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魔法の種と大風の魔術師(後編)
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強く、深く心に突き刺さる一言が、アンの口から放たれた。この時、アンの雰囲気がまた一瞬で変わった。いつもの暴風でも、先ほどの凛としていた雰囲気でもなく、自分を導こうとする偉大な指導者のように。
「確かに俺はまだなんもやってない。だけど、やる前から分かることも——」
「そう。私はもう分かってる“優作には魔術の才能がある”ってね」
「…‥え?」
「だって、前に優作、魔術を使ったでしょ? それもかなり高度な」
「…………はい?」
突然アンが意味の分からないことを言い出した。さすがに自分が魔術を使用していたなら、忘れるはずがないだろう。
「そうか。あの時優作は、すぐに寝ちゃったんだもんね」
「ごめんアン。何を言ってるのか全く分からない」
「前にさ、私とクマちゃんが戦ったこと、あったでしょ? あの時、優作の魔術が原因で、私の魔術が無効化されたの」
「……う、うそだ。なんで俺が魔術を? そもそもなんで俺が魔術を使え——」
「一回、私の魔導書を読んだことがあったでしょ?」
「——あ!」
「あの時読んだ本は『量空の書』。空間を歪める魔術が書かれてる。間違いない。優作は“一度魔導書をさらっと読んだだけで魔術を習得した”の」
アンの言葉を、未だに信じようとしない自分と、ものすごく信じたい自分がいる。二つの感情のせいで、優作は自分の本当の感情が分からなくなった。
「優作、ほんとはものすごい興味があるんじゃない? 魔法を使えるようになりたい、って、ほんとは思ってんじゃないの?」
急に話の流れが変わった。いつもなら暴風の気まぐれ、と流すところだが、この時のアンは違った。まるで、心の奥底まで言葉を届けるように、優作に語りかけた。
「一体、何を根拠に……」
「優作の本棚、いろんなジャンルの本があった。冷たくて、何事も無関心だと思っていたのに、いろんなものに手を付けている。ほんとは、いろんなものに興味を持っている人なんじゃないの?」
「アン、それは……」
「今の優作は、何かに怯えてる。私が初めて会った時から、ずっと何かに怯えてた。もしかしたら、“いろんなものに手を付けたのに、何も実らなくて焦ってる”んじゃないかな、と思ったんだよね。魔術を習得したら、何か変わるかもしれない。自信がつけば、優作は前に進めるかもしれない」
「……」
「とりあえず、やってみようよ。そのあとから考えてもいいんじゃない?」
ぱっ、とアンが笑顔を投げかけ、手を差し伸べてきた。その笑顔が、熱の無い大学生の心を温めていく。
「…………分かった」
優作はアンの手を取った。
「任せて!」
ここから先は、あまり覚えていない。アン曰く「魔術を習得しているけど、まだ馴染んでない状態。使うことはできるけど、理解できない状態。初心者にたまに見られる症状」とのこと。気が付くと、目の前にはオーラを放つ絨毯があった。
「うん。随分いい出来に仕上がったね! 補助があったとはいえ、ここまで出来れば十分だよ!」
満足そうに絨毯を眺めるアン。対して優作は、体の中からこみ上げるなんとも言えない感触を味わっていた。熱いような、ゾクゾクするような、なんとも言えない感触。
「……俺が、魔法を……、使った……?」
今まで味わったことのない感情に、優作は震えていた。
「……っと、そうだ優作。今日の講義は9時からだった?」
アンの一言によって、急に現実へと引き戻された。いつも自由人なのに、魔術の鍛練となっただけであそこまで行動がしっかりするとは。アンの不思議さを噛みしめるとともに、優作は腕時計を眺めた。そしてそこに表されていた時刻は、優作の顔から血の気を奪うのに十分だった。
「あ、ああっ……ああああああああっ! い、いいいい今、8時50分⁉ あと10分で講義開始かよ! やべぇ……。遅刻だ。しかも必修なのに」
「なんだ、あと10分もあるんだ。せっかくだから、新しい絨毯の性能を試してみよう!」
さらっととんでもないことを言うアン。講義開始10分前で大学と全く別の場所にいるのだから、慌てないほうがおかしい。確かに一部、ベッドから目が覚めたとき、既に講義が始まっている時間だった、なんて人はいる。しかし、そういう奴は大体留年している。自分はそんな奴じゃない。
