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Op.1 Overture ーその始まりー
第四楽章(中編)
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そして夜。雲は厚く月明かりのほとんど見えない、暗い夜。
ベランダに出た。雲間からうっすら射す光を眺めていた。ここしばらく食事があまり喉を通らない日が続いていたが、何だか少し、月明かりが救ってくれる気がした。
LINEで山城に全部伝えようかと思ったが。やめにした。入院があと二日だと聞いた。明日、直接話そうと決めた。
山城に自分からLINEを入れるのは初めてだった。
『やっぱり明日、全部話す。』
『先延ばしにしてごめん。』
送り終えてまたベランダに寄りかかった。
口笛がなった。山城から返事が届いていた。
『絶対だよ!?待ってる。』
何年ぶりだろう。人から「待ってる」なんて言われるのは。自分を待ってくれる人がいることが数年無かった身に、暖かく、それはまるでフリューゲルホルンの音色のように、山城の言葉が響いた気がした。
「おーい。元気してっか?宥大。」
後ろから急に声をかけられ、慌てて振り返る。
黒のコートに暗めの色のジーパン。背中に大きなケースを背負ったその男は…
「…帰って来るなら連絡入れろよ。兄さん。」
八つ年上の兄、宥亮だった。今はプロのチューバ奏者として各地を飛び回っている。自分がこの道に進んだのは兄の影響も少なからずある。
入院したときの面倒も、基本兄が見てくれていた。
「はっはっ。まあいつものことだろうに。」
確かにそうだが。
「で、最近はどうだ?やってけそうか?」
「良くも悪くも。」
「まあもう何かあってもできることはそんなにないがな。で、さっきの相手は女か?」
「そうだけどそんなんじゃない。ほっといてくれ。」
「Fu~~~。若いねえ。」
「で?何しに?」
「いやー、弟が元気かなー、って。」
と言いながら腹を鳴らす兄。
「飯か。今日は作ってない。」
「んだよつまんねーなー。ってかお前食わねーと背ぇ伸びんぞ?」
いや、それに関しては。
「168cmが言うなそれだけは。」
弟に10cm負けている兄にだけは言われる義理などない。
「俺はもう26だからいーんだよ。嫁もいるし。」
…………は?
「まてクソ兄貴いつの間に結婚した?」
「今日。」
「ハアアアアアアアアアアアアア?!」
家が防音対策をしていなければ(なにせこの兄だ。)それはそれは大きく夜の街にこだましたことだろう。衝撃が大きすぎる。
「……あー、はい。それを言いに来た、と。」
そゆこと。と兄が満面の笑みで返す。軽く殴ってやった。
「おめでとう。父さんも母さんも喜んでると思う。勝手な想像だけど。」
「お前あいっ変わらず最後に余計なこと言うのな。いつまで立ってもモテねーぞぉ?」
「いーんだよ別に。」
既婚者(?)の兄に「あんたにだけは言われたかねーわクソ兄貴!」とは言えなかった。
「そーだ、お前久々に何か書けよ。俺が吹く。」
返事を聞く前から兄は準備を始める。相変わらずだ。
引き出しから五線譜を取り出して、万年筆を握る。外に目をやった。雲が少し晴れて、満月が覗いていた。窓を開けたままだった。風が緩やかに吹き込んできた。
書くことに慣れている、というよりは書くときに迷わないのが多分自分の特徴なのだろうと思っている。一曲仕上げるのに30分と少しだった。
『宵月に詠う』とタイトルをつけ、ほらよ、と兄に渡す。兄ははち切れんばかりに目を見開き、楽譜に目を通す。どんな楽譜でも、兄は初見のものを読むとき、そうする癖がある。
よし、と一息ついて、兄が構えた。窓はもう閉めておいた。
そっと、優雅に、哀しく、切なく、一曲を通して主題を統一せずに、移ろいゆく夜の空と物思いを表現した。
兄の腕はやはり流石なもので、作曲者が望む色を完璧に引き出し、昇華させる。
永遠とも思える五分だった。兄はふう、と息をつき、ゆっくりと楽器をおいた。
「相変わらず腹立つくらいの腕だな。」
「曲が良いからな。」
「なーにを。」
「ありがとな。んじゃ帰るわ。嫁も待ってるし。」
しっかり惚気けて兄は帰った。
久々に曲を書いた。それこそ、『白夜の暁』以来かもしれない。
