植物大学生と暴風魔法使い

新聞紙

文字の大きさ
40 / 43

再会(後編)

しおりを挟む
 優作は最期に、アンを思い浮かべた。いつも明るくて、自由だった魔法使い。自分より遥かに高い身長で、長い赤髪をなびかせ、鮮やかな瞳を向けてくる魔法使い。最後に傷つけてしまった。仮に自分が絨毯を操縦出来たとしても、飛び出していったアンを探すのは不可能だったかもしれないし、再会できたとしても許してもらえないかもしれない。ただ、せめて最後、会いたかった。会って、最後に……。

 絨毯を止めるのは簡単だ。自分が一言、『止まれ』と言えば止まるだろう。じゃあ、なんて止まろうとしない? 止まらなければ命を落とすのかもしれないのに。そこまでして、自分の命を懸けて、“信念”を貫くのか? 無謀で、成功する確率が少ない賭けに、自分の命を差し出すのか?
 ……ここまで耐えたんだ。きっと、可能性がある。信じよう。優作は、初めてこの言葉を使った。他人も、自分も全く信用せず、壁の中に閉じこもっていた学生が、初めてこんな不安定で、期待利得の少ない言葉を使った。
 だが、この時のこの言葉は、他のどんなものより強い力を持っていた。どんなもの、自分の命すら顧みずに貫く信念、その原動力となる恩人への気持ち。もはや理屈なんて必要ない。
 軟弱な青年は、無限の力と、無限の可能性を手に入れていた。そう、どんなことでも。ありえなことを引き起こす、奇跡さえも起こす力を——。



 「——落ち着いて! まずは精霊と親和することだけを考えて!」
——! もうろうとする意識の中に、聞き覚えのある声が聞こえた。優作は瞬間的に振り返った。そして、目に映ったのは——。

 ——鮮やかな赤髪と上品なダッフルコートをなびかせ、つばの広い帽子をかぶる、長身な女性。何の前触れもなく降りかかる、エネルギーの塊。いつも明るくて自由な人。突然自分の前に現れて、突然姿を消してしまった恩人。いつも明るいわけじゃない。恐ろしい時もあるし、とても偉大な人間に見えるときもある。だけど、暗い部分や、触れたくない部分もある。そんな、暴風のような魔法使い——。

 そこにいたのは、アンだった。アンが、優作の真横を飛んでいた。複雑に動く優作の絨毯の挙動を完璧にトレースし、完全に真横に着いていた。
 今までのこと、アンと出会い、別れ、今に至るあらゆることが思い返される。やっと、再会できた。信じてよかった。諦めないで良かった。優作の涙腺が、急に熱くなった。体の底から感動が、熱い気持ちが湧き上がってきた。
「あ……、アン。……俺——」
「悪いけど雑談してる余裕はない。まず、落ち着いて。そして、絨毯に宿る精霊のことを考えて」
アンは全く感傷に浸ることなく、優作へ的確な指示を送る。この時のアンの目は、ヒーローのような目だった。相手を救うこと、それだけを考え、ただ真っ直ぐ相手を見つめる。かっこいいな。ほんと——。
「もたもたしないで。死ぬよ」
アンがきっぱりと言葉を放つ。その時のオーラは、かっこよさを通り越して少し怖かった。
「わ、分かった。……やってみる」
優作は一度深呼吸をし、絨毯へと意識を集中させる。
「たぶん優作は、じぶんで絨毯を“操縦”しようと考えていたと思う。だけど違う。飛行術は、精霊がいないと成り立たない。だから常に精霊を尊重する。自由に飛ぶために、自分と精霊を親和させる。そうすると、自分の意志と精霊の意思が一致する。そうやって飛ぶの。決して意思を押し付けるわけじゃない。まさか、その基本を教え忘れていたとは。このヴィヴィアン、一生の不覚。とにかく、精霊を思い浮かべて」
と、言われてもなあ……。精霊を思い浮かべる感覚がよく分からない。とりあえず、絨毯に意識を集中させる。そういえば、前に絨毯を作った時、“絨毯に引き込まれる”という感覚のが大切だと読んだ気がする。精霊がどうだか知らないが、自分もこの絨毯に意識を溶かしてみるか。優作は、自分の心が絨毯に入っていくイメージを始めた。
「そうそう、いい感じだよ優作! この調子で頑張って!」
突然、ヒーローからいつもの自由人に戻るアン。一瞬気が抜けたが、すぐにイメージを再開した。

 …‥感じる。少しずつ、絨毯が自分の一部になっていく。今まで妨害してきた突風が、自分を導くように道を開ける。次に絨毯がどこに行こうとするのか、頭の中に浮かび上がるようになる。
「あ! 避けて優作! 正面に塔が——」

 キュィィイイイイイイン!

 絨毯が急旋回をした。だが、今までの旋回とは全く違った。暴れ馬が予想外に動くんじゃない。まるで、熱いものに触った時に瞬間的に手を放すような、目の前に何かが飛んできて、無意識に目を閉じるような感覚。
「あ……、優作。ここまで……」
アンは確信した。優作と精霊が、完全にシンクロしていた。
「……あれ? 今、ぶつかりそうに……」
優作はまだ理解していない。やや戸惑う優作をみて、アンは安堵の表情を浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

処理中です...