そうこう考えているとき、ふと外の風景が目に映った。
「……雲?」
さっきまで大きな木に囲まれていたはずなのに、今はもくもくとした雲が周りを囲っている。少し視線を落とすと、さっきまで周りにあった大きな木々が、小さなこぶのように、地面に敷き詰められている。なんと、知らないうちに優作をアンは絨毯の上に乗っており、しかもそのまま上昇をしていた。
「へー、優作も成長したね。この高さでも全く怖がらないなんて」
軽い口を叩くアン。気が付かないうちに、アンと自分が乗った絨毯は空の高いところ、少なくとも、積雲と目線を同じ高さに出来るくらいの高さまで昇っていた。
「ちょ、ア、アン! 高い——」
「じゃ、行くよ!」
ヒュウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
「ぎゃあああああああああ‼‼‼」
黒い絨毯が空を駆ける。空気が、自分たちに道を譲っているかのように避けていく。アンの絨毯のように、大気を突き破るわけじゃない。風を切り、すっと進んでいく。今までの絨毯と全く違う乗り心地。優作は反射的に叫んでいたが、その違いをしっかりと、体で感じていた。
「絨毯の質がいいのか、それとも術者の技がいいのか知らないけど、この絨毯、とってもいい仕上がりになったね! 腹に響く感じが無いのが玉に瑕かな?」
お前は走り屋か? てかそんな言葉どこで覚えた? 突っ込もうと思ったが、直後に襲い掛かった衝撃によって言葉を壊されてしまった。
バコンッ!
「ぐはっ!」
絨毯にしがみついた優作は、どうにか投げ出されずに済んだ。
「着いたよ優作。帰りは迎えに来るから。そういえば、講義面白くないんだっけ? どうせなら魔導書貸すよ。なんか読みたいものある?」
ゆっくりと高度を下ろしながら、アンは自分のポーチの中を漁り始めた。
「あ……、なら、前に一度読んだ、藍色の本、『量空の書』とかいうやつを……」
「あれはダメ」
優作が言葉を言い終わる前に、アンが言葉を被せた。
「え? だって前に……」
「あの時は、少し魔法に触れるだけだったから薦めてみたの。だけど本格的に学ぶなら、先に読むべき本がいくつもある。あれは難易度が高いから、そのあとで読んだ方がいい」
「なんか、難しいな。どの本を読むかを決めるのって」
「とりあえず、もっと鍛練だね」
少し出ばなをくじかれたような気がしたが、優作はそこまでへこまなかった。さっきの感触が蘇ってきたからだ。魔法を使った。そう思うだけで、これからの足取りも軽くなるのだった。
「確かに俺はまだなんもやってない。だけど、やる前から分かることも——」
「そう。私はもう分かってる“優作には魔術の才能がある”ってね」
「…‥え?」
「だって、前に優作、魔術を使ったでしょ? それもかなり高度な」
「…………はい?」
突然アンが意味の分からないことを言い出した。さすがに自分が魔術を使用していたなら、忘れるはずがないだろう。
「そうか。あの時優作は、すぐに寝ちゃったんだもんね」
「ごめんアン。何を言ってるのか全く分からない」
「前にさ、私とクマちゃんが戦ったこと、あったでしょ? あの時、優作の魔術が原因で、私の魔術が無効化されたの」
「……う、うそだ。なんで俺が魔術を? そもそもなんで俺が魔術を使え——」
「一回、私の魔導書を読んだことがあったでしょ?」
「——あ!」
「あの時読んだ本は『量空の書』。空間を歪める魔術が書かれてる。間違いない。優作は“一度魔導書をさらっと読んだだけで魔術を習得した”の」
アンの言葉を、未だに信じようとしない自分と、ものすごく信じたい自分がいる。二つの感情のせいで、優作は自分の本当の感情が分からなくなった。
「優作、ほんとはものすごい興味があるんじゃない? 魔法を使えるようになりたい、って、ほんとは思ってんじゃないの?」
急に話の流れが変わった。いつもなら暴風の気まぐれ、と流すところだが、この時のアンは違った。まるで、心の奥底まで言葉を届けるように、優作に語りかけた。
「一体、何を根拠に……」
「優作の本棚、いろんなジャンルの本があった。冷たくて、何事も無関心だと思っていたのに、いろんなものに手を付けている。ほんとは、いろんなものに興味を持っている人なんじゃないの?」
「アン、それは……」
「今の優作は、何かに怯えてる。私が初めて会った時から、ずっと何かに怯えてた。もしかしたら、“いろんなものに手を付けたのに、何も実らなくて焦ってる”んじゃないかな、と思ったんだよね。魔術を習得したら、何か変わるかもしれない。自信がつけば、優作は前に進めるかもしれない」