人がどんなに嘘をついても、音は正直。全てを語る。
物心ついた頃からの信条だ。
さ、明日は正直に全てを打ち明けよう。
ベランダに出た。雲間からうっすら射す光を眺めていた。ここしばらく食事があまり喉を通らない日が続いていたが、何だか少し、月明かりが救ってくれる気がした。
LINEで山城に全部伝えようかと思ったが。やめにした。入院があと二日だと聞いた。明日、直接話そうと決めた。
山城に自分からLINEを入れるのは初めてだった。
『やっぱり明日、全部話す。』
『先延ばしにしてごめん。』
送り終えてまたベランダに寄りかかった。
口笛がなった。山城から返事が届いていた。
『絶対だよ!?待ってる。』
何年ぶりだろう。人から「待ってる」なんて言われるのは。自分を待ってくれる人がいることが数年無かった身に、暖かく、それはまるでフリューゲルホルンの音色のように、山城の言葉が響いた気がした。
「おーい。元気してっか?宥大。」
後ろから急に声をかけられ、慌てて振り返る。
黒のコートに暗めの色のジーパン。背中に大きなケースを背負ったその男は…
「…帰って来るなら連絡入れろよ。兄さん。」
八つ年上の兄、宥亮だった。今はプロのチューバ奏者として各地を飛び回っている。自分がこの道に進んだのは兄の影響も少なからずある。
入院したときの面倒も、基本兄が見てくれていた。
「はっはっ。まあいつものことだろうに。」
確かにそうだが。
「で、最近はどうだ?やってけそうか?」
「良くも悪くも。」
「まあもう何かあってもできることはそんなにないがな。で、さっきの相手は女か?」
「そうだけどそんなんじゃない。ほっといてくれ。」
「Fu~~~。若いねえ。」
「で?何しに?」
「いやー、弟が元気かなー、って。」
と言いながら腹を鳴らす兄。
「飯か。今日は作ってない。」
「んだよつまんねーなー。ってかお前食わねーと背ぇ伸びんぞ?」
いや、それに関しては。
「168cmが言うなそれだけは。」
弟に10cm負けている兄にだけは言われる義理などない。
「俺はもう26だからいーんだよ。嫁もいるし。」
…………は?
「まてクソ兄貴いつの間に結婚した?」
「今日。」
「ハアアアアアアアアアアアアア?!」
家が防音対策をしていなければ(なにせこの兄だ。)それはそれは大きく夜の街にこだましたことだろう。衝撃が大きすぎる。
「……あー、はい。それを言いに来た、と。」
そゆこと。と兄が満面の笑みで返す。軽く殴ってやった。
「おめでとう。父さんも母さんも喜んでると思う。勝手な想像だけど。」
「お前あいっ変わらず最後に余計なこと言うのな。いつまで立ってもモテねーぞぉ?」
「いーんだよ別に。」
既婚者(?)の兄に「あんたにだけは言われたかねーわクソ兄貴!」とは言えなかった。
「そーだ、お前久々に何か書けよ。俺が吹く。」
返事を聞く前から兄は準備を始める。相変わらずだ。
引き出しから五線譜を取り出して、万年筆を握る。外に目をやった。雲が少し晴れて、満月が覗いていた。窓を開けたままだった。風が緩やかに吹き込んできた。
書くことに慣れている、というよりは書くときに迷わないのが多分自分の特徴なのだろうと思っている。一曲仕上げるのに30分と少しだった。
『宵月に詠う』とタイトルをつけ、ほらよ、と兄に渡す。兄ははち切れんばかりに目を見開き、楽譜に目を通す。どんな楽譜でも、兄は初見のものを読むとき、そうする癖がある。
よし、と一息ついて、兄が構えた。窓はもう閉めておいた。
そっと、優雅に、哀しく、切なく、一曲を通して主題を統一せずに、移ろいゆく夜の空と物思いを表現した。
兄の腕はやはり流石なもので、作曲者が望む色を完璧に引き出し、昇華させる。
永遠とも思える五分だった。兄はふう、と息をつき、ゆっくりと楽器をおいた。
「相変わらず腹立つくらいの腕だな。」
「曲が良いからな。」
「なーにを。」
「ありがとな。んじゃ帰るわ。嫁も待ってるし。」
しっかり惚気けて兄は帰った。
久々に曲を書いた。それこそ、『白夜の暁』以来かもしれない。
人がどんなに嘘をついても、音は正直。全てを語る。
物心ついた頃からの信条だ。
さ、明日は正直に全てを打ち明けよう。
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