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第一章 終わり、そして始まる
第二話 「後悔」
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あの世の管理者ノイズマンに送り出されてから、数週間。
五百年も経ってしまうと、僕の持っていた地図や知識が何も役に立たなかった。なのでもしものために彼から受け取ったお金には手をつけず、辺りの獣を狩っては野宿しながら旅を続けていた。
僕が飛ばされた転移先は、どこかも分からない森の中で、抜け出すのに一週間もかかってしまったが、人が整備した道路を見つけると人の住む村まではそう時間はかからなかった。
そこで、情報を集めるために僕は宿を取ることにした。村の住人に色々なことを聞いた。みんな僕を珍しそうな顔をして見ていたが、快く話を聞かせてくれた。
話を聞いて、ここは今どこなのか。五百年前の地図と現在の地図との違いは何なのか。そして今の世界の状況について聞くことが出来た。
この世界の状況というのが、また僕を複雑な気持ちにしたのだ。
まず一つは、大昔に魔物と一緒に教会が滅んだこと。これを聞いた瞬間、僕はとても懐かしくてそして温かい気持ちになった。
そう、友人がやってくれたのだ。
僕が死んだあとも、彼らは僕との約束を果たしてくれていた。それだけで、胸がいっぱいいっぱいになって今にも涙が出てしまいそうだった。
だが、もう一つの事実が僕をそんな気にさせないでいた。
それは、ヴェルキア帝国という大国が世界の七割を支配していること。帝国の国民全てが成り損ないの人形であること。
成り損ないの人形……元々はとある男が死んだ娘を生き返らせるために編み出した禁術。それによって産み出された生命体。
僕が終わらせたはずの技術だ。
なのに……いや、この話はここまでにしておこう。
そしてまあ何やかんやがあり、僕は村を出て今はここガルデバラン王国の王都、ガルデバランに来ている。
紅いレンガの建物が並び、きれいに整備された歩道に丁寧に植えられた緑植物が映える街。それに似つかわない人の海。
この光景は五百年前とそう大して変わらない。でもだからこそ少しホッとした。
「それにしても、こんなに賑やかだなんて。祭りでもやってるのかな?」
なんて呟いていると、グウゥー! 腹の虫がこりゃまた元気に鳴いた。誰かに聞かれていないか、僕は少々恥ずかしがりながら辺りをキョロキョロ田舎者みたいに見渡した。
「って、誰も見てるわけないか。んなことより飯だ、飯」
情報収集がたら、まずは腹ごしらえするべく、僕は市場へと向かった。
「にしたって、人が多いな」
溢れ出る人の流れに逆らいながら。
///
腹ごしらえすると言ってから三十分。ようやく市場へたどり着いた。
もう、お腹が空きすぎて歩きたくない。でもあともう少しだ。
早速僕は何を食べるかを決めるために、周りの屋台を見て回った。豚肉の肉串や川魚と根野菜のスープなど、どれも美味しそうで迷ってしまう。
しかし、屋台でこれらを買ってもこの人だかりだ。食べる場所なんてどこにもない。どこか、店内で食べられるお店はないのだろうか。
そう思いながら探していると、一枚の目立たない看板が視界に入った。
「砂塵亭……?」
看板の隣にある入り口から、店内の様子を覗く。中は市場と違って空いていたので、とりあえず入ってみることにした。
「いらっしゃい、注文は?」
店内に入るとすぐに、無愛想な店の店主がグラスをタオルできれいに磨きながら聞いてきた。
僕はとりあえず、店主の前のカウンター席に腰掛け、おすすめは何かを尋ねる。
「そうか、お前さん。この国に来るのは初めてか。そうだな、この砂塵亭特製スープなんてどうだ。豚肉の角煮がゴロゴロと入ってて美味いぞ! 」
「じゃあそれで、あと水を一杯お願いします」
「はいよ、じゃあ水飲みながらでも待ってな。あと、代金の統一銅貨三枚をそこの台に置いてといてくれ」
店主は拭き終わったグラスに水を注ぎテーブルにそっと置いてから、調理を始めた。
僕はカウンターの上の台に代金を置く。そして水を飲みながら、店主の料理さばきを見つつ、料理ができるのを待つ。
「おらよっ、さあ召し上がれ」
「いただきますっ」
木目の器に真っ白な湯気が立つスープ。スプーンでホロホロと軟らかい角煮を崩さないようにひとすくい。そして口の中へ頬張る。
「うっ!」
ジュワー! 口の中に角煮の肉汁が溢れてくる。美味い!
