像見られたのって、やっぱり黄乃の能力が関係してるん?」
「寧々さんによると、『多分そうだと思う』って。普通アクセスできないところに繋がっちゃったみたいで」
そもそもアクセスできない情報があるあたりに思うところがないわけではないが、かつて存在していた輝きに憧れる気持ちは何となく理解できた。
「でも、かっこいいも可愛いも、今のところ中途半端で……」
「それは私も似たようなもんやから何も言えないけど……でも、同じ風に思ってる人が居てくれて、私は結構嬉しいで?」
可愛いとかっこいいは正反対かもしれないけれど、どちらにも憧れてしまう。この店の次は、軍服ロリータを多く揃えている店にも行こう、と星音は密かに計画を練った。同じ趣味の人間と買い物するのは楽しい。普段はカナエと遊ぶことが多いが、カナエはカナエで「変な服が好き」と豪語するほどなので、行きたい店が一致することはほぼないのだ。
*
「いくら何でも買いすぎた気がする……」
楽しくて調子に乗りすぎた。紙袋が重い。黄乃の方は星音よりは節制しているが、逆に一着を決めるのに果てしない時間をつかうので、ショッピング疲れに襲われた二人は、ビルの通路に設置されたベンチに座り込んでいた。
「今日はこの辺にして、どっかでケーキでも食べて帰ろうか」
「あ、それならこの近くにいい店があるって寧々さんが」
「あの人、相変わらず喫茶店リサーチに余念がないな……」
寧々が勧める店に間違いはないので、黄乃から聞いた店の名前を地図アプリに入力する。ここから徒歩五分。それなら問題なく行けるだろうけれど、この大荷物をロッカーに預けるかどうか――などと星音が考えていると、どこからか爆発音が聞こえた。それに続いて警備ロボットが警報音を鳴らし始める。
「五階フロアで事件発生。ご来店中のお客様は速やかに避難を開始してください」
警備ロボットがそう言って星音たちを誘導し始める。星音と黄乃は顔を見合わせた。事件が能力者絡みなら、自分たちが行った方がいいのではないか。星音は肩に提げた鞄から、一枚のカードを取り出した。悠子に持たされている、警察の協力者であることを示す証明書だ。警備ロボットにそれを見せると、ランプの色が赤から黄色に変わった。
「現場への誘導を開始いたします」
このカードに反応して動きが変わったということは、能力者絡みの事件であることは間違いないようだ。星音は警備ロボットを追いかけながら、隣で不安そうな顔をしている黄乃に尋ねた。
「休みの日って、あの機械持ってないんだっけ?」
「そうなんです……普段は店に預けてて。『何かあったときのために』って作ってくれた小さいやつならあるんですけど」
「その小さいやつって、何が出来るん?」
「有効範囲が狭くなってるけど、特殊光線を出せるのと……スタンガンの代わりくらいならできるって。でも、使ったことなくて……」
星音で対処できる問題ならいいけれど、そうでなかった場合は、それを使ってもらうしかない。しかし黄乃はまだ現場へも到着していないのに青ざめているレベルだ。
「あ、あの……ぼく、寧々さんがいない状態で使ったことなくて……」
そうこうしているうちに、事件が起きている現場へ到着してしまった。能力者であろう男たちが周囲を破壊している。警備員と警備ロボットが応戦しようとしているが、数の多さに苦戦しているようだ。
「中心にいるモヒカン男が厄介っぽいな。多分……あの小石みたいなやつを飛ばして爆弾にできるんだと思う。他も厄介だけど、殺傷能力がありそうなのはあいつだけやな」
最悪中心のモヒカン男だけ倒してしまえば、他は警備員や、応援としてきてくれるはずの警察に任せられるだろう。少なくとも、由真ならそう判断して動くはずだ。星音は胸に手を当てて呼吸を整えた。
「え、もしかして一人で突っ込むつもりですか!?」
「それが一番手っ取り早いやろ。強い能力者でも、人間である以上、気絶すれば無力だし」
それは寧々が言っていた。暴走している能力者はそれには当てはまらないが、今回はどうにかして気絶さえさせてしまえば何とかなるケースだ。
「で、でも……」
「武器なら一応持ってるから」
問題は、仲間に守られているモヒカン男のところに辿り着けるかどうかだ。でも殺傷能力がないなら、攻撃されても気にせずに突っ込めばいい。混乱している状況を利用して、相手に気付かれる前に一撃必殺で終わらせる。星音は地面を強く踏み込んだ。
由真の戦い方を見ているから、敵地の中心に突っ込む方法は心得ている。由真の能力波射程が短いから、そうするのが一番確実なのだ。しかし、暴れている男たちの輪の中に入った瞬間に、星音の足は一歩も前に進まなくなってしまった。
「……っ! 何やこれ!?」
「君のところだけ、重力を十倍にしてるんだよ」
モヒカン男を庇うように、金髪の男が現れて言う。目に見える能力ではなかったから完全に見落としていた。星音は唇を噛んだ。気付かれてしまったらこの作戦は上手く行かない。仲間たちにあっという間に囲まれてしまった星音は拳を握り締めた。
「君のこと、見たことあるよ。いつものあの子は今日はいないのかな?」
「誰の話や?」
「あの、剣を持ってる子のことだよ。彼女がアルカイドの主戦力だろ?」
残念ながら今日はオフで、ここにいるのもたまたまだ。連絡を受けているなら応援としてここに駆けつけてくれる可能性はあるけれど、瞬間移動できるわけでもないから、到着には当然時間がかかる。
