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魔法使いの章
私は芸術家だ(後編)
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答えになってない。ハヤテは突っ込もうとした。だが、それよりも先にシオリが口を開いた。
「芸術家ってのはなあ、簡単になれるが、とってもなるのが大変なんだ」
「すみません、言ってる意味が分かんないです」
「はは、だろうな。さて、話すと長くなるぞ」
「覚悟は出来てます」
シオリは近くの椅子に腰を掛けた。ハヤテも適当な椅子を見つけて腰を掛ける。
「芸術家になるためにはな、自分を『芸術家』と認めてくれる奴が必要なんだ」
「なるほど」
「これでも私は強大な力を持っていたから、当然多くの配下を抱えていたんだぜ」
「納得です。むしろ、なんで今こういう感じなのか疑問に思います」
「で、だ。私は芸術家になりたかったから、いろいろな作品を作るわけだ」
「ですね」
「ところが、だ。私は本当に強い力を持っていたから、私の作品を見た奴は口をそろえて同じセリフを吐いた。『最高です』と」
「あ……」
シオリは、軽く奥歯を噛みしめた。言葉が、心の底から言われたのか、上辺だけなのかくらい、簡単に分かる。上辺だけの言葉を言われ続ける苦しみ。自分はあまり経験したことはないが、こんな強大なモンスターが、大量の配下に、何度もそんな言葉を言われ続ける。
とにかく、とても苦しいことは想像出来る。
「初めてだったんだ。心の底から『美しい』と言ってもらったのは」
シオリは立ち上がり、少し前へと進んだ。そして製造プラントを眺めながら言葉を続けた。
「私は初めて、『芸術家』になれた。そして、今でも『芸術家』でいられる」
シオリは振り返り、腰を掛けるハヤテを見た。製造プラントの光がバックライトとなり、シオリはほとんどシルエットにしか見えない。だが、シオリの目だけははっきりと見えた。鋭いが、どこか繊細さを合わせた、そんな魅力的な瞳が、ハヤテを捉えている。
「私は、私を『芸術家』にしてくれている相手に、すべてを捧げるつもりだ。自分を認めてくれる相手に、全身全霊の作品を届ける。私がすべきことは、これだけだ」
かっこいい……。ハヤテは胸が熱くなった。こんな強くて、こんなにかっこいいなんて、反則にもほどがある。
これが、道を一つに決め、ただ全力で突き進む者のかっこよさ。今の自分はまだ持ち合わせない、そんなかっこよさ。
「棟梁……、かっこよすぎますよ。俺も、こんな風に……」
「ハヤテ、誰かを目標にすることはいいことだ。だが、私とお前は違う。自分が何者になるべきか、それは自分でみつけるしかねえ。何より、お前は目的があるだろ? 弟を見つける、っていう、とんでもねぇ目的が」
「……そうですが、俺はまだ未熟です。結局弟を探せていない。だから……」
バフッ。
うつむくハヤテを、シオリはやさしく抱きしめた。
「焦る必要なんかないさ。お前さんは信じてるんだろ? 弟さんがまだ生きてるって。なら、大丈夫だ。今できることを全力で取り組めばいい」
「棟梁……」
いつも厳しい人に、いきなりこんなやさしくされると、一瞬で落とされてしまう。ハヤテはその中で、ゆっくりと力を抜いた。
「まあ、私の作品の中で、一番評価をもらっているのはあの『法衣装甲』なんだがな。もっと最新作を評価してもらいたいものだが」
「法衣装甲?」
「ああ、叡持が来ている装束と装甲のことだ」
「あ、あれですか!」
ハヤテは頭にあの見た目を思い浮かべた。蒼い装束で、大きなゴーグル、口元も装甲に覆われた、あの冷たくて恐ろしい姿が。
「あれ……、棟梁がつくったんですか?」
「ああ、私が初めて叡持のためにつくった作品だ。アップデートはしているが、ずっと同じものを使ってくれている。その時も、『美しいです』と言ってくれたんだぜ? まあ、あれは、爆轟術の大きな反動に耐えるための装甲だったから、美的感覚よりもはるかに実用性を重視したがな」
「そうなんですか……」
ハヤテは、一つ釈然としないところがあった。
あの魔法使いが、“美しい”と言う?
人の命すら、データのためなら簡単に奪えるあの魔法使いが、“美しい”と言う?
