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魔法の種と大風の魔術師(前編)
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すいーっ、と空を進む絨毯の上で、優作は寝転がっていた。術者はアンなので、自分は何もする必要がない。昨日と違ってスピードを抑えてくれているから、衝撃に襲われる心配もない。
現在は朝の5時。いつもならぐっすりベッドの中にいる時間だ。こんな時間に叩き起こされたのには訳がある。今日から魔術の鍛練を始めるよ! と言いながら、アンが優作の布団をはいだのだ。
「あのさ……、アン。今日、普通に講義があるんだけど……」
「知ってるよ。講義が始まるのは午前9時。今は午前5時。7時まで二時間鍛練をして、8時までに大学の用意をして、そのあと私が大学まで送り届ければ、優作の体に負担をかけないスピードで、かつ余裕を持って大学に行くことができる。ちゃんと考えてるから安心して」
アンがいつになく真面目で、きっぱりとしている。
「なら、俺の睡眠時間はどうなるんだよ」
少し前なら口の中に留めていたが、最近は言葉を引っ込めずにしっかり口から出すことができるようになった。
「優作が夜中に遊んでる時間はだいたい3~4時間。それを1時間に収めて睡眠時間に充てればおつりが出る」
別に、言葉にしたからって反論出来るとは限らない。そして、余りにも正論で何も言えない。確かに夜中、ついついゲームをしてしまうが、それを削ることが出来れば苦労はしない。
「それに、今日はあくまで『適正テスト』だから。もし適性が無かったら、もうしない。これからこの時間はぐっすり寝られる」
「……おい。てことは、もし俺に適正があったら……」
「毎日鍛練!」
アンが満面の笑みでこちらを向いた。
(勘弁してくれ……)
適正テストの合格と不合格、果たしてどちらに転がれば幸せなのだろうか。優作は、死んだ目を空へと向けながら、これからの朝のことを考えていた。
〇 〇
絨毯が緩やかに高度を落とし、森の中にある開けた場所に着地した。
「着いたよ優作。起きて」
そう言いながらアンは左手に杖を持ち、右手を突き出した。
ブワッ。
風で優作の体が持ち上がり、彼を無理矢理立たせた。
「アン、いくら何でもこの起こし方はないんじゃないか? いきなり立たせなくても」
「これが一番起きやすいから」
アンがきっぱりと言い放つ。そういえば、今日のアンは妙にはっきりとしている。言葉の豪雨を降らせるわけでもなく、自由な行動をするわけでもなく、落ち着きがあるというか、凛としているというか。
早朝の空気はとても澄んでおり、野草に付いた朝露が、まだ高度の低い太陽の光を反射させている。アンの雰囲気も、この静かできれいな朝のようだった。
「さて、早速やりますか!」
アンは腰のポーチから巻いた絨毯を取り出し、がばっとその絨毯を広げた。
「…………おお」
その絨毯に、優作は引き込まれた。黒く艶のある生地に、紅色、菜の花色、瑠璃色の細かい刺繍がなされた絨毯。アンが持っている絨毯も鮮やかで美しかったが、この絨毯はどこか狂気的な美しさがある。
「やっぱり、優作にはわかるんだね。この絨毯の良さが」
アンはみずみずしい瞳を絨毯に向けながら、いつになくやさしい口調で優作に声をかけた。
「俺……、美術には疎いけど、さすがに分かるよ。この絨毯、凄くいい物だって」
優作が言葉を発した瞬間、アンの雰囲気が一気に変わった。凛としていた雰囲気が、いつものような暴風に戻った。その豹変ぶりを見た優作は、これから自分が何をさせられるのか、経験から悟った。
「……おい。ま、まさか……。この絨毯……、で……」
震える優作をよそに、アンは最高の笑顔を浮かべながら、とても明るい声で言葉を放った。
「そう! これに魔術を付与してみて!」
まさか、絨毯を見せたのが“適性テスト”だったのか? つまり、俺は適正テストを通過してしまったのか? なら、これから毎朝、魔術の鍛練をするのか? 俺は今、魔術をやっている場合じゃない。この世界では魔術で食べていくことはできない。アンと違って、俺は別の世界に渡ろうとは思わない。断ろう。いつも押されているが、今回ばかりは優作も決心し、ちゃんと断ろうと思った。
