石冠ノ王

文字の大きさ
1 / 4

不可解

しおりを挟む
まず初めに問いたい。

これは一体どういう状況か。

私は微塵の光も存在しない洞窟の中で目を覚ました。
全くもって不可解である。
微塵の光もないのだからもちろん何も見えようはずはない。しかし自分が洞窟にいるということがわかる。
これこそが私を取り巻く不可解の一端に他ならない。

どれだけ目を凝らそうと見えるのはやはり檳榔子で染め上げたようなこの冷たい闇だけ。
ではなぜ自分が洞窟にいるとわかるのか。

それは"感じる"から。
酷く感覚的で曖昧なその根拠に自分自身苦笑いが出るが、しかしそれ以外に言い表せようもなかった。

肌に触れる岩のごつごつとした感触。
いや、肌というのは正確ではない。
私の体にはもはや、肌と呼べるようなものなどただの一欠片ほども残されてはいないのだから。

肌だけではない。本来であれば薄橙色の肌の下にあったはずの筋肉も、骨や内臓や血液さえ…何一つとして残ってはいなかった。

目を覚ますと、自らの体がすっかりこの黒い靄のようなものに置き換わってしまっていたのだ。
地に足をつけることすらせず宙に浮く私の体は、境界が酷く曖昧で周囲の闇に溶けてはまた集まりを意味もなく繰り返している。
自らの意思とは関係なくゆらゆらと流動する黒い靄。それが今の私というわけだった。

この不可解を誰に問いただしたものか。
私は胸中に渾々と湧き出る疑問疑念の一切をぶつける先を求め、辺りを見回した。
たとえ自分の周りに生物がいたとして、それが人であろうがなかろうが、或いはそれが私の生来苦手とするところの虫の類であったとしても、そんなことはお構いなしで『こんな状況になっているのは貴様が原因か』などと問い詰めてしまいかねないほどの勢いがあったが、幸か不幸か私の周りに生物の影はなかった。

そんなわけで虫に話しかける変質者に成り下がるということはなかったわけだが、しかし私の元には依然として吐き出すことのできない悶々とした疑問だけが残った。

何も見えないし、見えたとしてこんな洞窟に鏡などはない。しかし私は自分の姿がわかる。
鏡に写し見るよりもはっきりと。
これも"感じる"からである。
感じる感じるとまるで胡散臭い霊能力者のように繰り返してはいるが、本当に感じるのだから仕方がない。

それは今までとはまるで違う感覚を有していた。
本意か不本意かなど考えるだけ虚しく、すでに私の体はすっかりと新しいものに置きかわっている。故にこれは至極当然のことではあるが、それはいささか気持ちの悪いものだった。
この感覚を例えるならば、自らの周囲にあるものを夥しい数の手で見境もなくペタペタと触れているかのような。
そしてその手一つ一つが鼻、耳、目、舌の機能も併せ持っているかのような、、、。

とんだモンスターではないか。

とにかく靄のようなこの体は、触れているものの形や色、そして味や匂いに至るまでの詳細な情報を感じ取れるのだ。

冷静を装いここまで分析してきたが、私の心中の戸惑いようは想像に難くないだろう。
こちらとしてはいつだって発狂してやれる構えはあるのだ。しかし私も一介の社会人。現代社会における数々の荒波に揉まれ鍛えられた精神力がある。
そんな一抹の自負でもってかろうじて冷静さを保っていた。
だがそれも時間の問題だ。

行動を起こすべきだということはわかっている。しかし私は今すぐにでも行動を起こし情報を得たいという思いをぐっと我慢していた。
いやそれは我慢と呼ぶにはいささか受動的すぎるかもしれない。

(ふん!…ん……ん………っはぁ!ぜぇ、ひぃ、ふぅ、やっぱり無理だ。)

実は私は目を覚ましてから今に至るまでの間に、幾度となく"挑戦"をしていた。
そして知っていた。
この漆黒の体はどれだけ力もうとも蝸牛の全力ダッシュほどの速度でしか動かないという事実を。
その上10秒も動けば酷い倦怠感に襲われるという軟弱ぶり。これには私も無い頭を抱えざるを得なかった。

進めば終わりはあるのだろう。
しかし今の私の工合からして、どうにもこの闇が永遠のものに感じられてならなかった。

(……はぁ。)

どうしてこんなことになったのか。
暗闇を見つめながら私は一つ大きなため息を吐いて、いや実際のところこの体は呼吸すらしていないのでそれすらも心の中での所作にすぎないのだが、とにかく一度精神を落ち着かせてゆっくりと自らの記憶を辿り始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

R・P・G ~女神に不死の身体にされたけど、使命が最低最悪なので全力で拒否して俺が天下統一します~

イット
ファンタジー
オカルト雑誌の編集者として働いていた瀬川凛人(40)は、怪現象の現地調査のために訪れた山の中で異世界の大地の女神と接触する。 半ば強制的に異世界へと転生させられた凛人。しかしその世界は、欲と争いにまみれた戦乱の世だった。 凛人はその惑星の化身となり、星の防人として、人間から不死の絶対的な存在へとクラスチェンジを果たす。 だが、不死となった代償として女神から与えられた使命はとんでもないものであった…… 同じく地球から勇者として転生した異国の者たちも巻き込み、女神の使命を「絶対拒否」し続ける凛人の人生は、果たして!? 一見頼りない、ただのおっさんだった男が織りなす最強一味の異世界治世ドラマ、ここに開幕!

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。 『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話のパート2、ここに開幕! 【ご注意】 ・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。 なるべく読みやすいようには致しますが。 ・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。 勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。 ・所々挿し絵画像が入ります。 大丈夫でしたらそのままお進みください。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...