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当主
第三話
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信長の青年時代を簡潔に綴るなら、[大うつけ]と言える。毎朝、城下の悪餓鬼を連れ、人の家の柿を盗み食いしたりなどの悪行を行ってばかりいた。
「おうおう、今日も悪郎(信長)が歩いておるわ。」と人々は話している。
そんな大うつけにも転機が訪れた。
美濃の斎藤道三の娘帰蝶を嫁として迎える事になるのである。
「尾張の信秀公の嫡男殿はとんだ大うつけとお聞きしておるのじゃが。」
帰蝶は輿入れの準備をしながら侍女達に問いかける。
「それはもう日の本一の大うつけにございまする。」
侍女達は口々に言った。
帰蝶は不安を募りながら籠に乗り、尾張に着く。
帰蝶は祝言を挙げた。いや、祝言と言えるものかどうか分からないが。何故なら、帰蝶は祝言用の着物を着ているが信長はうつけ姿だったのだ。
(とんでもない所に嫁がされた。)
祝言式の間、頭の中で思い、時を過ごす。
祝言式が終了し、帰蝶は寝所で信長を待っていた。すると、先程のうつけ姿ではなく、一大名のような正装姿で登場したのである。
「嫁殿、先程の祝言式のご無礼、平に御容赦を。」
信長は帰蝶に向けて頭を垂れた。
これには帰蝶も驚きを覚え
「うつけと聞いておりましたが、中々の良き男ではござりませぬか。」
帰蝶は先程の祝言式の思いとは裏腹に
(この殿方なら一生付いて行きます。)
信長の祝言はこれにて終了したのである。
やがて、信秀は古渡城を取り壊し、末盛に山城を造り、居城としたのである。
天文十八年一月十七日、上の郡の犬山衆が謀反を起こしたのだ。
「信秀に対し、国情立て直し案を提出せしも、黙殺された。かくなる上は、信秀を殺し、今川家と手を結び民、百姓の安泰を計る!」
犬山衆総大将織田秀俊は軍勢を引き連れ、末盛城を攻めようとしていた。
一方信秀は兵をかき集めたが、敵の半数にも満たない。
「親父、ここで終わりか。」
信長は兵の前で仁王立ちしている信秀を見つめながら呟く。しかし、次の瞬間、信長は目を疑った。
信秀が兵達に土下座したのである。
「よくぞ、集まってくれた。そなたたちの心意気、誠に感服仕った!」
信秀の土下座により、兵の士気は大いに上がった。
末盛城から出陣した信秀は竜泉寺の下、柏井口で犬山衆の軍勢と激突する。
「敵を馳走せよ!一兵たりとも討ち漏らすな!」
信秀の弟信光が兵に向け指示をし、犬山衆を潰走させたのである。
犬山衆は春日井原を逃げて崩れ去った。
後日、誰の仕業か分からないが、落書に
[引綱を引きずり遠吠えしながら犬が広い野原を犬山へ逃げて行った。槍を引きずり逃げて行った犬山勢を風刺した]と書いた札があちこちに立てられていたそうな。
「勝った…少数なれど、士気にて戦に勝ったのだ。」
空を見上げながら信秀は呟いた。
「ゴホ…」
信秀の口の中から赤い液体が吐き出された。血である。
(天は、儂に時を与えぬか…)
天文二十年、信秀は流行病にかかったのである。
夜空を見上げて黄昏ている時に信長が隣にやって来る。
「親父、死ぬのか?」
「そのようだな。」
信長は一時置いて
「儂は、親父…いや、父上を殺そうと思った事がある。」
「…儂をか…」
信秀も一時置いて
「汝は我が父信貞に似ておる。」
「悪しきか?」
信長はすかさず聞いた。
「うむ、悪漢であったわ。」
「父上は、祖父殿をどのようにお思いになっていた?」
「いつしか儂が殺すと画策していたが、父上は怪死した。」
信秀は笑みをこぼしながら
「我が人間四十年。悔いはあるが是が我が下克上よ!」
三月三日、信秀は四十二歳で世を去った。葬式は万松寺で盛大に行われ、参列者の信長には林・平手・青山・内藤らの家老。弟信行には家臣柴田勝家・佐久間盛重・佐久間信盛などがお供している。
その時の信長の出で立ちは、長柄の太刀と脇差を藁縄で巻き、髪は茶筅髷に巻きたて、袴もなかないうつけ姿であった。
仏前に出て、信秀の位牌を一時眺め、抹香を掴んで投げて部屋を去っていったのである。
これには、参列者も慌てふためき
「あの大馬鹿者が!」と口々に取り沙汰した。
「これでは、当主は信行殿に決まったな。」と呟く者もいる。
(兄上、当主の座はこの信行がいただきます。)
信行は信秀の位牌を眺めながら不敵の笑みを浮かべた。
この騒ぎの中、筑紫から来た旅僧だけは(あのお方こそ国持ち大名になるお人だ)と言ったそうである。
