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Op.1 Overture ーその始まりー
第四楽章(後編)
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約束の日。俺は231号室の前に立っていた。
三回ノックする。「はーい」と山城の返事が聞こえた。ゆっくりドアを開けて、中に入った。
「じゃ、話してもらうよ~。」
いつもの人懐っこい山城に見えた。
そして全て話した。休学のきっかけとなった事の顛末を。
山城は頷きながら、耳を傾けてくれた。誰かにこんなに長く自分のことを話したのは久しぶり、もしかすると初めてかもしれなかった。それこそ兄にも、あまり多くは話さなかった。
「そっか…ごめんね。知らずに誘って……。」
「いや、俺が言ってなかったから…」
「まあでもこれでこの件はおしまい!お互い様ってことで!」
「…まだ。」
「ん?」
「一つだけ言わせて欲しい。」
「…なーに?」
「…嘘は良くない。事故の理由も症状も。」
「……どういうこと?」
「指、折れてんだろ。左手の薬指と小指。下手すると筋も傷んでるかもしれない。それにあの日、」
追いかけてきてたのは知ってた。
後ろから呼ばれているのも、無理して追いかけてきていたのも知っていた。
気配が消えたことと事故のことには気づかなかったけど、気を遣って嘘をついたことは分かってた。
山城は俯いて、一つ大きく深呼吸をした。
顔を上げて、哀しそうに微笑んで、言った。
「黒木君には敵わない、か……。」
そうだよ。指の骨、折れちゃったみたい。筋も傷めてて、元通りに素早く動かすには三、四ヶ月かかるみたい。
ある程度想定していた返答だったが、いざ実際にそうだと聞くと、やはりやり場のない怒りが込み上げてきた。
「俺のせいで……そんなことに……………」
「違うよ。私が何も知らなくて、お節介だっただけ。自業自得なんだよ。」
「違う……違う………違う…………違う違う違う違う違う違う!」
もう限界だった。戻ってきていきなりまた自分のせいで人が大切なものを失った。取り返しがつかない。どうすればいいのか。どうにもできないのか。
「黒木君。」
それでも山城の声は優しかった。そして強かった。
「私は絶対に舞台に帰ってくる。夏コンに出る。怪我なんて早く直して、一日でも一秒でも早く、戻ってくる。だからもうこれ以上自分を責めないで。」
堰が切れそうになった。辛うじて堪えた。
「何か…出来ることは………」
そう絞り出すのも必死だった。
「そうだな…」
暫く考え込んだ山城は、やがて楽しそうな笑みを浮かべてこう言った。
「黒木君も戻ってきて!」
「!……でもそれは……………」
「昨日、先輩から聞いたんだけど、『白夜の暁』は結局、本番演奏されなかったんだって。」
まあ雰囲気の問題もあったんだけど、と置いて続けた。
「当時の二年生が、黒木のいない状態でこの曲は演奏できない、ってその時の顧問に言ったらしくって、その時顧問はその場でこれ以上このバンドを指揮することはできないって言って全部ほったらかして辞めちゃったらしいの。で、慌ててたところに来たのが、」
…何と兄だったのだという。
結果、『白夜の暁』以外に振る予定だった曲を全て振って、どうにか本番を終えたらしい。
「まさか兄貴が………」
「演奏会は無事終わったんだって。知らなかった?」
知らなかったも何も、
「…初耳。」
結婚の件と言い本当に肝心なところで何も言わない兄だこと、と思うと同時に、改めてその偉大さを痛感した。
「そんなわけで、今の三年生、当時の一年生もずっと黒木くんのこと待ってるって言ってた。」
堰が切れた。今年幾つになるんだよ俺は。
「情けねえな…」
「だから、一緒に行こう。一緒に、夏コン、行こう!」
そうだ。やるしかない。もう一度、全てを賭けて。
「分かった。行く。先に行って、待ってる。」
「ありがとう!じゃ、これからまた改めてよろしく!」
「おう。」
夕陽がいつもより眩しく見えたある春の日、止まっていた音楽が再び動き始めた。