「……俺、やっぱり——」
「そう言って、また辞めるの? せっかく開花するかもしれないのに」
現在は朝の5時。いつもならぐっすりベッドの中にいる時間だ。こんな時間に叩き起こされたのには訳がある。今日から魔術の鍛練を始めるよ! と言いながら、アンが優作の布団をはいだのだ。
「あのさ……、アン。今日、普通に講義があるんだけど……」
「知ってるよ。講義が始まるのは午前9時。今は午前5時。7時まで二時間鍛練をして、8時までに大学の用意をして、そのあと私が大学まで送り届ければ、優作の体に負担をかけないスピードで、かつ余裕を持って大学に行くことができる。ちゃんと考えてるから安心して」
アンがいつになく真面目で、きっぱりとしている。
「なら、俺の睡眠時間はどうなるんだよ」
少し前なら口の中に留めていたが、最近は言葉を引っ込めずにしっかり口から出すことができるようになった。
「優作が夜中に遊んでる時間はだいたい3~4時間。それを1時間に収めて睡眠時間に充てればおつりが出る」
別に、言葉にしたからって反論出来るとは限らない。そして、余りにも正論で何も言えない。確かに夜中、ついついゲームをしてしまうが、それを削ることが出来れば苦労はしない。
「それに、今日はあくまで『適正テスト』だから。もし適性が無かったら、もうしない。これからこの時間はぐっすり寝られる」
「……おい。てことは、もし俺に適正があったら……」
「毎日鍛練!」
アンが満面の笑みでこちらを向いた。
(勘弁してくれ……)
適正テストの合格と不合格、果たしてどちらに転がれば幸せなのだろうか。優作は、死んだ目を空へと向けながら、これからの朝のことを考えていた。
〇 〇
絨毯が緩やかに高度を落とし、森の中にある開けた場所に着地した。
「着いたよ優作。起きて」
そう言いながらアンは左手に杖を持ち、右手を突き出した。
ブワッ。
風で優作の体が持ち上がり、彼を無理矢理立たせた。
「アン、いくら何でもこの起こし方はないんじゃないか? いきなり立たせなくても」
「これが一番起きやすいから」
アンがきっぱりと言い放つ。そういえば、今日のアンは妙にはっきりとしている。言葉の豪雨を降らせるわけでもなく、自由な行動をするわけでもなく、落ち着きがあるというか、凛としているというか。
早朝の空気はとても澄んでおり、野草に付いた朝露が、まだ高度の低い太陽の光を反射させている。アンの雰囲気も、この静かできれいな朝のようだった。
「さて、早速やりますか!」
アンは腰のポーチから巻いた絨毯を取り出し、がばっとその絨毯を広げた。
「…………おお」
その絨毯に、優作は引き込まれた。黒く艶のある生地に、紅色、菜の花色、瑠璃色の細かい刺繍がなされた絨毯。アンが持っている絨毯も鮮やかで美しかったが、この絨毯はどこか狂気的な美しさがある。
「やっぱり、優作にはわかるんだね。この絨毯の良さが」
アンはみずみずしい瞳を絨毯に向けながら、いつになくやさしい口調で優作に声をかけた。
「俺……、美術には疎いけど、さすがに分かるよ。この絨毯、凄くいい物だって」
優作が言葉を発した瞬間、アンの雰囲気が一気に変わった。凛としていた雰囲気が、いつものような暴風に戻った。その豹変ぶりを見た優作は、これから自分が何をさせられるのか、経験から悟った。
「……おい。ま、まさか……。この絨毯……、で……」
震える優作をよそに、アンは最高の笑顔を浮かべながら、とても明るい声で言葉を放った。
「そう! これに魔術を付与してみて!」
まさか、絨毯を見せたのが“適性テスト”だったのか? つまり、俺は適正テストを通過してしまったのか? なら、これから毎朝、魔術の鍛練をするのか? 俺は今、魔術をやっている場合じゃない。この世界では魔術で食べていくことはできない。アンと違って、俺は別の世界に渡ろうとは思わない。断ろう。いつも押されているが、今回ばかりは優作も決心し、ちゃんと断ろうと思った。
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