月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜

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番外編7(2024年文披31題)

重い想いのバレンタイン

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 理世子の手つきが鮮やかすぎて、見惚れているうちにチョコができていく。手を止めた理世子に「それじゃあやってみて」と言われて慌てる黄乃と星音であった。
「もう、二人とも手作りチョコ渡すんでしょ?」
「そうやけど、あまりにも鮮やかすぎて……」
 一応二人とも料理は出来るが、プロのパティシエについていけるはずもない。しかしここでついていかなければいけない事情もあった。
「でも理世子さんも渡すんですよね、手作りチョコ」
「そのつもりだけど」
「か、勝てる気がしないよぉ……」
 うなだれる星音と黄乃であった。なぜなら三人は同じ人に手作りチョコを渡す予定なのだ。
「勝ち負けじゃないわよ。由真なら心を込めて作ればきっと喜んでくれるし」
「せやけど正直見劣りするよなぁって……」
「梨杏なんてチロルチョコとかブラックサンダーとかで済ませてるんだから。全然問題ないわよ」
 そもそも由真がモテすぎるのがいけない。そんな結論に辿り着きそうになる。梨杏だって、幼馴染という特別な立場だからこそラフに渡せるのだ。
「とにかく、あーだこーだ言ってないで作るわよ!」
 チョコの甘い香りが漂う理世子の家のキッチンで、三人の長い夜が始まった。

***

 そして訪れたバレンタイン当日。
「なんかごめん……」
「あ、謝らないでください! 体調不良なんてしょうがないですから!」
「でもお店も戦闘も黄乃にまかせちゃって……」
 バレンタインのその日、由真は熱を出して寝込んでいた。元々体が強い方ではないらしく、急に熱を出して動けなくなることがこれまでもあったらしい。
(チョコどころじゃないよなぁ……)
 幸い昨日三人で作ったものは日持ちがするので冷蔵庫にしまってある。しかしさすがに熱がある人にそれを言い出すこともできなかった。
「あ、そうだ……誕生日プレゼントもなかなか買いに行けなくて、今日買おうと思ってたから用意できてなくて……」
「まず自分の体心配してくださいってば……!」
 バレンタインどころでもないし、誕生日どころでもない。無理をされるくらいなら誕生日をすっかり忘れられて、三月くらいに思い出された方がいい。
「でも、誕生日って大事だよ」
「毎年色々もらってるから大丈夫ですって……!」
 プレゼントなんてなくても、覚えてもらえるだけで嬉しいのだ。バレンタインと同じだからと忘れられてしまうことも多い黄乃の誕生日を、由真はしっかり覚えていてくれるのだ。
 もちろん黄乃のものだけではない。理世子は誕生日当日、日付が変わってすぐに由真からメッセージが来たと言っていた。つまりは誰に対してもそうなのだ。
「誕生日はさ、その人が生まれた日だから、すごく大事な日なんだよ」
 重くて優しい祝福だと思った。誰に対してもそう思うような何かが由真にはあるのだろうか。黄乃は何を言おうかしばらく迷い、ほとんど告白のような勇気を絞り出して言った。
「あ、あの! 実は昨日の夜にガトーショコラ作って……ちょっと、いやそこそこ焦げちゃったりしてるんですけど……! 冷蔵庫に入れておいたので!」
 由真は少し驚いた顔をしてから、小さく笑った。そして黄乃の銀杏色の頭を軽く撫でる。

「ありがと。元気になったら食べるね」
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