もう、逃げない。立ち止まらない。
皆で笑うために。
Op.1 Overture ーその始まりー Fin
三回ノックする。「はーい」と山城の返事が聞こえた。ゆっくりドアを開けて、中に入った。
「じゃ、話してもらうよ~。」
いつもの人懐っこい山城に見えた。
そして全て話した。休学のきっかけとなった事の顛末を。
山城は頷きながら、耳を傾けてくれた。誰かにこんなに長く自分のことを話したのは久しぶり、もしかすると初めてかもしれなかった。それこそ兄にも、あまり多くは話さなかった。
「そっか…ごめんね。知らずに誘って……。」
「いや、俺が言ってなかったから…」
「まあでもこれでこの件はおしまい!お互い様ってことで!」
「…まだ。」
「ん?」
「一つだけ言わせて欲しい。」
「…なーに?」
「…嘘は良くない。事故の理由も症状も。」
「……どういうこと?」
「指、折れてんだろ。左手の薬指と小指。下手すると筋も傷んでるかもしれない。それにあの日、」
追いかけてきてたのは知ってた。
後ろから呼ばれているのも、無理して追いかけてきていたのも知っていた。
気配が消えたことと事故のことには気づかなかったけど、気を遣って嘘をついたことは分かってた。
山城は俯いて、一つ大きく深呼吸をした。
顔を上げて、哀しそうに微笑んで、言った。
「黒木君には敵わない、か……。」
そうだよ。指の骨、折れちゃったみたい。筋も傷めてて、元通りに素早く動かすには三、四ヶ月かかるみたい。
ある程度想定していた返答だったが、いざ実際にそうだと聞くと、やはりやり場のない怒りが込み上げてきた。
「俺のせいで……そんなことに……………」
「違うよ。私が何も知らなくて、お節介だっただけ。自業自得なんだよ。」
「違う……違う………違う…………違う違う違う違う違う違う!」
もう限界だった。戻ってきていきなりまた自分のせいで人が大切なものを失った。取り返しがつかない。どうすればいいのか。どうにもできないのか。
「黒木君。」
それでも山城の声は優しかった。そして強かった。
「私は絶対に舞台に帰ってくる。夏コンに出る。怪我なんて早く直して、一日でも一秒でも早く、戻ってくる。だからもうこれ以上自分を責めないで。」
堰が切れそうになった。辛うじて堪えた。
「何か…出来ることは………」
そう絞り出すのも必死だった。
「そうだな…」
暫く考え込んだ山城は、やがて楽しそうな笑みを浮かべてこう言った。
「黒木君も戻ってきて!」
「!……でもそれは……………」
「昨日、先輩から聞いたんだけど、『白夜の暁』は結局、本番演奏されなかったんだって。」
まあ雰囲気の問題もあったんだけど、と置いて続けた。
「当時の二年生が、黒木のいない状態でこの曲は演奏できない、ってその時の顧問に言ったらしくって、その時顧問はその場でこれ以上このバンドを指揮することはできないって言って全部ほったらかして辞めちゃったらしいの。で、慌ててたところに来たのが、」
…何と兄だったのだという。
結果、『白夜の暁』以外に振る予定だった曲を全て振って、どうにか本番を終えたらしい。
「まさか兄貴が………」
「演奏会は無事終わったんだって。知らなかった?」
知らなかったも何も、
「…初耳。」
結婚の件と言い本当に肝心なところで何も言わない兄だこと、と思うと同時に、改めてその偉大さを痛感した。
「そんなわけで、今の三年生、当時の一年生もずっと黒木くんのこと待ってるって言ってた。」
堰が切れた。今年幾つになるんだよ俺は。
「情けねえな…」
「だから、一緒に行こう。一緒に、夏コン、行こう!」
そうだ。やるしかない。もう一度、全てを賭けて。
「分かった。行く。先に行って、待ってる。」
「ありがとう!じゃ、これからまた改めてよろしく!」
「おう。」
夕陽がいつもより眩しく見えたある春の日、止まっていた音楽が再び動き始めた。
もう、逃げない。立ち止まらない。
皆で笑うために。
Op.1 Overture ーその始まりー Fin
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