【休載中】銀世界を筆は今日も

Noel.R

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Op.2 帰還と始動 Tempo di Marcia

グランドマーチ(前編)

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 夏コンまであと70日を切った。

 そんな今日はいよいよ黒木先生との初合わせだ。

 だいぶ楽器も馴染んできて、一体になってきた感触がある。いい感じだ。

「起立! お願いします!」

「「お願いします!」」

 金村の号令で始まった。黒木先生も「お願いします。」と穏やかな返し。

「じゃあ今日は、まず一回全部通してみようかなと思います。いきなりなので間合いが合いにくいなどの問題が起こり得ますが、出来る限り付いてきてほしいです。本番で想定している振り方でいきます。宜しくお願いします。」

 はい!と全員が熱のこもった返事。まずは課題曲から。

 一つ深く息をつきながら、指揮棒は胸の前で止まる。一瞬の沈黙の後、その両腕は軽く開き、奏者たちに始まりを告げる。

 ピンと一つの糸が張り詰める。


 ゆったりと棒が振れ、糸を緩やかに解く。風に吹かれるように広がる細やかな細い糸。撫でるように抜ける煌めきに、うねる空気。主題は穏やかに告げられ、暖かな響きの中に微かな、哀しみの色を添える。その軌道を追って光の粒が舞う。

 もう一回り広がった糸の波は、あくまで穏やかに、優雅に。然してその奥底にははっきりと、一本のぶれない軸。祈るような、或いは懐かしむような、救いと憂いとが同居したような、夕焼けのオレンジが映った雲が流れゆく。

 夕陽の最後の光は時に鋭く、熱く、一時は終幕を思わせるも、流れは未だ優しく、遠くへ。

 永遠とも思える流れはやがて、一種の決然とした響きと巡り合う。

 二つの奔流が絡みあい、舞い踊る。

 朗々たる音の波の中を、それでもなお優しく。滔々と。

 そしてすべての輝きは再び集い、最後にもう一度、光の華を柔らかく映し出し、うっすらと、ゆっくりと、散ってゆく。





 響きの最後の一粒が消え、一度棒は降りる。静かに、昂ってゆく。


 もう一度、始まりが告げられ、奏者は白く輝く世界へと意識を馳せる。




 眩く、それであって無情に、冷たい光が射す。

 
 ゆらり、ゆらり、ゆらり、ゆらり。


 明るく暗い。そんな相反する夜空を、一人の影。

 ぽつり佇む孤独にも、白い闇は等しく射す。

 何を想うのか。何を望むのか。その影はただ、一人立つ。

 どれほどの時が経っただろうか。或いは一瞬の出来事だったのかもしれない。

 孤独な影は霧散し、変わらぬ白銀の煌めき。

 ふと生まれる、二つの影。

 互いに引き合い、重ならず。遠ざかってはまた、返す波のように。

 風に揺られるように舞い、留まることを知らない。

 凪いだ刹那に、何も残さず失せる。

 白き闇が全てを照らす。

 鳥獣達も皆等しく。

 蠢くもの。 潜むもの。 恐れるもの。 何かを感じ取るもの。

 突如鳴り響いた叫び。恐怖に濡れた波が、真っ白な世界を震わせる。
 
 恐れる心は伝播する。木々を伝い、地を這い、空を飛んで。

 呼応する叫びが重なり、うねる。白き秩序の世界はその色を留めたままで混沌の坩堝と化す。

 見えたのは訪れた黒。白き光を分かちし全ての色を飲み込み、無に帰す黒。

 混沌は混沌に覆われ、沈み、真の夜が訪れる。

 見えない波が逆巻き、迸る。うねり、乱れる。押し込めた叫びをなべんとして。

 大地が唸る。響く。幾つもの波が重なり、集まり、重なる。

 そして、天を衝く。


 
 絶対的な闇の中から一つ、また一つと生まれた濃い、深い、紫。やがて広がり、青が、緑が、黄が、橙が、赤が、そして白が、再び目を覚ます。

 時は再び動き出し、闇を払う。

 希望の雄叫びが響く。光を取り戻した空に、命を宿す木々に、母なる大地に。

 歓喜と希望に満ちゆく世界に、過ぎ去りし影は再び現れる。孤独は解き放たれ、決然と歩みゆく。

 全ての光を一身に受け、新しくもどこか懐かしい音楽が生まれる。

 まだ夜は明けたばかりだ。

 希望の歌が果てしなく響き渡った。









 静寂。

 指揮者はゆっくりと棒を置いた。
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