植物大学生と暴風魔法使い

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夜空に浮かぶ魔法使い(前編)

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 アンは徹底的に指導し、優作の危険を段階的に取り除いていく。既に日は完全に落ちていた。金星が大きく輝き、次に木星がまっすぐな光を放っている。そして、一部の一等星たちが、ぱらぱらと深い紺色の夜空を彩っている。そんな中、それらの星々の光を蹴散らすような、大きな満月が一つ、ポツンと浮かんでいる。
 昼間と見間違うような強い明かりに、空を飛ぶ二人が照らされる。そして、地上には小さな影が落とされている。

 飛行術の伝授を終え、やっと落ち着いて飛べるようになった二人。月明かりに照らされた町の上を、ゆっくりと漂っている。
「……アン、俺——」
「ごめん! 優作!」
優作が口火を切ろうとしたが、それよりもアンの勢いが勝ってしまった。
「……あれ、なんでだろう。いろいろ言いたいのに、なんか頭が真っ白になる」
そう言いながら、アンは目に涙を蓄えた。そして、自分の絨毯にぼふっと倒れこんだ。優作を見つけるためにかなり消耗していたことを、今思い出したからだ。
「え? ちょ、あ、アン! 大丈夫かよ?」
「……へへへ。平気だよ優作。少し無理をしただけ。この程度、なんともないよ」
アンは笑う。優作は、その笑顔がいつもより力がないことに気が付いた。
「アン……。本当にごめん。こんなにアンを傷つけて、無理させて。俺、最低——」
「そんなことない!」
アンが強く言い放った。
「私と優作は違う。得意なことも、考え方も、みんな違う。むしろ、負担をかけたのは私。優作は何も思う必要はないよ」
アンがまっすぐな瞳を優作へと向ける。
「ほんと、アンってすごいと思う」
そう返事をすると、優作もまた、絨毯に倒れこんだ。
「それにしてもさ、結局俺は、一人じゃ何も出来なんだな。あの時アンが来てくれなかったら、俺はどうなっていたか……」
「優作……」
「あ、だけど、一つだけあった。俺が、一人で出来たこと」
「え⁉ なになに? 何が出来たの?」
突然アンががばっと起き上がり、優作へと顔を近づけた。
「……アン。近い」
「おっと、ごめんなさい。でさでさ、何が出来たの」
「秘密だよ」
「えー! どうして? 教えてよ」
「正直、恥ずかしすぎて言いたくない」
「そっか……」
アンは一度悲しそうな顔をした。実際、アンの前で言えるわけがない。自分にとっては重大なことでも、他の人から見れば小さなこと。それに、目の前にいるのは大魔法使い。平気な顔して暴風雨を引き起こし、街の一つや二つ滅ぼせそうな魔法使い。とてもじゃないが、アンの前では言えない。
「でも、良かったよ」
アンはニコッと笑った。そしてゆっくりと立ち上がり、遠くの街並みを眺め始めた。
「優作が、自然と笑うようになって」
「……はい?」
「ねえ優作。君さ、いっつも自分がどんな顔してたか知ってる?」
「正直、鏡見るのもそこまで好きじゃなかったから」
「優作、ほんと、冷たくて、生きてるのか怪しいような顔してたんだよ」
「そんな、俺の生命を否定してくる?」
「だってそうだったんだもん」
そう言われて、優作は今までの記憶を辿ってみた。そういえば、自分の顔なんか全く気にしたことがなかった。そもそも、自分の顔が好きな人間は何人いるだろうか。自分の顔が好きな男性なんて気持ち悪いと思う人だって少なくはない。
「だけど今は、とってもいい顔してるよ、優作」
「アン……」
「まあ、顔色は相変わらず悪いけどね」
「そんな……。上げて落とすなんて、随分と趣味の悪い高等テクニックをつかってくるじゃねぇか」
「そう? 高等テクニックだなんて。ふふふ、照れるな」
無邪気に笑うアン。そうだった。アンは、人の話をちゃんと聞かない性質があったのを忘れていた。
「それにしても、顔が変わった、か。確かに俺は変われた。だから、顔つきも変わったのかな?」
「え? そうなの? どういう風に——」
「ストップ!」
久々にやった気がする。このやり取り。暴風を未然に防いだ優作は、ゆったりと絨毯の上で寝転がりながら、ゆっくりと話し始めた。
「よく分かんないけど、俺は広い世界を知った気がする。俺はずっと、将来が不安だった。これから吹き荒れる暴風の中に叩き込まれること、一生続く競争に巻き込まれることが怖かった」
「ずっと言ってるもんね。優作。私、それが全く分からなかったもの。もしそれを理解出来たら、もっと私は優作の力になれたのかな」
「俺は、その不安をアンにぶつけてたんだ。最低だよ。だからアン、そんなに考えないでくれ。それに、本当の不安は、別にあったんだと思う」
「……え?」
「俺は、このまま恐怖に負けるのが怖かったのかもしれない。怖さで、何も出来ずに終わること、それが一番怖かったのかもしれない。だからアン。俺は最初、アンを拒絶した。だけど、たぶん俺はアンみたいな人を求めていたんだ。自分を解放してくれる人を。別に、理解されること、寄り添ってもらえることを求めてたんじゃない。動けない自分を、無理矢理にでも動かしてくれる存在、とにかく背中を押してくれる存在が欲しかったんだと思う」
急に、優作は顔が熱くなった。なんか、とても恥ずかしかった。自分の心をさらけ出すこと、自分の弱さを口に出すことは難しい。こんな雰囲気でないと、絶対に吐き出せない。例え恩人に対しても。
「そっか……。優作は本当に変わったんだね。なら私も変わらないとね」
その瞬間、ひんやりとした風がふわっと吹いた。アンの赤髪が躍り、強い月明かりを乱反射させる。
「私、ロイランに帰ろうと思う」
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