どうやってこの状況を打破しようか――星音が考えを巡らしていると、頭上から光が降り注ぎ、同時に少し離れたところから異常に騒がしい警備ロボットが三台まとめてこちらに向かってくるのが見えた。
*
「ど、どうしよう――」
アルカイドで働き始めてからも、戦闘はほとんど寧々の指示の元でやっていた。でもここには寧々はいない。今ピンチに陥っている星音を助けることができるのは自分しかいないのだ。黄乃は胸の前で拳を握り締めた。
(でも、もし上手く行かなかったら)
逆に星音まで巻き込んでしまう可能性だってある。けれど迷っていたら星音が傷つけられてしまうかもしれない。ぎゅっと目を閉じた黄乃の瞼に浮かんだのは、かつて見た古い映像の中にいた少女たちの姿だった。
あの頃、世界にはまだ能力者はいなかった。日本はそれなりには平和だった。けれどその世界にも戦いはあった。傷つきながらも藻掻いて、何度折られても立ち上がった。その姿に憧れた。そしてその中心にいた少女は由真によく似ていたのだ。
(――そうだ。とにかく前に進まなくちゃ)
鞄の中から、小さな機械を取り出す。一時的に能力を停止させられる光線があれば、少なくとも星音が逃げられる隙は作り出せるはずだ。けれど慌てすぎたせいか、機械は黄乃の手をすり抜けて飛んで行ってしまう。
思わず目を閉じてしまったけれど、能力は発動された。飛んで行った方向がたまたま敵の頭上だったので、光線が降り注いだ瞬間に星音が目の前の男に回し蹴りを決める。
(これなら……!)
目を閉じてしまったときに、必要以上に能力を使ってしまったようで、騒がしい警備ロボットが三台、星音たちの方に向かっていた。水を掛けたり消火剤を撒いたりと、逆に場を混乱させているようにも見えるが、星音はそれに乗じて包囲網を突破した。
星音がモヒカンの男に向かっていく。それと同時に、警備ロボットの一台が、床に落ちた機械を黄乃に投げ渡した。取り落としそうになりながらもそれを受け取った黄乃は、星音が走って行く方に向かってそれを投げる。
もう一度、特殊光線を出す。モヒカン男の能力が停止され、小石はただの石に戻った。男がそれに気付いて体勢を整える前に、星音が男の体にスタンガンを押し当てる。――制圧完了だ。
「よ、よかった……」
偶然に助けられたところが大きいが、とりあえず何とかなったことに黄乃は安堵の溜息を漏らした。星音が黄乃を見て親指を立てる。危ないところだったが、どこも怪我はしていないようだ。安心した瞬間に腰が抜け、黄乃はその場に座り込んでしまった。
*
「あれは私が悪いわ……目に見えない能力は想定してなかったというか……寧々さんがいれば一発であんなん見抜けたんやろうけど」
暴れていた男たちを警察に引き渡した後、星音と黄乃は近くの喫茶店で休憩することにした。ちなみに由真たちは同時に他の地区で起きていた事件に駆り出されていたらしい。つまりどうやっても間に合わなかった可能性が高いということがわかった。
「でも星音さんって普段は、由真さんと二人ですよね……由真さんってそういうときどうしてるんですか?」
「あの人わりと力技なんだよな……人間が使う能力だから、向こうが怯んだりしたら弱まるんだけど……」
そこから先はあまり話したくなさそうだったので、黄乃は聞かないことにした。聞いたところで絶対にまねしてはいけない方法しか出てこない気がする。
「しかし、黄乃の誕生日だってのに酷い目に遭ったな……私ら呪われてんのかな……」
「ま、まあ……解決したし、大丈夫ですよ!」
毎年何かしらあるので、そろそろ呪われていることを検討してもいいかもしれないが、呪われているとは思いたくない。黄乃は頬杖を突いてチョコケーキを食べている星音をなだめた。
「でもさ、今日の黄乃はかっこいいし可愛かったよ」
「え!?」
「あのとき、わりとやばいと思ってたら急に上から光が降ってくるし、その瞬間に動けるようになったから」
あれは全くの偶然で、機械が吹っ飛んで行ってしまったのでその位置からの照射になっただけなのだが、結果的にはよかったらしい。星音は戦闘に使う能力ではないから光線を浴びても問題ないのだ。
「でも、あの隙を突けたのは星音さんだったからで……星音さんもかっこよかったです!」
鮮やかな回し蹴りは、由真や梨杏を彷彿とさせた。普段戦闘には加わらない星音があれほど動けるとは思っていなかった。
「じゃあ私もちょっとは近付けたかな?」
「近付けたって?」
「かっこよくて可愛い、にさ。いや、可愛くてかっこいいかな。どっちでもいいけど」
由真や寧々のように戦えるようになるにはもう少し時間がかかるかもしれないけれど、それでも前に進めているとは思う。黄乃は心の片隅にいつも存在している少女の姿を思い浮かべながら頷いた。
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率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。
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守 秀斗
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