植物大学生と暴風魔法使い

新聞紙

文字の大きさ
35 / 43

やるんだ、自分の手で

しおりを挟む
 頭の中から魔法の術式が浮かび上がり、手元のシャープペンシルを動かしていく。この術式そのものに見覚えはないが、断片的に頭の中に入っている。その断片が勝手に飛び出し、勝手に噛み合い、一つの魔術を形成していく。
「ルーズベルト」
名前を呼んだと同時に、モフモフとしたクマの人形がリュックサックから飛び出した。優作は先ほどのレポート用紙の一部を切り取り、それをルーズベルトに張り付けた。
「————」

 ぽんっ!

 優作が呪文を唱えると、ルーズベルトの姿が変化した。それも、優作本人と全く同じ姿に。
「後で迎えに行くから、ちょっと待っててくれ」
そう言い残すと、優作は残りのレポート用紙を持って速やかに講義室から脱出した。

 たったったったった……。

 大学の敷地内を駆け回り、ちょうどいい場所を探す。こういうのは直感だ。まだ魔術の論理を深く理解していないから、頭の中に入り込んだ情報を頼りにするしかない。そして、その情報にアクセスする手段が、今のところ直感しかない。

 ——ここだ!

 優作は立ち止まり、複雑な文様を描いたレポート用紙を取り出し、それに息をふっと吹き込んだ。その後、レポート用紙を高く掲げた。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁああああ!」

 ベリィッッッッ!

 思い切り力を入れてそのレポート用紙を破いた。すると、紙と一緒にその場所の空間が引き裂かれた。その場所に、傷口のようなものが出来上がった。
「来い! 俺の絨毯!」
優作が叫ぶ。

 ヒュゥゥゥゥウウウウ!

 空間の裂け目から、一枚の絨毯が飛び出した。黒く艶のある生地に、紅色、菜の花色、瑠璃色の細かい刺繍がなされている、雅な雰囲気と、若干狂気を感じるデザインの絨毯。

 空間を切り裂き、その裂け目を利用してあらゆるものをワープさせる魔術。人を運ぶのは難しいが、道具なら比較的簡単に運ぶことが出来る。とはいえかなり高度な魔術だ。まさか、思いつきでこんな魔術を使用することになるなんて。

 ドサッ!

 空高く舞い上がった絨毯が勢いよくコンクリートの上に落ちてきた。優作はその絨毯の上に乗り、一回深呼吸をした
 心を落ち着けた後、目を見開き、肺いっぱいに空気を吸い込み、すべての力を腹に集中させて、思いっきり叫んだ。
「俺を、アンのところへ連れてってくれ!」

ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウッ!

 優作が叫ぶと同時に、絨毯は急発進した。
「ぎゃああああああああああ!」
絨毯は垂直に上昇し、周りに見えていた建物がすぐに点へと変わる。

 フサッ!

 雲を一瞬で突き抜けた。辺り一面真っ青な空になった時、優作は現状を理解した。さすがにこれはまずいよ。アンと違って、自分は大気を操れない。高度を上げすぎたら、凍死か窒息死、はたまた放射線にやられる可能性だってある。
「絨毯、下がってくれ! 下がってくれ!」
とっさに、優作が叫んだ。

 キュィィィィイイイインン!

 絨毯が急に方向転換し、今度は逆に、真下を向いた。
「え⁉ ちょ、ま、待て——」

 ビュゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウッ!

 鉛直方向下向きに、とんでもない加速度で絨毯が進んでいく。
「ぎゃああああああああああ!」

 これはもっとまずい。空なら、まだ助かるかもしれない。だが、このまま進んだら、間違いなく地面に激突。絶対に死ぬ。

 今まで点に見えていた建物が急に大きくなる。地面が迫ってきた。
「絨毯! お願いだから衝突だけは避けてくれ!」
ビルの屋上の高さを通り過ぎ、もうすぐ地面に激突する。その寸前だった。

 キュィィィィイイイインン!

 絨毯がまた方向を変えた。街の道路のすれすれを、地面と平行に飛び始める。一瞬安心した優作だが、進行方向の正面にビルがあった。
「……あ」
ダメだ。避けられない。俺の一生はここで——。

 キュゥゥゥゥン!

 激突寸前で、また急な方向転換を決行した。絨毯はその後、ビルとビルの間を縫いながら高速で進んでいく。
「ぎゃああああああああああ!」
周りの建物は線にしか見えない。今優作に出来ること。それは、まず考えること。そして、激しく動き回る絨毯から振り落とされないようにしがみつくこと。
 絨毯はますます加速していく。同時に動きもますます急に、複雑になっていく。なんでこんな障害物だらけの場所を飛んでんだよ! アンだってもっといい感じの高さで飛んでただろ!
 ……まさか、俺が“アンのところへ”と言ったが、場所が分からないからそれっぽい所を飛び回っているのか? そして、俺が“衝突だけは避けてくれ”と言ったから、衝突を避けながら飛んでいるか? 俺の魔道具たちは、どうしてこんなに一癖あるんだ。なんか、身代わりに置いてきたルーズベルトが心配になってきた。
 って、こんなこと考えてる場合じゃない。どうにかしないと。この絶望的な状況を。この時思い出した。優作は、今まで一人で絨毯を操ったことがない。つまり、操作方法をいまいち理解していないのだ。そんな状態だったのに、勢いに任せて発進してしまった。
 どうするよ……。額に汗のような水滴が一瞬形成された。だが、すぐさま突風に吹き飛ばされた。

 ……俺は、ずっとこうなのか。自分じゃ、何も出来ないのか。中途半端に覚えて、出来た気になって、不安になって立ち止まり続けてばかりだった。現実を叩きつけられ、恩人を傷つけたこともあった。
 今は、後先考えずに行動して大変なことになっている。俺は今まで、一人の力で何かを成し遂げたことがあったか? ない。俺は、結局、何も出来ないのか? 一瞬流れた涙が、押し寄せる突風によって粉砕された。

 ……そんなことない。俺は、初めて、自分で自分の壁を壊した。だから、あんな思い切った行動が出来たんだ。やってやる。この絨毯を制御して見せる。そして、アンを探して——。

 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウッ!

 絨毯が急に、更に加速した。
「ぐわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」
町を高速で駆け巡る絨毯。必死にしがみつく優作。彼が制御するのが先か、体力が尽きるのが先か。追い込まれた学生を背負いながら、暴走した絨毯は加速し続けていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

処理中です...