「ハッハッハ!信長が親父の位牌に抹香を投げつけたって?面白い大名がいるものだな!」
笑いながら今川義元は家臣達に言った。
桶狭間から十年前のある日である。
「おうおう、今日も悪郎(信長)が歩いておるわ。」と人々は話している。
そんな大うつけにも転機が訪れた。
美濃の斎藤道三の娘帰蝶を嫁として迎える事になるのである。
「尾張の信秀公の嫡男殿はとんだ大うつけとお聞きしておるのじゃが。」
帰蝶は輿入れの準備をしながら侍女達に問いかける。
「それはもう日の本一の大うつけにございまする。」
侍女達は口々に言った。
帰蝶は不安を募りながら籠に乗り、尾張に着く。
帰蝶は祝言を挙げた。いや、祝言と言えるものかどうか分からないが。何故なら、帰蝶は祝言用の着物を着ているが信長はうつけ姿だったのだ。
(とんでもない所に嫁がされた。)
祝言式の間、頭の中で思い、時を過ごす。
祝言式が終了し、帰蝶は寝所で信長を待っていた。すると、先程のうつけ姿ではなく、一大名のような正装姿で登場したのである。
「嫁殿、先程の祝言式のご無礼、平に御容赦を。」
信長は帰蝶に向けて頭を垂れた。
これには帰蝶も驚きを覚え
「うつけと聞いておりましたが、中々の良き男ではござりませぬか。」
帰蝶は先程の祝言式の思いとは裏腹に
(この殿方なら一生付いて行きます。)
信長の祝言はこれにて終了したのである。
やがて、信秀は古渡城を取り壊し、末盛に山城を造り、居城としたのである。
天文十八年一月十七日、上の郡の犬山衆が謀反を起こしたのだ。
「信秀に対し、国情立て直し案を提出せしも、黙殺された。かくなる上は、信秀を殺し、今川家と手を結び民、百姓の安泰を計る!」
犬山衆総大将織田秀俊は軍勢を引き連れ、末盛城を攻めようとしていた。
一方信秀は兵をかき集めたが、敵の半数にも満たない。
「親父、ここで終わりか。」
信長は兵の前で仁王立ちしている信秀を見つめながら呟く。しかし、次の瞬間、信長は目を疑った。
信秀が兵達に土下座したのである。
「よくぞ、集まってくれた。そなたたちの心意気、誠に感服仕った!」
信秀の土下座により、兵の士気は大いに上がった。
末盛城から出陣した信秀は竜泉寺の下、柏井口で犬山衆の軍勢と激突する。
「敵を馳走せよ!一兵たりとも討ち漏らすな!」
信秀の弟信光が兵に向け指示をし、犬山衆を潰走させたのである。
犬山衆は春日井原を逃げて崩れ去った。
後日、誰の仕業か分からないが、落書に
[引綱を引きずり遠吠えしながら犬が広い野原を犬山へ逃げて行った。槍を引きずり逃げて行った犬山勢を風刺した]と書いた札があちこちに立てられていたそうな。
「勝った…少数なれど、士気にて戦に勝ったのだ。」
空を見上げながら信秀は呟いた。
「ゴホ…」
信秀の口の中から赤い液体が吐き出された。血である。
(天は、儂に時を与えぬか…)
天文二十年、信秀は流行病にかかったのである。
夜空を見上げて黄昏ている時に信長が隣にやって来る。
「親父、死ぬのか?」
「そのようだな。」
信長は一時置いて
「儂は、親父…いや、父上を殺そうと思った事がある。」
「…儂をか…」
信秀も一時置いて
「汝は我が父信貞に似ておる。」
「悪しきか?」
信長はすかさず聞いた。
「うむ、悪漢であったわ。」
「父上は、祖父殿をどのようにお思いになっていた?」
「いつしか儂が殺すと画策していたが、父上は怪死した。」
信秀は笑みをこぼしながら
「我が人間四十年。悔いはあるが是が我が下克上よ!」
三月三日、信秀は四十二歳で世を去った。葬式は万松寺で盛大に行われ、参列者の信長には林・平手・青山・内藤らの家老。弟信行には家臣柴田勝家・佐久間盛重・佐久間信盛などがお供している。
その時の信長の出で立ちは、長柄の太刀と脇差を藁縄で巻き、髪は茶筅髷に巻きたて、袴もなかないうつけ姿であった。
仏前に出て、信秀の位牌を一時眺め、抹香を掴んで投げて部屋を去っていったのである。
これには、参列者も慌てふためき
「あの大馬鹿者が!」と口々に取り沙汰した。
「これでは、当主は信行殿に決まったな。」と呟く者もいる。
(兄上、当主の座はこの信行がいただきます。)
信行は信秀の位牌を眺めながら不敵の笑みを浮かべた。
この騒ぎの中、筑紫から来た旅僧だけは(あのお方こそ国持ち大名になるお人だ)と言ったそうである。
「ハッハッハ!信長が親父の位牌に抹香を投げつけたって?面白い大名がいるものだな!」
笑いながら今川義元は家臣達に言った。
桶狭間から十年前のある日である。
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