「……」
「とりあえず、やってみようよ。そのあとから考えてもいいんじゃない?」
ぱっ、とアンが笑顔を投げかけ、手を差し伸べてきた。その笑顔が、熱の無い大学生の心を温めていく。
「…………分かった」
優作はアンの手を取った。
「任せて!」
ここから先は、あまり覚えていない。アン曰く「魔術を習得しているけど、まだ馴染んでない状態。使うことはできるけど、理解できない状態。初心者にたまに見られる症状」とのこと。気が付くと、目の前にはオーラを放つ絨毯があった。
「うん。随分いい出来に仕上がったね! 補助があったとはいえ、ここまで出来れば十分だよ!」
満足そうに絨毯を眺めるアン。対して優作は、体の中からこみ上げるなんとも言えない感触を味わっていた。熱いような、ゾクゾクするような、なんとも言えない感触。
「……俺が、魔法を……、使った……?」
今まで味わったことのない感情に、優作は震えていた。
「……っと、そうだ優作。今日の講義は9時からだった?」
アンの一言によって、急に現実へと引き戻された。いつも自由人なのに、魔術の鍛練となっただけであそこまで行動がしっかりするとは。アンの不思議さを噛みしめるとともに、優作は腕時計を眺めた。そしてそこに表されていた時刻は、優作の顔から血の気を奪うのに十分だった。
「あ、ああっ……ああああああああっ! い、いいいい今、8時50分⁉ あと10分で講義開始かよ! やべぇ……。遅刻だ。しかも必修なのに」
「なんだ、あと10分もあるんだ。せっかくだから、新しい絨毯の性能を試してみよう!」
さらっととんでもないことを言うアン。講義開始10分前で大学と全く別の場所にいるのだから、慌てないほうがおかしい。確かに一部、ベッドから目が覚めたとき、既に講義が始まっている時間だった、なんて人はいる。しかし、そういう奴は大体留年している。自分はそんな奴じゃない。
そうこう考えているとき、ふと外の風景が目に映った。
「……雲?」
さっきまで大きな木に囲まれていたはずなのに、今はもくもくとした雲が周りを囲っている。少し視線を落とすと、さっきまで周りにあった大きな木々が、小さなこぶのように、地面に敷き詰められている。なんと、知らないうちに優作をアンは絨毯の上に乗っており、しかもそのまま上昇をしていた。
「へー、優作も成長したね。この高さでも全く怖がらないなんて」
軽い口を叩くアン。気が付かないうちに、アンと自分が乗った絨毯は空の高いところ、少なくとも、積雲と目線を同じ高さに出来るくらいの高さまで昇っていた。
「ちょ、ア、アン! 高い——」
「じゃ、行くよ!」
ヒュウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
「ぎゃあああああああああ‼‼‼」
黒い絨毯が空を駆ける。空気が、自分たちに道を譲っているかのように避けていく。アンの絨毯のように、大気を突き破るわけじゃない。風を切り、すっと進んでいく。今までの絨毯と全く違う乗り心地。優作は反射的に叫んでいたが、その違いをしっかりと、体で感じていた。
「絨毯の質がいいのか、それとも術者の技がいいのか知らないけど、この絨毯、とってもいい仕上がりになったね! 腹に響く感じが無いのが玉に瑕かな?」
お前は走り屋か? てかそんな言葉どこで覚えた? 突っ込もうと思ったが、直後に襲い掛かった衝撃によって言葉を壊されてしまった。
バコンッ!
「ぐはっ!」
絨毯にしがみついた優作は、どうにか投げ出されずに済んだ。
「着いたよ優作。帰りは迎えに来るから。そういえば、講義面白くないんだっけ? どうせなら魔導書貸すよ。なんか読みたいものある?」
ゆっくりと高度を下ろしながら、アンは自分のポーチの中を漁り始めた。
「あ……、なら、前に一度読んだ、藍色の本、『量空の書』とかいうやつを……」
「あれはダメ」
優作が言葉を言い終わる前に、アンが言葉を被せた。
「え? だって前に……」
「あの時は、少し魔法に触れるだけだったから薦めてみたの。だけど本格的に学ぶなら、先に読むべき本がいくつもある。あれは難易度が高いから、そのあとで読んだ方がいい」
「なんか、難しいな。どの本を読むかを決めるのって」
「とりあえず、もっと鍛練だね」
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