にわかには想像しがたい。
「あの、叡持殿には美的感覚なんてあるんですか?」
ぶっきらぼうなハヤテの質問に、少し呆れながらシオリが口を開いた。
「なかなか失礼なことをいう奴だな……。まあ、無理もないか。お前は、感情を切り離した後の叡持しか見たことがないんだからねぇ。……あの法衣だって、感情を切り離す前の叡持との思い出の一つだし……はっ!」
シオリが、表情を変えながら言葉を止めた。そして、ハヤテは聞き逃さなかった。
——“感情を切り離す”とは?
確かに彼は何か欠落している。冷酷で、生き物なのかどうかも疑ってしまうくらいの人間だ。なぜああなってしまったのか。
やはり、後天的なものなのか。
“感情を切り離す”か。どういうことだろう。感情を“捨てた”わけじゃない。トカゲが生き残るために尻尾を切るように、彼は感情を切り離したということか?
一方で、彼が研究について語る時はとても感情豊かなように感じる。また、以前は三人で笑ったこともある。
彼に一体何があったのか。だが、まだ触れてはいけない気もした。
「ハヤテ……。もし叡持に会っても、絶対にこのことを言わないでくれ」
「はい。分かってます」
「ここにいらっしゃったのですね、お二方」
シオリとハヤテはどきっとした。今、一番会いたくない奴がここに現れた。
「ああ、叡持。ハヤテを案内してたんだ。忙しくて、全く城の中を案内出来てなかったからな」
「そうですか。アップデートの調子はどうですか?」
「ああ、おおむね順調だ」
「ありがとうございます。せっかく揃っているので、ここで一つお話しておきます」
叡持の言葉に、二人は頭に疑問符を浮かべた。
「もうすぐ、大規模なスキャンをかけます。シオリさんは各種設備の再点検及び整備をお願いします。ドローンから固定観測装置まで、全部です。そしてハヤテさん。あなたは飛行の訓練をしっかりとなさってください。これから大変ですよ」
「はあ……」
感情を切り離した人間の、淡白な指示。それが、どこか物悲しく感じた。自分はまだ知るべきことではないかもしれない。だが、目の前の魔法使いに、出来る限りのことをしてあげたい。
ハヤテのお人好しスイッチが盛大に押された。それが吉と出るか凶と出るか、それは誰にも分からない……。
「芸術家ってのはなあ、簡単になれるが、とってもなるのが大変なんだ」
「すみません、言ってる意味が分かんないです」
「はは、だろうな。さて、話すと長くなるぞ」
「覚悟は出来てます」
シオリは近くの椅子に腰を掛けた。ハヤテも適当な椅子を見つけて腰を掛ける。
「芸術家になるためにはな、自分を『芸術家』と認めてくれる奴が必要なんだ」
「なるほど」
「これでも私は強大な力を持っていたから、当然多くの配下を抱えていたんだぜ」
「納得です。むしろ、なんで今こういう感じなのか疑問に思います」
「で、だ。私は芸術家になりたかったから、いろいろな作品を作るわけだ」
「ですね」
「ところが、だ。私は本当に強い力を持っていたから、私の作品を見た奴は口をそろえて同じセリフを吐いた。『最高です』と」
「あ……」
シオリは、軽く奥歯を噛みしめた。言葉が、心の底から言われたのか、上辺だけなのかくらい、簡単に分かる。上辺だけの言葉を言われ続ける苦しみ。自分はあまり経験したことはないが、こんな強大なモンスターが、大量の配下に、何度もそんな言葉を言われ続ける。
とにかく、とても苦しいことは想像出来る。
「初めてだったんだ。心の底から『美しい』と言ってもらったのは」
シオリは立ち上がり、少し前へと進んだ。そして製造プラントを眺めながら言葉を続けた。
「私は初めて、『芸術家』になれた。そして、今でも『芸術家』でいられる」
シオリは振り返り、腰を掛けるハヤテを見た。製造プラントの光がバックライトとなり、シオリはほとんどシルエットにしか見えない。だが、シオリの目だけははっきりと見えた。鋭いが、どこか繊細さを合わせた、そんな魅力的な瞳が、ハヤテを捉えている。
「私は、私を『芸術家』にしてくれている相手に、すべてを捧げるつもりだ。自分を認めてくれる相手に、全身全霊の作品を届ける。私がすべきことは、これだけだ」