手が勝手に次の角煮へと進んでしまう。
スープを飲んでは角煮を食らう、この順序で一心不乱にかきこんでいく。
「あっ……」
そしてあっという間に器の中身が空っぽになってしまった。
この光景を見ると少しショックである。
しかし、腹は膨れた。最後に、僕は残っている水をグビッと一気飲みして食事を終える。
「ごちそうさまでしたっ! 」
「おう、いい食いっぷりだったな」
店主は僕が食べてる姿を見て機嫌が良くなったのだろう。使い終わった食器を片付けながら少し雑談に付き合ってくれた。
「この時間帯なら、いつも客が来てくれるんだが、あいにく今日は祭りでよ。そのせいで暇で暇で店を閉じちまおうかと思ってたんだが……助かったぜ」
「そうだったんですね……それで? その祭りっていうのは」
僕がそう言うと、店主の顔色が暗くなってため息を一つ吐いた。
「俺も他所から来た奴だから、驚いた。こんな胸糞悪いのを祝うのかってな」
「え?」
「今日、ガキが一人死ぬ。大勢の目の前で死ぬんだ」
「……!?」
『***』
全身を寒気が襲う、過去の映像が頭の中で再生される。さっさと忘れようとして焼き付いたまま離れない、忌々しい過去の記憶。
名も知らぬ少女の首を斬り落とした事実が、生暖かい血しぶきがだんだん冷たくなっていく感触が、ただ忠実に再生されていく。
「はぁ……はぁ……」
その時、僕は何を思っていたのだろうか。その時、僕はどんな顔をしていたのだろうか。靄がかかって上手く思い出せない。
……い。
『嫌だ』
お……い。
『嫌だ……』
「おいっ! 大丈夫か!」
「……えっ?」
「ずっとぼぉーっとしてたぞ、しかもすげぇ汗だ。すまん、こんな話をして」
店主は心配しながら僕に手ぬぐいを渡す。僕はその手ぬぐいで冷や汗を拭いて、少し気分を落ち着かせる。
「すみません、心配をおかけして」
「いや、いいんだ。まあ、そういうことだからよ。嫌だったら、今すぐ王都から出たほうがいい。そのほうがきっと良い……」
「その場所は?」
「はっ!?」
僕の一言に、店主は驚いて変な声を漏らす。理解するのが一瞬遅れたのか、店主は数秒経ってから答えてくれた。
「ああ、えっと……大広場だ。お前、まさかだと思うが……」
彼は僕を見て少し困った顔をしていた。
「ご忠告ありがとうございます、でも大丈夫です。じゃあ、ごちそうさまでした。また来ます」
「そ、そうか……そうか」
僕は急いで店を出ようとしても、店主は特に何も言わずただ手を振って優しく見送ってくれた。
ガタン、店のドアが閉まる。
視界が歪む。誰の顔も見たくない。
いっそ、この国から出ようとも思った。しかし足は勝手にその子供が処刑されるらしい場所へと進む。
ただ進む。
///
蝶番の錆びた匂い、敷き詰められた岩と岩の間から漏れ出る水の音。
鉄格子と兵士の鎧がぶつかりカンカンと甲高く鳴る。
「うっ……」
目を覚ます、でも陽の光がないせいで体が怠い。
部屋の外で椅子に座りながらあたしを監視してる兵士はランタンであたしを照らし、生きてるかどうかを確認する。
そう、此処は牢獄。あたしを閉じ込めるためだけに造られた罪の墓標。
あたしは罪を犯した、罪状は殺人だそうだ。
相手はお母様。でも何で殺したのかだとかそもそも本当に殺したのか今はもうどうでもいいことだ。
結果としてあたしは、この国の人から人殺しと、鎖姫と呼ばれてしまっている。この現状が覆らなければあたしは自由になることはない。だけど、もうそんなこと考える必要は無い。
今日、あたしの首はみんなの祝福と共に落とされるのだから。
「鎖姫。最後の晩餐だ、陛下の寛大なお心に感謝しながら食べろ」
フッ、軽蔑を込めた笑みを浮かべながら格子の下の隙間から最後の晩餐を受け取る。
錆だらけの鉄トレイに置かれていたのは少しカビてるカピカピのパンと、埃が浮いた水だった。
そこまでは今までも変わらないがそれに加えもう一つ同様のパンが置いてあった。
