春秋館 <一話完結型 連続小説>

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第二章 秋

Order11. 秋の終わり

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参考:「Order7.」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/209105547/463556247/episode/4904659
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 枯れ葉があちこちで風に吹かれて転がっている。
 少女は表に出て、木製の看板を彩るネオンに灯りを灯した。もの言わず自分の命を全うして散っていったものたちを見下ろす。いつもは、あの高い位置から『春秋館』の窓を覗いてわたし達を見下ろしていたに違いない。そう思うだけで、枯れ葉ひとつひとつにも愛しさを感じてしまう。
 近くで人の気配を感じ顔を上げると、一度だけ会った事のある女の人が目の前に立って微笑んでいた。肩下までのゆるくウェーブの掛かった髪を風に揺らせ、淡いルージュやアイシャドウは、その人の持っている美しさを際立たせている。白いトレンチコートの裾から黒いミニスカートが覗き、焦げ茶色のブーツが悔しいほどよく似合っている。
「こんにちは」
 女性が少女に声を掛ける。
「あ、こんにちは……」
「彼……店長さん、いる?」
「あ、今ちょっと買出しに行ってて……」
「そう……」
 女性は少し顔を曇らせた。
「あの、三十分位で戻ると思うんですが……」
 もうすぐ閉店ですが、という言葉を少女はぐっと飲み込んだ。
「いいわ。今日は急ぐから。その代わり、これ渡しておいてくれる?」
 そう言って女性は少女にオレンジ色の紙袋を渡した。
「随分前に借りてたものなの。いつ来ても閉まってるし、この間も急だったから持ってなくて返せなかったの」
「渡せばわかるんですか?」
「ええ。ちゃんと洗濯しておいたから。助かったわ、ありがとうって伝えておいてくれる?」
「……はい」
 何の事だろう。少女は再び不安な気持ちになる。
「もうすぐまた冬季休業に入っちゃうのかしら?」
「恐らく来月になったら……」
「そう。じゃあ、次に来るのは春になっちゃうかなぁ。残念」
「ご贔屓にして下さってありがとうございます」
 少女は、アクマでお店側の人間としてお礼を言った。そうする事で、少しでも優位に立てるような気がしたのだ。下らない自己満足だとはわかっていたが。
「お店も、あなたのピアノも、それに店長さんも味があってステキね。本当にステキだわ……」
「…………」
 女性は少しだけ名残惜しそうにログハウス作りの店を見上げると、少女に「じゃ」と微笑んで去って行った。
 少女は女性の姿が消えると、何気なく紙袋の中を覗いてみた。
「服……?」

「え、彼女来たの?」
 しばらくして帰って来た青年は、「しまった」というような顔をして意味もなくむせた。
「ええ。半時間位前に。でも用事があるみたいで、コーヒーも飲まずにすぐ帰っちゃった」
「そっか……。で、何しに来たの?」
 少女は黙って紙袋を青年に渡す。
「何、これ」
 訊きたいのはこっちである。青年は紙袋から緑のシャツとジーンズを取り出して、何か想い出したみたいに「あぁ」と呟いた。
「彼女、次に来る時はもう春かなって。それからあなたに〝助かった、ありがとう〟って……そう言えばわかるって……」
「そっか。残念だな……」
 何が残念なんだか。それきりしばらく待っても何も言わないので、仕方なく少女の方から口を開く。
「どうして服なんか……」
 いつもなら意地を張って何にも訊かない少女も、今日はそれどころじゃなかった。自信なさげに、少し放心したような口調になってしまう。
「ん?」
「あの人が、あなたの服を……」
 主語がむちゃくちゃになりそうで、言葉が続かない。
「ああ、なんで彼女が僕の服持ってたかって? 夏季休業に入る前に、貸してあげたんだよ」
 青年は、イラつく程さわやかに答える。
「なんで?」
「えっと、簡単に言えば、雨に濡れてひどい有様だったから……かな」
 少女はあからさまに不審な目を青年に注ぐ。その視線に気づいた彼は、ちょっと肩を竦めながら笑った。
「まぁ、色々あってさ」
 そう言うと、オレンジの紙袋を二階の自宅に続く階段の一段目に無造作に置いた。
 以前、彼女との出逢いについては〝また今度〟って言ったくせに。結局、必要以上の事は話さない彼の事だ。これ以上訊いても、きっとうやむやにされてしまうんだろう。内緒にしたい訳じゃない。ただ、話す必要がないと思っているのだろう。
 わたしがもっと追求すれば……喜怒哀楽の激しい女の子のように、可愛く泣いて弁明を求めたら、彼はすべて話してくれる? でも、わたしにそんな権利があるの? 権利って何? 何より、わたしはそんな事ができる人間じゃない。
 わたしは昔から意固地な人間だ。自覚している。大学生になっても、何も変わってないんだろうか。
 感情を表に出すのが苦手な少女は、心の中で唇を噛み締めた。本当はもっと訊きたいのに。もっと追求したいのに。もっと話して欲しいのに。……どうしても、言えない。
 少女の心の中の一喜一憂を見て取ったのかどうだか、青年は少しだけ考える仕草をした後、カウンター越しに少女の伏せた顔を覗きこむようにして言った。
「もしかしてヤキモチなの?」
「! ……ばかばかしい!」
 一気に高揚した顔を青年に向け、軽蔑の眼差しで睨みつけると、少女はプイと顔を背け、カバンを引っつかんで叫んだ。
「お疲れ様でした!!」
「うん。おやすみ。気をつけて」
 余裕めいた青年の声を背に受け、少女は扉を押した。一瞬身震いする程の寒気に襲われる。
 ポーカーフェイスで通ってきた自分だけど、青年にだけはどうしても敵わない。

 プラタナスの葉はもうすっかり落ちて、剥き出しの枝が冬へと向かう風に揺さぶられて鳴いている。その心許ない姿は、まるで今の自分そっくりだ。少女は、心細い気持ちを必死に静めようとした。
 冬がやってくる。大嫌いな季節。寒くて、どうしようもない寂寥せきりょう感にさいなまれる季節。
 わたしが居場所を失う季節――
 一歩足を進める度に、転がった枯れ葉が音を立ててひび割れ壊れていく音がする。
「おやすみ……」
 青年の言葉を真似してみて、余計に寂しくなる自分に後悔した。
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