かっこいい……。ハヤテは胸が熱くなった。こんな強くて、こんなにかっこいいなんて、反則にもほどがある。
これが、道を一つに決め、ただ全力で突き進む者のかっこよさ。今の自分はまだ持ち合わせない、そんなかっこよさ。
「棟梁……、かっこよすぎますよ。俺も、こんな風に……」
「ハヤテ、誰かを目標にすることはいいことだ。だが、私とお前は違う。自分が何者になるべきか、それは自分でみつけるしかねえ。何より、お前は目的があるだろ? 弟を見つける、っていう、とんでもねぇ目的が」
「……そうですが、俺はまだ未熟です。結局弟を探せていない。だから……」
バフッ。
うつむくハヤテを、シオリはやさしく抱きしめた。
「焦る必要なんかないさ。お前さんは信じてるんだろ? 弟さんがまだ生きてるって。なら、大丈夫だ。今できることを全力で取り組めばいい」
「棟梁……」
いつも厳しい人に、いきなりこんなやさしくされると、一瞬で落とされてしまう。ハヤテはその中で、ゆっくりと力を抜いた。
「まあ、私の作品の中で、一番評価をもらっているのはあの『法衣装甲』なんだがな。もっと最新作を評価してもらいたいものだが」
「法衣装甲?」
「ああ、叡持が来ている装束と装甲のことだ」
「あ、あれですか!」
ハヤテは頭にあの見た目を思い浮かべた。蒼い装束で、大きなゴーグル、口元も装甲に覆われた、あの冷たくて恐ろしい姿が。
「あれ……、棟梁がつくったんですか?」
「ああ、私が初めて叡持のためにつくった作品だ。アップデートはしているが、ずっと同じものを使ってくれている。その時も、『美しいです』と言ってくれたんだぜ? まあ、あれは、爆轟術の大きな反動に耐えるための装甲だったから、美的感覚よりもはるかに実用性を重視したがな」
「そうなんですか……」
ハヤテは、一つ釈然としないところがあった。
あの魔法使いが、“美しい”と言う?
人の命すら、データのためなら簡単に奪えるあの魔法使いが、“美しい”と言う?
にわかには想像しがたい。
「あの、叡持殿には美的感覚なんてあるんですか?」
ぶっきらぼうなハヤテの質問に、少し呆れながらシオリが口を開いた。
「なかなか失礼なことをいう奴だな……。まあ、無理もないか。お前は、感情を切り離した後の叡持しか見たことがないんだからねぇ。……あの法衣だって、感情を切り離す前の叡持との思い出の一つだし……はっ!」
シオリが、表情を変えながら言葉を止めた。そして、ハヤテは聞き逃さなかった。
——“感情を切り離す”とは?
確かに彼は何か欠落している。冷酷で、生き物なのかどうかも疑ってしまうくらいの人間だ。なぜああなってしまったのか。
やはり、後天的なものなのか。
“感情を切り離す”か。どういうことだろう。感情を“捨てた”わけじゃない。トカゲが生き残るために尻尾を切るように、彼は感情を切り離したということか?
一方で、彼が研究について語る時はとても感情豊かなように感じる。また、以前は三人で笑ったこともある。
彼に一体何があったのか。だが、まだ触れてはいけない気もした。
「ハヤテ……。もし叡持に会っても、絶対にこのことを言わないでくれ」
「はい。分かってます」
「ここにいらっしゃったのですね、お二方」
シオリとハヤテはどきっとした。今、一番会いたくない奴がここに現れた。
「ああ、叡持。ハヤテを案内してたんだ。忙しくて、全く城の中を案内出来てなかったからな」
「そうですか。アップデートの調子はどうですか?」
「ああ、おおむね順調だ」
「ありがとうございます。せっかく揃っているので、ここで一つお話しておきます」
叡持の言葉に、二人は頭に疑問符を浮かべた。
「もうすぐ、大規模なスキャンをかけます。シオリさんは各種設備の再点検及び整備をお願いします。ドローンから固定観測装置まで、全部です。そしてハヤテさん。あなたは飛行の訓練をしっかりとなさってください。これから大変ですよ」
「はあ……」
感情を切り離した人間の、淡白な指示。それが、どこか物悲しく感じた。自分はまだ知るべきことではないかもしれない。だが、目の前の魔法使いに、出来る限りのことをしてあげたい。
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