うん、確かにご馳走だ。この国の子供の中には満足に食事も出来ずに飢えて死んでいく人だっている。
あたしはある意味幸せだったのだ、それが誰かの意思によって生かされているものだったとしても。
パンについていたカビの部分を取り除き、そこら辺にこっそりと捨てる。
捨てているところを見られたら「貴様、王を愚弄するのか」と怒鳴りながら食べ物を取り上げ、食事にありつけなくなってしまうからだ。これがもう、かれこれ3年くらい続く癖になってしまった。
パンを今ある限りの力で丁度良いサイズでちぎり、そして口の中に入れる。
変な雑味と苦みをグッとこらえ、パンの味が消えるまでよくかんで飲み込む。少しでも空腹を和らげるためだ。
いつもならこれらを一日をかけて食べるのだが、今日は違う。あたしは埃を息でどかして、カップの水面に口をつけてパンと一緒に飲み込み、完食する。
食べ終わったら、カップとトレイを先程の隙間から兵士に渡す。
そして、兵士はテーブルにそれらを置いて、牢の鍵を開けてあたしを外へ出す。
そう、時間が来た。やっとお母様に会えるのだ。会えたら笑って許して、ギュッて抱きしめてくれるのかな。
いや、この世界に神様なんていない、死んだらそこで終わり。
だけどちゃんと。何も感じること無く眠れるはずだ。
もう生きる意欲も無ければ希望も無い。
「あ……し、な……で……うま……たんだろ……」
あたしの問いに対し、返答は返ってこなかった。
岩と岩の隙間から吹く、冷たい風が足を震わせる。だが、それでも足を止めることはない。
どれだけ傷付こうが、あたしの覚悟がもう揺れることはない。
『待っててね、お母様』
階段を上る。頭にのしかかる後悔を削ぎ落としながら。
五百年も経ってしまうと、僕の持っていた地図や知識が何も役に立たなかった。なのでもしものために彼から受け取ったお金には手をつけず、辺りの獣を狩っては野宿しながら旅を続けていた。
僕が飛ばされた転移先は、どこかも分からない森の中で、抜け出すのに一週間もかかってしまったが、人が整備した道路を見つけると人の住む村まではそう時間はかからなかった。
そこで、情報を集めるために僕は宿を取ることにした。村の住人に色々なことを聞いた。みんな僕を珍しそうな顔をして見ていたが、快く話を聞かせてくれた。
話を聞いて、ここは今どこなのか。五百年前の地図と現在の地図との違いは何なのか。そして今の世界の状況について聞くことが出来た。
この世界の状況というのが、また僕を複雑な気持ちにしたのだ。
まず一つは、大昔に魔物と一緒に教会が滅んだこと。これを聞いた瞬間、僕はとても懐かしくてそして温かい気持ちになった。
そう、友人がやってくれたのだ。
僕が死んだあとも、彼らは僕との約束を果たしてくれていた。それだけで、胸がいっぱいいっぱいになって今にも涙が出てしまいそうだった。
だが、もう一つの事実が僕をそんな気にさせないでいた。
それは、ヴェルキア帝国という大国が世界の七割を支配していること。帝国の国民全てが成り損ないの人形であること。
成り損ないの人形……元々はとある男が死んだ娘を生き返らせるために編み出した禁術。それによって産み出された生命体。
僕が終わらせたはずの技術だ。
なのに……いや、この話はここまでにしておこう。
そしてまあ何やかんやがあり、僕は村を出て今はここガルデバラン王国の王都、ガルデバランに来ている。
紅いレンガの建物が並び、きれいに整備された歩道に丁寧に植えられた緑植物が映える街。それに似つかわない人の海。
この光景は五百年前とそう大して変わらない。でもだからこそ少しホッとした。
「それにしても、こんなに賑やかだなんて。祭りでもやってるのかな?」
なんて呟いていると、グウゥー! 腹の虫がこりゃまた元気に鳴いた。誰かに聞かれていないか、僕は少々恥ずかしがりながら辺りをキョロキョロ田舎者みたいに見渡した。
「って、誰も見てるわけないか。んなことより飯だ、飯」
情報収集がたら、まずは腹ごしらえするべく、僕は市場へと向かった。
「にしたって、人が多いな」
溢れ出る人の流れに逆らいながら。
///
腹ごしらえすると言ってから三十分。ようやく市場へたどり着いた。
もう、お腹が空きすぎて歩きたくない。でもあともう少しだ。
早速僕は何を食べるかを決めるために、周りの屋台を見て回った。豚肉の肉串や川魚と根野菜のスープなど、どれも美味しそうで迷ってしまう。
しかし、屋台でこれらを買ってもこの人だかりだ。食べる場所なんてどこにもない。どこか、店内で食べられるお店はないのだろうか。
そう思いながら探していると、一枚の目立たない看板が視界に入った。
「砂塵亭……?」
看板の隣にある入り口から、店内の様子を覗く。中は市場と違って空いていたので、とりあえず入ってみることにした。
「いらっしゃい、注文は?」
店内に入るとすぐに、無愛想な店の店主がグラスをタオルできれいに磨きながら聞いてきた。
僕はとりあえず、店主の前のカウンター席に腰掛け、おすすめは何かを尋ねる。
「そうか、お前さん。この国に来るのは初めてか。そうだな、この砂塵亭特製スープなんてどうだ。豚肉の角煮がゴロゴロと入ってて美味いぞ! 」
「じゃあそれで、あと水を一杯お願いします」
「はいよ、じゃあ水飲みながらでも待ってな。あと、代金の統一銅貨三枚をそこの台に置いてといてくれ」
店主は拭き終わったグラスに水を注ぎテーブルにそっと置いてから、調理を始めた。
僕はカウンターの上の台に代金を置く。そして水を飲みながら、店主の料理さばきを見つつ、料理ができるのを待つ。
「おらよっ、さあ召し上がれ」
「いただきますっ」
木目の器に真っ白な湯気が立つスープ。スプーンでホロホロと軟らかい角煮を崩さないようにひとすくい。そして口の中へ頬張る。
「うっ!」
ジュワー! 口の中に角煮の肉汁が溢れてくる。美味い!
手が勝手に次の角煮へと進んでしまう。
スープを飲んでは角煮を食らう、この順序で一心不乱にかきこんでいく。
「あっ……」
そしてあっという間に器の中身が空っぽになってしまった。
この光景を見ると少しショックである。
しかし、腹は膨れた。最後に、僕は残っている水をグビッと一気飲みして食事を終える。
「ごちそうさまでしたっ! 」
「おう、いい食いっぷりだったな」
店主は僕が食べてる姿を見て機嫌が良くなったのだろう。使い終わった食器を片付けながら少し雑談に付き合ってくれた。
「この時間帯なら、いつも客が来てくれるんだが、あいにく今日は祭りでよ。そのせいで暇で暇で店を閉じちまおうかと思ってたんだが……助かったぜ」
「そうだったんですね……それで? その祭りっていうのは」
僕がそう言うと、店主の顔色が暗くなってため息を一つ吐いた。
「俺も他所から来た奴だから、驚いた。こんな胸糞悪いのを祝うのかってな」
「え?」
「今日、ガキが一人死ぬ。大勢の目の前で死ぬんだ」
「……!?」
『***』
全身を寒気が襲う、過去の映像が頭の中で再生される。さっさと忘れようとして焼き付いたまま離れない、忌々しい過去の記憶。
名も知らぬ少女の首を斬り落とした事実が、生暖かい血しぶきがだんだん冷たくなっていく感触が、ただ忠実に再生されていく。
「はぁ……はぁ……」
その時、僕は何を思っていたのだろうか。その時、僕はどんな顔をしていたのだろうか。靄がかかって上手く思い出せない。
……い。
『嫌だ』
お……い。
『嫌だ……』
「おいっ! 大丈夫か!」
「……えっ?」
「ずっとぼぉーっとしてたぞ、しかもすげぇ汗だ。すまん、こんな話をして」
店主は心配しながら僕に手ぬぐいを渡す。僕はその手ぬぐいで冷や汗を拭いて、少し気分を落ち着かせる。
「すみません、心配をおかけして」
「いや、いいんだ。まあ、そういうことだからよ。嫌だったら、今すぐ王都から出たほうがいい。そのほうがきっと良い……」
「その場所は?」
「はっ!?」
僕の一言に、店主は驚いて変な声を漏らす。理解するのが一瞬遅れたのか、店主は数秒経ってから答えてくれた。
「ああ、えっと……大広場だ。お前、まさかだと思うが……」
彼は僕を見て少し困った顔をしていた。
「ご忠告ありがとうございます、でも大丈夫です。じゃあ、ごちそうさまでした。また来ます」
「そ、そうか……そうか」
僕は急いで店を出ようとしても、店主は特に何も言わずただ手を振って優しく見送ってくれた。
ガタン、店のドアが閉まる。
視界が歪む。誰の顔も見たくない。
いっそ、この国から出ようとも思った。しかし足は勝手にその子供が処刑されるらしい場所へと進む。
ただ進む。
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蝶番の錆びた匂い、敷き詰められた岩と岩の間から漏れ出る水の音。
鉄格子と兵士の鎧がぶつかりカンカンと甲高く鳴る。
「うっ……」
目を覚ます、でも陽の光がないせいで体が怠い。
部屋の外で椅子に座りながらあたしを監視してる兵士はランタンであたしを照らし、生きてるかどうかを確認する。
そう、此処は牢獄。あたしを閉じ込めるためだけに造られた罪の墓標。
あたしは罪を犯した、罪状は殺人だそうだ。
相手はお母様。でも何で殺したのかだとかそもそも本当に殺したのか今はもうどうでもいいことだ。
結果としてあたしは、この国の人から人殺しと、鎖姫と呼ばれてしまっている。この現状が覆らなければあたしは自由になることはない。だけど、もうそんなこと考える必要は無い。
今日、あたしの首はみんなの祝福と共に落とされるのだから。
「鎖姫。最後の晩餐だ、陛下の寛大なお心に感謝しながら食べろ」
フッ、軽蔑を込めた笑みを浮かべながら格子の下の隙間から最後の晩餐を受け取る。
錆だらけの鉄トレイに置かれていたのは少しカビてるカピカピのパンと、埃が浮いた水だった。
そこまでは今までも変わらないがそれに加えもう一つ同様のパンが置いてあった。
うん、確かにご馳走だ。この国の子供の中には満足に食事も出来ずに飢えて死んでいく人だっている。
あたしはある意味幸せだったのだ、それが誰かの意思によって生かされているものだったとしても。
パンについていたカビの部分を取り除き、そこら辺にこっそりと捨てる。
捨てているところを見られたら「貴様、王を愚弄するのか」と怒鳴りながら食べ物を取り上げ、食事にありつけなくなってしまうからだ。これがもう、かれこれ3年くらい続く癖になってしまった。
パンを今ある限りの力で丁度良いサイズでちぎり、そして口の中に入れる。
変な雑味と苦みをグッとこらえ、パンの味が消えるまでよくかんで飲み込む。少しでも空腹を和らげるためだ。
いつもならこれらを一日をかけて食べるのだが、今日は違う。あたしは埃を息でどかして、カップの水面に口をつけてパンと一緒に飲み込み、完食する。
食べ終わったら、カップとトレイを先程の隙間から兵士に渡す。
そして、兵士はテーブルにそれらを置いて、牢の鍵を開けてあたしを外へ出す。
そう、時間が来た。やっとお母様に会えるのだ。会えたら笑って許して、ギュッて抱きしめてくれるのかな。
いや、この世界に神様なんていない、死んだらそこで終わり。
だけどちゃんと。何も感じること無く眠れるはずだ。
もう生きる意欲も無ければ希望も無い。
「あ……し、な……で……うま……たんだろ……」
あたしの問いに対し、返答は返ってこなかった。
岩と岩の隙間から吹く、冷たい風が足を震わせる。だが、それでも足を止めることはない。
どれだけ傷付こうが、あたしの覚悟がもう揺れることはない。
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